このSSを、(何故か)いつもお世話になっていた……ような気がする(笑)LOTH様に捧げます。50000HIT記念。

 そして、私が大好きなシリーズに。
 
 あ、でも怒られそう……かな?
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 何を望めばよいのだろう
 
 何を願えばよいのだろう

 何に祈ればよいのだろう 

 いや

 ただ

 雨が降ればいい
 
 
 
 
 

 
 【 "coda" -The story for "Forget me, Forgive me"- 】
 
  

  
 
 

 真っ黒な色をした雲が
 今にも雨を吐き出しそうで。
 傘を持ってこなかったことを
 今更ながら俺は悔やんだ。

 雨が降り出さないことを願いながら
 家までの道を急ぐ。
 すれ違うクラスメイトに
 軽い挨拶を送る。
 相手も軽く挨拶を返す。
 
 俺が転校してきてから
 そしてあの夜から
 もう随分と経ってしまった気がする。
 何ヶ月も
 何年も。

 まだ三ヶ月も経っていないというのに。 
 

 
 日常は無条件に続き
 変わらない学校。
 変わらない人々。
 変わらない家族。
 
 そしてそれに流されるように

 恐ろしい程のスピードで
 普通に向かい上昇していく
 自分の精神があった。
 全てを色褪せさせることで
 回復に向かうベクトル。
  
 全てが終わって
 全てを思い出して
 俺は死ぬことを考えた。
 死んでしまいたかった。
 
 だけど
 
 俺は今、確かにここにいる。
 全てもとのままで。
 何も無かったかのように。
 いつも通りの生活で。
 
 毎朝名雪を叩き起こし
 遅刻しそうになりながら
 クラスに転がりこんで
 その度に香里や北川に笑われて

 絵に描いたような
 そんな日常の中で
 俺は確かに息をしている。
 
 きっと
 これが正しいことなのだと思う。
 全てを捨てられる
 全てを忘れられる  
 全てを赦される
 そんなわけではないけれど。
 
 

 数日前まで残っていた雪も
 昨日までの晴天続きで融けた。
 春の息吹が
 小さな緑が
 遠慮がちに芽を出していた。

 灰色のはずのアスファルトは
 曇り空と雪解け水で
 黒く染まっていた。
 
 俺は歩き慣れた道を急ぎながら。
 少し馬鹿なことを考えてみた。

 あの二人だったら
 春が来るのを喜ぶだろうか?

 一人は
 暖かくなってアイスクリームがおいしくなるのを喜ぶだろう。
 でも、雪だるまが作れなくなって残念がるに違いない。

 もう一人は
 春が来て暖かくなるのを喜ぶだろう。
 でも、たい焼きが食べられないことを残念がるに違いない。

 だけど

 本当は二人とも
 それを歓迎するだろう。

 春が訪れたことを
 春の暖かさを
 春のやさしさを。

 なによりも
 春を迎えられたことを
 春を迎えられることを。
 
 いつのまにか
 俺は立ち止まっていた。
 そこに立ち尽くしていた。
 ただ空を見上げて。
 
 一面が黒雲だった。
 風は無かった。
 雲は動かなかった。
 今にも雨が降りそうだった。
 
 でも

 降って来たのは
 ただの雪だった。
 やさしくて
 やわらかくて
 手のひらで融ける
 ただの雪だった。
 
 俺は肌寒くなって
 制服のポケットに
 手を突っ込んで歩いた。
 急ぐ気は無かった。
 その必要も無かった。 
 
 春はまだ先らしい。
 雪の季節が
 終わったわけではないらしい。
 
 俺にわかるのは
 そのぐらいのこと。
 いつも
 いつも
 ただそれだけのこと。

 ただそれだけのために
 俺は今もここにいるのだろう。
 単純な一つのことを知る為に。

 現実で
 起きた本当のことを。
 この世界の真実を。
 たった一つの真実を。 
 
 ただ知ることだけが役割。
 
 

 秋子さんに声をかけて
 そのまま二階に。
 黒色をした扉を開け
 自分の部屋に入る。

 乱雑に積まれた雑誌。
 散らばっている教科書。
 菓子の空き袋。
 机の上の観葉植物。
 少しづつ生活感が現れてきた部屋。

 俺はカバンを放り出した。
 ポケットから手を出した。
 何かが指に引っかかった。

 二枚のメモ用紙。
 しわくちゃになった。
 広げて丁寧に伸ばしながら
 俺はベットに寝転がった。
 
 中身を読む気は無かった。
 その必要も無かった。
 何度と無く
 文面を読んで。
 全て覚えていた。

 二種類の筆跡。
 二つの住所。
 二つの部屋番号。
 二つの白い建物の。

 意図されたことは
 全て明確だった。
 俺に求められることも。
 俺がしなければならないことも。

 だけど

 俺は何もしなかった。
 する気もなかった。
   
 ただ

 待ち続けたかった。

 信じたかった。
 本当のことを。
 この世界の真実を。
 たった一つの真実を。
 
 メモを掲げて
 ただぼんやりと眺めた。
 文字が歪んでいた。
 水槽を覗いたように
 文字が泳いでいた。

 窓の外を眺めると
 何か白いものが
 ぼんやりと舞っていた。
 
 雨が降ればいい。

 そう思った。

 俺の弱さとか
 俺の甘さとか
 俺の涙とか
 俺の絶望とか
 何もかもを

 全て
 流し去ってくれるような。

 そんなどしゃぶりの雨が降れば。
 少しはましな言い訳が
 できるだろうから。

 でも

 やっぱり
 雨は降らなかった。

 雪が降り続いていた。
 やさしい雪が。
 やわらかな雪が。
 静かに降り続いていた。

 俺は
 そんな雪を眺めていた。
 潤んだ瞳で。 
 何をするでもなく。
 何もできないままで。

 ただ

 眺めていた。
 
 

 いつか雨が降るだろうかと思いながら。
 
 
 
 
 
 
 
 

 【END】

 
 
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ささやかなコメント by LOTH

50000HIT記念に、そしてお世話になったからということで、飛鳥夢路さんに捧げていただきました。
…お世話になったのはわたしの方だったのですけれど。それもずいぶんと…
なのに…本当に申し訳ないことです。

SSは…F,Fシリーズ群の、中でもF,F/OSの祐一サイドのような、そんなSSですね。
わたしは今まで、F,Fシリーズ群をもう何シリーズも書き…今も書いているのですが、しかし…そこに一度も書かなかったものがあります。
栞シナリオの主要登場人物のうち、栞、香里…そしてあゆはその気持ちを執拗に追い求めながら、
わたしは一度として祐一を…その心を書こうとしたことがない。
書き割りの登場人物として以上の祐一を書いたことがない。
それは…このページに納めさせてもらってたKorieさんの『朝方』『手を振る朝』の栞…それがF,Fの栞だから、わたしは祐一を救わない…
そう、『朝』へのコメントにも書いたとおりなのです。

でも、常にわたしの中では…背景として、祐一の思いがあって。
祐一が栞を…あゆを思えばこそ、二人は…ぶつかり、そして手を繋いで…そして、共に祈り…救われるのだと。
二人が祐一を思うと同時に…思っているから、そこに…奇跡が起こるのだと。
それは…思い、願い、祈って…いました。だから、F,F/OSでは3つの『真実』しか…書かなかったけれど。
飛鳥夢路さんは…わたしの代わりに書いてくれたような気がします。
一つの真実…それが誰の夢でも、現実でもいい。でも、それは…真実なのだから… inserted by FC2 system