− Eine Kleine Naght Musik 3 if− 5

              "しにがみ"


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     拒絶されることは構わなかった

     オレには分かっていた

     受け入れられることはないことくらい

     オレにも分かっていた

     分かっているつもりだった

     だけどきみの目は

     その瞳にオレは

     オレの姿すら

     きみは
 
 

− Eine Kleine Naght Musik 3 if− 5

  "しにがみ"
 

「…そう、罰…」

佐祐理さんはもう一度、つぶやくように言った。
その視線がゆっくりとオレから宙へ…そして、自分の血に赤く染まった銀の刃先を見つめると
 

「卑怯者にふさわしい罰。そうは思わない?」

「佐祐理さん…」

オレは呆然と佐祐理さんの顔を見ていた。
何も言えず、オレはただ

「それは…」

「佐祐理は卑怯だった。それを知っていて、でも知らないフリをしていた。」

佐祐理さんはオレの言葉など聞く素振りも見せず

「父親の言うとおりにしていればいい…それを免罪符にして。本当はあの子が何をして欲しいのか、本当は何をあの子が求めているのか。本当は…」
「だけど」

佐祐理さんは口を切ると、また銀の月を見上げた。
窓からさし込む細い、銀の月の光の中

「佐祐理はずるかった。それを知らないフリをした。知らないことにして、いい姉を演じた。ほら、こんなにわたしはいい姉なんだって…だから、お前もよい弟になりなさいと…そう、あの子に…弟に言い聞かせた。あの子に見せびらかして、あの子を追い詰めて。」
「生れてからずっと、あの子に忍耐と従順のみを求めて。遊ぶことすらさせずに、ただ『よい子』になることだけをひたすら押しつけた。だんだん無口になり、だんだん弱っていくあの子に、それでも押しつけて。」
「そう、最後まで…」

佐祐理さんの声が途切れた。
その目が月を見上げたまま、ゆっくりと閉じた。

「…そして、あの子は…死んだ。」

「……それは、佐祐理さんのせいじゃない…そうじゃないのか?」

オレは佐祐理さんに一歩、近づいた。
佐祐理さんが何を言っているのかはよくわからなかった。
死んだ弟と佐祐理さんの間に何があったのか。
でも、それは…

「佐祐理さんは、きっとその弟のためを思って…」

「……あの子のため?」

佐祐理さんは目を開けると、オレに向き直った。
銀に輝くその瞳が、過たずオレを射ぬいた。

「…あの子のため…そう、佐祐理はそう思っていた。」

「だったら…」

「でも、それは嘘。佐祐理の卑怯な嘘。」

佐祐理さんはきっぱりと言いはなった。

「佐祐理は、苦しむあの子のことを見て見ぬふりをした。だって、自分は良い姉なのだから…だから、あの子もよい弟になるのだと…あの子が日に日に変わっていく姿を見ていながら、それを見ていなかった。信じていなかった。」

「いいえ、信じていた…自分の演じる姉が完璧なことだけを。それだけを信じて…そして、あの子に押しつけた…押しつけて、押さえつけて、そして満足していた…ただ、満足していた。あの子がそれで、弱っていったのに…死のうとしているのに、佐祐理は…」

「そんなこと…」

言いかけたオレの言葉に、でも佐祐理さんは全く聞こえていないように言葉を繋いで
 
 

「あの子を殺したの…佐祐理は。」

「だから…死んだの。」
 
 
 

そして、かすかに白く凍った息を吐いて微笑んだ。
 

「だから、佐祐理は死んだの。自分で自分を殺したの。もう一度…今度こそ。」
 
 

「違うっ!!」
 

オレは叫んだ。
佐祐理さんの顔を
剣から落ちる血で赤く染まったその顔を
しっかりと見つめた。
 

「それじゃ…それは違うだろ、佐祐理さん!」
 

「………」
 

「佐祐理さんの言うことは…おかしいよ。それは…」
 

「……おかしい……なにが?」
 

佐祐理さんは無表情な声のまま聞いた。
オレは大きく息を吸った。
そして、一歩、佐祐理さんの方へ足を踏み出しながら
 

「もしもあなたの言うことが正しいとしたら…」
 

かすかに、足下でリノリウムを踏む音
廊下に響いて
 

「だとしたら、卑怯者は…その罰を負うのは、佐祐理さんだ…舞じゃない。」

「だから、それが罰だっていうなら…だから、あなたは舞じゃないっ!!あなたは佐祐理さんなんだっ!!」

「そうだろ、佐祐理さん、そうだろっ!!!」
 

オレの叫び

佐祐理さんの全ての動きが止まった。
オレの顔を凝視したまま
凍ったように見つめたまま
佐祐理さんは
 
 
 
 

「佐祐理さん、あなたはっ」
 

「だったら…どうしてよっ!!」
 
 
 
 

ガシャン
 
 
 

銀の月明かり
ガラスの破片が弾け飛んだ。
わずかに血に染まりながら銀のかけらが舞った。
 
 

ガシャン
ガシャン
 
 

剣を振り回す佐祐理さんの周り
銀の欠けらが弾け、舞い、輝き落ちて
 
 
 

「どうして…舞は死ななきゃならなかったのっ!!」

「祐一さんがいて…佐祐理がいるのにっ!なのにっっ!!」
 
 
 

佐祐理さんの瞳に、銀の光が見えた。
赤く染まった頬を、銀の糸が落ちた。
頬から伝った糸は血に染まったその体を、赤く染まった床へと流れ落ちた。
佐祐理さんはそんな涙をぬぐいもせずに
叫んで
 
 
 

「どうして……どうして舞は、死ななきゃならないのっっ!!」
 
 

「どうしてっっっっっ!!!!!」
 
 
 

     それでも変えられると思っていた

     きみを変えられると思っていた

     オレはそれほど無知だった

     オレはそれほど愚かだった

     オレは

<to be continued>
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