Christmas Special
"Merry Christamas for You" 第4話

シリーズ:心象風景画

では、どうぞ

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あの雨もこの雪も、この空の下にある

 
 
わたしは駅から降り立った。
そこには雪景色が広がっていた。
青い空の下に雪景色が広がっていた。
冬の陽が柔らかにあたりに射していた。

ここがわたしの故郷の街。
わたしはもう一度、あたりを見回した。
ここにわたしの幸せな日々があった。
そしてわたしの絶望の日々があった。
そんな思い出のいっぱい詰まる街。

そしてここは、わたしが旅立った街。

旅立ちの日のことは、今でも思い出す。
ホームまで見送ってくれた友達のこと。
大きな瞳から涙をぽろぽろ流していた真琴。
後ろで難しい顔をして見ていた相沢さん。
今も時折思い出す、わたしの大切な思い出。

そして何よりも
わたしと美宇の思い出の街。

あの雨が降る夏の日も
美宇が大好きだったボール遊びも
美宇が好きだったショートケーキも
美宇が好きだった人魚姫の絵本も
そして
わたしが大好きだった美宇の顔
美宇の笑った顔

思い出しては、わたしは涙を流した。
夢に見ては、わたしは涙を流した。
もう戻ることはできない
もう取り返せない
美宇の思い出を抱きしめる
それだけのために生きていた日々。
それだけを思いたかった日々。

今も時々、思い出す。
今も時々、夢に見る。
もう涙を流しはしないけれど。
忘れることはない。
忘れられるはずがない。
わたしの本当の妹のことを
わたしは忘れることはない。
だけど

わたしは駅前の道を歩きだす。
白い雪を踏みしめて。
わたしの思い出の街に積もる雪を踏みしめて。
冷たい雪を踏みしめて。

ここはわたしが旅立った街。
もう、あの頃には戻れない。
あの頃の思い出にも
あの頃のこの街にも
わたしは戻れはしない。
それは当たり前のこと。
本当に、当たり前のこと。
だけど

そんな当たり前のことに気づくことができるまで
いくつもの季節を過ごし
いくつもの事、何人もの人と出会い、そして別れ
わたしはたどりついた。
ここは思い出の街。

ここは思い出の街。
そして、思い出の場所。
小さなバス停の小さなベンチ。
見上げる歩道橋。

わたしが待ち続けて
わたしが立ち尽くして
雨の降る中を
立ち尽くしていた場所。
悲しい思い出の場所。
だけど、思い出の場所。

階段を上がっていく。
何度も昇った階段。
その先に待つ場所は
わたしが待ち続けた
思い出の場所。
階段を登って
角を曲がったそこに

そこに立っていた。
誰かが立っていた。

「おねえちゃん」

小さな姿。
ピンクのスノーコート。
赤いスノーブーツ。
白い毛糸の帽子。
白いミトンの手袋。
そして

「…こんにちわ、真美ちゃん」
「こんにちわっ」

微笑んだわたしに、少女が駆け寄ってきた。
わたしの友達の娘。
わたしの名前の一字がついた
わたしの友達の娘。

「美汐…遅い…」

そして、わたしの友達。
一番の友達が立っていた。
美宇と同じ境遇の
同じになるはずだった
でも、還ってきた友達の顔。
美宇ではない
美宇の代わりじゃない
わたしの大好きな友達の顔。

「…普通に歩いてきたのですが…」
「雪は久しぶりだから、かな?」
「…そうかもしれませんね。」

真琴はにっこり笑った。
そしてわたしに近寄ると、右手を取った。
もう一方の手は、真美ちゃんが持っていた。

「さ、行こ!ケーキ、買ってあるからさぁ…」
「…作らなかったのですか?」
「…あぅー…美汐…」

うらめしそうに見上げる顔に、わたしは笑ってみせた。
わたしの友達に。

「…どうしてここで待っていたのですか?」
「祐一がさ…ここで待ってろって。」
「…相沢さんが…」
「待たせないように、早く行って待ってろって。この場所で…」
「…そうですか。」

わたしの大切な友達たち。
旅立ったわたしにとっても
何よりも大切な友達。
そして、いつまでも…

「行こうか、真美ちゃん。」
「うん!」

わたしたちは歩きだした。
歩道橋の上を。
わたしの思い出の歩道橋を。
雪の歩道橋を。
あの日、雨が降っていた
今は雪の積もる
思い出の歩道橋を。

晴れた空の下
二人に腕をとられながら
わたしは歩いていった。
思い出の街を
友達の住む街を
この空の下を
雪を踏みしめて
思い出を踏みしめて
でも
歩いていった。

<END>

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これがわたしの中に住む、わたしの美汐です。
『心象風景画』の美汐です。

わたしは美汐に美宇を還してやるべきでした。
その思いは変わりません。
だけど、還せなかった。
だけど、だから美汐を前へ進ませてやらなければなりません。
それがわたしの義務であり、責任だと思います。
美宇が還らない世界で、美汐は前へ進みます。
思い出に、美宇に浸り、現実を拒絶していた美汐。
わたしは彼女に前へ進むためのきっかけをあげることはできた。
わたしにすれば上出来だと思います。

そして、できればこの先、Picturesというシリーズで、もっと前へ進ませてあげたい。
思い出を思い出として心にきちんと沈め、
美宇を愛しながら違う愛を抱いて進ませてやろうと思っています。

ただ…
わたしがSSを書き続けている理由の一つが、この美汐への贖罪だと思っているので、
その区切りがついた時、わたしはどうするのか。
ふとそんなことを思わないでもなくて、それで止まっているのです…

でも、そろそろ、そんなことを言っていてはいけないでしょうね。
きちんと…わたしも前へ進みましょう。そこに何が待つか分かりませんが…

これはわたしの美汐の話。
優しくなかったわたしが、愛していなかった少女を愛し、愛していこうとしていった話。
そして、この美汐を愛してくれた人への、わたしの出した答え。
『もう一つの心象風景画』は、わたしの夢。
わたしが『心象風景画』を書かなければ、『風の音・鈴の音』を書かなければ
存在したかもしれない話。存在させてあげたかった話。
でも、それは存在しなかった。そして、今は『もう一つの』話でしかない。

これがわたしの美汐です。わたしの美汐の話です。わたしの美汐のクリスマスです。
この美汐を愛してくれる、この美汐を愛してくれた方へ贈る、わたしの話です。
こんなわたしを愛さなくても、この話を愛してくれた方へ、わたしが贈れる話です。
お読みくださってありがとうございました。

1999.12.18 LOTH inserted by FC2 system