"ひとり"

− Eine Kleine Naght Musik 3 − 2

 

 
 
 
 

     オレは卑怯だった

     弱い奴だった

     自分が弱過ぎて

     だから気付かなかった

     きみがこんなにも

     弱いなんて

     だから
 

− Eine Kleine Naght Musik 3 − 2

  "ひとり"
 
 

オレはまだ、ここにいる。
ここにこうして生きている。
 
 
 
 

オレが舞を殺したのに。
 
 
 
 
 

なのに
こうしてさまようことしか
オレには許されていない
 

  『この時間は、立ち入り禁止だ。さ、帰りなさい。」
 


お前との思い出の場所
夜の校舎には
今は厳重に鍵がかけられて
警備員が行かせてくれなかった。
 

  『何をしにきたんですか…帰って下さい』
 


お前の大好きな佐祐理さんには
もうオレは会わせてもらえない。
看護婦や医者や佐祐理さんの家族が
オレを拒んでいた。
それは当たり前だった。
 

  『祐一さん…何か食べないといけませんよ』
 

一人闇の中
暖かい闇の中で
ただ死を待つことさえ
オレには許されない
 
 
 

いや
違う
 
 
 


どうしてだろうな?
オレには死ねないよ。

こうして目をつぶって
お前との楽しい思い出の中
オレは死にたい。
死にたいんだ。
それなのに
 
 

目をつぶっても
浮かんでくるのは

    『祐一、泣いてるの…』

どうして涙しかでないんだろう

    『…代わりに私がしりとりを始めてあげようか』

どうしてお前の顔が

    『…りんご』

お前の笑顔が

    『…ごりらさん』

どうしてお前の声が

    『らっぱ…』

お前の笑い声が

    『ぱいなっぷる…』

どうしてお前の手の

    『…るびー…』

暖かい感触が

    『……びーだま…』

どうしてお前の

    『………まり……』

お前の

    『…………りすさん………』
 


 
 
 

    『……………………すいか……』
 
 
 
 

お前のことが
 
 
 

    『………………………………………』
 
 
 
 
 
 
 
 
 

オレには見えない。
オレには聞こえない。
オレには思い出せない。
思い出せないんだ

ただ

あの夜の校舎
冷たい銀の光
広がる赤い血の海で
音もなく
声もなく
冷たくなっていく
冷たくなっていた
お前しか
 
 
 
 
 


思い出せないよ。

オレには思い出せないよ。
どんなに願っても
どんなに望んでも
本当に
どうしても
思い出せないよ。
 
 
 


だからなのか?

オレはお前が願ったように
お前の思い出を抱いて
春の日も
夏の日も
秋の日も
冬の日も
一緒に抱いていられない
だから
 
 
 
 

オレはこうして
長らえて
 
 

オレが傷つけた
佐祐理さんの窓の下
見上げているのは。
 
 


お前が言ってくれたのに
一緒に思い出を抱いていてって
お前が言ったのに
オレは佐祐理さんを傷つけて
 

そして
 
 
 

それなのに
 
 
 

傷つけてしまった佐祐理さん
オレは心配で
 
 

嘘だ!
ホントは
 

オレは佐祐理さんに
佐祐理さんの笑顔に
佐祐理さんの笑い声に
オレは
 

オレは
 
 
 

見上げる病室の窓
ふいについた灯

映るシルエット
揺れた長い髪
 
 

…佐祐理さん?

まさか。
もう立ち上がってもいい…わけはないのに。
だけど
 
 

消えた灯

銀の光
欠けていく丸い月。
 
 

暗い窓
暗い空
暗い
暗い闇
 
 

オレは駆けていた
なぜだか分からなかった。
あれが佐祐理さんだという確証はない。
あの病室には、オレは入れない。
だけど
 

夜間入り口を抜け
暗い階段を昇り
迷路のような回廊を抜けて
オレは病室の前
ドアのノブを握った
その時
 

「きゃっ」
 

重い音と共に叫び声。
誰かの
女性の叫び。

「佐祐理さんっ!」

オレは叫んだ。
ドアを開いた。

「…佐祐理さん?」

わずかに差し込む銀の光
カーテンのすき間からさす月の光に
オレは思わず立ちすくんだ。

病室の真ん中
ベッドが転がっていた。
点滴の台
割れたディスプレイ
たくさんの機械が散らばっていた。
そして

その中に白衣が
看護婦が転がっていた。

オレは駆け寄った。
しゃがんで看護婦を抱き上げた。
息はあった。
だけど

この部屋は
ここには
 
 

「…誰?」
 
 

声に、オレは顔を上げた。
そこに
 
 
 

カーテンの隙間から差し込む銀の光
淡く光る病室
白く光るカーテンを背にして

「…佐祐理さん…」

白いガウンを羽織った佐祐理さんが立っていた。
オレを見つめている瞳がかすかに光っていた。

「佐祐理さん、これは…」

オレの言葉に
佐祐理さんはわずかに首をかしげた。

その顔は
その表情は
今まで一度も見たことのない
だけど
かつて見慣れた無表情で

「…佐祐理?」

佐祐理さんは口を開いた。

その声は
そのつぶやくような声は
今まで一度も聞いたことのない
だけど
かつて聞き慣れた感情のない声で

「…何を言ってる…祐一」
「…え?」

見上げたオレの前
佐祐理さんは手の中の物を見つめた。
差し込む月の光
銀に反射させている
剣を見つめた。
 

「佐祐理?わたしは…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「舞」
「川澄舞」
 
 

     二人でいることは

     不幸なんだろうか

     二人が一人になったら

     幸せなんだろうか

     オレには分からなかった

     分かる資格もなかった

<to be continued>

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『倉田佐祐理という少女について』より抜粋

『佐祐理さんを愛する人たち。
 佐祐理さんの狂気を愛せる人たち。
 狂気を書いてあげてほしい。
 そして、救ってあげてほしい。
 優しいだけでは彼女は救えないよ。
 だって、もう彼女は狂ってるんだから。
 あはははは 』

だから間違えたんだね、また…オレは。
きみを救うこともできないかもしれないのに
きみをこんなひどい目に遭わせてしまって。

だけど佐祐理さん。
オレは一緒に行ってあげることだけはできるよ。
例えそこが地獄でも。
さあ…行こうか。 inserted by FC2 system