Christmas Special
"Merry Christamas for You" 第3話

では、どうぞ

-----
 

今、わたしの上に降るのは、雨ではなく雪

 

 

わたしはここに立っている。
雪が降りしきっている。
わたしがさす傘の上に
雪が降りしきっている。

この場所は
わたしの幸せな日々が始まったところだから。

あの日
あの夏の日
雨が降りしきっていた
その雨の中で
わたしの幸せな日々が始まった。
抱き上げた
濡れた小さな体と共に。

わたしの幸せな日々。
かくれんぼ
鬼ごっこ
絵本を読んで
ショートケーキを食べて
笑って
笑ってくれた
美宇のいる日々。
それがわたしの幸せな日々。

たった20日間の
だけど何にも替え難い
幸せな日々。

「おねえちゃん」

美宇の声

「大好き」

笑い顔

わたしが何よりも大好きだった
美宇の顔

突然に消えた
何も残らなかった
わたしの妹の
本当の妹の
笑った顔
わたしを呼ぶ声

雪が変わらず降りしきる
傘の上に降り積もる
あの日、雨が降っていた
この歩道橋の上
立ち尽くしているわたしの上に
雪が降りしきっている。

あの日から
美宇が消えてしまってから
いったいわたしはどのくらい
ここに立っていただろう。

雨が降る日も
陽がまぶしく照らす日も
雪が降る日にも
傘をさすこともなく
わたしはただ立ち尽くし

下を流れる車も
通り過ぎる人も
わたしは見ることもなく
ただ
ただ立ち尽くして

いつも日が暮れて
時に今日という日が過ぎて
だけど立ち尽くして
ただ立ち尽くして

何のためなのか
なぜ立っているのか
分からずに
分かっていて
ただ
立ち尽くしていた

立ち尽くすわたしの上に雪が降っている。
傘の上にかすかに音をたてながら
雪が降りしきっている。

わたしは待っていた。
また出会うことを。
もうそこで出会うことはない
ありえないと知りながら
それでも諦められず
それでも待ち続けて
わたしは立ち尽くしていた。
ずっと立ち尽くしていた。

雨に濡れながら
雪に埋もれながら
あの子が還ってくるのを
わたしの前に還ってくるのを
何度も失望し
何度も絶望し
だけど待ち続けて

雪が降っている。
まるで雪が音を消してしまった
そんな音もない景色に
雪が降っている。
白い雪が
白い
白い雪が

待ち続けた
ただ一人を
ただ一言を
待ち続けた
わたしは待ち続けて

「おねえちゃん」

顔を上げると
そこに立っている
笑った顔
その声を
わたしは待ち続けて
ずっと立ち尽くして

「おねえちゃん」

わたしは顔を上げた。
白い雪景色
小さなピンクの傘
雪の積もった傘
傘を持つ小さな手
小さな赤いブーツ
白いミトンの手袋
そして

わたしが大好きだった
わたしが大好きな
笑った顔
わたしの妹の顔

「美宇」

わたしは微笑んだ。

「保育所、終わったの?」

「うん」

美宇は笑ったまま
わたしにしがみついて
傘がわたしの傘に触れて

「真琴お姉ちゃん、祐一お兄ちゃんと一緒に後から来るからって。」

「そう。」

「美宇、クリスマス、初めてだから…楽しみだな!」

「…そうね。」

わたしは微笑んで
美宇は笑って
美宇がわたしの腕にしっかりしがみついて

「サンタさん、プレゼント…くれるかな?」

「もちろん。美宇は、いい子ですから。」

「うん。」

美宇の小さなピンクの傘
わたしの顔に触れそうで
でも、わたしは微笑んで
並んで歩きだした。
私たちが初めて会った歩道橋の上を
わたしたちの帰る場所
わたしたちの家へと
私たちは歩きだした。

雪が降り続いていた。
あの日の雨ではない雪が
優しい雪が降っていた。
優しい雪が降りしきっていた。

<END>

-----
これはわたしが愛する、わたしが愛し間違えた美汐。
『心象風景画』の美汐です。そして、美宇です。
でも、これは以前書いた『美宇(もう一つの心象風景画)』の方の美汐、そして美宇。
『心象風景画』本編ではなく、番外として200本記念として初めて美宇を返してやった、その作品の美汐、そして、美宇。
でも、本編の方は…

わたしは何を考えていたのでしょう。
美宇が美汐の前から消えて、決して還れはしない。
そんな設定を作り、そして書いてしまった。
そして、それを悔やんで、何とかしたくて書き続けた。
だけど…
結局、別の話でしか、もう一つの話としてしか、美宇を還してやれなかった。
わたしの中の美汐は、やっぱりどこか美宇を求めながら、立ち尽くしています。
完全に美宇のことを自分の中に沈められないまま。
そして、美宇もそんな美汐を見て泣いています。
「おねえちゃん、泣かないで」
言いながら、泣いています。

それはわたしです。
わたしの後悔です。
わたしのようなタイプの書き手には、やってはいけないことでした。
ドラマを求めて、愛していない相手を書くなんて。
そして…愛してしまった。だけど、幸せにはできないのですから。

彼女はわたしの後悔。だから、わたしの分身。
だけど

クリスマスですから。
もう一人の美汐には、幸せな、美宇との幸せなクリスマスをあげたくて。
いつか、このわたしの分身の美汐にも、違う幸せをあげたいけれど
今は、この美汐に、この美宇に、幸せなクリスマスを。

これは自己満足の話。だけど、優しい話だな、そう思っていただけたら。
わたしのなけなしの優しさで、書いてみました。
読んで下さってありがとうございました。

1999.12.12 LOTH inserted by FC2 system