『ぶらんこ降りたら』−5th
 

 こんにちわ。詐欺師です。
 佐祐理さんの話、最終話。

 『M.W.』の佐祐理さんを見てしまったすべての人へ。
 

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     『ぶらんこ降りたら』
          5th−『Marshmallow-Waltz』
 
 

 すでに雪も溶けかかった、暖かい春の日。
 佐祐理と舞の二人は、花束を抱えて、長く続く石段を登っていた。
 わずかに土が見える隙間からは、気の早いふきのとうが緑の芽をのぞかせている。
 日差しはもう穏やかなものだ。風はまだまだ冷たいけれど。
 石段から石畳に足を進めて、二人はさらに歩く。
 かすかに汗ばむ体には、遠くに見える雪をかぶった山々が清涼剤のようなものだ。
 鳥の声がいくつも聞こえた。カラスくらいしか区別できないのが悲しいところだが、時折ウグイスなども鳴いているようだった。
 やがて二人は目的の場所に着くと、静かに足を止める。
「…ここだよ」
「…そう」
 遠くでどさっ、という音。木々の枝に積もっていた雪が、陽気で溶けて地面に落ちたのだろう。
 きまぐれのように吹く風が、二人の髪だけさらって消える。

 一弥の墓は、うっすら雪をかぶっていた。
 
 

 しばらくそうして立ち尽くして、どれだけ時間が流れただろう。
 舞は静かに佐祐理に向き直ると、いつもの調子でこう言った。
「…私が先にお参りしていい?」
 佐祐理は微笑ってうなずいた。
 舞はかすかに目を伏せると、お墓の前まで歩いていった。
「…………」
 花を飾って水をそそぎ、しゃがみこんで黙祷を捧げる。
 そしてまた、いくばくかの時が流れる。
 いつからか、舞のその目は開いていた。
 じっとお墓を見つめたまま。そしてやがて、穏やかに、言葉が紡がれる。

「……一弥君」

 佐祐理は黙って、その背中を見つめている。
 何も言わず、ただ少しだけ切なそうに。じっと。

「…ありがとう」

 ………?

「わたしは…しあわせです」

 ……ま…い?

「あなたのおねえちゃんと…祐一と…」

 舞…

「私の大好きな人たちに包まれて…わたしは、いま、しあわせです」

 ……あなたは…

「…よかったね」

 ……え…

「あなたのおねえちゃんは…あなたの大好きだったおねえちゃんは…」

 ……かずや…

「…今、わらってる」

 ……舞…

「あなたもきっと大好きだった笑顔で…」

 …わたし…は…

「…わらってる…」

 わらってる…

「だから、もう…いいよね?」

 ……え?

「わたしたちの大好きな人が…」

 舞…

「いちばん、しあわせになりたかった人が…」

 一弥…

「…でも、優しくて…それをずっとがまんしてた人が…」

 私は…

「しあわせになっても…いいよね?」

 ……わたしは…

「もう…いいよね?」

 ……でも…

「……だって…」
 
 

 舞はそこで言葉を切った。
 冷たく優しい風が吹いた。
 溶けかかった雪の匂いを運んで、
 遠くの空から、笑い声を運んで、
 風に吹かれて、舞は立ちあがった。
 そしてゆっくり振り向いた。

「……だって…」

 舞は静かに顔を上げた。
 涙で濡れた、笑顔を。

「…わたしたちの、だいすきな人だから」

『…おねえちゃん』

「わたしたちが…きっと他の誰よりも、しあわせを願う人だから」

『……ありがとう』
 

 一瞬、佐祐理の瞳に、笑う一弥の顔が見えた。
 緑の森の向こうに、青い空の向こうに、重なって、溶けて、それでも…
 

「…だから…ありがとう」

『……だから…』
 

 笑ったその顔は、それでも…
 

「わたしは…わたしたちは、しあわせだから」

『…おねえちゃん』
 

 その笑顔が、風に乗って消えて、
 それでも、舞は笑っていて、
 だから……
 

「……まい!」
 

 …ぼふっ。
 

 佐祐理は思わず抱きしめていた。
 大好きな人を。
 大粒の涙を流しながら。
 大声を上げて泣き叫んで。
 舞を抱きしめて、佐祐理は泣いていた。

「…ごめんね。ごめんねぇ。舞…」

「……佐祐理…」

「…ごめんねぇ。私、わたしは…」

 舞は何も言わなかった。
 黙って彼女を抱きしめた。
 自分の前で始めて流した涙を、
 一弥の前で流す大粒の涙を、

「……佐祐理」

 佐祐理はゆっくり顔を上げた。
 流れる涙を拭うことなく。
 それでも、舞は、その顔が…

「…今度は、佐祐理の番」
 
 

「……うん!」
 
 
 
 

 ……ねえ、一弥。
 一弥は知らないだろうけど、
 あなたが死んだ夜、私はたくさん泣いたんだよ。
 一晩中泣いて、
 朝になっても泣いて、
 海ができるくらい泣いて、
 それでも、あきらめられなかった。

 …一弥は、どうなのかな?
 私に泣いてほしかった?
 私に笑っててほしかった?
 …もし、笑っててほしかったのなら…
 ごめんね。
 私はまた泣いてるね。
 あなたの前で、泣いてるね。
 でもね、
 これは悲しいからじゃないの。
 哀しみの涙じゃないの。
 私は、うれしいんだ。
 私が大好きな人が、
 私のことを好きでいてくれて、
 私が幸せにしたいと願った人が、
 私を幸せにしてくれて。
 …だから、一弥。
 あなたのことは忘れないから。
 いつまでもずっと忘れないから。
 あなたがたとえ去っていっても…
 その思い出が薄れていっても…
 あなたの笑顔だけは、
 あなたがしあわせだったことだけは、
 ずっと、ずっと忘れないから。
 ……だから…
 
 
 

「……帰ろうか」
「……うん」

 だから私は歩いてゆける。
 私ではなく誰かのために。
 誰かのためで私のために。
 そして…

「……ねえ、舞ーっ」
「…なに?」
「女の子って得だよねーっ」
「……なんで?」 
「…ううん。逆かな。損かも」
「……なんで?」
 

 いつか、私を幸せにしてくれる人を、
 私が幸せにしてあげるために。

 私は、歩いてゆける。
 

                                       <終>
 

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 あらためまして。詐欺師です。
「…こんばんわ。佐祐理です」
 蛇足もいいところ…しかも4thとカブっちゃったんだけど…ごめんね。何も言えないや。
「…私ももう、気力が残ってないですね」 
 …わかってるんだけどね。後半の大暴走も…文であって文ではない感じも(苦笑)
「もう、いいですよ。私は…」
 この掲示板のことで…少し焦ってしまったかも。
「…………」
 あはは。結局「何を書いたの?」といわれれば、答えられないかもね。「あなたを救ったの?」って問いにも、きっと。
「…そうですね。あなたの中の私は…やっぱり特殊ですから」
 私の中のあなたが…いや、もうよそう。あとは…
「いろんな人に謝らなければいけませんね」
 …あはは…はぁ〜
「それでは、ありがとうございましたーっ」
 


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