佐祐理さんSS。

では、どうぞ

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ひゃくまんぶんのいちのそら


赤い空
赤い雲
空を真っ赤に染めながら
傾いていく大きな陽

ねえ
舞
こんなきれいな空のこと
なんていうか知っていますか?

『これはひゃくまんぶんのいちのそらなのですよ。』

佐祐理がそう教えたのは
一弥
あなたでしたね


あれは春の夕暮れ
赤い夕日に照らされて
あなたの手を引きながら
あなたの幼稚園の帰り

あなたは突然立ち止まり
なぜだか空を見上げて
手を引いても動かなくて

佐祐理も空を見上げたけれど
そこには赤い空だけで
真っ赤に染まった雲だけで
他には何も見えなかった
佐祐理には見えませんでした

だから佐祐理はあなたがきっと
空を見ているのだと

だって見上げたその空は
あんまりきれいでしたから
あまりにきれいでしたから

佐祐理は覚えたての言葉
めったにないという言葉
佐祐理はそれが言いたくて

『一弥、これはひゃくまんぶんのいちのそらなのですよ。』

一弥
あなたは佐祐理を見て
赤く染まった顔で
佐祐理の顔をぽかんと見て
そして
笑ってくれました


思えば
それが佐祐理の見た
本当に百万分の一の
あなたの笑顔だったのだと

いいえ

佐祐理はやっぱり間違えました
一弥
あなたの愚かな姉は

あれは百万分の一ではなくて
百万分の一のそのまた百万分の一でさえない
この世でたった一度だけ
この世でたった一つの空で
かけがえのない空で

この世でたった一つの
かけがえのない大切な
あなたの笑顔だったのに

一弥
あなたの愚かな姉が
しなければならなかったのは
本当にするべきだったのは

空を見上げてた
一弥
あなたが何を見ていたのか
ほんとは何が見たかったのかを

『一弥、何が見える?』
『一弥、何が見たいの?』

言って
一緒に空を見上げて
そしてきっと笑って
一緒にきっと笑って
きっとそうしたら
きっとそれだけで
きっと良かったのだと

佐祐理が気がついた時
もうあなたは
いない



ねえ
舞
もうすぐ日が落ちます
そろそろ祐一さんのため
食事の支度を始めましょう

そう言ったら

舞は黙って振り向いて
佐祐理の頭を叩くと
ぷいっと横を向いて

だけど
ひゃくまんぶんのいちのそら
赤く染まった顔
頬をわずかに染めていた


一弥
あなたの愚かな姉は
まだまだ愚かなままですけれど
いつか
きっといつの日か
この舞と
そして
祐一さんと
一緒に

一弥
きっと笑って
空を見上げることができますから
きっとあなたが見ていた
きっとあなたが見たかった
何かをきっと見つけることが
きっと
きっとできますから

きっと
きっとそれまでは

ねえ
一弥

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