香 里、その他SS
ていうか例のアレ、パラレルワールド系お約束ラブコメシリーズ、完全な蛇足の続編です。
まああれです、「ラブコメ」をリハビリに書くのはさすがにチャレンジャー過ぎ(苦笑)なので、なぜか方向転換しちゃって、ラブコメというか……ほのコメ?ほのラ ブ?
はぅ……

シリーズ:"清純異性交遊のススメっ!"&"不純異性交遊はダメよっ!"&"そこに愛はあるのかっ!"

では、どうぞ。

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Lucky or Unlucky?
(はっ ぴー・GO・アンラッキー!? -1)




 オレは目立たない、ごく普通のつまらない奴。
 物心ついてから、ずっと俺は普通だと思っていた。
 イケメンじゃないし、運動神経も普通。成績も普通。目立つ特技もない。
 そう言われてきたし、自分でも思っていた。
 
 でも、最近になって分かった。
 つーか、ほぼ、この間。
 よーくわかった。
 オレは、勢いに……調子に乗りやすい体質だってことが。
 というより、自爆しやすいタイプというべきか。
 うん。
 間違いなく。

「はぁ……」

 ようやく校門が見えてきたところで、オレは思わず溜息をついた。
 とりあえず、今日も変わらない…

「相沢さん、奥さん今日は一緒じゃないの?」
「はいはい」

 ……変わらない挨拶に、俺は適当に手を振って答える。
 今日何回目……何十回目か?の挨拶。

 まあ、挨拶とか、声が掛かるくらいならまだいい。うん。
 あの日……あの、結婚発言してしまった、あの次の日はひどかった。

『結婚おめでとう!』
『結婚式が楽しみです!』
『Just Merryed!』

 ……声掛けるだけなら良いけどさ、いちいちクラッカー鳴らすのはやめて欲しいもんだ。
 ていうか、誰だ!家の前にオープンカー、例の空き缶いっぱいくっつけたやつを手配した奴は!運転手さん、可哀想にこの雪景色の中、凄い厚着してたけ ど顔 色真っ青 になってブルブル震えてたじゃないかよ。
 まったく……

 さすがにアレから5日、クラッカーはさすがになくなって、時々声を掛けてくる位にはなった。まあ、それにしてもあんまり多い気はするけどな。トイレ に行 く間だけ でも、10は越える声が掛かるし、体育で運動場に走ってたら窓が鈴なり状態……だからそこの拝んでる奴は何なんだってばさっ。

 ……はあ。

 まあ、いまさらだけどな。
 あの日……この街に列車から降り立って、およそ1月くらい?
 ドタバタ、なんて言葉じゃ言い表せないくらいの激動の日々。
 そりゃ、あり得ないでしょ、普通?
 というか、普通じゃなくてもあり得ないよな。
 ただの普通の転校生でしかなかったはずのオレが、まさか、初めて会った女の子と、あらぬ噂をたてられ、揚げ句の果て、『清純交遊カップル』に認定さ れ て……
 その上、まさかその子と、キスしかしてないのに査問委員会とやらに掛けられ、相手の親に殺されそうになって…挙げ句の果てに、結局…妊娠させたなん て誤 解され、 婚約させられて。
 更に加えてその子は倒れるは、オレも倒れるわ、温泉慰安旅行に引き込まれるわ、混浴お風呂でドッキリさせられるわ、すい〜とる〜むで闇夜でどっき り、て な感じで 鉢合わせて恥ずかしい思いするわ……
 ……そして、委員長会議で二人、暴走したあげくに……特別情報処理教室から全校生徒に向けて……というか、TV通して街の視聴者の皆様の目の前 で……告 白?し ちゃって。
んで、結婚式の日取りまで決めるって……やっぱり、オレって……

「よう、相沢。奥さんは一緒じゃないのか」
「……うっせえ」

 立ち止まってぼんやりそんなことを考えていたら、後ろからもう聞き慣れた声。
 振り返る気もしなかったが、言わずとも誰かは分かる。

「で、何か用かよ、新聞部員」
「いきなりだな、相沢。ただの朝の挨拶さ。」

 北川は肩をすくめると、わざとらしく辺りを見回して

「にしても、気にしないで一緒に来れば良いのに。恥ずかしがり屋だな、おまえら」
「……何のことだよ」
「またまた」

 もう一度肩をすくめ、北川はニヤリと笑った。

「みんな、楽しみにしてるんだぜ、夫婦同伴登校を」
「……」

 ちょっと前の俺なら、ここで大声上げて言ってただろう。『誰が夫婦だ、誰が!』って。
 でも、まあ……さすがにもう、オレも慣れたから。うん。
 それに、そうやって声を上げると、この先どうなるかが読める気がする。なんたって、悪魔が味方しているからな……自爆体質だし。
 はう。
 多分、そこで声を上げたところで、名雪あたりが……

「はぁ、なんとか間に合ったよ」
「あ、おはよう、水瀬さん」

 と、息を切らした天然ボケ娘が登場して。
 ていうか、俺が出る頃はまだダイニングで『けろぴー』って寝言言ってたくせに……いつもながら、良く間に合うもんだ。

で、それからもう一人、脳天気な笑い声と共にお嬢様が登場して……

「あはははー、おはようございます、皆さん」
「あ、おはようございます。倉田先輩」
「佐祐理、でいいって言ってるのに、名雪さん」
「えっと……じゃあ、佐祐理……先輩?」
「あははは〜、佐祐理は佐祐理で良いですから〜」

 まあ、脳天気というか、朝からテンション高いよなあ、佐祐理さん。あれで口を開かなかったら、間違いなく本物のお嬢様って感じなんだけど……

「おはよう、倉田さん」

で、佐祐理さんが登場するとなると、おまけに付いていくるのがこのスカした奴。
でも、完全に無視されるんだよな、肝心の佐祐理さんには……

「そういえば、今日も走ってきたんですか、名雪さん」
「あ、はい。っていつも走ってきてるわけじゃないですけど」
「嘘つけ、毎日だろ、水瀬は」
「うー、北川くん」
「……ですから、えっと……おはよう……」
「あはははー」

 ……いつもながら、哀れな奴。まあ、佐祐理さんがおまえになびくなんて、名雪が北川になびくのと同じくらいあり得ないけどな。うん。
んで、そうなるとそろそろやってくるのが……

「……あ、おはようございますっ」

 ちょっと甲高い、鈴のような声。
 ……声だけは可愛いんだよなあ。あと、顔もまあ、童顔で。ただ、セリフが……

「……祐一お兄ちゃん!」

 そうそう、『お兄ちゃん』って、くすぐったいというより破壊力がね……って?

 オレは思わず、頭を振って自分の想像を振り払った。
 ……想像、だよね、確か。オレが自爆した場合の。確か……

「祐一お兄ちゃん、おはようございますっ」

 が、オレの目の前、満面の笑みを浮かべた、小さな少女が現れた……っていうかっ

ドカッ

「あ、ごめんなさい、お兄ちゃん。勢い余って」
「ぐはっ」

 お腹に頭突き直撃はやめて欲しい。もうちょっと姿勢が低かったら……お婿さんに行けなくなるところだったわ。
 ていうか、行かないけど。いや、行くのか?
 うーん……

「……おはよう、栞ちゃん」
「はいっ。朝はおはようです!」

 いや、元気いっぱいですね、栞ちゃん。
 ただ、お兄ちゃんはホントやめて下さい。そんな大きな声で。
 なんか……ねえ?

 尻尾があったら振りかねない、大きな瞳でうれしそうな犬のようにオレを見上げてにっこり笑う栞ちゃん。うん、いや、まあ、可愛いんだけど……
 でも、栞ちゃんが来たと言うことは。

 その瞬間、オレにも分かった。
 よーくわかった。
 オレは、自爆体質だ。きっとソレは間違いない。
 でも、だからってオレが自爆しても、自爆しなくても、何も代わりはしないのだ。
 オレには、悪魔が味方している。この、目の前に並んでいる悪魔が……

「栞、だからそんなに走らないでも……」

 そして、悪魔に味方されたもう一人の……被害者が栞を追いかけて現れるのは、もうオレにはわかりきったことだった。ていうか、最初から決まってい た。
 うん。分かってたよ。

「……はぁ」

 ウエーヴのかかった長い髪。ちょっときつめの大きな瞳がオレを見て、一つ、白い息を吐いた。

「……いきなりだな、香里」
「……」

 香里はまた小さく息をつくと、目線を空に向けた。

「……おはよう、相沢くん」
「ああ、おはよう」

 そして目線をそらした香里の顔は、少し笑みを浮かべて……でも、その目は笑っていなかった。
 まあ、気持ちは分からないでもない。うん。
 あの日の次の日は……オレも香里も校門にたどり着いたときは、クラッカーの紙吹雪で前が見えないほどだったし。
 次の日は、近づいただけで周り中から携帯で写真撮られまくって。
 3日目は……例のTVの連中が校門に張り込んでたし。
 昨日は……はぅ、思い出すのもおっくうだ。何が楽しいんだよ、この学校の奴ら……ていうか、街の人もだけどな……

「……頑張って下さい」

 と、いきなり通りかかった女生徒がオレの手を握って、と言うか何かを手にそっと握らせていった。
 オレは手の中の……
 ……いつものアレっすね。金色の、アレ……
はぅ

「……頑張ってね、奥さん」
「え……」

 と、見ると香里の方にも、どっかのおばさんが手を握って……肩を叩いて去って行った。ていうか、何を頑張るんだよ、おばさん……

「……」

 香里はぼんやりと、おばさんが去って行く先を、そして握った手を見た。
 その手には、何か白い……?

 あのおばさんも、例によって渡していったんだな。まったく……

「香里、ソレは……」

 超のつく純情娘には刺激が強すぎるよな。まあ、初めてじゃない……はずだけど、見るのは。てか、見させられるのは。
 香里が例によって真っ赤になって叫び出す前にと、オレは香里の肩を叩いた。
 香里は振り向くと、俺の顔を見た。

「……あ、うん。じゃあね、相沢くん」

 と、振り返るとその手をスカートのポケットに入れ、香里はさっさと歩いて行った。
 てか、持ってっちゃったよ、香里……大丈夫か、あいつ?
 まあ、いいんだけど……慣れたならそれで。うん。
 少しはあいつも、その……この手のネタにも慣れた方が……

「……とりあえず、学校ではするなよ、相沢」

ポン

 肩を叩かれて、振り返ると北川がオレを見ながら大きく頷いた。
 って……

「……お兄ちゃん、朝から……さすがに引きます、わたし」
「祐一……やり過ぎはダメだよ。きゃっ」
「あはははー、人前ではしないで下さいね−」
「幾ら公認カップルでも、風紀は乱さないでくれ給え、相沢くん」

「……え?」

 オレはみんなの目線の先、自分の手の中を……

 いやいやいや、しませんよ?つか、したことないですよ?てかむしろ、するかっ!
 と言いたかったけれど

「今さらだし、しなくて良いと思うがなあ、避妊なんて」
「きゃ、ひ、避妊って……」
「北川くん、栞ちゃんの前でそんなこと……」
「あはははー、恥ずかしいですねー」
「むしろハレンチというべきでしょう」

 さすがにハレンチって死語だろう、久瀬……

キンーコンー

 オレは慌てて手の中の金色のソレをポケットに突っ込むと、みんなの後を追いかけた。
 今のは……自爆じゃないよね?違うよね?
 はぅ……



  ☆  ☆  ☆



 あたしは冷静で、しかも真面目なタイプ。
 物心ついてから、人にはよくそう言われた。
 あたしも、自分でも信じていた。

 でも、最近になって分かった。
 というか、よーくわかったわ。
 あたしは、流れに乗せられちゃう体質だってことが。
 というか、はっきり言って…流されやすいタイプだって。
 うん。
 悲しいくらい、間違いない、わ。

「……はぁ」

 周りには聞こえないように、あたしは小さく溜息をつく。
 6時間目の授業は、催眠術師と呼ばれる教師の数学の授業。
 ぼそぼそとしゃべる教師の呪文に、傾き掛けた日差しを浴びてスリープの魔法に掛かる生徒、約……3割くらい?
 確か、2年になってからだったかしら……春の陽気に誘われて、5時間目の数学の授業、9割方の生徒が寝ちゃったことがあった。起きてたのは、わたし と……あと3 人くらい?授業が終わった後、起きてたみんなで思わず肩を組んでガッツポーズしちゃったのよね。
 うん、まあ……若気の至りってやつ?
 ……違うか。違うわね。
 はぅ

 思わず、机の上、ノートに突っ伏してみる。
 真面目で通っているはずのあたしが、なんでこんなこと授業中に考えちゃってるんだろ?
 それはきっと……多分、きっと。

 そっと顔を上げて、左隣を盗み見る。
 ……やっぱり、催眠術はこいつにはてきめんね。半分口を開けて、こっくりこっくりしてる顔は……どう見ても間抜けよね。
 うん。どうみても間抜け面。久瀬さんの方がずっとイケメン。顔とおんなじで、頭も良くなさそう。しかも、間違いなく、す、す、す……スケベっ
 スケベ……あたしの胸、触った痴漢野郎。あたしの裸、盗み見た破廉恥野郎。あたしの、く、く、唇奪った……初めての……
 ……はぅぅっ

ゴン

 思わず机にぶつけた頭は、思ったより大きな音をたてた。
 聞こえたのか、催眠術師が振り向いた。
 あたしは慌てて顔を上げると、何もなかった顔で黒板に目をやる。

 ああ、何してるのよ、あたしっ。
 だから、あたしは真面目で通っている、美坂香里でしょ!
 真面目で……うん。小さい頃から真面目な。
 栞のために…真面目なお姉ちゃんで。あの子のことだけ、考えて……他に何も興味なんてなくて。アイドルとか、クラスの男の子とか、先輩とか。それで 構わ なかっ た。別に気にもならなかった。
 栞が元気になってからも、ずっと。そして、きっとこれからもずっと……思ってたのに。真剣に考えたこともなかったけど、そう、思ってた……と思うん だけ ど。
 生徒会で久瀬さんと会って。ひょっとしてこの人が……と思ったりして。
 でも、言えなくて。言えないけど……おぼろげに、思ってて。
 なのに。

 あの日……駅前で、誰を待つでもなくぼんやりと待っていたとき。
 ホント、あたし……誰を待ってたんだろう?久瀬さんを呼び出したわけでもなく、ただ駅前のロータリーに立って。
 誰を……何を待っていたんだろ。
 分からない。
 分からないけど……待ってたのよね。多分、あたしは。
 そして……

 いきなりぶつかってきた変な男がいて。
 それから……ドタバタ、なんて言葉じゃ言い表せないくらいの激動の日々。
 あり得ない。絶対、あり得ない。
 そんな、普通の……普通よね?普通の……高校生でしかなかったはずのあたしが、まさか、初めて会った男と、し、下着姿で部屋の中、ふ、二人に……し かも それが発 端で、あらぬ噂をたてられて。揚げ句の果て、『清純交遊カップル』に認定されて。
 その上、まさかそいつと、キ、キ……キスされちゃうしっ!
 し、しかもおかげで査問委員会に掛けられて、お父さんに一緒に殺されそうになって……それでなんで胃を痛めたあたしを、栞ったら、に、に、に……妊 娠さ せたなん て誤解しちゃうわけ?それで、なんで、婚約させられちゃうのよ、なんで?
 おまけに、おかげで入院させられて、退院したと思ったら温泉慰安旅行に引っ張り込まれて……は、裸をあいつに見られて!すい〜とる〜むで……あ、あ いつ に……あ いつに……あ、あいつに……

 もう一度、左隣を盗み見る。
 ……あ、目が覚めたのかしら。頭を振って黒板を見てる。

 ……そして、委員長会議であいつが……ううん、あたしも……暴走しちゃって。逃げたあたしを追って、あいつと特別情報処理教室で、あの……こ、こ、 こ……
 ……告白
 はぅぅぅ

グシャ

 い、いけない。思わずノート、握りしめてた。
 そっと広げ直して、皺を伸ばして。
 
 あれ……全校生徒に……というか、TVに映っちゃってたから街の人たちにも筒抜けになってたのよね。こ、告白……そして、け……け……けっ……けっ

 結婚っ

ごーん

「だ、誰だ、なんだ、今の音は?」
「なんか、凄い音したぞ!?」

 い、痛いわよっ!
 ていうか、なんでわたし、さっきの今で頭ぶつけてるのよっ!
 はぅ……
 ……自分でもビックリした……ホント。

 そっと顔を上げてみると、クラスのほとんどが目を覚ましたようだった。でも、なんの音かは分かってないようで……
 ん?何?

 あいつがわたしを見て、そっと前のほう、何かを指さしてる。
 見ると、そこには……

「……ふにゅ−、猫さん−」

 ……名雪。いつもながら……見事な寝相だわ。
 見ると、周りの起きた人たちも、名雪を見てクスクス笑っている。
 なんか……あの子と誤解されたみたいね。
 はぅ。
 まあ……助かった感じだから……ごめんね。今度、イチゴサンデーおごるわね、名雪。
 名雪……

 あたしはまた、左隣をチラッと見る。
 あいつはもう、黒板に目をこらして、寝ていた間の分を取り返そうと……というほどじゃないか。ただぼーっと黒板を……

 ……名雪。
 あいつ……名雪を好きだったのよね。確か……間違いなく。
 だって、あいつ自身が言ったんだから。
 というか、あたしがあいつに言ったんだっけ。『相沢くんも災難よね。おかげで、名雪にも誤解されて』って。
 そして、あいつが……『だから、オレが名雪を好きだってこと……』
 はぅ

 って、危ない危ない。また頭をぶつけるところだったわ。さすがに今度はごまかせないわよね。危ないところ……
 ……何を動揺しているんだろ、あたしは……

 もう一度、名雪の顔を見る。
 本当に、幸せそうな寝顔。
 幸せそうな……

 『祐一はね、わたしの従兄弟なんだよ。』
 初めて聞いた、あいつの名前。電話で、他の話題のついでのように……というか、完全についでのおまけで言ってたけどね、名雪……
 『両親が夜逃げしたから、今度うちに来ることになったんだよ、祐一』
 ……そういえば、名雪……適当すぎるでしょ、あなたは。
 全く……

 ……なんだろ、この気持ち……
 胸の奥、なんか……チリチリ……モヤモヤ……する?
 名雪……に?
 ううん……いや、それもあるかも。ううん、ないかも。でも……

 もう一度、左隣に目をやる。
 あたしの目線に気がついたのか、あいつはあたしの方を……

 はぅ、なんか……見れないというか……み、見たいというか……
 分からない。なんだろう、この胸の奥……

 相沢……祐一。
 相沢……くん。
 相沢……祐一。
 ゆ、ゆ、ゆう……
 ……相沢。
 あい……ざわ……
 相沢……香里?

ガタッ

キンーコンー

 思わずあたしが立ち上がった瞬間、ほぼ同時に終業のチャイムが鳴った。
 というか、何で立ってるのよ、あたしはっ!?

「なんだ?どうした、美坂」
「え、あの……」

 催眠術師が振り返ると、あたしの顔をじろっと見る。

 あーーーっ!
 何やってのよ、あたしっ!!
 あたし……

「そ、早退しますっ!」
「え?」

 なんか、教室のあちこちで声が上がったけど、あたしは鞄を取って教室を飛び出した。
 急いで教室を飛び出して……

 あーーーーーーーーーーーっ!
 今の、6時間目だった。ということは……あとはショートホームルームでどのみち終わりだったんだ。
 何やってんの、あたしーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?

 あたしはその場でしゃがみ込むか、壁に手を叩きつけるか、大声を上げるか……
 ……ううん、もうなんか、どうでも良くなった。
 どうにかしたかった。
 どうにかなりたかった。
 
 一人になりたくなった。
 誰もいないところに行きたかった。
 誰もあたしを知らないところに。
 誰も……

 他の教室の生徒たちのざわめきが聞こえた。
 もうすぐ、放課後。
 学校に……中庭に……運動場に生徒たちが出てくる頃。
 街に……商店街に……人が出てくる時間。
 みんな、わたしのことを知っている。
 知ってる人たち。

 誰もわたしを知らないところ。
 誰もいないところに行きたい。
 誰も……


 その時、あたしの頭に浮かんだのは
 あたしが一番好きな
 この街で一番寂しいところだった。


 同時に、頭に浮かんだ。
 あたしって……自爆体質でもあるよね。絶対。
 はぅ



  ☆  ☆  ☆



「何やってるんだかな……」

 放課後。
 もう陽はだいぶ傾いて、あたりをオレンジに染め始めていた。
 街路樹の影も長く道路に落ちている。

 香里が教室を飛び出していった直後は、まあ例によって大騒ぎだった。

『相沢夫婦、破局か?』
『謝れ!とりあえず、良いから謝ってこい!』
『奥さんに何言ったんだ、相沢!』

 ……って、何も言ってないわ!
 というか、何にもしてないっ

 そもそも、なんで香里が突然教室を飛び出していったのか、オレにもさっぱりわけが分からなかった。
 もちろん、オレが何をしたわけでもないし、そもそも口すら聞いてない。
 ……そういえば、あの日以来、ゆっくり話をすることも、考えてみたらなかったが。
 というか、それ以前に、オレ、あいつとまともに話をしたことが、あるのか……?

 思い出してみると、オレが香里と話をしたのは、初めて会った日……初登校日?あとは、あのTVインタビュー事件……懲罰委員会……遊園地……査問委 員 会……温 泉……
 うん。まともに話してないな。ぜんぜん。
 大体、2,3回会話したくらいで香里が怒ってオレの首を絞めるか、キスするか……胸だな。うん。胸。
 って、何思い出してるんだ、オレは。

 ともかく、オレとしては心当たりもないし、あいつが何で出て行ったのか、興味もなかった。
 なかった……んだけども……

 気にならないことは、ないこともないことも……ない。
 立ち上がったとき、チラッと見えた香里の目。
 泣いてるわけでも、怒っているいるわけでもない、ただ焦点が定まってないような、ぼんやりとした瞳。
 怒ったり焦ったりしてない時、ふっと浮かべていた気がする、あの表情は……
 いやいや。ここで追ったらそれこそ、いいオモチャ……

 そう思い、騒ぐ奴らを無視してオレは水瀬家へと帰ったのだが。

 ……なんで鞄、丸ごと学校に置いてくるかな、オレ……
 しかも、家に着くまで気がつきもしなかったし。
 動揺してたのかなぁ……

 傾いていた陽に、一瞬、戻らずに済まそうと思ったオレだったが、明日提出の宿題の存在を次の瞬間には思い出していた。
 教科書だけなら名雪が帰ったら見せてもらうことも出来そうだが、ノートとなると……
 万年居眠り娘に期待するだけ無駄だな。
 うん。
 そんな、半分あきらめと共に水瀬家を出てきたわけだけれど……

「……寒いな」

 雪景色の夕暮れは、見た目以上に寒かった。
 なけなしの衣類から探し出して引っ張り出して重ね着したコートでも、寒さが身に染みる。
 そろそろ慣れてきた学校へ向かう道はオレンジに染まり、ようやく見えてきた学校の校門も雪を被って…

「あ、祐一お兄ちゃん!」
「ぐはっ」

 いや、前置きなしのそのセリフ、いきなりはダメージでかいっす、栞ちゃん……
 慌てて目をこらすと、黒いストールに身を包んだ小さな姿がオレの方に手を振っていた。

「あ、こんばんわ、です。お兄ちゃん」
「あ、う、うん。こんばんは、栞ちゃん」
「はいっ」

 校門まで歩いていくと、白い息を吐きながら栞ちゃんがオレを見上げた。
 真っ白な肌をオレンジ色に染め、大きな瞳でオレを見ながら

「お姉ちゃん、一緒じゃないんですか?」
「え?」
「まだ……家に帰ってこないんですけど」

 香里が……まだ帰っていない?

「……どっかで遊んでるんじゃない?ゲーセンとか、カラオケとか……」
「に行ったりするようなお姉ちゃんじゃない……です。」

 俺が軽く言った言葉に、眉をひそめる栞ちゃん。

 うん、まあ……あの超純情かつ真面目娘の香里が、一人でゲーセンで格ゲーをしたり、カラオケで熱唱している姿は想像できない。まだ、本屋とかCD屋 と か、友達の 家とかなら想像できるが……

「今日、お姉ちゃん……わたしと一緒に帰る約束してたんです。だから、校門で待ってたんですけど……来なくって。」
「……」
「本屋とかCD屋とか、あと知ってるお姉ちゃんのお友達には確認してみたんですけど……いないんです」
「……」
「……いないんです……」

 白い息を吐きながら、下を向いた栞ちゃん。
 真っ白なストールに包まれた肩が、少し震えているようにも見える。

 ……まあ、高校2年の女の子が帰らないって、まだ陽も落ちないのに大騒ぎするのは心配性過ぎると思うんだが。
 でもなあ……あの香里が、栞ちゃんとの約束を破って、しかも行方不明っていうのは……確かに心配してもしょうがないかもな。

「でもなあ……」

 といって、オレも心当たりなんて、と言おうとした瞬間。

「あ、祐一!?」

 のんびりた声と共に、名雪が駆けてきた。
 部活中なのか、ジャージ姿の名雪はオレの前で立ち止まると

「祐一、いいとことに……って、栞ちゃん、こんばんは」
「はい、こんばんは」

 律儀に挨拶を交わす二人。

「あ、そういえば」

 と、名雪が頭を上げると、オレに向き直り

「大変なんだよ」

 言葉の割に、口調に緊張感がない。悪く言えば、棒読みにも聞こえる。
 まあ、いつも同じようなもんだが、名雪の場合。

「……何がだ」

 一応、オレが聞くと、名雪はちょっと首を傾げて

「香里がね……帰ってないみたい」
「……だから」

 その話をしていたのだが……まあ、名雪だしな。
 オレは手を振りながら

「だから、栞ちゃんとその話を……」
「ううん、そうじゃなくてね」

 名雪は、でも大きく首を振ると

「香里、学校から……外に出てないみたい」
「……はぁ?」

 オレは名雪の顔を見た。

「……何で分かる?」
「うん。だって……外履きが、下駄箱にあったからね」
「……なるほど」

 それは、確かに。
 この雪の中、中履きシューズで外に出たら、ろくに歩けるはずがない。
 まあ、オレはまだブーツでも転びそうになるけどな。
 ていうか、良く転ぶけど。うん。

「ということは、香里はまだ校舎の中にいるってことか?」
「そういうことになるね」
「……」
「ちなみに、図書室とか部室にはいなかったみたいだよ」
「……」
「ということで、わたしは部活に戻るね。祐一は、香里を探してよ。ね?」
「あ、じゃあ、わたしも……」
「栞ちゃんは、校門で待ってた方が良いと思うよ。」

 学校に行こうとした栞を、名雪は押しとどめるように言った。
 というか、腕、持ってるよね。
 名雪にしては、何か強引な……

「え?」
「うん。思うから。」
「……」
「……祐一、またね」
「あ、えっと…はい。またです!」
「……」

 戸惑うように言って手を振る栞ちゃん。
 その横で、ニコニコと手を振る名雪。

 ……何か、違和感、感じるんですけど……
 なんだろ。この何となく……

「……はぁ」

 オレは小さな引っかかりを感じたが、とりあえず……
 まあ、鞄、取ってこないといけないしな。行くかぁ。

 俺は首を振ると、雪で土も見えない運動場を横切り、下駄箱で内履きに履き替えた。
 それから、リノリウム張りの廊下へと一歩……

「よう、相沢」
「?」

タン、と床に足を付ける間もあらばこそ、目の前に北川が立っていた。

「美坂を捜しているんだって?さすが、夫婦だな」
「……」

 一言も、そんなこと言ってないわけだが……
 何なんだ、その用意しておきました的セリフは?

 オレは黙って北川の顔を見た。
 北川はウインクをしながら右手を握って、ぐっと親指を立てると

「この1階は見てきたけど、誰もいなかったぜ!」
「……」
「だから、上の方、見てきたら良いぞ、相沢」
「……」

 ……だから、聞いてませんよ、オレは一言も?
 というか……

「そういえば、相沢。覚えてると思うけどな」
「……」
「おまえら、遊園地には年間タダ券持ってるよな。年間パスポート」

 ……それはあの時の、あの記念のやつだよね。10万人の。うん。

「というわけで、俺は帰るから。後はよろしくな、相沢」

 ひらひらと手を振りながら、北川は玄関へと……
 ……ちらちら、振り返ってるよね。うん。帰る気、ないよね。おまえ。
 えっと……

 頭、痛い……

 オレは思わず、頭を抱えたが……
 ……どうしようかな。これ。このまま行くと……
 ねえ。うん。まあ、そうなるよね。

 いくら流されやすい、しかも自爆体質のオレでも……分かるんだけど。
 というか、回りくどいよ、おまえらっ
 ……はぁ

 オレは溜息をつきながら、夕日に染まった廊下の窓を見た。
 窓の向こう、オレンジ色の夕日が、雪景色の向こうに見えた。

 まあ……でも、多分、本人はきっと……

カツン、カツン

 オレはゆっくりと階段を上って……
 ……次は、誰だろ?
 まあ多分、佐祐理さんあたり……

「あはははー、祐一さん、こんばんは〜」
「うわっ」

 いきなり、すぐそばではじける声。
 ていうか、テンション高すぎです、佐祐理さん……
 分かっていても、心臓に悪いわ。

「……こんばんは、佐祐理さん」
「はいっ」

 無駄に元気な声と共に、佐祐理さんは頷いた。
 手には何か細長いものを2枚、握りしめていた。

「2階は誰もいませんから−」
「……はい」
「安心して上に上がって下さい−」
「……はい」
「あ、あとこれは佐祐理のお父様からのプレゼントですから−」

 佐祐理さんは言うと、握っていたそのプレゼント……レストランのお食事券をオレの手の上に置いた。

「あのラブホテル街の先の、普通のレストランですからねー」

 ……佐祐理さん。元気に『ラブホテル』とか言うのはやめて下さい。廊下じゅうに響いて、オレの方が恥ずかしいです……

「では、佐祐理は帰りますね。頑張って下さいね、祐一さん〜」

 言いながら、佐祐理さんは……
 ……帰ったふりくらいして下さいよ、佐祐理さん……

 全く帰る素振りもない佐祐理さんに送られるように、オレは階段を上った。
 佐祐理さんの次となると、3階は……

「……3階は、誰もいないぞ」
「……」

 うん。久瀬だな。
 どう考えても、久瀬だ。
 ていうか、久瀬だけど。

「ちなみに、屋上は冬は立ち入り禁止だ。だから、当然、普段は誰もいない」
「……」

 スカした声で、偉そうに言う久瀬。
 というか、久瀬だな。うん。

「……だからって、学校でのプレイはほどほどにするように。風紀が乱れ」

ドカッ

「おいっっっっ」

 なんかむかついたので蹴ってみたら、吹っ飛んだ久瀬は、なぜか開いていた窓から落ちていった。
 確か……3階だよな。
 でも、まあ……下は雪が積もった中庭だよな。
 それに、久瀬だよな。
 というか、久瀬だし。
 うん。問題ない。

「……はぁ」

 どうでもいいことは置いといて、オレは階段の上を見上げた。
 言ったことはないが……3階の上、階段の行き止まりには大きな鉄製のドアが見えた。
 オレはゆっくりと上っていくと、丸いノブに手を掛けて、ゆっくりとドアを押してみた。

キィー

 思ったより小さな音と共に、ドアはゆっくりと開いた。
 その先、四方を金属製の金網の柵で囲まれた屋上は思ったよりは広く、オレンジ色に広がった空に中庭のように広がっていた。
 幾つかベンチが置かれ、多分、春になるとひなたぼっこする生徒で賑わっているだろうが、今は全て雪に覆われて静かに黄昏に染まっている。
 ……いや、端のベンチだけは綺麗に雪が払われて、わずかに夕日を反射していた。
 そして、そのベンチの端の方、長く伸びた影……風に揺れる、ウエーブの掛かった長い髪。わずかに夕日にぼんやりと浮かぶ、オレンジに染まった横 顔……

 オレは一つ、小さく息を吐いた。
 そして、振り返ると小さな声で、多分……間違いなくいるだろう名前を呼んだ。

「……天野。いるんだろ」
「……」

 一瞬の間。
 次の瞬間、音もなく小さな姿が、出入り口の影から現れた。

「……分かりましたか」

 いや、分かるでしょ。普通。
 RPGのラスボスまで行く途中の中ボスたちみたいな、わざとらしい配置だろ、これはあまりにも。
 ……わかりにくい表現だな、我ながら。
 うん。

「まあ、あれだけあからさまだと、RPGのラスボスまで行く途中の中ボスたちのようでさすがに分かりやす過ぎたかもしれませんね」
「……」
「……分かりにくい比喩だったでしょうか、相沢先輩」
「……いや、分かりやすいよ。うん」

 というか、天野……おまえ、ひょっとして……ゲーマー?
 いやいや。

「で」

 オレは溜息をついて、天野の顔を見た。

「こんな分かりやすい……回りくどい方法でここまでオレを連れてきたからには、アレだよな?」
「……」
「どうせ、どっか遠くから望遠でこの屋上を狙っているカメラがあったり、ベンチの下に盗聴装置が付けられてたりするんだよな、きっと?」
「……」

 オレは天野の顔をじっと見た。
 天野は……

「さすがにそんな、プライバシーの侵害をする気はありません」
「……」

 いや、プライバシーって……
 今までオレにあった気がしないんですけど。
 ていうか、目、そらしたよね、今?

「……」
「……」
「それに盗聴装置はベンチの下ではなく、背もたれの裏です」

 って、さらっと言っちゃったよ、この人。
 プライバシーの侵害はどこ行ったんだよ?

「……はぁ」

 オレは溜息をもう一つ、付いて天野の顔を見た。
 ていうか、オレ……今まで自分には悪魔が味方しているとは思ってたけど……ここまで目の前であからさまに見た悪魔は初めてだよなあ、多分……

「これ、あいつ……香里は、何も知らないことなんだよな?」
「……はい」

 小さく、でも確かに頷いた天野。

「あいつ……ずっとあそこで、ああしてる?」
「……はい」
「そうか……」

 オレは振り返って、ベンチの影を見た。
 長く伸びた影は、ゆらゆらと髪が風になびいて……

「……新聞ネタ、スクープのためなら何でもするのかもしれないけど、さ」

 オレはまた、天野に振り返ると、ゆっくりと言葉を吐き出した。
 今までなら……いつもならもっと何か、怒ったり昂奮したりして言ってたんだろうけど、こんな時。
 でも……なぜか、今は……

「でも、今日は……今だけは、二人きりにしてくれないかな。天野」
「……」
「頼むよ。今は。」
「……」
「後でなら……独占インタビューでも何でもするから。この通り」

 オレは天野に、頭を下げていた。
 本当は、頭を下げることじゃない。こっちが頭を下げるのは、おかしい。
 分かっていたけど……
 だけど……今は……

「……分かりました」

 顔を上げると、天野はいつも無表情のまま、でも小さく頷いた。

「……では」

 そして、ドアに手を掛けると、音もなくその姿はドアの向こうに消えた。
 残ったのは、オレンジに染まった屋上の風景と、端っこのベンチ、風にわずかに揺れるウエーブの掛かった髪。そして、オレ……

 オレはゆっくりと雪を踏み、長く伸びた影に近寄った。
 影は俺の足音にはに気付かぬようで、ただぼんやりと柵の向こう、オレンジに染まった街を見ているようだった。
 オレはベンチの反対側の端にゆっくりと腰掛けて、その瞳を、横顔を眺めながら。
 さて、どう声を掛けたものか……



  ☆  ☆  ☆



 陽が傾いていく。
 オレンジ色に染まっていく街並みを見るのは好き。

 だけど、嫌い。
 だんだん赤く染まっていく空の果て、星が広がっていくのが見えるから。
 一面に広がった屋上の空に、暗く、瞬く、星たち。

 新校舎の屋上は、わたしがこの学校で一番好きな場所だ。
 一番好きなのは、みんなが楽しそうにご飯を食べたりだべったりしている春や夏や秋じゃなく、立ち入り禁止になって物音一つしない、真っ白な雪に覆わ れた 冬の屋 上。
 傾いていく夕日に、部活の騒音すら消えていく夕方。大きく開けた空が、抜けるように青く、白く……オレンジ色に染まる姿。身を切るような冷たい北風 に、 わずかに 舞って散る雪のかけら。
 誰もいない、わたしが知る限りこの街で一番寂しい……一人になれるところ。一人で、何も考えないでいられるところ。

 ……のはずなのに。

「……はぁ」

 溜息さえ白く凍っている。
 この冷たさに、あたしはいつだって心を落ち着かせてきた。
 あの、栞が……もしかしたら。そんな時期さえ。
 ここでこうしていれば、何も考えないでいられたのに。
 なのに……なんであたし、溜息なんてついているんだろう……?

 さっきから、同じことを考えて堂々巡りしてる。
 自分でも、そんな自分が腹立たしい。
 あたしは……いつも冷静。
 いつも真面目な……普通の高校生。
 うん。
 今はちょっと流されて、ちょっといつもと違うだけの、普通の……

 い、いや、もちろん、流されるのがそもそもいけないって言うことはあるわよね。
 まあ、ちょっとその……流されて、き、き、キスくらいは今時の高校生だもの、別に普通よね、普通。うん。
 それに、その、む、胸も揉ませたわけじゃないし。揉まれただけだから。不可抗力よ、不可抗力。
 全ては、ちょーっと流されやすいあたしが、無理矢理、その、キスとか、胸とか、は、裸とか……無理矢理、見られて揉まれて触られて、ちょっと舌 を……
 って、何考えてるの、あたしっっ

 ……はぁ
 落ち着いて。落ち着いて。
 その、えっと……だから、あたしが、あたしから、合意でしたわけじゃないことだから。最後まで、ただ、流されただけで。
 うん。そうよ。
 あたしが……あんな奴を好きになるわけがないじゃない。
 あんな……あたしの気持ちなんかいつも無視して、いつも無理矢理、あたしを……

『本当は、おれは…いつの間にか本当に、周りに言われたからとか、くっつけられたからとかじゃなく、本当に…お前のこと、好きになってたんだ。そう思 う。 いや、そ うなんだ。そうなんだよ…』

 あ、あんなこと、突然言われたから、ちょっと……ちょっと頭が飛んじゃっただけなのよ。あたし……
 ……あたしは……

『「卑怯で…自分勝手で。スケベで、気が利かなくて、思いこみ激しくて。口が悪くて、そのくせ本当は気が小さくて。顔も十人並みだし、頭もぜんぜん良 さそ うじゃな いし。ほんと、どうしようもない奴なんだから。』

 そ、そうよ。そうなのよ。
 あたしは、そう思ってたし、実際そうだし。だから、そんな……
 ……そんな……

『……なのに、なんで…あたしも、好きになっちゃんだろ…』

 ……なんであたし、こんなに完璧に、一言一句まで覚えちゃってるわけ?いつもは、勉強の時なんか単語覚えるのに四苦八苦して、漢字の書き取りだって たい したこと ないし、ミミズは解剖できなかったけど蛙は解剖できたわよ。あと、化学実験で教室の半分壊滅……
 じゃなくてっ
 何であたし、あいつのセリフなんて……あたしの、セリフ……

『…初めてあった時…名雪の従兄弟でしかなくて。それから…何度も何度も、偶然があって。何度も何度も、誤解されて。自分勝手な奴だなって…嫌な奴 だっ て、思った わ。」
「だけど、思ったほどひどい奴じゃないかも…結構いい奴かもって思ったり。でも、そしたらそう思うのが悔しくなって、嫌な奴だって思おうとして。何度 も、 何度も頭 にきた。何度も何度も、歯がゆく思った。何度も何度も…』
『………何度も、思ううちに、あたしのなかであなたのことが、だんだん大きくなって…なぜだか、いつの間にか、いつもあなたのこと、どっかで考えるよ うに なって た…』
『だけど…でも……』

『……香里。』

 だから、一言一句を……
 ……あいつの、表情まで……

『……こうなっちゃったんだもの…もう、責任…取ってくれるわよ…ね?』
『……とってやるさ……一生な』

 だから、思い出さないでも良いってばっっっ
 あたし、そんなキャラじゃなかったはずよね?
 そうよね?ね?ね?
 あたしは……

 思わず、抱えていた鞄をぎゅっと抱きしめてた。
 少し湿った鞄の、持ち手の金具が冷たかった。
 冷たくって……

 ……うん、そうよ。
 あたしは……そんなキャラじゃないはず。
 ……流されやすい、自爆系かもしれないけどっ
 だけど、だけど……

 そうよ。あたしは……真面目で。
 妹思いの……お姉ちゃんで。
 友達思いの……
 ……名雪……

『祐一はね、わたしの従兄弟なんだよ。』

 ……どうかしてる。
 こんな……モヤモヤした気持ち。
 あたしがあの、天然ボケの……あたしの、一番の親友に、持つ理由なんてない。ないはず。
 あるわけが……

『祐一はね……』

 ……ないわよね。うん。
 従兄弟なんだから。名雪は、あいつの従兄弟、だから。
 だから、別に……
 ……、あいつを、別に……

『祐一……』

 ……まさか……ね。
 あたしが、まさか……

 相沢……祐一。
 相沢……くん。
 相沢……祐一。
 ゆ、ゆ、ゆう……
 ……相沢。
 あい……ざわ……

「……相沢、くん」
「……なんだよ、香里」
「え?」

 すぐ後ろで、声がした。

「って、あ、相沢くん!?」
「おう」

 振り返ると、あいつがベンチに座っていて、あたしに小さく手を振った。
 顔が少し赤い……というか、気がついたらあたりはオレンジから赤にすっかり色を変えていた。

「な、なんでこんなとこにいるのよ?」
「なんで、って……」

 あたしが聞くと、あいつはちょっと肩をすくめて

「話すと長くなるんだけど……」
「……けど?」
「……簡単に言うと、悪魔が味方した。」
「……はぁ?」

 意味不明。
 まあ、こいつの言うことは、いつもちょっと意味不明な気がする。
 ちょっと、いつも。
 でも……

「……まあ、悪魔が味方したんだったら、しょうがないわね」

 こんなことで、嘘をつく奴でもない。
 それに、まあ……確かにあたしたちには、悪魔が味方してるし。
 あの、駅前で会ったときから……

「まあ、今日の悪魔は、姿が見る奴だったけどな」
「見えるの?」
「というか、顔も知ってるけど」
「はぁ?」

 どういう悪魔よ、それ。

「まあ、『あはははー」って笑うやつとか、スカした奴とか、お節介野郎とか……天然ボケとか?」
「……意味、分からないわ」
「ははっ」

 ちょっと肩をすくめて、あいつが笑う。
 ちょっと影になっていて、顔はよく見えないけど……息は白い。

「何よ、天然ボケの悪魔って……」

 天然ボケ。
 ……あたしの、親友。

 ああ、そういうことね……

「……じゃあ、その辺でカメラ持ったり、マイク持ったり、あのアナウンサーがいたりするわけ?」
「いや、それは……ない。というか、追い払った」
「……そう」
「というか、TV局はさすがに、最初からいない……と思う。あとは、まあ。」
「……そう……」

 じゃあ、誰もいないんだ。今は。
 いつも、家でも……心配性の勘違い一卵性親子がいて。学校の行き帰りでも、街の有名人で。学校では人目がどうこういうレベルじゃなくて、もう絶対、 一人 だって思 えるときも……場所もなかったけど。
 今は……二人だけ、か。
 二人……だけ。
 ふたり……

「……はぅ」
「ん?」

 な、なんでもないわよ、なんでも。
 というか、ちょっと声に出ただけよ。
 ちょっと、動揺しただけ……

 って、何動揺しているのよ、あたしっ
 動揺……

 左を、ちょっと盗み見る。
 あいつは赤く染まった街並みを、ぼんやり見ているみたい。
 横顔、夕日が当たっている。
 白い息が、あたしの方に流れて……

「……寒いわね」
「……そうだな」

 あたしは言ったけど、でも、本当はあんまり寒くはない。
 というか、指先とか、凍りそうな感覚に、絶対寒くないわけがないんだけど。
 だけど、なんだか……感じない。ドキドキするばかりで……

 ……ドキドキ?
 してる。
 鼓動が早いとは思わないけど……心臓が動いているな、ってことは意識する。
 これをドキドキって言うべきなのか。それとも、何か違う……?

「さ、寒いから」
「ん?」

 良く分からない……ちょっと自分でも。
 だから……

「風、そっちから吹いてるから」
「そうだな」
「だから、もうちょっとこっち……寄りなさいよ」
「……おう」

 試してみる。
 このドキドキが……

 って、近い、近いっ

「ちょ、ちょっとストップ!」
「ん?」
「そ、その辺で……良いわ。ていうか、半径、1メートル以内禁止っ」
「おいおい」

 慌てて止めたら、あいつは多分苦笑した。
 ていうか、我ながらチキン過ぎ。
 30センチも移動してないのに、何でこんな……ドキドキ?
 ドキドキ。

 心拍数が上がる。頭に血が上る感じがする。ほほが、熱い……
 ……なんて言うんだっけ?そういう話。男女が、ドキドキするような体験を一緒にすると、お互いが……という話。
 何とか……シンドローム?えっと、ストックホルムシンドローム?
 いや、アレは違うか……誘拐犯と被害者の話よね。
 じゃあ……フレミング右手の法則?
 いや、あれは物理の定理よね。電流と磁界と……力だっけ?それは左手?
 じゃなくて、えっと……シュレディンガー音頭?
 ていうか、あれは猫だし。って、物理から離れてっ
 えっと……うん。あれよ。吊り橋効果。
 吊り橋とか、お化け屋敷とか、ドキドキするところで男女が一緒に過ごすと、お互いが……そう勘違いしちゃう効果。

 左をそっと盗み見る。
 ……うん。どうみても間抜け面。久瀬さんの方がずっとイケメン。顔とおんなじで、頭も良くなさそう。しかも、間違いなく……スケベ。

 冷静になれ、美坂香里。
 あんたは、真面目で…ウブでねんねだから、吊り橋効果にコロッと掛かっただけでしょ。
 だから……たかだか、親友がこいつを、名前で呼んでるだけで、嫉妬に似た気持ち、持っちゃうだけだから。
 きっと、そう。
 うん。
 たかだか、名前を……呼び捨てにしてるだけじゃない。なんてことない。別に誰でも……ただの友達でもすることじゃない。
 たかだか、それだけのこと……

「……相沢くん」
「ん?」

 あいつがあたしを見る。
 よし、大丈夫。あたしは……言える。
 というか、そんな構えなくても言えるわよ。
 だかだか……
 相沢祐一。
 相沢、祐一。
 相沢……祐一。
 ゆういち。

「……ゆ」
「……」
「……ゆ」
「……」
「……ゆう」
「……」
「……」
「……」
「……ゆう……」
「……」
「がたは寂しいわね、ここは」
「……そうだな」

 あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ
 あたしの、チキンーーーーーーーーーーーーーーーーーっ

 ど、どうするのよ、こんなことさえ言えなくって?
 このまま、こんな調子でズルズルしちゃったら、あたし、け、結婚しちゃうわよ?結婚。
 そしたら、どうするわけ?こいつのこと、なんて呼ぶわけ?相沢くん、てあたしも相沢なわけよね、そうよね?
 おかしいでしょ?おかしいわよ。
 ていうか、お父さん、養子とか言い出さないかしら?でも、こいつも一人っ子みたいだし、それは断るわよね、いくらお父さんが言っても。

 落ち着け、落ち着いて、あたし。
 だから、相沢確定なわけだから、相沢と相沢が相沢で呼ぶのは、どう考えても変よね。普通そう時、呼び方は、アレよね。うん。
 あ、あな……た。
 あ……なた。

 無理。
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理。
 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーっ
 呼べない。
 あたしには、無理。
 だいたい、今でさえあたしの一人称は「あたし」なんだから。あたしと、あな……た。
 無理……無理よ。
 せ、せめてあたしが「わたし」で。
 で、もうちょっとしっとりして、古風で……だったら、例えば……

「……旦那さま」
「……へ?」

 な、なに言ってるのよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ
 ていうか、なんでそんな言葉だけさらっと言っちゃうのよ、あたしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ

 だいいち、『旦那さま』なら自分のことは『妾』でしょ。
 て、なに落ち着いた風に考えてるの、妾、じゃない、あたしっ
 というか、相沢くん、あんたも、声ひっくり返ってるわよ……って!?

「な、なにしてんのよ、アンタ!?」
「え?」
「だ、だから……」

 なに自分で上着。脱ごうとしてるわけ?
 そりゃあ、ここは誰もいない……静かで、人気がないところよ?
 だけど、でも、外なのよ?

「あ、あんたね、こんなところでは、イヤよ、絶対っ」
「……」
「ていうか、こんなとこじゃなくてもイヤだけどっ」
「……」
「あああ、ていうか、あたし……」
「香里。オレはただ……コート貸そうかと思っただけなんだが。寒そうだし。」
「……へ?」

 あいつは手を止めて、あたしの顔を見ていた。
 ……ニヤニヤするんじゃないわよっ

「えっ……あ……」
「……要るか?」
「……」
「ほいっ」

パサッ

 あいつはどうやら重ね着していたらしいコートを1枚脱ぐと、ベンチに腰掛けながらあたしにトスした。
 男物のグレーのコートが、左の肩に掛かった。
 少し、重くて……暖かい。
 特に暖まってたわけじゃないんだろうけど……今まで感じていなかっただけで、やっぱりあたしの体は冷え切っているんだろう。

 袖に手を通すと、ずっと仕舞われていたのだろう、防虫剤の匂いがした。
 それと、少しだけ、違う匂い。
 少し大きい……けど、裾を引きずるほどでもないコートの丈。
 
 あたしは前を合わせると、ベンチの、ちょっとだけ近くに腰を下ろした。
 あいつをそっと見ると、またやっぱり街並みを……暗くなっていく街を見ていた。
 あたしは……

 ドキドキは、していないと思う。
 心臓の鼓動は、意識している。
 こういうのも吊り橋効果……なんだろうか。
 分からない。
 分からないけど。

 あたしはあいつから、街並みの影……この街であたしの一番好きな光景に目を移しながら。
 多分、あいつも……



  ☆  ☆  ☆



 香里がオレの顔を見ているのは、視線で感じていた。
 でも、どうせ目を合わせると、香里はさっきのようにワタワタになってしまい、まともな話も出来なくなる。
 分かっているので、オレは街並みへ、だんだんと光をます街灯たちの方に目をやったままだった。

 というか、考えてみなくともオレと香里は、真面目な話であれたわいない話であれ、まともに目を合わせてゆっくり話をしたことがない。
 というよりも、そんな機会がなかったわけだけど。
 あの、駅での出会いからの激動の日々。あの間は基本的に、お互いに顔を合わせないようにしてきたわけだし……香里が入院してたりもしたしな。
 そしてあの……告白の日からは、学校中というか、街中の人たちの目があって、授業中、隣の席にいてもなんだか話をする感じにもなれず。
 というか……

 オレは右の方を盗み見た。
 香里はもうオレではなく、町の方に目を……

 気には、なる。
 ドキドキはしないけれど、心臓の鼓動は意識する。
 だけど……

「なあ、香里」

 オレは香里の声を掛けた。
 香里は、ゆっくりとオレの方に振り向いた。
 少し緊張したような……でも、少しうるんだ瞳。

「……あれだと思ってるんだろ?」
「あれって?」
「なんだっけ?あの、男女が、ドキドキするような体験を一緒にすると、お互いが……ってやつ。あの……」
「……」

 香里はビクッと肩をふるわせたが、目はそらさなかった。

「……アルジャーノン・ゴードン効果?」
「……オレに手術を受けろってか?」
「花束なら供えてあげるわよ」
「オレはネズミかっ」

 香里はクスッと笑った。

「……吊り橋効果、よね」
「ああ、それ」

 吊り橋効果。
 考えれば、下着姿見ちゃったり……裸もちょっとだけ、見ちゃったけど……キスしたり、されたり……舌も入れちゃったり。胸揉んじゃったり……
 香里も自分で言ってたように、そんなことがあいつの身に起こったことなんてこれまで一度だってあったはずもない……オレだって、彼女くらいはいたこ とは あったけ ど、ここまでのおつき合い……不可抗力だけど……自爆したり、流されっぱなしになったせいもあるけど……したことなんてない。
 だから……

「結婚って……さ」
「……うん」

 また、身を固くする香里。
 黙ってオレを見ているその顔は、少し不安そうに見える。
 オレはそんな香里に、笑って見せて

「一生を誓ったら、絶対一生……死ぬまで一緒にいるものだって、思ってるよな、おまえ。成田離婚とか、とんでもないって思ってるだろ?」
「……」
「そう思う人と……思ってくれる人と結婚するんだって、そう思ってるだろ?」
「……うん」

 香里は小さく頷いた。
 素直なその姿にオレはまた笑った。

 まったく……黙って、落ち着いていれば、勝ち気で真面目で冷静な、委員長タイプの美坂香里。
 でも、本当は今時珍しいほどの乙女脳な、超純情娘。

「だから……なしにしようと思うなら、するしかないと思うわけ」
「なしにって……」

 香里は驚いた顔でオレを見た。
 そして首を思い切り振ると

「無理よ。だって、それって、あの日から……いろいろ全部、なかったことにするようなものでしょ?」
「……確かに、それは無理だろ。」
「でしょう?」
「それは、タイムマシンでもない限り、無理だと思うよ。あの…全部をなしにするのは」
「だったら……」
「でも、結婚……だけはこれからだから。頑張れば、なしってことには出来ると思う。そうだろ?」
「……」

 オレの言葉に、香里は目を落とした。
 それから、また大きく首を振って

「それは……無理でしょ。今までの流れからして」
「いやいや」
「どうせプレッシャーに弱くて、流されやすくて……自爆体質じゃない、相沢くん。」
「うーん……」
「……あたしも、だけど」
「だよなあ」
「……」

 勢いに……調子に乗りやすい、というより自爆しやすいオレ。
 同じく、流されやすくって、プレッシャーに超弱い香里。
 だけど……

「だけど……だからこそ、この1ヶ月のこと考えると……何とかなると思わないか?流されたって言ったって、見知らぬ17才の高校生二人が、1月足らず で結 婚するこ とになっちゃったわけだろ?それを考えたら……」
「……凄いことになると思うけど。これまでと同じくらい……それ以上。」

 香里の目は、オレの目をのぞき込むように見つめていた。
 まるで真意を確かめるように。

「……また、胃に穴を空けるわね、きっと。2回ほど」
「おう。今度は、見舞いに行くよ」
「やめてよ。間違いなく、妊娠騒動になるから」
「栞ちゃんあたりの想像妊娠に、だな」
「確かに」

 フフッと香里は笑った。
 それからホウッと白い息をつくと

「何とかなる気はするわね、確かに」
「おう」
「確かに……」

 香里は空を見上げて、ホウッとまた息をついた。息は白く凍って、空へと消えていった。
 オレも空を見上げると

「……だから、まあ……いつでもチャラにするって、決めていいとは思うけど」
「……」
「でも、だから……今すぐ、しなくてもいいんじゃないかと思ったりも……したり」
「……」

 香里はなにも言わずに空を見上げていた。
 オレも黙って赤から黒に変わっていく空を見上げた。

 吊り橋効果。
 間違いなく、それはある。
 でも、それだけなんだろうか?
 そして、たとえそうだとしても、今感じている、この……感じは、チャラにすべきものなのか?して、いいのか?

 物事には、きっかけがあって。
 例えば、冬の日の駅前。水たまりとダンプカー。
 それが例えば、あるべきじゃなかった物だったとしたら……それ以降のことは全部、なかったことになるのか?
 今を、なしにすべきなのか?

『……こうなっちゃったんだもの…もう、責任…取ってくれるわよ…ね?』
『…とってやるさ…一生な』

 あの時の言葉。あの時の気持ち。あの時、あの気持ちは嘘じゃなかったと思う。
 それは最初の、小さなきっかけからはじまっていて。
 そして……

「……そうね」

 突然のように、言って香里はオレを見た。
 すっかり暗くなったあたりに、顔ははっきりとは見えなかった。

「今、しばらく落ち着いているんだから……すぐに胃に穴を開けたくはないしね」
「……違いない」
「あはは」

 香里は笑うと、ベンチから立ち上がった。
 そしてスカートをパンパンと叩くと振り返り

「じゃあ、しばらく……よろしくね。期限付きの……フィアンセ?」

 顔が見えないからはっきりとは分からないが……いや、きっと顔を少し赤らめているだろう。すんなり言ったように自分では思っているだろうが、少し 「フィ アンセ」 が言えてなかった感じだった。

「おう」

 オレは頷くと、右手を香里に差し出した。

 期限付きのフィアンセ、なんて言うと、悲恋物のドラマで『難病の少女が、死ぬ前の思い出に……』なんて話を思い浮かべそうなんだけど。
 だけど、オレと香里なら……多分、それはコメディしかあり得ない。
 勢いに……調子に乗りやすい、というより自爆しやすいオレ。
 同じく、流されやすくって、プレッシャーに超弱い香里。
 多分、何が起こっても……頑張っても、きっとコメディ。

 だからこそ、きっと最後はハッピーエンド。きっと。

 香里はオレの手を見て、自分も右手を出した。
 そしてオレたちは、雪明かりの屋上で、握手を……



「普通、このシチュエーションだったら、絶対キスですよね?」
「し、栞ちゃん、声が大きい」
「あはははー」
「わっ、わっ、わっ、ちょっと押さないで欲しいよ」

バターン


 ……屋上の出口のドアが、大きな音をたてた。
 そして、声が……

「というか、これは二人とも、ただのマリッジブルーだと思います」
「言い切っちゃったよ、天野さん」
「大丈夫ですか、倉田さん」
「あはははー、ちょっと冷たいですねー」
「ハンカチで良かったら、いっぱい持ってます−」
「ありがとう、栞ちゃん」
「いえいえー」


 おいおい、おまえら……2人きりにしてくれるんじゃなかったっけ?

 ドアから転がり出てきた5つの影に、オレは苦笑しながら香里に振り返った。

「……まあ、しょうがないわよね」

 香里もあきれたように見ながら、肩をすくめた。

「だって……悪魔だものね」
「……確かに」

 悪魔に味方されている、オレと香里は、顔を見合わせて笑うしかなかった。
 見上げた空はもうすっかり星が光り、月があたりを白く輝かせ始めていた。


<to be continued?>

----
…筆者です。
「サブアシスタントの相沢真美、10才ですっ!」
…最後に書いてから何年経ったっけ……なのに、まだ10才なんだ、真美ちゃんは?
「う、うるさい〜乙女に年齢を聞いちゃ行けません!」
…いや、自分で言ってるし。
「あぅ」
…えっと……さてさて、今回の香里さんは!?
「どこかの長寿アニメの真似しない!」
…見てるんだね、真美ちゃん……で、今回の話だけど……
「んと、美汐おばさんからのメモを読んでみるね。えっと……
『久々に何か書きたくなって、一番書きやすそうなこのコメディの続編を考えてたんだけど、どうにもコメディにならなくって……って、コメディでリハビ リと か無謀過 ぎ』
…ぐはっ
「それで…『その割に、途中で書いたメモをどんどん自分で裏切ったり、どう見てもこれ、香里さんに見えなかったり……そもそも、香里さんの1人称で書 いた 時点で、 前のシリーズとはぜんぜん違うことは最初から分かっていると思いますが。』だって」
…い、いわないで……だって、楽しかったんだもん。久々で、女の子の暴走系一人称……「あなたの楽しみのために、キャラの性格を変えちゃいけないと思 う……」
…はぅぅ
「それに、これ……続くの?」
…いや……どうだろう。誰も読まない話、続けてもしょうがないし……それにもし、この先続けたら、次回は連載物の鬼門、遊園地なんだよね。シリーズ物 が必 ず引っか かり、多くが連載休止になる遊園地にね……
「……ばっかじゃないの?自分でそうしてるくせに」
…言うなぁ(涙)だから、まあ、いつの日か……何年後かかな?続きは。
「……意味ないよね、それ。続きとして。」
…はぅ

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