Christmas Special
"Merry Christamas for You" 第2話

シリーズ:わたしがあなたに出会うまで
      あなたとめぐり逢うために

では、どうぞ

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あの夜が始まりだったから

 

 
雪の積もった道を、オレは一生懸命走っていた。
舞との約束の時間に遅れないように。

舞が看護学校に入り、寮で暮すようになって、
オレは3年生になり、受験勉強もしなければならず
舞と会える時間がだいぶ減ってしまっていた。
だから、久しぶりに会える今日は
絶対に遅れたくなくて
だからオレは走っていた。

商店街を抜け
馴れた駅への道を走り
オレは歩道橋を駆け上がった。
そして、そこに見慣れた長い髪の
ぼんやり立っている少女
舞の姿を見つけた。

「ごめん、遅れたか?」

オレが言うと、舞は腕の時計を見た。
そして、オレを見て言った。

「…まだ、約束まで5分あるから。」

そして、舞はにっこり笑った。

「そうか…よかった。」

オレはホッとしながら、舞のそばに駆け寄った。
舞はオレを見上げた。
そして、オレの手を取った。

「…じゃあ、祐一…行こう。」

そして、オレの手に何かを渡した。
オレはそれを見た。
そして、舞の顔を見た。

「…この切符は?」

舞はオレを見つめた。
そして、にっこり微笑んだ。
 

窓の外を飛ぶ景色を、わたしはぼんやり見つめていた。
さっきからわたしの顔を見て、何かを聞こうとしていた祐一も
日ごろの寝不足のせいか、いつの間にか眠っていた。
わたしはそんな祐一の寝顔を見た。
そして、思わず微笑んだ。

考えてみれば、祐一とこうして旅をするのは初めてだった。
今年の夏も、お互いに忙しくて海に行けなかった。
『あの時みたいに、麦畑で泳ごうか』
祐一は笑ったけれど
もう、そんな麦畑は街にはないし、
そんな必要はなかった。
わたしたちはプールで泳ぎ、一緒に夏祭りに行った。

それが、わたしの幸せな夏。
そして、わたしの幸せな日々。

だけど、わたしの幸せな日々
わたしの幸せと呼べる日々
悲しくて
だけど今では抱きしめたいほどの日々
それはあの冬の夜に終わり
そしてあの冬の夜に始まった
それを忘れることはできないし
忘れてはいけない事だから

わたしは祐一の寝顔を見つめ
あの夏の日々を
あの冬の日々を
思い出しながら

祐一
あなたも絶対に忘れない。
あの冬の日のあの夜
わたしの街には雪が降り
あなたの街には雨が降っていた
あの冬の日のあの夜を

だけど、あの夜がわたしたちの
幸せな日々の
幸せと呼べる日々の始まりだったから。

あなたは忘れていないけど
覚えていないこともある。
だから…

わたしは祐一の顔を見つめながら
座席に頭を預けると
ゆっくりと目を閉じた。
 

街は今日は晴れていた。
ごみごみとした都会。
雪の降らないこの街は、
オレの故郷の町は
今日もよどんだ天気だった。
オレは少し懐かしい街を見回した。
そして、舞に振り返った。

「…なあ、もう教えてくれてもいいだろう?」

舞はオレを見つめた。
それから、ふと目を横にやった。

「…大きなツリー…」

舞の目は、駅前のクリスマスツリーを見ていた。
街の少ない売り物の一つ、駅前の大きなクリスマスツリー。
てっぺんに大きな星が光り、白い綿の雪で覆われたツリー。
舞はぼんやりと
でも揺れる瞳で見ていた。

「…クリスマスだからな。」

オレもクリスマスツリーを見上げた。
昔、ここに住んでいた頃は、見上げたこともなかったツリー。
舞の目にはどう映っているのだろう。
このツリーは
そして、この街は。

オレはツリーから目を舞にやった。
舞はいつの間にか、オレを見ていた。

「…今日、クリスマスだから。」

舞が言った。
真剣な眼差しで言った。

オレはうなずいた。
舞もうなずくと、言葉を続けた。

「…だから、行かなきゃならないから。」

「…どこへ?」

オレは聞いた。
舞はオレの目を見つめた。

「…祐一、覚えてる?あの冬の…夜の事。」

舞の言葉に、オレは黙った。
黙って、頷いた。
何も言えなかった。
あの冬の夜。
舞は謝る必要はないと言ってくれたけれど、
オレはやっぱり謝りたくて
でも、舞は謝らせてくれなくて
だからオレには何も言えず
ただ黙って頷いた。

舞はオレを見つめていた。
その瞳が、かすかに濡れていた。

「…どうしてわたしが電話したか、覚えてる?」

「…え?」

オレは舞の目を見つめた。
何度も夢に見た夜。
舞を泣かせてしまったことを
舞を傷つけてしまったことを
悔やんで
何度も悔やんで
何度も夢に見た夜。
あの夜の舞の電話。
あの電話は…

オレが黙って見つめていると、舞はフッと横を向いた。
クリスマスツリーを見上げた。

「…あれは…」

言いながら、舞はオレを見た。
その瞳は揺れていた。
でも、顔は笑っていた。

「…クリスマスだったから。」

オレは呆然と舞を見た。

今まで気がつかなかった。
クロが死んだあの夜。
そのことだけしか頭になくて
クリスマスだったなんて
全く頭になかった。
思い出しもしなかった。

そして、あの電話。
そんなことを思い出すことなど
できるはずがなかった。
全くできなかった。

オレは手を握りしめた。
そして、舞に言った。

「…舞、オレは…」

「…だから、あれが始まりだったの。」

舞はオレに言わせずに、言葉をかぶせるように言った。
舞の目が見つめていた。
濡れて
でも、笑っていた。

「あれはプレゼントだったんだね。」

「…え?」

「…クロちゃんのプレゼント。弱虫のわたしへの。わたしに強くなるきっかけを、そして幸せと呼べる日を、わたしにくれたから。」

オレはツリーを見上げた。
涙があふれるのを感じた。

オレの後悔の日々
舞を泣かせたことを
舞を傷つけたことを
悔やんで、悔やみ続けて
何度も夢にまで見た
何度も謝り続けた日々

舞が笑ってくれて
プレゼントと言ってくれて
あのクロのことも
あの電話のことも
舞が笑ってくれていた。

それなのにオレが
オレが変わらないままなんて
あの日々のことを
あの冬の夜のことを
オレが悔やみ続けて
謝り続けるなんて

それよりもオレがすることは
オレがするべきことは

オレは舞を見つめた。
そして、ゆっくりと近寄った。

舞はオレを見ていた。
微笑んだままで
オレを見つめたままで

オレは舞を抱きしめた。
そして、ゆっくりキスをした。
大きなクリスマスツリーの下で
オレたちはキスをした。

顔を離したオレに舞は目を開けた。
オレはその目を見つめた。
そして、笑ってみせた。

「…どうしてこの街に来たか、分かったよ。」

舞は微笑んだ。
オレはその顔を見つめたまま、言葉を続けた。

「…じゃあ、行こうか。」

「…うん。」

オレにはもう分かっていた。
舞が今日、この街にオレを連れてきたわけを。
これからオレたちがどこへ行くのかを。
そして

「…手、離すなよ。」

「…うん。」

あの冬の日に始まった
幸せと呼べる日々を
舞に謝る事じゃなく
オレがこれからすべきことを

オレはこれからずっと
幸せな日々を
舞にあげることを
そしてオレも一緒に
幸せになることを
それだけを考えることを

「…クロ、喜ぶよ。」

「…うん。」

舞はオレの手をしっかりと握って
オレは舞の手をしっかりと握って
オレたちは街の中を歩いていった。

街にはクリスマスソングが流れていた。

<END>

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舞を幸せにしたかった。
それだけが願いでした。
この元になる話を書いたのは、それだけのためでした。

だけど、わたしは間違えかけた。
舞を泣かせ、祐一に後悔させた。そして、自分も泣いていた。
だけど、多くの人々の支えがあって、わたしは舞を幸せにできました。

それは夢のような日々。
わたしにとっても夢のような日々でした。
わたしは忘れないでしょう。
この話を書いていた時の、あの夢のような日々を。
だから、この話の続きは書かない。そう言いました。

でも、これを書きました。
蛇足かもしれません。
この二人には、こんなものは必要ないかもしれません。
だけど…

クリスマスだから。
優しい気持ちになれたから。
やっぱり、この二人を書きたくなったから。
幸せなこの二人を。絶対、絶対に幸せになる、幸せになったこの二人を。

そして、この話が、あなたに幸せを、優しい気持ちを、ちょっとだけでも伝えられたら。
それがわたしにできる、あの頃に支えてくれたたくさんの人たちへのお返しかもしれない。
それだけを思いました。
そして、それだけを願います。それだけです。
読んでくださってありがとうございました。

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