"さようなら"

− Eine Kleine Naght Musik 3 −1

 

 
 
 
 

     おしまいが始まって

     始まりがおしまい

     だから

     こんにちは

     そして
 

− Eine Kleine Naght Musik 3 −1

  "さようなら"
 

どうしてオレはこんなところにいるんだろう。
どうしてオレはこんなところにいられるんだろう。
 
 
 

オレが舞を殺したのに。
 
 

  『あんな夜中に二人きり…校舎で何をしてたんだ?』
 


お前は毎日あんな闇の中で
一人でオレを待っていたのか?
 

  『あんたら…付き合ってたんだろう?』
 


あんなつかの間の出会いのために
お前は10年の時を無駄にしたのか?
 

  『彼女…学校ではだいぶ問題だったそうじゃないか』
 


お前が拒んだのは
こんな世間だったのか?
 

  『この間の倉田さんのお嬢さんの事件…あれも彼女だったんじゃないのか?』
 


一番傷ついていたのは
いつも傷ついてたのはお前だったんじゃないのか?
 

  『あんた、倉田さんのお嬢さんとも親しかったそうじゃないか。』
 


オレと佐祐理さんと一緒にいることで
お前は幸せになれるはずじゃなかったのか?
 

  『…あんたが彼女を殺したんだろう?三角関係のもつれか?
   彼女が倉田さんを…だから、あんたが彼女を。そうなんだろ?』
 

違う!
そうじゃない!!
そんなことじゃない!!!
 

オレはあの夏に
オレはあの麦畑で
渡っていく風の中で
舞を傷つけた

沈黙というナイフで
 

そして
 

オレはあの夏に
オレは電話で
舞の必死の言葉を
泣いている舞を
殺した

受話器を置く音で

殺した
 
 
 
 
 
 
 
 
 

オレが殺した
 

舞を殺した
 
 
 
 
 
 
 
 
 

なのに
 
 
 
 
 
 
 

警察はオレを裁いてくれなかった。

  『川澄舞は自殺した』

刑事は言った。

  『君はもう、帰ってもいいよ』

刑事はオレを警察の外へと連れ出した。
 
 

なぜなんだ?
なぜオレは罰を受けないんだ?
オレは殺したのに。
舞を殺したのに。
 

振り返った目の前で、ガラスのドアは閉まった。
 

帰っていい…
 

帰る?
 

どこに帰ればいいんだ?
もしも帰れるなら
帰るべきところは
 

あの夏の日
あの麦畑
風の渡っていた
金色に輝いていた
あの麦畑だけなのに
 


オレはどこに行けばいいんだ?
帰ることもできない
オレは

オレの場所は
 

    『春の日も…』

一緒に花を見て

    『夏の日も…』

一緒に泳ぎに行って

    『秋の日も…』

一緒にに落ち葉を炊いて

    『冬の日も…』

一緒に炬燵で雪を見て

    『ずっと私の思い出が…』

そんな思い出が

    『佐祐理や…祐一と共にありますように』

一緒の思い出が

あるはずだった
 

オレと

お前と
 
 
 
 
 
 

佐祐理さんと
 
 
 
 
 
 

だからって
 
 
 

どうしてオレはこんなところにいるんだろう。
どうしてオレはこんなところにいられるんだろう。

オレは病室の前で
ドアのノブを握りしめて

何をする気なんだ?
オレは何がしたいんだ?
 

何もしたくはない。
したくはなかった。
ただ

オレは

オレの
 

重荷を
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…あ、祐一さん、いらっしゃいー」

佐祐理さんの声。
入ってきたオレを見ながら微笑む顔。

「…佐祐理さん。」

「あ、祐一さん。お見舞い、ありがとうございますー」

「………」

「あれ?舞、一緒じゃないんですねー」

「………」

「舞、全然お見舞いに来てくれないんですよー。気にしてるんですかねー。」

「舞のせいじゃないって、祐一さん、言ってあげて下さいねー」

「で、見舞いに来なさいって、言って下さいねー。」
「佐祐理、寂しいですー」

「………」

「…祐一さん?」

「………」

「…あの…」
 
 

佐祐理さんは知らない。
まだ知らなかった。
まだ知らないまま
オレを見つめて笑っていた。
 

だとしたら
オレがすること
オレがするべきこと
オレの義務

きっと舞が
オレに託そうとした
これは
オレの義務
 
 

嘘だ!
違う!!
オレはただ
オレは単に

オレは

オレの
 

重荷を
 
 

「佐祐理さん。舞…舞は…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…死んだよ。」

「あの夜の校舎で」

「自分のお腹を」

「剣で刺して」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「死んだよ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…冗談ですよね?」

佐祐理さんは見ていた。
オレの顔を見ていた。

「…ねえ、祐一さん。冗談…なんですよね?」

笑顔の消えた顔
求めるような瞳

「………」

「………」

「…ねえ…」

目をさらさずに
目をそらせずに
オレは黙っていた。
黙って立っていた。

「………」

「………」

「……うそ…」

「………」

「………」

「………」

「…そ…」

「………」

「………」

「………」

「…ま…」

「………」

「………」

「………」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「舞ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

駆けつけた看護婦が、オレは廊下に引き出した。
責めるような瞳でオレを見つめた。

  『あなた…あなた、何をしたのっ!』
 

オレのしたこと
オレの罪
 
 


お前を殺しただけじゃ飽き足らず
オレは佐祐理さんも傷つけて
 
 

どうしてだろうな?
どうしてオレは

こんなところに
 
 
 
 
 
 
 

のうのうと
 
 

生きていられるんだろうな
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 

どうしてだろうな?

なあ…
 
 

     光が闇を作り

     闇が光を包む

     だけど

     恐かったんだ

     オレは恐かったんだ

     光のない闇も

     闇のない光も

     オレはただのそんな

     その程度の人間だった

<to be continued>

-----
『倉田佐祐理という少女について』より抜粋

『佐祐理さん、あなたの確信は、それは誤解だよ。
 「人は人を幸せにすることで幸せになる」
 それは事実だけど、
 「人は人を幸せにすることで幸せでいられる」
 なんて誰も言ってないし、誰も言えないんだよ。だって、それは事実じゃないから。
 舞が幸せになった時、佐祐理さんはどこに行くの?
 舞と祐一が二人でいることが舞にとって幸せになってしまったら、佐祐理さんはどうするの?
 佐祐理さんと祐一の間に恋愛なんて設定する必要もなく、この三角は必ず崩れる。
 その時、佐祐理さんはどこにいくんだろう? 』

そして…
ねえ、佐祐理さん。
舞が死んでしまったら、佐祐理さんはどこへ行くの?
あははは…

…いいよ。どこへ行っても。オレも一緒に行くからさ… inserted by FC2 system