Eines Kleines Liebes


舞SS。300本記念です。

では、どうぞ

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Eines Kleines Liebes
 

なぜ、忘れてきたのだろう。
あんな大事なもの。
それ以前に
なぜあんなものを学校に持っていったんだろう。
持っていく理由なんてなかったはずなのに。
 

オレは白い息を吐きながら
コートに手を入れたまま
角を曲がって
そして

目の前に
暗い空を背に、街灯に浮き上がる建物。
昼は生徒たちの声で満たされる、コンクリートの固まり
校舎。

街灯の照らす中
校門を乗り越えて
通用口を開けて
オレは中に校舎に入る。

窓からさす銀の月明り
白く輝くリノリウムの床
わずかに輝く窓ガラス
オレの足音だけが響く廊下

階段を登り
廊下を横切って
オレは教室にたどり着き
そして机に歩み寄る

かたん

微かな音。
オレは振り返った。
そして
 
 
 

「…こんにちわ」
 
 

白いウサギの耳
肩まで流れる黒い髪
白いワンピース

少女の大きな瞳が
月明りに銀に輝いて
オレを見つめていた。
見つめて微笑んでいた。

「こんにちわ、じゃなくて、こんばんわ、じゃないかな。」

オレが言うと、少女はくすっと笑った。

「そうかな。」

少女が言ったとたん、まぶしい光が射した。
 

少女が微笑んで
まぶしい光の中で
 
 

「…こんにちわ。」

少女が言った。
麦の中から顔を出して
少女が笑いながら言った。

「こんにちわ。」

オレは答えた。

少女は笑った。

「遊びに来たの、ここへ?」
「…いや、違うよ。」

オレは微笑みながら首を振った。

「忘れ物を取りに来たんだ。」

「ふうん…それは何?」

「君もよく知っているものだよ。」

「ふうん…」

少女は首をかしげると、麦の中に隠れた。
オレは一歩、足を踏みだした。
麦を踏む音がした。
ざわざわと音をたて
風が麦畑を渡っていた。

「君はどうして…」

「………」

「…どうしてまた、現われたんだ?」

「………」

「…まい?」

まいは顔を出した。
風に髪が揺れていた。

「祐一くん。」

「…なんだい?」

「…明日、あたしの誕生日。」

「…知ってるよ。」

「…うん。」

「………」

「…だから…」

まいは振り向いた。
髪が流れて揺れた。

「あたしはまいだから」

「それは知ってるよ。」

「そして…舞だから。」

「…それも知ってるよ。」

「…うん。」

まいは振り返った。
オレを見て微笑んだ。

「祐一くん。」

「なんだい?」

「舞と一緒にいてあげて」
「舞は弱いから。」
「舞は泣き虫だから。」
「祐一くんが必要なの。」

「何だか…不思議だね。」

オレはまいを見つめながら
首を傾げて言った。

「まるで君の方が舞より年上みたいだ。」

「そうだよ。」

まいは微笑んだ。

「舞はあの時、時間を止めた」
「自分の時間を止めたから」
「あなたを待つために」

「舞は時間を止めた」
「だけどあたしは別だから」

「だけど、そのために、君は狩られたんだろう?」

「そうだよ」

まいはそれでもオレに微笑んだまま

「だけど」
「舞がそれを願ったから」
「そして」
「あたしもそれを望んだから」

「どうして?」

まいはくるっと回った。
ウサギの耳が揺れた。

「必要だったからだよ」
「祐一くんを待つために」
「だって」

「信じてたから」
「祐一くんが来てくれるって」
「信じてたから」
「だから」

「…でも、オレは…」

オレが言いかけた言葉
だけど

まいはオレに駆け寄った。
そして、オレの手を取った。

「来てくれたから」
「だから」

「まい…」

「それだけでいいから」
「だからあたしは戻るから」

「戻る…」

「そうだよ」

まいはオレを見上げて
にっこり微笑んだ。

「舞はあの夏に」
「あたしを好きになったから」
「 なたのおかげで」
「あたしを好きになった」
「そして」

「今もあたしを好きだから」
「だから」

「まい…?」

オレはまいを見た。
オレの手をとって
オレを見上げている
大きな瞳を覗き込んだ。

「あたしはまい」

まいはオレを見上げた。

「そして舞」

「…まい?」

「だけど」
「最後に一度だけ…」

「……?」

舞がオレを見上げた。
手招きをした。

オレはしゃがみこんだ。
まいの口に耳を近づけた。

まいはオレの耳に口を近づけた
 
 

そして
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…さよなら」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

チュッ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…まい?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「始まりには、挨拶を」

「そして…」

「お別れにも、挨拶を」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…まい?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

麦畑

麦畑を渡る風

ざわざわと

ざわざわと
 
 
 
 
 
 
 

むこうに見える山々

赤く染まった山々

染まって

輝いて
 
 
 
 
 
 
 
 

走っていく少女

揺れる長い髪

揺れる紺のリボン

夏の陽射しの中を

駆けていく少女が
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

銀の月明り
銀の雪明り
銀色に輝く
教室の中

オレは立ち尽くしていた。
 

手には少女のつけていた
ウサギの耳のカチューシャが
銀の光を浴びて
白く
淡く光っていた。

オレが持っていたはずの
舞の誕生プレゼント
紺のリボンの代わりに
オレは握りしめて
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

通用口のドアを
オレは開けて外へ出た。
そして振り返った。

銀の月明り
銀の雪明り
暗い空を背に、街灯に浮き上がる建物。
昼は生徒たちの声で満たされる、コンクリートの校舎。

そして

オレが舞と出会った
オレが舞と遊んだ
思い出の麦畑
 

オレは振り返った。
 

そして
 

黒い輝く長い髪
紺のリボンが揺れて
街灯に輝いて

大きな瞳が
街灯の光の中
銀に輝く瞳が
オレを見つめていた。
見つめて揺れていた。
 

「…舞。」

オレの言葉に、舞は黙って頷いた。
黒い髪が流れて
紺のリボンが揺れた。

「舞…」

「……?」

「…そのリボン、いつからつけてるか…覚えてるか?」

オレの言葉に、舞は頷いた。

「…祐一と、会った時。」

「……そうか。」
 
 

オレのプレゼント
舞へのプレゼント
そして
まいへの
 
 

オレは腕時計を見た。

そして、舞の頭に手を
ウサギの耳のカチューシャ
あの夏にオレが舞にあげた
カチューシャを載せた。

そして
 
 
 

「…もう一度、プレゼント。」
 

「…うん。」
 
 
 

銀の月明り
銀の雪明り
 
 
 
 

オレたちはキスをした。
 
 
 
 
 
 
 

時計の針は0時を少し過ぎていた。
 

"END"
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この少女をわたしは何度泣かせたことでしょう。
この少女をわたしは何度傷つけたでしょう。
本当はわたしはこの少女を幸せにしたかった
ただそれだけを思っていたのに。
そして
わたしはこの少女に何度救われたでしょう。

思えばこの少女を書くことが、わたしのSS書きの転機となってきました。

わたしの初投稿は、この少女の小ネタでした。
わたしの初シリアスは、この少女でした。
そして

次にこの少女を書いて、わたしは夢と絶望を味わいました。
その次にこの少女の、その続きを書いた時、わたしのSS書きとして最も幸福な時を味わいました。
そして次にこの少女を書いた時、平衡を失っていたわたしはこの少女に救われた。
本当にこの少女は、わたしのSS書き生活の夢と、希望と、絶望と共にいた。
そんな気さえします。
だから

300本の記念に、この少女を書きました。
ただ数だけは多い、駄文書きのわたしの、精一杯を書きました。
人の心に残るとか、そんなことは望めない、だけど、幻燈屋さんの精一杯。

また区切りを終えて、まだわたしは書き続けます。
これを業というべきか、バカというべきか。
ともかく、わたしの駄文をまだ読んでくださる方がいらっしゃるなら
どうぞこれからも、お付き合いを願います。

2000.1.29 LOTH inserted by FC2 system