ある秋の晩に

 

 
 
 
 

もう8月も終わり、9月に入って。
吹く風が涼しい季節になってきた。
窓から差し込んでくる日差しも、その強さが衰えて。
だんだんと日が短くなってきたのに気が付いて。
暑さに攻められることもなく・・・・まだまだ寒さに凍えることもない。
運動・・・芸術・・・食欲・・・読書・・・
どれをするにしても最適で、過ごしやすい季節。
秋・・・・・
そして・・・・
この秋を過ぎれば・・・・・・・・・もう冬になるんだな、と思う。
真琴に再会した、あの冬に・・・・・
 

・・・ぼんやりと、空を見上げていた。
もう昼とは別の顔を見せている空は雲一つなく、見事なまでに濃紺に彩られていた。
その夜空の中で一際輝いている月は、俺を含め、この地を輝き照らしている。
空に数多に散りばめられた星々も、時に強く、時に弱く光を投げかける。
ただ・・・・そう、ただ空に目を向ける。
・・・・本当は空じゃなくて・・・・目に映らない何かを見通したいのかもしれない。
・・・・・風。
心の中にふっと出来た隙間に、染み入るように通り過ぎる。
秋って季節はセンチメンタルな気分にさせる・・・・・のもかも知れない。
・・・・・そんな柄でもないのにな。
苦虫を潰したような表情を顔に張り付ける俺。
感慨とか、郷愁とか、そんな言葉が頭に浮かぶ。
そして、もう1つの事も・・・・
・・・・・・・・・・
俺は・・・・・恐いのかな・・・
・・・・・・もう一度・・・・
バタッ
「祐一〜っ・・・・・・て、あれ?」
そこから先の思考を邪魔するかのようなタイミングで乱暴に開けられたドアの音。
それに続く、聞き慣れた声。
でも聞き飽きない、少し舌っ足らずで子供っぽさが抜け無い声。
背中越しに聞こえてきた声にゆっくりと顔だけ向けて。
俺は赤いリボンで髪を結った女の子をその目に留めた。
頭の上に、器用にネコを載せている・・・・・
真琴・・・・・・・
「ベランダに出て何してるの?」
不思議そうに目をパチパチと瞬きながら、入り口で固まったように動かない。
今にも真琴の周りに?マークが出てきそうな雰囲気が漂ってきたので、苦笑いを浮かべながら顔だけでなく身体を向かせて・・・・・
「まあ、ちょっとな・・・・・・突っ立ってないで入れよ」
・・・・・全く、お前ってやつは。
なあ、真琴・・・・
・・・・お前は・・・・側にいて欲しいときがわかるのか?
「・・・で、用はなんだ?」
心の中で一息ついて、俺はそう真琴に話しかける。
「うん。借りてたマンガ、返しに来たんだけど」
自分の胸の高さまで見せつけるように持ち上げる。
見ると、昨日貸した数冊のマンガ。
「ここでいいよねっ」
俺の返事を聞くまでもなく机に向かって歩き出す真琴。
「ああ、机の上にでも置いといてくれ」
苦笑いを浮かべながら・・・・ゆっくりとベッドに腰掛けた。
机にマンガを置く真琴を眺める。
抱えたマンガを真琴らしく・・・・・・適当ってことだが・・・・・置くと、今度はぴろを抱えなおして俺の隣に腰を下ろす。
「えへへ」
俺の顔を覗き込みながら、にこっと笑う真琴。
・・・・本当にいい顔で笑うよな、お前は。
先ほどまで、俺の中にあった隙間のようなものを一瞬で埋めてしまうその笑顔が・・・
いや・・・・笑顔も、あどけない顔も・・・・
真琴、お前の全てが俺は・・・・・
・・・・・・・・
真琴の笑顔に、俺も笑って応える。
「祐一〜っ」
両腕をいっぱいに使って俺の左腕に抱きついてくる。
柔らかくて、暖かい・・・・真琴。
胸の中が何かに満たされて、安らぐような感じがして。
真琴が直ぐ側にいるという現実感。
・・・・そして溢れでるくらいの愛情が、俺の中に沸き出してくる。
このままずっといたいと思う。
・・・・・腕に当たる胸の感触が気恥ずかしいけど、な。
「祐一っ」
抱え込んだ俺の腕に頭を擦りつけてくる真琴。
真琴の髪から香るシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐる。
・・・・今日はなんかいつもよりも甘えてくる。
今日の真琴、まるでネコみたいだな・・・
・・・キツネって確か、イヌ科じゃなかったっけ?
そんなたわいないことを考えて・・・・苦笑いして頭から放り出す。
真琴の頭に、コツ・・・と自分の頭をくっつけて・・・
「・・・・なあ真琴、何かあったのか?」
そんな言葉が、口に出ていた。
「ううん、何にもないよ」
きゅっ・・・と腕に強く抱きついてくる。
「ただね、もう暑くなくなってよかったなって思ったの」
「真琴は夏はきらいか?」
「ううん、そんなこと無いよっ。祐一と一緒に色々行けたから」
腕を放して、俺の顔を見て・・・・・・うぬぼれかもしれないけど・・・・幸せそうに笑いかけてくれる。
・・・・・・・
ドキッとするほど、その顔は魅力的で・・・・・・
・・・・・俺はただ、呆然と見惚れていた。
「私ね・・・・ずっと春が続けばいいって思ってたけど・・・・」
そんな俺に気付いているのか、いないのか・・・・真琴は語りかけてくる。
「冬が過ぎて春が来て・・・・そして夏が終わって秋、冬って変わっても・・・・もう大丈夫だよ」
俺の目を見て・・・・
その、真っ直ぐな視線が俺の胸を打つ。
「だって、祐一がいてくれるから・・・・・」
・・・・・・・・・・
「ずっと側にいれくれるって言ってくれたから、もういいのっ」
・・・・・・・・・
「寒い・・・寂しい冬は嫌いだったけど・・・・・だから暖かい春が続けばいいって思ってたけど」
・・・・・・・
「祐一がいてくれれば、ずっと暖かいから・・・・・ね?」
微笑んだとき・・・・・・潤んだその眼から・・・
「ああ、真琴・・・・ずっと、ずっと一緒にいるからな」
手を伸ばして・・・・光る滴を拭い去った。
「ありがとう、祐一」
俺の胸に飛び込んでくる真琴・・・・・
真琴の膝の上で円くなっていたぴろが驚いて、慌てて飛び降りる。
ぽふっ・・・と俺の胸に押しつけられた頭。
背中に回された腕。
俺もそれに応えて・・・・
そっと腰に腕を回して・・・
反対の腕で真琴の頭を抱きかかえるように・・・・
そして愛しく、愛しく、髪を撫でて・・・・
・・・・・・・
押しつけられた頭がゆっくりと離れていって・・・
自然に・・・・見つめ合って・・・・
近づいていく顔と顔。
相手の気持ちを、感触を、もっともっと確かめるように・・・・・
・・・・・触れる唇。
 

「祐一・・・」
目の前の真琴の柔らかい笑顔を見て・・・・
そして優しい目をした真琴の中に、自分でも驚くほど優しい顔をした自分がいた。
ああ・・・
俺は本気で真琴のことを想ってるんだな・・・・
そんな実感が沸々と沸き起こってきて・・・・なんだか照れくさいな。
照れた俺の顔を隠すように、今度は俺の方から真琴を抱き寄せて・・・・
「何だ?」
耳元で囁く。
「大好きっ」
ぎゅっと俺にしがみついて、照れもためらいもなく。
本当に無邪気に、無垢に・・・・ストレートに自分の気持ちを出してくれる。
今日はなんか・・・・やり込められてばかりな気がするけど・・・・
でも、だから応えてあげないとな。

「俺も、真琴が大好きだからな」
 
 

もし、真琴・・・・・
もしも・・・・・お前がまた消えてしまうような事があったとしても・・・
俺はお前を再び呼び戻してみせる・・・・
だから・・・・・
ずっとずっと、いつまでも一緒にいような。
もっともっと好きになって・・・・
お前を愛し続けていたいから・・・・
 
 

− ある秋の晩に 終 −
 

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ささやかなコメント by LOTH

100000hit記念に黒斗さんにいただきました。

真琴と祐一の、ある秋の晩の光景。
何があるわけでもない、ただ流れていく時間…真琴と過ごす時間。その、ほんのワンシーン。
いわゆる、わたしが言うところの『Pureなほのぼの』ですね。

でも、そういうPureなほのぼのほど、実際は書きにくいものはないとわたしは思っていますから。
それも、優しい目線の、そしてじんわりとくる、しかも…ラブラブな(笑)そんな話。

それ以上、何も言うことはないと思います。
ただ、お読みになって、そしてその情景を…可愛い真琴と、ちょっと素直な祐一の姿を頭に浮かべてもらえば。
わたしの一番好きな、真琴と祐一の姿を…

そんな…ほのぼのとした、わたしの大好きな光景。
そんなSSです。わたしは…大好きです。

黒斗さん、ありがとうございます。

2000.9.16 LOTH inserted by FC2 system