"やいば"

− Eine Kleine Naght Musik 3 if− 4

 

 

注:これは"Eine Kleine Naght Musik 3"ですが、正確にはそうではありません。
これはあり得べきEine3の結末の、その一つのお話…一つのif。
書かれるはずだった無数の結末の、その一つをもし書くとしたらという、一つのifの物語。
だから、この物語は"Eine Kleine Naght Musik 3 - if"として、以前のEine3の途中から、正確にはEine3として書かれた最後の部分から、分岐して続く物語です。
以上のこと、ご理解いただいてお読み下さいますよう…

では、どうぞ。

-----
 

     終わりなんてないことは分かっていた

     あいつが傷つけたことも

     あいつを殺したことも

     オレは分かっていたつもりだった

     だからこそオレは

     きみを
 

     だけど
 
 

− Eine Kleine Naght Musik 3 if− 4

  "やいば"
 

「…弟?」

何のことを言っているのか、オレには分からなかった。
佐祐理さんの言葉。
その意味。

佐祐理さんに弟がいたなんて、そんなことは初めて聞いた。
舞も佐祐理さんもそんなことは、一度だって口にしたことがない。

「それは…」

思わず、聞こうとオレに、だけど佐祐理さんはぼんやり月を見上げたまま

「あの時…弟、一弥の灰が空へと、煙と登っているのを見た時」
「佐祐理は…もう死んでいた。」

佐祐理さんのまるで感情の見えない声。

その顔はわずかに微笑みをたたえ
その顔は月の光を浴びて白く
右腕には銀の剣を握りしめて

「だから涙も出なかった。悲しくさえなかった。だって…」

見上げた佐祐理さんの瞳は、月に銀に輝いて

「だって、もう…死んでいたから。」

「佐祐理さん、あなたは死んでなんかない!」

オレの言葉に、佐祐理さんはまた振り向くと、首を傾げて微笑んだ。
まるでおかしそうに
不思議な物を見るようにオレを見つめて

「…祐一、おかしい。」

「佐祐理さんっ!」

「わたしは舞…川澄舞。佐祐理はとっくに死んだ。何度言えばいい?」

「………」

「…でも、確かにおかしいかもしれない…ある意味では。」

つぶやくような声。
薄く微笑みを浮かべた佐祐理さんの顔。
月明かりに光る、銀の瞳の奥で何かが
何かがうごめいているような

「佐祐理は死んでいた…なのに、一弥が燃える煙を見つめていた。おかしい…そう、おかしい…」

「………」

「…佐祐理は死んでいた…だから、佐祐理は死んだ。あの夜。雨の中、一弥の死んだ体が空に昇った夜に。」

佐祐理さんは小さく首を振ると、銀の瞳でオレを見た。
オレを見ながら、でもその瞳には何も映ってはいなかった。
オレを映してはいなかった。

「あの夜に…自分の手首を切って。自分で自分を殺した…」

佐祐理さんの顔は銀の笑みに満ちていた。
自分の死を語る、楽しそうな笑み。
わずかに吹いた冷たい夜の風に、佐祐理さんは左手でそっと髪を撫でた。
まるで凍ったように冷たい銀の光を放つ髪。
ゆっくりと髪を撫でるように動く左腕。

『祐一は佐祐理の左手のことを知ってるの』

頭に突然、よみがえる舞の言葉。
あれは舞と佐祐理さんと3人で過ごした昼休み、舞とオレの剣の訓練に加わろうとした佐祐理さんを拒絶した舞がオレに言った言葉。
 

『…手首に深い傷の跡があるの』
『私のせいなの』
『私のそばにいるから、傷ついてゆく…』
 

いつもの無表情で、でも想いを込めて言った舞の言葉。

あいつはいつだってそうだった。
何も言わないで、いつだって自分のせいだと思いこんで。

それは違ったのに。
佐祐理さんは本当はおまえに守られていたんだ。
約束を破ったのは
お前を悲しい十年に縛ってしまったのは
お前を傷つけたのは
本当はオレだったのに
なのに
 

『ずっと私の思い出が…』
『佐祐理や…祐一と共にありますように』
 

そう願ったお前
なのにオレは佐祐理さんを傷つけた
そして

こうしてこの寂しい
お前の孤独が染みついたこの校舎で
オレは
佐祐理さんは

これはオレのせいだ
オレの罪なんだ
分かってる
分かっているけれど
せめて

せめて
 

「……違うよ、佐祐理さん!」

オレは一歩、佐祐理さんに近寄りながら

「あなたは佐祐理さんなんだ!」

「……だから…」

「聞いてくれ、佐祐理さん!」
 

あなたは佐祐理さんだ
佐祐理さんなんだ
だって
 

「あなたが舞だったら…どうしてその腕、左腕に、傷があるんだよっ!!」

「……傷?」

「そう、傷だよ…手首の傷だよっ!!」
 

髪を撫でる手を、佐祐理さんは止めた。
その左腕、袖から見える手首のすぐそば
銀の月の光に照らされて、わずかに光る傷痕。

舞はあの傷は、舞のせいだと言った。
佐祐理さんはその傷は、自分のしわざだと言った。
どちらが本当なのか、それはオレには分からない。
だけど
 

「舞の腕には、そんな傷はなかった…間違いなく、そんなものはなかったはずだ。だから…」

「……傷…」

佐祐理さんは自分の左腕を、ぼんやり見つめた。
銀の月明かりに、暗く映る真紅の制服の袖から
白く伸びた腕
その手首にわずかにくすんだ傷痕を見つめた。

「…これは…」

「そうさ、それは傷痕…舞にはない、佐祐理さんの傷痕だよ。だから…」

「……この傷…」

佐祐理さんは小さく首を傾げた。
そして、そのまま左腕をゆっくりと目の高さまで上げながら

「……これは…」

「そうだよ、佐祐理さん…」

「……これは……」

傷を見つめ続ける佐祐理さん。
オレはもう一歩、近づきながら
 

「だから…」

「………これは……傷。」

「そうだよ。だから…」

「わたしの傷…」

と、佐祐理さんは目を上げた。
月を見上げた。
窓ガラスの向こう、登っていく銀の月。
 
 

「…わたしは舞。川澄舞。」
 

「だからっ」
 

「そして、これは…わたしの傷。わたしがつけた傷…そう、こうして…」
 

佐祐理さんはゆっくりと右腕を上げた。
その腕には、銀に鈍く光る剣。
舞の剣。
 

「……こうして…」
 

つぶやくように
呪文のように

銀の剣がゆっくりと持ち上がり
ゆっくりと
ゆっくりと

佐祐理さんは窓の外、銀の月を見上げたまま

ゆっくりと
ゆっくりと

銀の剣が
その刃が

白い
白い

腕に
手首に
 

白く
 

銀に輝く剣の刃が
 

銀に
 

赤く
 

滑って
 
 
 

「佐祐理さんっ!!」
 
 
 

オレは佐祐理さんに駆け寄ろうと
足を
 
 
 
 
 

ヒュッ
 
 
 
 
 
 
 

目の前を銀の何かがかすめて通った。
何かがオレの頬をかすって
 

痛み
鋭く
赤い
 

頬に手をやった。
生暖かい何か
濡れて

赤く
 


 

オレの血
佐祐理さんの血
 

オレは立ちすくんだ
佐祐理さんの顔を見た。

佐祐理さんは剣を握りしめてオレを見ていた。
銀の剣の刃が、赤く染まっていた。

オレの血
佐祐理さんの血
 

「……近寄るな」
 

佐祐理さんの声。
抑揚のない
でも鋭い声が廊下を満たすように
 
 

「わたしは舞。川澄舞。そして…」
 

佐祐理さんは銀の刃の先
赤く染まった血を垂らしながら
腕から細い糸
赤い血の糸を垂らしながら
オレを見つめて

オレでない何かを見つめて
 

「わたしに近寄ると…死ぬ。」
「一弥のように」
「佐祐理のように」
 

「それが卑怯者の罪。そして、罰。」
 
 
 

     オレの傷を癒すために

     きみの傷を癒そうとした

     でも

     それは欺瞞でしかなくて

     それは偽善でしかなくて

     それはきみを傷つけて

     それは全てを

<to be continued>

-----

もう一度始めよう
たとえそれがわたしらしくないお話になったとしても
終える義務があるから
何度でも
何度でも inserted by FC2 system