美宇 (もう一つの心象風景画)


美汐SS
200本記念。
わたしは本当は、最初からこれを書くべきだったのに…

『心象風景画』に関しては、以下をご覧ください。

『LOTH's 全Kanon SS リスト』ページ
http://www.geocities.com/loth_into/SS/index.htm

200本を記念して、本邦初公開(苦笑)

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美宇 (もう一つの心象風景画)
 


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「もういいかい?」
返事はない。
わたしは目を開け、ゆっくり振り返る。
かくれんぼの鬼はいつもひとりぼっち。
丘の上はとても静かで、吹き渡る風に草がなびく音だけが聞こえる。
遠く見やれば赤い夕日、赤く大きな姿が見えて、
思わずわたしは目を細め、右の掌をかざしながら
それでも落ちていく夕日を見つめた。
赤い、丸いボールのような夕日。

美宇

あなたが大好きだった、あのボールみたいだね。
あなたがいつも転がしていた赤い、丸いボールだよ。
わたしが転がしてあげると、あなたが笑って追いかけた
もう捨てられてしまったけど、あのボールみたいだよ。

風が丘を渡っていった。
ざわざわと音を立て、風が丘を渡っていった。
ざわざわと
ざわざわと
まるで雨の音のよう

美宇

まるであなたと出会ったあの日のような
あの雨の日のような音だね。
あの歩道橋の上で、倒れたあなたを抱き上げた
あの暖かさはまだわたしの腕に
まるで昨日のように残っているのに。

美宇

あなたと過ごした日々は
指折り、何度数え直して見ても
たった20日しかなかったけれど
わたしにとってあの日々は
何にも代えがたい幸せな
本当に幸せな日々だった。
あなたとショートケーキを食べて
人魚姫の絵本を読んで

鬼ごっこ
かくれんぼ
二人っきりでやったって面白いはずもない遊び
だけどあなたと二人だと何でも楽しかったから

かくれんぼ
狭いわたしの家の中
隠れるところなんて決まっているから
本当はすぐにも見つけられるけれど
わざと分からないフリで

『もういいかい』

わたしのそんな声に
いつもあなたは隠れたところで
くすくす笑い転げたね。

「もういいかい」

返らない言葉。
返ってこない声。
返らない
還らないあなた

美宇

あなたが還ってこないのは
わたしがあなたとの約束を
何度も破っているからなの?
あの日のあなたとの約束
わたしは破ってしまったから

あの日、わたしが学校へ行く時に
ふとんの中から手を振って

『おねえちゃん、ばいばい』

言ったその言葉。
なぜだかとても気になって
どうしてもあなたが気になって
授業が終わってそこそこに
わたしは走って帰宅して

そこに母がなぜかいた。
あなたのことを教えてくれた。
わたしは病院へ駆けて
必死で駆けて行ったよね。

息を切らせてわたしが着いた
そこは白い病室で
白衣のお医者さんたちが囲んでいた。
一つのベッドを囲んでいた。

美宇

あなたはそこにいた。
熱に赤くなった顔で
しっかりつぶった瞳で
苦しそうな息遣いで
あなたはそこで眠っていた。

わたしは人をかき分けて
あなたのベッドにかけよって
あなたの手を
熱を持った手を
わたしは握りしめたよね。

美宇

その時、あなたは目を開けた。
そしてわたしの顔を見て
苦しい息の中
熱で赤らんだ顔で
あなたはわたしに微笑んで

『おねえちゃん、泣かないで』

そうね。
わたしは泣いていた。
あなたの手を握って
あなたがわたしを見てくれた
その時、わたしは分かったから。

これがお別れなんだって。
今日が
今が
この時が
あなたとわたしのお別れだって
これが最後のお別れだって
なぜだかわたしは分かったから。
わたしは分かってしまったから。

『おねえちゃん、泣かないで』

あなたのかすれた小さな声が
聞き取れないほど小さな声が
だけどはっきり聞こえた声が

『美宇、おねえちゃんの笑う顔、好きだから。』

あなたの手
わたしがしっかり握った手に
力がこもるのを感じて

わたしはその手を握りしめ
わたしじゃない誰かを探し続けた
そんなあなたの手を握りしめ

『わたしは、美宇…美宇の探している人、まだ探してない…』

泣きながらわたしが言った言葉に
あなたは苦しそうな顔で
それでも笑みを浮かべようとして

『もういいよ。そんなのいいよ。』

美宇

苦しい息の中
あなたはわたしのために
一生懸命笑ってくれた。

『美宇はおねえちゃんと会えたから。だから、笑って。ね、おねえちゃん…』

だからわたしも涙を拭いて
あふれる涙をなんとか拭いて
それでも何度もあふれる涙
だけどわたしはかろうじて
笑っている顔を作ってみせて

美宇

あなたは微笑んだ。
間違いなく微笑んで
わたしが大好きだった顔
あなたのそんな笑顔が
わたしは本当に好きだった。
わたしは本当に大好きだった
その笑顔で

美宇

あなたは笑ってくれて
そして

白いシーツ
純白のシーツが
まるで風に舞うように
ゆっくりと
ゆっくりと
ベッドに沈んで

音もなく
沈んで

静かに
沈んで

沈んで
 

美宇

わたしはあの日から
泣かないように頑張ったけど
でも、笑うことだけはずっとできなかった。
わたしはダメなおねえちゃん。
こんなダメなおねえちゃん、あなたは許してくれますか?

美宇

わたしは最近やっと
笑うことができるようになったから。
あなたと同じ境遇の友達と
わたしと同じになるはずだった友達と
そんな人たちと一緒にいて
やっと笑えるようになって

美宇

やっと約束通り
わたしは笑っているからね。
きっと笑っているからね。
だから

風が吹き渡っていく。
ざわざわ草をなびかせて
風が丘を吹き渡る。

「もういいかい?」

こだまも返らない丘で
わたしの声は消えていき
空の彼方へ消えていき

ざわざわと
ざわざわと
風が草をなびかせて

赤い夕日が照らす中
夢のように赤い丘
ざわざわと
ざわざわと

風ではない草の音
草を踏む音がして

「…真琴?」

わたしは振り向いて
赤い夕日が照らす中
夢のように赤い丘で
わたしは後ろを振り返り

そして

赤く染まった丘の上
夢のような景色の中に
夢のような夕日の下に

美宇

美宇がそこにいた。
赤く染まった丘の上
夢のような景色の中に
夢のような夕日の下に
美宇がそこに立っていた。
わたしを見つめて立っていた。

美宇

わたしは抱きしめた。
言葉もなく
声もでず
ただ
ただ
思い切り抱きしめた。
抱きしめた。
抱きしめていた。

「おねえちゃん」
「美宇」

<END>

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200本の区切りなのに
本当はもっとみんなに分かるような話を書くつもりだったのに
だけど思えばわたしがこんなにSSを書いてきた訳の、その一つにこの少女たちがいたから。
わたしはこの子たちを愛し間違えた。
こんな優しい話を書いてやれず、悲しませるだけだった。
そしてそれが自分でも許せずに、いろんな人たちを、いろいろな話を愛さなくてはならないって、そう自分に言い聞かせてきた気がします。
今さらこの話を書いたとて、美汐がわたしの中から消えるわけもなく
だけどこの区切りの時に、わたしが美汐に美宇を還してやらなければ
一度くらいは還してやらなければならないと思ったから。
だから…

これでまた一つ、区切りをつけて
でもまだわたしは消えません。
「お前なんかいらねー、消えろ」と言われるまでは消えないかもしれません。
そんな厚かましい奴ですが、どうかよろしくお願いします。

1999.10.29 LOTH (Lunatic On The Hill) inserted by FC2 system