全キャラ系コメディ

なお、この話は芥さまの『第一回ヒロイン争奪戦』『第二回ヒロイン争奪戦』を読み終えていることが必須です。
ぜひ、そちらをお読み下さってからこちらをお読み下さいますよう…

シリーズ:第一回ヒロイン入れ換え戦

では、どうぞ

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初夏の熱い風が街に吹いていた。
この何事もない平穏な街に、熱い風が吹いていた。

この平穏な街に
何事もない
この平穏が続いている町に…
 
 
 

   配達された3通目の手紙

    (第一回ヒロイン入れ換え戦−本戦・第1話)

 

 
 

窓をわずかに夏の風が揺らしていた。
オレはテーブルの向こう、テレビを見るでもなくぼーっと眺めていた。
この2、3日、騒がしかったアパートも、今日は静けさを取り戻したらしい。

最近、そういう季節なのか、オレのアパートで引っ越しが続いていた。
それも、妙に騒がしい引っ越しで…何か、運送屋がひっきりなしに上の階や下の階、そしてオレの階にも何度も荷物を運んでいた。
まあ、一応…こんな都会でも、ちょっとは引っ越してくる相手に興味はあったのだが…
だって、美人だったらお近づきになりたいし…

しかし、出入りするのは運送屋ばっかりで、引っ越してくる連中の姿は見えなかった。
まあ、オレもしばらく見ていただけですぐに興味を失くしたから、そのせいもあったのだろう。
どのみち、律義な奴なら引っ越し蕎麦でも持って来るかもしれないし、そしたら顔はすぐ分かるだろうし…

…って、そんな奴が今時いるのかどうかは知らないが…オレ自身、近所にそんな物を配った覚えはないし。
第一、この暑いのに熱い蕎麦なんか持ってこられても、その方が困る気もするが…
ま、とりあえずそんなことはいい。
ともかくもう夜のせいか、それとも引っ越しもやっと一段落済んだのか、あたりはずいぶん静かになった…それが重要なこと。
オレとしては、これでゆっくり眠れるわけで…

「……はあ」

オレはため息をつきながら、テーブルの上の麦茶のコップを持ち上げた。
そして、壁に寄り掛かったまま、中の麦茶を…
 

コンコン
 

…なんか、音がする。
オレはコップを持ったまま、あたりを見回した。

…なんにも見えなかった。
いや、ホントに何にもない。
いつも通りのオレの部屋…散らかってはいるけど、変わったことなどない。
ドアの方からでもない…

…気のせいかな?
オレはそう思って、ともかく麦茶を…
 

コンコン
 

…いや、確かに聞こえた。
多分、後ろ…窓からか?

オレはコップを持ったまま、ゆっくりと振り返って…
 
 
 
 

「……ぶはっ」
 

危うく、吹き出すところだった。
というのは…その窓に、変な物がべちゃっと張りついて…
 

「……うぐぅ…」
 

…前言撤回。
何にもなかった。
窓には何にもなかった。
オレには何も見えなかった。
 

「…うぐぅ…酷いよ、祐一くん…」
 

その上、何も聞こえなかった。
今日はホントに静かだ…
 

「……うぐぅ…」
 

ずるずるずる…
 

滑り落ちていく音。
そして、姿は消えた。
…いや、最初から何にもなかったんだ。
うん。そうだ…
 

べちょっ
 

「……うぐぅ…」
 

何にもなかった。
窓には何にもなかった。
オレには何も見えなかった。
 

「…うぐぅ…酷いよ、祐一くん…」
 

その上、何も聞こえなかった。
今日はホントに静かだ…
 

「……うぐぅ…」
 

ずるずるずる…
 

滑り落ちていく音。
そして、姿は消えた。
…今度こそは、最初から何にもなかったんだ。
うん。そうだ…
 

べちょっ
 

「……うぐぅ…」
 

何にもなかった。
窓には何にもなかった。
オレには何も見えなかった。
 

「…うぐぅ…酷いよ、祐一くん…」
 

その上、何も聞こえなかった。
今日はホントに静かだ…
 

「……うぐぅ…」
 

ずるずるずる…
 

滑り落ちていく音。
そして、姿は消えた。
…今度こそは絶対…最初から何にも…
 

べちょっ
 

「……うぐぅ…」
 

………
 

「……うぐぅ…」
 
 

「……え〜〜い、鬱陶しいっ!!」
 

さすがにオレは切れて、キッとその、窓に張りついた変な物…あゆを睨んで立ち上がった。

「なんなんだ、お前はっ」
「…うぐぅ」

あゆは例によって涙目で、オレを見上げた…窓ガラスに顔を押しつけながら、ずりずり滑り落ちながら。
…バカ者。ガラスが汚れる…

「…うぐぅ…」

まだ言っているあゆ。
また窓から落ちていきそうだが…どうせまた戻ってくるのだろう。

…はあ。
しょうがない…
鬱陶しいし…もしも外から見ている人がいたら、何だと思って不審に思われてしまう。それであゆが連行されるのは、まあいいとして…せっかく掴んだこの平穏な日々が、そんなことで乱されるのも嫌だしな…

「……ったく…」

オレは麦茶のコップを置くと、窓際まで歩いていった。
そして、どうせ飛びあがってくるあゆにともかく声をかけようと、窓に手を掛けて…
 
 

ベキッ
 

「…うぐぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 
 

…何だ?
何か、鈍い音…そして、あゆの叫び…
 
 
 
 

………しーーーーーーん……
 
 
 

…落ちたかな?
あゆのことだ…あり得る…

はあ。コメディーのことだから、多分死んじゃいないだろうけど…しょうがない、一寸覗いてみるか…

オレは窓を開けて、外は初夏の暑い風が、わずかに吹いて蒸し暑い外に顔を出した。
そして、窓の外、目をこらして…

「……何やってるんだ、お前?」
「………うぐぅ…」

…窓の下、窓枠にかろうじて掴まっている…見知らぬ少女。

「……まだ言ってる…祐一くん…」
「…さて、何も見えなかったってことで…」
「うぐぅ〜〜〜」

オレが言うと、涙目のあゆがオレを見上げてか細い声で

「助けてよ、祐一くん…」
「…何やってんだよ、人の家の窓に掴まって…まさか、夜這いか?」
「……違う…そうじゃなくって…」
「いや、待て。オレが当てるから。そうだな…背が伸びるように、ぶらさがり健康体操か?」
「……そんなの、ないよ…」
「…じゃあ…」
「……うぐぅ〜〜」

危うく、手を離しそうになるあゆ。

「……助けてよぉ…」
「……しょうがないな…」

涙目で見上げるあゆ。
…こういう情けない顔をさせたら、Kanonで一番だと思うよな、あゆって…
オレは思いながら、とりあえず手を伸ばした。

「…ったく、何やってんだよ、あゆ…」
「うぐぅ…だって、ハシゴがいきなり折れて…」
「ハシゴ?」

あゆの手を引きながら、オレは下に目をこらした。
…確かに、何やらハシゴらしいものが地面に横たわっているのが見えていた。
そして、そのハシゴは見事に真っ二つ…

「…折れたって感じじゃないぞ、あれ。お前…腐ってたハシゴ、持って来たんじゃないのか?」
「…ち、違うもん!持って来た時は、新品だったんだよっ」
「…またまた…」
「ホントだよっ」
「……はいはい…」
「……うぐぅ。信じてない…」
「…嫌ならいいんだぞ、あゆ。オレはお前がそのまま、そこにぶらさがっていても。」
「………うぐぅ」

言葉に詰まったように、オレを見上げるあゆ。
…分かったって。だから、その目はやめろ…
オレはため息をついて、ともかく手を伸ばすとあゆを部屋に引っ張り上げた。

「…た、助かった…」
「……ったく、何やってるんだよ?あゆ、お前…」

オレが言うと、部屋の床に座り込んでいたあゆはきっと顔を上げて

「だって…」
「だって…なんだよ?」
「…だって…」
「………」
「……祐一くん、この辺にたい焼き屋さん、あった?」
「………窓の下に落ちろっ!バカ者っ!!」
「で、でもボク、お腹が…」
「……さ、生ゴミは捨てなきゃ…」

この暑いのにご丁寧に着込んでいるあゆのダッフルコートの首筋を、オレは掴むと玄関の方へ。

「う、うぐぅ〜〜〜〜〜」

でも、あゆは慌てて手を振ると

「こ、こんなこと言ってる場合じゃないんだよっ!」
「……お前がボケ言ってるんだろうが、あゆ…」
「…そ、そうじゃなくって…大変なんだよ、祐一くん!」

オレはあゆの顔を見た。
あゆはオレを見あげると、大きく頷いた。

「手紙が…来たんだよ。」
「………」

再度、大きく頷くあゆ。
オレは…
 

「……そうか、よかったな、あゆ。」

「……え?」
「さ、オレは寝るかな…」
「ちょ、ちょっと…」
「じゃあな、あゆ。元気でな。」
「祐一くんっ!」

そのまま、玄関のドアノブにオレは手をかけた。
そして、オレはそのまま、ドアを…

「だ、ダメだよっ、祐一くんっ!」
 

バンッ!!
 

と、あゆがオレの手に飛びつくと、そのままドアにぶつかって

「今、ボク、出たら…殺されちゃうじゃないかっ!!」
「……殺される?」
「うんっ」

あゆはドアに持たれるようにしてオレを遮ると、大きく首を振りながら

「だから、お願い…ボクと一緒にいてよ。ね、祐一くん…」
「………」
「だって、ボク…」

言いながらあゆはまたオレを見上げた。
濡れた瞳が、うるうるとオレを…
 

「………ふ」
「………?」

「…ふざけるなっ!!」

オレはあゆを睨みつけて、首筋を掴むと

「……いいかげんにしろっ!!」
「……え?」
「いい加減、その手に乗るか、バカっ!」
「ひ、酷いよ、祐一くん!ボクが何をしたっていうのさっ!」
「……しただろうがっ」

オレはあゆの前に手を伸ばすと、一つ、一つ指を折って見せる。

「…二度目の手紙が来た時だろ…その後、オレが名雪に…」
「……え、えっと…」
「それから…」
「…で、でも、今度はホントなんだよっ!ボクを信じてよっ!」
「だから、信じられないって言ってるだろうがっ」
「でも、手紙が…」
「手紙がどうしたっ!そんなもん、もうとっくにコンシューマー版もシナリオ変更なしでで出たじゃないか。今さらなにを…」
「…だから、その状況が変わったんだよっ!!」
「………え?」

見下ろすと、あゆの真剣な顔。
…うーむ…でもなあ…

「……信じられないな。」
「…祐一くんっ!」
「……しかし…」

オレが言いかけると、あゆはブンブンと音をたてて首を振った。

「ホントに、状況が変わったんだよっ!」
「変わった…?」
「そうだよっ!変わって…それで…」
「………?」
「……とてつもない事態になってるんだよ…祐一くんにとって。だから、ボク…」
「……だから、それが信じられないって言ってるんだっ!」

どんな手紙か知らないが、何であゆがオレに伝えに来るんだ?
何だか知らないが、それをオレに教えて、何のメリットがおまえにあるんだ?
それが分からない以上、あゆの話は怪しいとしかいいようがない。
きっと、またそうやってオレをたぶらかそうとしているに違いない…

オレはきっぱり言うと、あゆの襟首を掴んでドアのノブに手をかけた。

「だから、さっさと…」

「…いいから、これを読んでみてよっ!」

…目の前に、真っ白なもの。
あゆがオレの顔に、何かを突きつけていた。

「…なんだよ…」
「だから、読んでみてってばっ!」
「……?」

手にしてみると、それは手紙だった。
表には…
 

『Kanon出演者様』
 

…なんか、すっごくいやな思い出が蘇る字なんですけど…

オレはあゆの顔を見た。
あゆはオレを見上げたまま、黙って頷いた。

「………これを読めと?」
「……うん。」
「………」

オレは手紙を手にしたまま、どうしようか考えた。
このまま、手紙ごとあゆを外に着きだして、鍵をかけるのが一番じゃ…
……でも、この手紙………嫌な予感も…

「………もし読んで、何でもなかったら…」

オレが言うと、あゆは大きく頷いて

「……その時は、ボク…黙って出てくよ…」
 
 
 
 

「……よし。約束だぞ。」

オレは誘惑に負けて、手紙を読むことにした。
まあ、読んだ後からでも遅くはない…あゆをたたき出して、また平穏な生活に戻ればいいだけなのだから…

オレは明るいダイニングに戻ると、封筒から手紙を出した。
そして、テーブルの上に広げて、そして…
 
 
 
 

そこに書かれていたのは、こんな文字だった。
 
 
 
 

『拝啓 Kanon出演者様
いよいよ夏も近づいたこの頃、皆様、お元気で過ごしておられますでしょうか。

さて、先日の『メインヒロイン交換』の件におきましては、大変ご迷惑を掛けいたしました。
全て当方の準備不足のためと深く反省する次第です。
その上、結局そのままの形で移植とあいなりましたことも、重ね重ね皆様にはお詫びを申し上げます。

そこで、そのお詫びの一環というわけではありませんが、今回、皆さまにまたお知らせがございます。
それは現在、当社におきまして進行中の企画についてです。

現在、当社におきましては、皆さまご存じの事情を含めました諸般の事情により、
他コンシューマー機種へ移植する運びとあいなり、準備を進めております。
そこで、全スタッフで協議いたしました結果、
今度こそ『メインヒロイン交換』を行おうということに決定いたしました。

しかしながら、前回の混乱等を考慮し、またシナリオ作成の時間を考慮した結果、
メインヒロインとサブヒロインの交換をするにあたりまして、
全シナリオ書換えをすることは出来ないという結論に至りましたことを、
残念ながらお伝えしなければなりません。

よって、書換えを行なうのは最低限のシナリオのみと致したく、
従って前回お伝えしたメインヒロイン一名の交換という条件に関しては、
『各シナリオにおけるメインヒロインとサブヒロインを交換する』と
変更することとさせて頂きます。

なお、月宮あゆさんに関しては、シナリオにサブヒロインがいないことから
今回のメインヒロイン交換の対象から外させて頂きます。』
 
 
 

…………はい?
えっと………
 
 

オレは振り返ってあゆの方を見た。
あゆは玄関からオレの後ろ、手紙をのぞき込むようにしながら立っていた。

「……えっと…これは?」
「………そのままだと思うよ。」

あゆは大きく頷くと、オレを見上げた。

「……分かってくれた?状況…」
「………ああ…」

…分かったっていうか…

………

………………

………………………

………………………………

………………………………………

………………………………………………

……………………………………………………これって、つまり………?
 
 

「…なあ、あゆ…」
 
 

オレはもう一度、あゆの方を見ながら、口を開いた…
その瞬間
 
 
 
 
 
 
 
 
 

どっか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん
 
 
 
 
 
 
 
 

オレの目線の先
あゆの後方のオレの部屋のドアが
まばゆい閃光と共に
爆発した
 
 

「うぐぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「な、なんなんだよっ!!!」
 

<to be continued>
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次回予告

突然窓から侵入して来た過去からの使者…あゆ。
そのもたらした知らせの前に驚愕していた祐一の前に、
突然吹き飛んだドアから祐一とあゆの前に現われた刺客!!
祐一は…そしてあゆの運命はっ!!

次回、第一回ヒロイン入れ換え戦−本戦・第2話
『郵便配達人は夜中の2時には来ない』
明日は…どっちだっ! inserted by FC2 system