眠り姫に目覚めのキスを


舞SS

連作:或る夏の日…

では、どうぞ

-----

眠り姫に目覚めのキスを
 

『蛍狩り』と言ったのが、そもそも間違いだったのかもしれない。

確かに、舞に浴衣姿を期待してはいなかった。
それは期待していなかったけれど…
まさか夏休みだというのに、制服を着てくるとは思わなかった。
…まあ、冬服じゃなかっただけ、マシかもしれないが…

そんな格好の舞が、待ちあわせの駅前に立っていたのを見た時は、さすがにオレもちょっとびっくりした。
でも、舞はいつものように顔色も変えないで

「…狩りと言った。」

…確かに、言ったけどな…
オレは若干の頭痛を感じながら、舞の顔をまじまじと見ていたのだが…
 

こうしてこの場所に来て見ても、舞の格好は、やっぱり場違いに見える。
空はもうそろそろ、陽が落ちて暗くなろうとしていた。
ものみの丘の麓、鬱蒼とした森の外れの草の原には、そろそろ涼しい風が吹いていた。
わずかに斜面になった雑草の原には、多分、同じ目的とおぼしき浴衣姿の人たちが、ぽつん、ぽつんと見えていた。

『…結構、穴場なんですよー』

佐祐理さんが得意そうに言った場所。
いっしょに行こうと言っていたのだが…今日は家の用事とかで、どうしても家に帰らなければならないらしい。
…そう言いながら、ニコニコしていた佐祐理さんの顔を思い出すと、どうもオレにはその用事というやつが、本当はないんじゃないかと思わないでない。
ひょっとしたら…この夏、受験勉強で一緒に海にも行けなかった、そんなオレと舞に気を使ったのかもしれない…
佐祐理さんはそういうことをしかねない人だ。
…問題は、そういう気を使っているのがあまりにミエミエだっていうところだけどな…

「……祐一?」

「…お、おう」

振り返ると、舞がオレを少し不思議そうにオレの顔を見ながら

「……ここで何をする?」
「……へ?」

その言葉には、さすがのオレも危うく草むらを転げ落ちそうになる。

「…だから、蛍狩りだって。」
「…だから、どうやって狩る?」
「………」

…やっぱり、根本的な部分で、間違ったままらしい…

「…だから…蛍は知ってるよな?」
「……知ってる。」
「なら、分かるだろ。」
「………」

舞はオレの顔を見つめたまま、一瞬、考えて

「…剣がないのに、どうやって狩ればいい?」

その真剣な顔に、オレはどう答えていいか分からなかった。
舞は真剣な顔で、右手でわずかに制服のスカートを握っていた。
かつて剣を握っていた右手。
あの日、剣を捨てた舞は、その右手をぎゅっと…

「……教えてやるよ。」

オレはともかく、舞のその右腕を掴んで

「ほら、こっち」
「……祐一…」

オレが引くままに、舞は雑草茂るなだらかな坂を駆け降りた。
ばさばさと草を踏む音が暗い辺りに響く。
いつもの靴ではなく、スニーカーの舞。
多分、舞のお母さんあたりが気を効かせて舞に履かせてくれたのだろう。

「…祐一…」
「…いいから、えっと…」

オレはそのまま、暗い上に草に埋もれて見えなくなっている小川を捜して、雑草をかき分けて…

バシャッ

「…おっと」
「………?」

踏み出した足が、危うく小川につかりそうになった。
オレはあわてて一歩戻ると、舞に振り返った。

「…まずはな、舞…」
「………」
「……ここに、立ってろ。」

オレが言うと、舞は一瞬、目を瞬かせて

「……どうして?」
「…どうしても」
「………」
「…そうしたら、教えてやる。」

オレの言葉に、一瞬、舞は辺りを見回した。
くぼ地のせいか、あたりはほとんど真っ暗だった。
もう陽が落ちてしまったのか、見上げても空もほとんど黒い。
月は今日はまだ出ていないのか、わずかに星が見えて…

「………」

オレは舞の方を向いたまま、黙って舞から2、3歩離れる。

「……祐一…」

そんなオレに舞はやっと気がついて、オレを見ながら小さな声でオレを呼んだ。

「…そのまま、そこにいて。」
「………」
「……そしたら…分かるから。」
「………」

黙ってしまった舞。
また、辺りを見回す。
もう、少し離れたら顔も見えない闇…

「……祐一…」

振り向いた舞が、右手で自分のスカートをぎゅっと握りしめるのが見えた。
その瞳が、オレを見つめて…
 

サーーーーーーーー
 

風が辺りを渡る音
夜風が草をなびかせて

舞の長い髪
風に広がって
 

「……あっ」
 

小さな声。
舞の大きな瞳
ぼんやり映して

一斉に蛍たちが舞い上がった。
収まった風に揺れながら、一つ、二つ、三つ…
いや、たくさんの蛍たちが辺りに舞い上がって

ゆっくりと光って
ゆっくりと消えて
まるで点滅しながら

舞の顔を
舞の髪を
ほのかに照らしながら

舞の姿を包むように蛍たちが舞って
見つめる舞の瞳の中、ほのかな光が舞って

舞は立ち尽くしていた。
ただ立ちつくしていた。
ぼんやりと辺りを舞う蛍を見つめたまま
何も言わずにただ立ちつくしていた。

オレは舞にゆっくりと近寄っていった。
そして、舞のぼんやりと見える、その顔を覗き込んで

「…どうした、舞?」

「………」

舞はやっと気がついたようにオレを見た。
舞の大きな瞳は、一つ瞬いた。

「……祐一…」

「……?」

「………何て言えばいいのか、分からない。」

「……え?」

「………分からない…」

舞は目を瞬かせると、またあたりを見つめた。

舞の前に後ろに
右に左に
蛍たちが舞いながら
ほのかに瞬いて

見つめる舞の瞳
映るほのかな光たち
舞いながら
揺れながら
 

こんな時に言うことなんて、ただ一言でいいのに
そんなことも知らないで
そんなことを知ることもなく
時を止めていた少女
長い時を眠り続けた眠り姫のように
10年の時を眠ったまま過ごしてしまった少女
その瞳が揺れていた
ほのかな光たちを映して揺れていた

オレは舞の長い黒い髪に手を伸ばした。
触れると、髪に止まっていたのか、光の点が一つ
ふんわり舞い上がって
舞の顔を横切って

その光が映った大きな瞳
光が横切った唇
その唇にオレは、そっとキスをした。
 

「……こういう時は、『きれい』って言うんだ。」
 

オレの腕の中
そっとオレの背中に手を廻しながら
舞はそっと頷いた。

「……きれい…」

わずかに風が吹いて、蛍たちが舞っていた
瞬きもせず見つめる舞の瞳の中を舞っていた。

<END>

-----
…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…うーん、こういうの…久しぶりだね、マジで。
「…というか、前はこういう感じの他愛もないほのぼのを書き飛ばし過ぎました。」
…いいじゃんかよぉ…こういうのこそ、オレの本領だと思うぞ。
「……まあ、本領というか…他の人はこんなものは書かないと言うか…」
…そういう本当のことを…しくしくしく… inserted by FC2 system