最後の花火が消えるまで


栞SS

連作:或る夏の日…

では、どうぞ

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最後の花火が消えるまで
 

人いきれの雑踏の中、栞の体はいつにもまして小さく見えた。

今日は夏祭り。
一応、宵祭りに栞を誘ってみたオレだが、まさかOKが出るとは、ホントのところ思っていなかった。
元気になったとはいえ、まだ完全かどうか分からない。そう思っているのは両親だけじゃない。もちろん、オレだってそれは少し心配している。
にしても、休日にも出掛ける先を行って出ないといけない始末…
栞もオレも子供じゃないんだから、何かあったらすぐに連絡くらいつけれるのに…
そう言ったら、栞は笑って
『でも、本当はお父さんもお母さんも祐一さんのこと、信用してるんですよ。』
とことさらに言ったから…多分、両親はオレのこと、心配しているのだと分かった。
まあ、それも仕方がないかもしれない…
だって、病気だった娘が奇跡的に元気になって、やっとホッとしたと思ったら…いきなりオレという虫がもう娘に付いてることを知ったわけだし。
こういうことに関しては、香里のとりなしも…当てにならないし。
というか、香里自身が一番、心配している気がする。
今日も出がけに、思い切り門限のことを念押ししてたしな…

「……はあ。」

思わずため息をついたら、栞が振り返ると、不思議そうに首をかしげて、

「どうかしたんですか?」
「…いや、何でもない。」

オレは思わず苦笑した。
栞はやっぱり不思議そうにオレを見上げていた。
その大きな目…夜店の灯に、ちょっとオレンジに光る瞳。
うれしそうにパタパタと、その手のうちわが揺れていた。
商店街を抜けてくる時にもれなく配っていたちゃちなビニールの青いうちわを、栞はさっきからずーっとパタパタと扇ぎっぱなし。
でも、いくら夏とはいえ、もう陽が落ちて、涼しい風があたりを吹いていた。

「…暑いのか?」

ちょっと不思議に思ってオレが聞いてみると、栞はオレを見上げたまま、一瞬手を止めた。
でも、すぐに微笑むとまた手を動かして

「…だって、この方が…祭りって感じじゃないですか。」
「…そうか?」
「そうですよ。」

間違いないという風に頷く栞。
確かに今日の格好には、そんなうちわがよく似会う…それは確かだけれど。

「……でも…」
「……?」
「できれば、オレを扇いでほしいもんだな。」
「あ…そうですね。」

栞は頷くと、すぐにオレの顔をパタパタと扇ぎだす。
…涼しいというより、邪魔なんだけどな。
オレは思いながら、さっきからかかっている馴れない仕事…栞の草履の鼻緒を直す作業を続けた。

そんなことになったのは、待ち合わせてすぐのこと…というよりも、待ち合わせの直後。
境内の鳥居で待ち合わせをしたのは良かったが、思った以上の人ごみでなかなか会えず…やっとオレの姿を見つけた栞が、急いで俺の方に来ようと駆けだして…
その時、つまずいた栞の足、草履の鼻緒が切れて。
とりあえず、オレたちは人の邪魔にならないように道の端に寄って…座るところもなかったから、栞はオレの肩に掴まって、オレはそれからこうして草履を直しているわけだが…

「…ごめんなさい、祐一さん。」
「…ん?」
「…その…ハンカチ、そんなにして…」

栞が指差したのは、オレのハンカチ。
草履の鼻緒を直すべく、オレはさっきからそのハンカチを破いていた。

「…いや、どうせ、秋子さんが持たせてくれた物だし」
「だったら、秋子さんに…」
「……いや、ひょっとしたら秋子さん、こうなることを見越して持たせてくれた気もするし…」
「……?」

栞の不思議そうな視線。
でも、秋子さん、今日に限ってなぜだか、準備までしてオレにハンカチを持たせたのは、ひょっとしてこういうことがあることを知ってたんじゃないか…
そんな想像も、秋子さん相手だとさほど不自然には思えない。
でも…まさかね。

オレはちょっと頭を振ると、栞の顔を見上げた。
ニコニコしながら、オレをうちわで扇いでいる栞。

…しかし…
オレは栞の格好をもう一度見直して、思わず笑いながら

「…なんか、栞の格好…七五三って感じだな。」
「……酷いです、祐一さん。」

栞は頬を膨らませると、ぷいっと横を向いた。

でも、七五三は言い過ぎだけど…栞の格好は、せいぜいで初めて浴衣を作ってもらった中学生、それくらいにしか見えなかった。
青いパステル地に黄色や赤の花が咲き乱れた真新しい浴衣。
足もきちんとこれまた新品の赤い鼻緒の草履。
肩までの髪まで、無理にまとめて赤い花のピン止めをして…
『着ている』というより、『着せられている』と呼ぶのがぴったりな栞の姿。

多分、これは母親が全て、栞に言って着せたんだろうな…
オレはそんなことを思いながら、ふと、出がけに見た香里の浴衣を着こなした姿と、目の前の栞を比べて、思わずまた笑ってしまう。

「…もう…」
「…あ、いや…ごめん、ごめん。」

すっかり拗ねた顔の栞に、オレはあわてて謝った。
栞はしばらく、そのまま拗ねた顔で横を向いていたが…

「……でも…」

と、やがてフッとオレの方を向いて

「…そうかもしれないですね。」
「……え?」

あわてて見あげると、栞はオレの顔を見ながら口の端だけ微笑んで

「わたしは…七五三でもこんな…着物、着られませんでしたから。ちょうど、最初の発作で…病院には行ってて。それから、着物を着る機会もなかったですから…」
「………」

栞は言うと、うちわの手を止めた。
そして、自分の浴衣に目を落とすと

「…この浴衣も、何年か前に作ってあった物らしいんですけど…ずっと着ることができませんでした。夏になるといつも、お母さん…『丈さえ直せば、まだまだ着られるから、また来年ね』って、わたしに言ってくれました。毎年、夏に…夏祭りの日になると…」

栞は言いながら、あたりに目を移した。

少し離れた参道は、夏祭りの人でいっぱいだった。
浴衣の人もそうでない人もみんな楽しそうに…手に綿あめや金魚の袋を持って、ニコニコしながら通っていく。
遠くに聞こえる太鼓…祭囃子が風に乗ってかすかに聞こえていた。

見上げると、栞はそんな人たちをぼんやり見つめていた。
ぼんやりと…夜店の灯を映す大きな瞳…

着物から、わずかに防臭剤の臭いがした。
長く着る者もなく、仕舞われていた着物。
その着物を着ることもなく、笑いさざめく人々を、ぼんやりと眺めるしかなかった透き通るように白い少女の顔。
もうその着物を着ることもないと思っていた少女…そしてその家族…
 

ドーン
 

その時、頭上から大きな音。
オレは空を見上げた。

「……あ…」

目の前に広がった、大きな光の花。
赤く、青く広がって、キラキラ、キラキラ輝いて…
 

見上げる栞の顔。
きらきら光る花火を、大きな瞳いっぱいに見つめる少女の横顔は、輝く花火にわずかに浮かんで…
そして、ゆっくりと…
 

「……できたよ。」

「……え?」

オレの言葉に、栞は振り向いた。
オレはなんとか直した草履を右手に持って、栞の顔を見上げた。
栞のオレを見る瞳…暗闇に、揺れる…

「………」

オレは手にした草履と両手で持ち直した。
そして、そのまま右ひざを地面につくと、恭しく頭を下げて草履を栞の前に置いた。
 

「…これはあなたのガラスの靴ですね、シンデレラ。」
「………え?」
「さあ、履いてみてください。そうならば、ぴったりなはずです。」
 

栞は大きく目を見開いて、オレの顔を見つめた。
それからわずかに微笑むと、そっと素足の右足を草履に載せた。

「ぴったりです。」
「…やっぱり。」

オレが言うと、栞はくすっと笑った。

あたり前のことだった。
だって、それは栞の草履なんだから。
栞の…履くことはないかもしれなかった…でも、今は履いてきた、栞の草履。
そして…

栞はオレの肩から手を離して、草履の具合を確かめていた。
オレはゆっくりと立ち上がって、膝の土を払った。
 

ドーン
ドーン
 

また、花火の音。
今度は頭上に大きな花と、しだれ柳が広がった。
 

「…さあ、行こう。」

オレは栞に手を伸ばした。

「もっと、良く花火が見えるところに、さ。」

栞はちょっとうかがうようにオレの顔を見上げた。

「……でも…」

「…そうしないと、花火がろくによく見えないうちに、帰らなきゃならないだろ。だって…」

オレは言葉を切った。
そして、栞に笑った。

「…カボチャの馬車は、最後の花火と共に消えてしまうだろ。」
「……?」
「……門限、香里にきつく言い渡されたからさ。『花火が終わったら、すぐに栞、帰らせてね』ってさ。」
「………」

栞はオレの目をのぞき込むように見つめた。
その大きな瞳は、わずかに揺れるように…

「……そうですね。」

栞はくすっと笑うと、オレの腕に自分の腕を絡めた。
そして、その笑顔でオレを見上げると

「…じゃあ、行きましょう。」
「おう。」
「それに…」
「……?」
「…まだ、ろくに夜店も見てないですから。」
「…なんだ、栞もやっぱり、色気より食い気かよ。」
「あっ、何ですか、祐一さん。それ、酷いですぅ…」

栞はぷっと頬を膨らませると、拗ねたように顔を背けてみせた。

ドーン

その時、また花火の音。
 

「…あっ」
 

花火を見ようと見上げた栞に、オレはキスをした。
びっくりしたように見開いた栞の瞳に、空に広がる花火が映っているのが見えた。
赤に、青に広がって、キラキラキラキラ輝いて咲く花火が映る栞の瞳を見つめながら、オレは栞を抱しめていた。
風に祭囃子が、夜店の雑踏にもかき消えず、かすかに聞こえていた。

<END>

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…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…おお、これも美汐さんなわけね。
「まあ…記念ですから。」
…なんか、意味あるの、それ?
「それは…わたしが聞きたいところです。」
……確かに。
「だいたい…これは、手抜きじゃないですか?」
…なんでだよっ
「……『12時過ぎのシンデレラ』とそっくりな気がします。」
…ぐはっ…いきなり、ゆーてはならんことを…いや、でも…オレの書く栞ってみんなこうだし…それに、こっちはやっぱり、夏って感じじゃん。若干、趣向もこらしてるし…
「……目先を変えただけ。」
…あぅ〜〜〜…でもでも、今回の連作は、夏がテーマの一つなんだもん!ということで、多分、メインキャラ連作のこのシリーズ、最初は栞。で、ラストは…
「…だれですか?」
…多分、名雪。でも、あゆが描けるかどうか、それが…問題で。
「………無責任ですね、いつもながら。」
…ほっとけっ!あゆ、もう一つのこの連作のテーマが思いつかなくて…
「…なんですか、それは。」
…それは…終わった時に語ろうよ。まあ、その前に分かると思うけどね… inserted by FC2 system