12時過ぎのシンデレラ


栞SS。ほのぼの。
なんとなく、『どようび』の続き。
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12時過ぎのシンデレラ

「…人がいっぱいですね。」
栞が振り返って言った。
ここは土曜日の遊園地。
昼を過ぎているというのに、遊園地はたくさんの人でにぎわっている。
「これじゃあ…全部乗れるかな。」
「それは無理だと思います。」
いつものように栞が突っ込む。
オレは思わず微笑した。
「じゃあ、ともかくコースターだな。」
「えっ?」
オレの言葉に、栞が驚いたように振り返る。
「…なんだ、栞。恐いのか?」
オレはわざと意地悪く言う。
栞はちょっと拗ねたように
「…そんなこと言う人、嫌いです。」
「……はははっ」
「わたし、乗ったことないんですから。」
思わず笑ってしまったオレに、栞は真剣に抗議する。
「遊園地が初めてってわけでもないだろ?」
「………」
栞が黙り込んでしまう。
オレはあわてて
「…ごめん。」
「…いえ、いいんです。ここにこうして、祐一さんと遊園地に来れたんですから。」
栞が笑う。
オレは思わず目をそらし、高く上がっていくコースターを見た。
「…じゃあ、初体験といきますか。」
「…そういう言い方、ちょっと嫌です。」
「まあまあ。楽しみだな。栞の引きつった顔が見られると思うと。」
「……そんなこと言う人、ほんとに嫌いです。」
栞はふくれて横を向く。
オレはそんな栞の頬を、ちょんっと突っつくと、
「…さ、行くぞ。」
「…はい。」
栞はオレの腕にそっと手をかけた。
オレは栞に笑ってみせた。

「…始めてでしたけど、ほんとに楽しかったです。」
コースターを降りてから、栞が何度目かに言う。
オレはぐったりしていて、まだそれに言葉を返せなかった。
栞はそんなオレの様子を見ながら
「…大丈夫ですか、祐一さん。」
「…おう。なんとか。」
返せる言葉をオレは返した。
栞はまだ心配そうに
「…ベンチででも休みましょうか?」
「いや…時間がもったいない。別にたいしたことじゃないから。」
「…そうですか?」
「ああ…しかし、女の子って、やっぱり絶叫系は強いな。栞があんなに喜ぶとは、思わなかったよ。」
「えっと…」
栞は顔を赤らめて
「…なんか、スッとするというか。わたし、激しい運動したことないから。だから、風を切る、とか、宙を飛ぶ、とかってこんななのかなって。とて
も楽しかったです。」
「…そうか。」
オレはなんとか笑ってみせた。
「…じゃあ、続けてあっちのやつ行くか。あの、ぐるぐる回るやつ。」
「…大丈夫でしょうか。」
栞がオレの顔色をうかがう。
オレはにやりと笑ってみせて、
「大丈夫だろ。ひょっとしたら、栞は身長制限で引っかかるかもしれないけどな。」
「…そんなこと言う人、嫌いです。」
またふくれる栞。
オレはそんな栞の頭をポンッと叩くと、
「さあ、行くぞ。お嬢ちゃん。」
「……祐一さん、ひどいです。」
栞はちょっとふくれたままで、オレの腕につかまった。

夕暮れ迫る遊園地。
家族連れの客たちが、そろそろ家路へとついている。
まだまだ元気な栞とちょっとバテバテなオレは、ゆっくり遊園地を歩く。
「…さあ、今度は何に乗ろうか。」
オレが言うと、栞は目を輝かせ、
「…観覧車、乗りませんか。」
「観覧車?」
オレは行く手に見える、大きな丸いシルエットを見上げた。
観覧車は夕日を浴びて、赤く輝いていた。
「…乗ってどうするんだ?」
「えっ?」
栞がオレの顔を見る。その顔が、夕焼けのせいでなく赤い。
「……よく、ドラマであるじゃないですか。夕日が照らす観覧車で、恋人たちがてっぺんにゴンドラが登った時…その…キスをするのって。」
「…栞はほんとにロマンティストだよな。」
オレは思わず笑ってしまう。
栞は赤い顔でオレをにらむ。
「…女の子の夢、ですよ。」
栞は多分、他の女の子よりもいっぱいの夢を持っている。
いつもテレビで見るだけの、自分ではできないと分かってた夢。
いつもは現実的なセリフの合間に、時々、その夢が顔を出す。
オレは栞に微笑んだ。
「…夢はいいけどな、栞。それは無理だと思うぞ。」
「どうしてですか?」
「ほら…この行列だから。」
観覧車の下に見える、長蛇の列をオレは指差す。
最近、観覧車はブームらしく、ほとんどカップルが並んでいる。
「これじゃあ、夕日どころか、閉園前に乗れるかどうか。」
「…そうですね。」
ほんとにがっかりした顔で、栞が観覧車から目を落とす。
おれもちょっとがっかりだった。
と、栞がオレの腕を掴んだ手に力を入れる。
「…あれ、乗りませんか。」
「…?」
栞の視線の先を見る。
暗くなった遊園地に、ピカピカ光る屋根。
豆電球のようなたくさんの光に浮かび上がる白い馬たち。
ゆっくりゆっくり回っている。
楽しげな音楽が流れている。
「…メリーゴーランド?」
「…はい。」
栞がオレの顔を見あげる。
真剣な目がオレを見る。
「…乗るか。」
「はい。」
栞はうれしそうに微笑むと、オレを引っ張って駆け出した。

もう子供たちは帰ったのか、メリーゴーランドは人が少ない。
オレと栞は馬を選ぼうと、馬の間を歩いていく。
「…これがいいです。」
栞が立ち止まる。
栞が指差したのは、馬ではなくて馬車だった。
子供二人が乗る小さな馬車。
オレは栞を馬車に押し上げ、隣の馬にまたがった。
さすがに恥ずかしい気がしたが、栞はオレの方を見て微笑んだ。
「…白馬に乗った王子ですね。」
「…よせよ。ば〜か。」
栞はにっこり微笑んだ。
それから、ゆっくり目を閉じた。
「…本当は…」
「…うん?」
「本当は、一度だけ、遊園地に来たことがあるんです。」
栞がゆっくり目をあける。
ぼんやりと前の方を見る。
「…何度目かの入院の前に、わたし、両親に頼んだんです。一回だけでいいから、遊園地に行ってみたいって。今行けなかったら、もう二度といけないかも…なんて、わたし、そんなこと考えちゃって。無理に頼んだんです。そしたら、両親がお医者さまには内緒で、遊園地に連れてってくれました。お姉ちゃんも来てくれました。
とっても暑い日で。だから、夕方になるのを待って、みんなで遊園地に行ったんです。この遊園地だったんでしょうか。よくは覚えてないんですけど。わたしもまだ小さかったし、体に障るといけないからって、結局、メリーゴーランドに乗ったんです。やっぱり、わたしは馬車に乗って。お父さんとお母さんと、お姉ちゃんは乗らないで見ていたんです。
ベルが鳴って、メリーゴーランドが回りだして。まわりの景色が回りだして。お父さんの姿が見えて。お母さんの姿が見えて。お姉ちゃんの姿が見えて。わたしは手を振ってました。お父さんが笑ってて。お母さんが笑ってて。お姉ちゃんが笑ってて。まわりの景色がゆっくり回って。馬車がゆっくり揺れて。わたし、こんな楽しいことがあるなんて、知らなかった。いつまでも回っててくれたらいいな、なんて思ったりして。だけど…
…だけど、メリーゴーランドが止まる前に、わたし、気分が悪くなっちゃって。結局、そのまま病院に連れてってもらって、即入院になりました。」
栞は、『あはは』と笑って言った。
オレは何かを言おうとした。
栞に何かを言いたかった。

その時、始まりのベルが鳴る。
ゆっくり、メリーゴーランドが動きだす。
まわりの景色がゆっくり回る。
乗る人の少ないメリーゴーランド。
ぽつんぽつんと、子供の両親が、まわりで子供に手を振っている。
軽快な音楽が流れる。
白い馬と馬車が、ゆっくりと上下に揺れる。
夕日が落ちてあたりは暗い。
ゆっくり、ゆっくりメリーゴーランドが回る。
栞がぼんやり見つめている。
オレは栞の顔を見ている。

ゆっくりと、ゆっくりとメリーゴーランドが止まる。
終了のベルが鳴る。
オレは素早く馬を降りた。
そしてまだぼんやりしている栞の手を取った。
「……?」
栞がオレの顔を見た。
オレは栞の手を引くと、馬車に乗った栞の顔を見あげた。
「さあ、お手をどうぞ。シンデレラ。」
栞は目を大きく開いて、オレの顔を見た。
「…鐘は鳴ってしまいました。」
オレは何も答えずに、栞の指にキスをした。
栞はオレの顔を見て、ゆっくり馬車から降りてきた。
そしてにっこり微笑むと、スカートの裾を持って会釈をした。
オレも大きく手を広げ、栞に会釈をした。
そして、二人でくすくす笑った。
メリーゴーランドからは物悲しいような、でも懐かしい音楽が流れていた。

<END>

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…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…なんか、栞を書くと可愛さを追求してしまう…
「というか、最近、Moonlight書いてるからでしょう。」
…殺してるからなあ、栞。その贖罪ということか?それよりも、栞で一人称がまだできないからでは。
「勉強不足ですね。」
…ていうか、オレに書けるのは真琴と美汐と舞と香里くらいだし。
「…前にあゆさん書こうとして、真琴になってしまってやめましたよね。」
…あぅ。
「…しかし、誰かが同じネタ、してませんか、これ。」
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