"おしまいの日"

− Eine Kleine Naght Musik 3 −0

 

 
 
 
 

    『…始まりには挨拶を。』
 
 
 
 
 
 

    でも

    おしまいにあるのは

    闇だけだった
 

− Eine Kleine Naght Musik 3 −0

  "おしまいの日"
 
 

『…魔物がくるのっ』
『いつもの遊び場所にっ…』
『だから守らなくちゃっ…ふたりで守ろうよっ』
『あたしたちの遊び場所で、もう遊べなくなるよっ』
『ウソじゃないよっ…ほんとだよっ』
『ほんとうにくるんだよっ…あたしひとりじゃ守れないよっ…』
『一緒に守ってよっ…ふたりの遊び場所だよっ…』
『待ってるからっ…ひとりで戦ってるからっ…』

それが本当の最後だった。
オレが夏の日に出会った少女の、それが最後の言葉。

あの夏の日の少女。
生まれてしまった魔物。
オレの前で傷つき、震える少女。

そして

出会ったときと同じように、舞はそこに立っていた。
銀の光に照らされて、廊下に立ちつくしていた。

「やめろ…舞っ」
「………」

舞は黙っていた。
黙ってオレを見つめていた。
黙ってオレの後ろの少女を見つめていた。

オレには分かっていた。
舞の目に映るものが。
あの日、舞から別れた舞の力。
そして、舞の命。

小さな鼓動が聞こえた。
最後に残ったのは、舞の心の臓。

舞は剣を握り直すと、体重を傾け、踏み込みこんだ。
最後の決別のために…
自分の力と
そして…
「舞っ!」
舞が駆け出す寸前、俺は舞を抱き留めた。
無表情な舞の
その裏で震えている舞の
体をしっかり抱き留めた。

「…祐一、邪魔」
「舞……」
「魔物なんてどこにもいない。最初からどこにもいなかったんだ」
「………」
「おまえが生み出していたんだ。おまえの力なんだよ」
「………」
「終わりだ、舞」
「………」
「終わったんだよ、おまえの戦いは」
「………」
「おまえは、あのときの遊び場所…」
「ずっとこの場所を守っていたんだな…」
「………」
「十年という長い時だ…」
「ずっとひとりきりで戦ってきたんだな…」

たった一人で
ただひとつの嘘のために
戦い続けた少女を、オレは抱きしめていた。

「………」
「…祐一の言ってることはよくわからない」

舞は首を振った。
これまでの十年
全てを否定していた
自分を否定していた
舞は否定するように首を振った。

「終わったんだよ、おまえの戦いは」
「………」
「今日からはあの頃の舞に戻るんだよ」

あの日に。
あの麦畑に。
舞とオレが遊んでいたあの麦畑に。
オレは上着のポケットから、あの夏の日、舞の頭を飾っていた物と同じ物を取り出した。
そして舞のすぐ正面まで歩いてゆき、あの日と同じようにその頭に飾ってやった。

「…ほら、よく似合う」
「………」
「ウサギさんだぞ。舞の大好きなウサギさん」
「………」
「笑えよ、舞。すべては終わったんだから」
「………」
「…まだ一体、残ってる」
「もうそれも消える。おまえが気づけばいいんだ」
「………」
「…そんな…急に言われても理解できない」
「俺とおまえは出会っていたんだ。ずっと昔に」
「………」
「短い間、俺たちはずっと友達だったようにして遊んだ」
「………」

舞の目が、金色を映したように見えた。
あの日の麦畑の色。
その瞳がオレを見つめた。

「あの日の男の子は…みんなと同じように私から逃げた」
「違う。舞、違うんだ」
「おまえの力を恐れてなんかじゃない。俺はおまえから逃げたんじゃない」
「あれは、本当の別れだったんだ」
「だから、こうして俺たちは再会して…」
「あの日と同じようにお互いを好きになって、仲良くなったんじゃないか」
「………」
「それに気づいたらいい。もう終わりだ、舞」
「………」
「………」
「………」
「…どうすればいいのかわからない」
「戻ればいいんだ、あの頃の舞に」
「もう剣なんて捨てるんだ」
「夜の校舎に訪れることもしない」

舞は、剣を持つ手を下ろしていた。
冷たく光る剣を。
全てを否定して
全てを断ち切るための
舞の命を絶ち切るための剣を。

「時間がかかるかもしれない」
「佐祐理さんがいるし…」
「それに舞がこうなったのは俺のせいでもある」
「だから俺もずっと居るよ、舞のそばに。ずっと一緒にな」

否定され続けてきた力も含めて、俺は舞を好きで居続ける。
そうすればきっと舞は、自分の力も許せる日がくる。
オレはそう思っていた。
そう思いたかった。

「………」

舞は首を振った。
剣を再び握りしめ、小さく首を振った。

「剣は捨てられない…私はずっとこれに頼って生きてきたから」
「いや、捨てるんだ」
「…捨てられない」
「捨てるんだ」
「…剣を捨てた私は本当に弱いから」
「いいんだよ、それで」
「…祐一に迷惑をかける」
「一緒にいてくれるという祐一に迷惑をかける」
「それでも、祐一は構わないの…」
「構うものか。それが女の子じゃないか」
「これからは普通に生きろ、舞」
「わからないことがあったって、俺がいつも隣にいて教えてやる」

オレは舞を抱きしめて、その腕をとった。
剣を握りしめている手をそっと握った。

「映画館の入り方だって、ゲームのやり方だって知らないだろう?」
「たくさん楽しいことがあるぞ。一緒にやろう」
「女の子ってのはそういうことをして楽しく生きるもんなんだぞ」
「そして泣きたくなったら泣けばいい」
「弱くたっていいんだぞ、女の子は」
「そうしたら俺が慰めてやる」
「夜の校舎では非力だったけど、日常の中では俺はおまえを守ってやることができる」

オレは本気だった。
したいと思っていた。
できると思っていた。

「道ばたで泣いてしまうかもしれない…」
「ご飯食べてたら、不意に泣き出してしまうかもしれない」
「それでも慰めてくれるの…」

「ああ。道ばただったら、泣きやむまで隣に立って待ってやる」
「ご飯中だったら、俺も食べるのをやめて舞と話をしてやる」
「それで泣きやんだら…冷めたご飯を一緒に食べてくれるの…」
「ああ、冷めたご飯だってなんだって食ってやる」

「夜中に起き出して、泣いてしまうかもしれない…」
「祐一の知らないところで、ひとり泣いてしまうかもしれない…」

「寝るときも、おまえのそばにいる」
「泣く声が聞こえたら、すぐに起きて、温かいものでも入れてやる」
「そして、俺の知らないところになんて、舞はいかせない」
「舞は、俺のずっとそばにいさせる」

舞は黙り込んだ。
剣を持つ手の力が弱まるのを感じた。

「そうだ、舞」
「………」
「卒業したらさ、広めの部屋を借りてさ、舞と佐祐理さんと俺の三人で暮らしてみないか?」
「今度は佐祐理さんだけじゃなく、俺たちも飯作ってさ、当番制で」
「そうやって家族みたいにさ、飽きるまで暮らしてみないか?」
「舞のこともずっと見守ってやれるし、絶対楽しいと思うぜ」

「…本当に…?」

「ああ、佐祐理さんだってオーケーしてくれるよ」
「後は舞さえよかったら…。舞はそうしたいか?」

「………」
「…アリクイさんのぬいぐるみ、持っていってもいい?」

「ああ、いいよ。ブタさんのオルゴールもな」
「思い出が詰まったもの、全部持ってくればいいんだよ」

「………」
「じゃあ…」
「…そうしたい」

「よし。決定だ」
「今から楽しみだな」

「うん…」

舞はうなずいた。
そして、オレの顔を見た。

「…祐一」

「ん?」

「…ありがとう」

「ああ」

「本当にありがとう」

舞の微笑んだ顔。
銀の光に映っていた。
銀色に光る瞳が
オレを見つめて

「祐一のことは好きだから…」
「いつまでもずっと好きだから…」
「春の日も…」
「夏の日も…」
「秋の日も…」
「冬の日も…」
「ずっと私の思い出が…」
「佐祐理や…祐一と共にありますように」
「舞…?」

次の瞬間

舞はオレの手を払い
握りしめた剣を

「…!!」

剣は舞の腹部に深く刺さっていた。

舞はそのまま崩れ落ちた。
俺は飛びついて、舞を抱きかかえた。

「舞っ…舞っ…!」

真っ赤な血が
銀の月明かりに赤い血が、床に広がった。

「おまえ、どうしてこんなことするんだよ…」
「ずっと、一緒にいくんだろっ!?」
「春も夏も秋も冬もっ…ずっと一緒に暮らしてゆくんだろっ!?」
「そう今、約束したじゃないかっ…」
「俺だっておまえのことが好きだったのに…大好きだったのに…」
「いつだって、おまえは…自分中心で…」
「なんだって、勝手に終わらせやがって…」
「そんなのって卑怯じゃないかっ…」
「舞…!」
「舞っ…!」
「舞っ……!!」

抱きしめるオレを暖かいものが濡らしていた。
舞から流れ出す命がオレを濡らしていた。
赤く
紅く濡らしていた。
オレを暖かく濡らして
冷たく冷えていた。

オレは目を閉じた。
何かを見るために。
見えると思った。
 
 

それは
 
 
 

でも
 
 
 
 

「祐一…」

かすかな声

「祐一、泣いてるの…」

かすれた声が

「…代わりに私がしりとりを始めてあげようか」

つぶやくような声で
 
 
 
 
 
 
 

「………」

「…りんご」

「…ごりらさん」

「らっぱ…」

「ぱいなっぷる…」

「…るびー…」

「……びーだま…」

「………まり……」
 

「…………りすさん………」
 
 

「……………………すいか……」
 
 
 

「………………………………………」
 
 
 
 
 
 
 
 

そして
 
 
 
 
 
 
 
 

沈黙。

全てが消えてしまったように
流れる
 

沈黙
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

オレは目を開けた。

「舞…」

涙で霞む目で
オレの腕の中で
銀の光の中で

舞の瞳が
わずかに金色の
あの麦畑の色
舞の瞳が
 
 
 
 

閉じた
 
 
 
 
 
 

オレは抱きしめた。

舞の体を
次第に冷えていく体を
抱きしめた

抱きしめていた。

冷たい銀の光の中で
真っ赤に染まった腕で

抱きしめていた。

抱きしめるしか
それしか
 
 
 
 
 

「舞っっっっっっっっ!!!!!!!!!!!」
 
 
 

     これがおしまいの日

     だけど

     始まりだった

<to be continued>

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