Christmas Special
"Merry Christamas for You" 第1話

シリーズ:風の音・鈴の音

では、どうぞ

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優しい雪の音が聞こえる

 

 

ザクザクザクザク…
オレは雪を踏んで、坂を急いで登っていた。
辺りは一面の雪景色。
そうでなくても登りにくい道は、雪で滑って余計に…
…いや、そうじゃないな。
オレは思わず立ち止まると、荒くなった息を整えた。
前は平気でこの坂を駆け登ったもんだが…運動不足かな…
見上げれば、雪がわずかに舞い降りている。
雪は風に流れるように、坂を、丘を渡っていく。
オレはその風に押されるように、なんとか坂を上りきる。
最後の一歩を登ると、ふいに目の前が開けた。
ものみの丘。
一面の雪の原。
午後の陽の光に、銀に輝いている。
遠くに白く雪を抱いた山々。
見下ろせば、街の家々が見える。
そして、丘を渡る風。
時にオレに暖かく
時にオレに冷たく吹いた風。
今日はわずかに雪を巻き込んで、
だけど暖かく感じる。
丘を渡っていく風に揺れる木々。
それ以外、白一色の丘に見えるものはない。
「…先に行ってるからって、言っといて…まだ来てないのかよ。」
オレはため息をつくと、丘へと足を…

ズボッ
「…うわっ!」
目の前が真っ白。
顔が冷たい。
これは…
オレは足を出したまま、思いっきり倒れ込んだらしい。
というか、片足だけ何かの穴に突っ込んで、思いっきり前に倒れたようで…
「…やったぁ!」
甲高い声。
オレは顔を上げた。
そこに立っていたのは…
「…真琴。」
「えへへへー」
真琴が仁王立ちになって、オレの前に立っていた。
そして、その隣で…
「…あたしが掘ったんだよ!ね、ママ?」
「あたしがほとんど掘ったんじゃない…」
「そんなことないもん!」
並んでそっくりな顔で、オレを見下ろす小さな姿。
「…真美(まなみ)…何でパパにこういうことするかな。」
「えへへ。」
真美はごまかし笑いをすると、丘を向こうへ駆け出した。
「…あ、足元、気をつけなさいねっ!」
あわてて真琴が叫ぶと、真美は振り返って
「…大丈夫っ!パパみたいな事、ないもん!」
「…おいおい。」
オレは苦笑しながら、手をついて立ち上がった。
真琴はニコニコしながら、オレのコートの雪をはたいて
「真美が『落とし穴掘って、パパ、落としちゃおう!』って言うからさぁ…」
「…お前も、子供と一緒にそういうことするなよ。全く…」
「…あぅー」
ちょっとしょんぼりする真琴。
オレはそんな真琴の顔に、そして丘に目をやった。
「…変わらないよな…」
「…?」
真琴はそんなオレの顔を、不思議そうに見ていた。
オレはそんな真琴に笑ってみせて
「…オレ…ここに来たの、考えたら久しぶりだ。」
「…あたしも。」
真琴も言うと、丘を見回した。
雪に覆われた丘。
丘を渡る風にわずかに舞う雪。
そして、一面の白の中、真っ赤なコートで駆け回る真美。
「…こけないといいけどな…」
「…あっ」
言ったとたん、案の定、こけた真美に、真琴はあわてて駆け寄った。
オレもあわてて駆け寄った。
真美は、でもすぐに立ち上がると、真琴に抱きついた。
「…えへへ。」
「えへへじゃないのっ!もう、だから気をつけなさいって…」
「…あぅー」
ちょっとごまかすように笑ってみせる真美。
オレは思わず笑ってしまう。
真美が小さい頃から、挙動が真琴にそっくりだとは思っていたけれど、だんだん大きくなるにつれて、本当にそっくりになっていく。
今では、どっちが真琴やら…
というか、真琴の方は、少しずつではあるけれど、母親らしくなって…
「…祐一。なににやにやしてんのよぅ!」
気がつくと、頬を膨らませて真琴がオレを見ていた。
…そんな顔をしていると、やっぱり…変わらないか。
あの頃の…真琴。
消えていった…真琴。
帰ってきた…真琴。
この丘で、あの風雨の中、消えようとした真琴。
そして…約束通り、もう一度ヴェールを掛けてやった…
見下ろすと、真琴はもう機嫌を直したのか、オレを不思議そうに見ていた。
見上げる大きな瞳。
かすかに舞う雪が、頭に白く積もって、まるでヴェールをかぶったように…
「…オレを穴に落とすために、クリスマスにこんなとこに来たのか?」
オレは真琴を見つめながら、ちょっと笑って言った。
真琴は目をもっと大きくすると、急いで首を振って
「そ、そうじゃないけど…」
「…じゃあ、クリスマスケーキに失敗したから、とか…」
オレが言うと、真琴はびっくりした顔になり、
「…何で知ってるの?」
「…やっぱりかよ。」
「…あぅー」
真琴はちょっと目を落とすと、真美の顔を見た。
「…ママ。ケーキ、ないの?」
真美は真琴を見上げると、悲しそうに指を咥えた。
真琴はあわてて
「え、えっと…」
「…パパが買ってやるから、安心しろ。」
オレが助け船を出すと、真美はパッと顔を輝かせ、
「それ、サンタさん、載ってる?」
「…ああ。ロウソクもいっぱい載ってるぞ。」
「わ〜い!」
真美はにっこり笑うと、また丘を駆け出した。
「…もう…」
真琴はため息をつくと、そんな真美を見た。
その顔は、母親の顔で…
「…で、じゃあ、何でだ?」
オレはそんな真琴から、はしゃぎ回る真美に目をやった。
真美は雪を蹴りながら、丘を駆け回っていた。
昔の真琴にそっくりな顔で、うれしそうなあの顔で、駆け回っている真美…
「…えっと…」
真琴はちょっともじもじしながら、オレをちらちら見て
「…ここで、言いたかったの…」
「…何をだよ。」
オレは真琴に目をやった。
真琴は伏し目になりながら、オレをちらちら見あげて
「…クリスマス、じゃない。」
「何を今さら、言ってるんだよ。」
「…うん…」
オレの言葉に、でも、真琴は同じ様子で
「…でも、今まで、ろくなプレゼント、あげたことないから…」
「…なに言ってるんだよ。」
オレは真琴を見つめた。
あれ以来、あの冬の日以来、ずっとオレのそばに居てくれた真琴。
オレの人魚姫。
いろいろな、辛い事、悲しい事、楽しい事を
一緒に泣いたり、笑ったり、時に喧嘩もしながら、乗り越えた。
お前が一番のプレゼントだよ。
そう言ってやろうかと、一瞬思ったけれど…
「…別に、お前から何かもらおうなんて、思ったことないって。」
オレはやっぱり、それしか言えなかった。
ただ、真琴を見つめて、にっこり笑ってやるだけで。
真琴はオレを見上げた。
そして、その大きな瞳が揺れて…
「…だから、ね…」
「……?」
「…目、つぶって。」
真琴はオレを見上げて言った。
真剣な顔だった。
「…おう。」
オレは目をつぶった。
どうせ、オレの安月給じゃ、たいした物が買えるわけもない。
目をつぶってキスとかいう年じゃ、仲じゃ今さらないしな…
オレは苦笑しながら、目をつぶって待った。
真琴の手が、オレの右手に触れるのを感じた。
真琴の手は、オレの手をとると、少し引っ張っていって、そして…
「……?」
そのまま、真琴のコートの中に、手が引っ張り込まれて…
「……え?」
オレの手は、暖かい、柔らかい物に触れていた。
オレは目を開けると、手の方を見た。
手は真琴のコートの中、真琴のお腹に掌が…
「…まさか…」
オレは顔を上げた。
真琴はオレの顔を見て、ちょっと微笑みながら小さく頷いた。
「…いつ?」
「…昨日、病院、行ったの。4ヶ月だって。」
「…4ヶ月…」
オレは真琴の顔から、真美の方に目をやった。
「…妹?弟?」
「…まだ分からないよぅ…」
真琴はちょっと笑いながら、オレを見つめていた。
オレは掌を、力を入れないように動かして、その暖かいお腹をなでた。
この世で最高のプレゼントを抱いたお腹を。
「…最高のプレゼントだな。」
オレは真琴を抱きしめた。
「…苦しい…」
「…あ、すまん。」
あわてて力をゆるめたオレに、真琴はオレの顔を見て、
「…ホントに…喜んでくれる?」
ちょっと心配そうに、瞳が見上げていた。
オレはもう一度、しっかり真琴を抱きしめた。
「…あったりまえだろ。バカだな。前からもう一人欲しいって…言ってたじゃないか。」
「…うん。」
真琴は小さく言うと、オレを抱いている手に力を込めた。
真琴の頭の雪のヴェールが、髪にそって流れて落ちた。
オレたちはそのまま、丘を渡る風の中、抱き合っていた。

パコッ
背中に何かが当たった。
オレは真琴を離すと、後ろを振り向いた。
「…パパ!雪合戦、しよっ!」
真美が少し離れたところから、オレを見て笑っていた。
「…ようし!」
オレは笑い返すと、しゃがんで雪玉を作り出す。
「…あ、あたしもっ!」
「バカッ!」
しゃがもうとする真琴を、オレは叱って
「お腹の子供にさわったらどうする!お前は見物だっ。」
「大丈夫だよぅ…」
「ダメだっ!絶対、見てるだけだからな。」
オレは真琴に厳命すると、真美に向き直って
「…ようし、パパ、負けないぞ!」
「えへへ〜、パパじゃ無理だよぅ!」
「ふっ、パパをバカにすると、どうなるか教えてやるぞ。」
オレは手加減をしながら、真美に雪玉を投げた。
真美はあわてて避けながら、オレに投げ返した。
「…あたしもやりたい…」
真琴は不満そうな顔で、それでも立ったまま、オレと真美を見ていた。
すっかり晴れ上がった空。
銀に輝く丘には、柔らかい風が渡っていった。

<END>

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これは『恋はいつだって唐突だ』『風の音・鈴の音』の番外編。
わたしの最初で最後の真琴シリアス系SS。
わたしが完結させた初めてのシリーズ。
だから、一番愛着のある話です。
だから、この連作の最初にこの話。
エピローグで真美ちゃんと3人の姿を書きましたから、その後のクリスマスの話です。

そして、同時に、実は今のわたしの話でもあります。
もうすぐ、今日、明日中にわたしの二人目の子供が生まれます。
だから、わたしが一番好きな真琴にも、二人目の子供。
そして、この真琴と祐一の幸せは、わたしの幸せです。
 

皆様にほのぼのとした気持ちが、幸せが、少しでも伝わればうれしいのですが。

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