"つき"

− Eine Kleine Naght Musik 3 − 3

 

 
 
 
 
 
 

     傷つくことが恐くて

     オレはきみを傷つけた

     傷つけることが恐くって

     あいつは自分を傷つけた

     そして

     きみは
 

− Eine Kleine Naght Musik 3 − 3

  "つき"
 
 

部屋は月の光で銀色だった。
立っている佐祐理さんの姿も
持っている剣の刃も

揺れるカーテンも
わずかに開いた窓からの風に揺れるカーテンも
その風に揺れる佐祐理さんの髪も

銀色に光っていた。
佐祐理さんの瞳のように

「…佐祐理さんっ」

オレは声をあげた。
沈黙に堪えられなかった。
佐祐理さんの見つめている冷たい瞳に堪えられず
オレは佐祐理さんに駆け寄った。

「あなたは…佐祐理さんなんだっ」

佐祐理さんはオレを見つめた。
銀の光の中で
銀に輝く瞳で見つめた。

「…変な祐一。少し、おかしい。」
「佐祐理さん。」

佐祐理さんはオレが掴んだ腕を払いのけた。

「…どいて。」
「…わたしは…行くから。」

「どこへっ」

オレはもう一度、佐祐理さんを捕まえようとした。
でも、佐祐理さんはゆっくりと病室のドアへ
そしてオレに振り返った。
不思議そうな表情だった。

「…どこへ?

抑揚のない声。
佐祐理さんはオレを見た。
そして口を開いた。
 
 
 

「…どうしたんですかっ」

看護婦たちの声。
佐祐理さんは口を閉じた。
廊下の向こうを凝視した。

そして、駆けだした。

「佐祐理さんっ!」

オレは追いかけた。
暗い廊下を
先を行く白いガウンを
オレは追いかけた。

佐祐理さんは無言で廊下を駆けていた。
窓から射す銀の光
光る長い髪が流れて
暗闇の中
手にした剣が輝いて

駆けていく佐祐理さんの前
大きなホールが見えた。
大きなガラス窓
照らす丸い月
銀の光に輝くホールが見えた。

佐祐理さんは立ち止まった。
ホールのガラス窓
背よりも高いガラス窓の前で立ち止まった。
銀の光に輝く髪がまだ揺れていた。

「…佐祐理さん、戻ろう!」

オレの言葉に、佐祐理さんは振り返った。
近寄るオレの顔を
後ろから駆けてくる看護婦たちを見た。

そして

口の端で
 
 
 
 

微笑んだ。
 
 
 
 
 

ガシャン
 
 
 
 
 

破片が飛び散った。
大きなガラスの破片
銀色に輝いて飛び散っていた。
細かい白い破片が
雪のように降って
 

「佐祐理さんっ」
 

見下ろした白い中庭
淡い銀の光の中

佐祐理さんの姿はもうなかった。
白い雪の上
続いている足跡と
そして
わずかに赤い血の跡だけ
 

オレは駆け出した。
立ち尽くす看護婦たちの中を
オレは駆け出した。

駆けるしかなかった。
オレにできることは
ただ
佐祐理さんの向かった場所へ
オレには分かっている場所
オレの犯した罪へと
オレは
 

追うしか
 


オレが犯した罪
オレが殺したお前
お前が死んだ場所
オレは向かっているよ


オレはお前だけじゃ飽きたらず
佐祐理さんをまでも傷つけて
そして
 
 

この場所にまた
辿り着いた
 
 

門にいた警備員は雪の上に転がっていた。
オレはオレが拒まれた門をくぐった。
オレが通い慣れた通用口をくぐり
オレが歩き慣れた廊下を歩いて

雪の積もった
わずかに風に揺れる
ガラス窓から射す
銀の光の中

たん
たん

オレの足が叩くリノリウムの床
銀に輝く廊下

オレの罪

お前といた場所
お前といっしょに戦って
お前がお前と戦って
そして
お前を殺した
オレが殺したこの場所で
 

佐祐理さんは立っていた。
剣を携えて。

オレではないものを
オレの後ろを凝視して

佐祐理さんは立っていた
立ち尽くしていた。
銀に光の中
銀に輝く髪
銀に輝く瞳
オレを見ないで

立っていた。
佐祐理さんは
 
 

「佐祐理さんっ」

オレは駆け寄った。
佐祐理さんの腕を取ろうとした。
 

ヒュッ
 
 

風を切る音
目の前を走る輝く刃

頬を伝う
 


 
 

オレは頬を押さえた。
ひざを突いた。

血が流れていた。
暖かい血が
流れていた。
 

オレの頬を
佐祐理さんの頬を
そして
佐祐理さんの白いガウン
紅く染まって
 

オレは佐祐理さんを見上げた。
剣を構えた佐祐理さんを。

佐祐理さんは初めてオレを見た。
銀に輝く瞳がオレを見つめた。

「…邪魔をするな。」

銀に輝く月明かり
リノリウムの床
暗い廊下に
佐祐理さんの声が

「わたしは…舞。」
「川澄舞」
「そして」
 

「佐祐理さんっ」
 
 
 
 
 

「…わたしは、魔を討つものだから。」
 
 
 
 
 
 
 

「あなたは…佐祐理さんなんだっ!佐祐理さんっ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

佐祐理さんはオレを見た。
無表情な瞳が
銀に輝く瞳が
オレを見つめた。
オレを見つめて
 
 
 
 
 
 

「…何を言ってる?」
「佐祐理は…」
 
 
 
 
 
 
 
 

微かに
 
 
 
 
 
 

微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「佐祐理は、死んでる。」
 
 

「弟の後を追って」
「もう、とっくの昔に。」
 
 

   罪という言葉

   罰という言葉

   きみの口にしなかった

   言葉に比べれば

   オレが口にした言葉は

   なんて薄っぺらいんだろう

   なんて無意味なんだろう

   なんて
 

<to be contined>
---
  inserted by FC2 system