『コーヒーの味は大人の味…?』

 

 
 
 
 
 

「…なあ、真琴」
「なに、祐一?」
「お前、肉まんばっかりで、飽きないか?」
「うんっ!」
「………」
「……?」
「真琴、コーヒーを飲んでみろ」
「…え!?」
「コーヒー、だ」
 
 

    『コーヒーの味は大人の味…?』
 
 

 …それはある日の夕飯前のことだ。

 俺は今、真琴と一緒に居間にいる。
 そこで、テレビを付けたまま、でもその画面に注視することなくくつろいでいる。

 真琴はどこで見つけたのか、この春先にもなって肉まんを手に入れてきて、俺の目の前で頬張っていた。

 その執着心というか、鼻利きというか…。
 そんなものに感心というか呆れつつ、でも俺は、その幸せそうな彼女の顔をただぼーっと眺めていた…。
 

 ………。
 

「コーヒー…?」
「…ああ、俺が朝、よく飲んでいる奴だ」
「…真琴、ミルクでいい」

 真琴のそんな一言を聞き、俺は溜め息をもらす。
 そして、

「…相変わらず、子供だな、お前は」

 その一言に、真琴は敏感に反応する。

「…なによぅっ! 祐一だって充分子供じゃないのよぅ!?」
「いや、俺はコーヒーの味が分かるだけ、少なくともお前よりは大人だ」
「そんな事無いわよぅっ! いつも馬鹿ばっかりやっている祐一なんかより、真琴のほうがぜーったい、大人なんだからっ!」
「じゃあ、コーヒーくらい飲んで見せろよ」
「…い、いいわよっ、飲んであげるわよぅ!」

 売り言葉に買い言葉。
 そのセリフを聞くと、俺は立ち上がり、自分の分と真琴の分、
 2つのカップにコーヒーをいれる。

 そのうちの1つ、真琴の分け前を彼女の眼前に差し出す。

「じゃあ、一気にいけ」
「わ、わかったわよぅ…」

 真琴はおそるおそる、といった感じで、その褐色の液体の入ったカップを口に近づけ、こくっ、と一口。
 その彼女の表情が、見る見るうちに引きつってくる。

「…あぅ〜、苦い…、どうしてこんなのが飲めるって言うのよぅっ!」

 一通りの文句を言いながら真琴は、カップを少し乱雑にテーブルの上に置く。
 俺はすかさず、

「俺は大人だからな」

 と答える。

「…じゃあ、大人だったら誰だって飲めるっていうのっ!?」
「それはないだろうけどな。…まあ、大抵の奴は飲めるんじゃないか?」
「あぅ〜っ」

 物的証拠を突きつけられ、意気消沈する真琴。
 一喜一憂が素直に出る、そんな真琴を見ているとつい笑みがこぼれてしまう。

 だが、それを見ているだけではいけない。
 そう思った俺は、

「…無理しなくていいんだぞ?」
「でもっ! 飲めって言ったの、祐一じゃないのよぅっ!」

 …そうだったな。
 俺は軽く心の中で苦笑する。

「ま、今すぐでなくても、そのうちコーヒーの味が分かるように…」

 …俺はそこまで言って、その先の言葉の意味を考えた。
 そして…。

「…いや、分からなくてもいい、か」
「……?」

 急に言葉尻を変える俺に、真琴は少し、訝しげな目をする。
 そんな彼女に、俺はその意図を伝える事にした。

「…コーヒーのほろ苦さはな、初恋の味なんだよ…。…失恋のな。…それが分かるようになってこそ大人なんだよ」

 俺はいったん、そこで言葉を切る。

「…だけど、お前はもう、その悲しみを知る必要はないんだ」
「…あぅ、どうして?」

 本当に分からない、という顔をして訊いてくる真琴。

「…俺がずっと、お前のそばにいてやるからな」

 そんな彼女に、こう答えてやる。
 …ちなみに紛れもない本心だ。

「…へ、変なことを言わないでよっ!」

 からかわれたと思った真琴が、少し怒ったような目で俺をにらむ。
 しかし、

「…でも…、あぅ…ありがと」

 少し俯いて、そう答える真琴。
 俺は、そんな真琴を抱きかかえ、頭を撫でてやった。

「なによぅ! 子供扱いしないでよっ!」
「気にするな」
「…気にするわよぅっ!」

 そして照れ隠しに、髪の毛をくしゃくしゃにしてやる。

「…わあぁっ! 何するのよぅっ!」

 癪に障ったらしい真琴が、俺の膝の上で暴れる。
 それでも、カップに残ったコーヒーに気付き、

「…あ、でも、これどうしよう?」

 今まで暴れていたのを忘れたかのように大人しくなり、そのカップを両手で持ちながら俺に訊ねてくる。
 俺はとりあえず、

「苦いのがいやなら、ミルクと砂糖を入れてやれば甘くなるぞ?」

 そう答えてやる。

 俺は真琴を膝からどかすと、台所に行き、ミルクと砂糖を何個かずつと、スプーンを手に取る。
 それらを持って居間に戻り、真琴に手渡してやる。
 ミルクと砂糖を受け取った真琴は何も言わず、また俺の膝の上に座る。

 褐色の液体に、白が吸い込まれるように消え、その後、再び浮かんでくる。
 真琴が一通り白を入れ終えた後、スプーンでかき混ぜてやる。

 そして、琥珀色に変わったそれを、再び真琴に手渡してやる。
 少し冷めてきたカップを、それでも相変わらず両手で受け取り、
 またもやおそるおそる口にする。

「…うん…、甘くなった」

 味が甘くなり、安心した真琴は少しずつ口にする。
 小さな喉が、…こくっ、こくっ、となる。

 そのミルクと砂糖が入ったコーヒーを見て、

(…そのコーヒーの苦みのように、お前の不安も悲しみも、薄れてゆくといいな、真琴)

 俺は、そう思う。
 だが…、

「…うん? …ありがと、祐一」

 …どうやらその思いは、言葉に出ていたらしい。

「…口に出していたか、俺?」
「…うん」

 俺は少し恥ずかしくなった。
 でも、まあ、いっか…。
 

 …とにかく今は、感謝したい。
 お前に出会えたことを。
 お前が戻ってきてくれたことを。
 これからは、お前が望む限り、ずっと一緒にいてやるからな、真琴…。

 だからもう、来ないかも知れない春なんて、望む必要は無いんだ。
 次の春も、その次の春も、お前は迎えることが出来るのだから…。

 そしていつか、コーヒーを一緒に飲める日が来るだろう。
 大人になったお前とな…。
 

 そんなことを思って、俺は微笑んだ。

「祐一、不気味…」
「…悪かったな」

 …ぼかっ!

「あぅ〜、痛い、なにするのよぅっ!」
「お前が俺の悪口を言うからだ」
「本当の事を言って何が悪いのようっ!」
「何だと?」

 ………。

 それから晩御飯が出来上がるときまで、俺と真琴は喧嘩をしていた。
 結局お互い、まだ子供…、ってわけか…。
 
 

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ささやかなコメント by LOTH

夢見草さんに贈っていただきました。
理由は、やはりいつもお世話になっているから…そして、しばらくお互いに音信が途絶えていたからということで…
…それはわたしのせいでもあるのですから、気になさることではないのに…申し訳ないです。

SSは…真琴で、ほのぼのですね。もちろん、わたしの一番の属性で、大好きなほのぼので。
真琴って、いつも背伸びしてる感じですよね。あまのじゃくで…それでいて単純。
祐一もちょっとストレートで…でも、やっぱり意地っ張りで喧嘩してたりする。
そんな…いかにも真琴と祐一のほのぼのと言う感じ。
そして、春が来ても…春が過ぎても消えたりしない、真琴といっしょに過ごす幸せな時…
…いつもわたしが心に描く、真琴の幸せな姿、です。
それを書いていただけたって感じで…本当にうれしい贈り物です。 inserted by FC2 system