このSSをLOTHさんに捧げます。

佐祐理さん&祐一&舞?/佐祐理シナリオ経由の舞BAD/ダーク



 
 

「それじゃあ…また来るよ舞」
俺は病院のベットで寝ている舞に声をかけた。
舞からの返事はない。あたり前だ。舞は眠っているのだから。―― 一年という長い時間を。
 
 
 

           死体の上で踊る
 
 
 

俺はベットの脇に立ち舞の頬に触れる。暖かい。――当然だ。舞は生きているのだから。
それならばなぜ舞は起きない? なぜ起きてくれない?
医者は舞が生きていることが奇跡だと言った。あの大怪我から生き延びたのだから。 自分を刺したあの傷から。
確かに舞は死ぬことはなかった。あの時から目を覚まさないだけで死んではいない。 しかし、時々俺はこう思ってしまう。『覚めない眠りは死んでいるのと同じじゃないか』と。
舞はただ眠っている。そう、眠っているだけだ。目を開けないだけで。
医者に舞がなぜ起きないのか問い詰めたことがあった。その医者の答えはこうだった。
『原因は不明です。まるであの大怪我から生き残ることだけで精一杯だったみたいに見えます。 本当でしたらいつ目が覚めてもおかしくはないんですが……』
だから俺はここに毎日来ている。舞が目を覚ますのを…舞が起きているのを見たくて。 昔のように不器用な舞をもう一度見たかった。

ふと思った。
舞が起きない本当の理由はこうなのではないかと。

舞が自分の分身である魔物を倒してしまったからではないかと。

何を馬鹿なことをと思いもするが否定はできなかった。
魔物を倒すたびに舞は身体の自由を奪われていった。 舞が『まい』という『力』を受け入れていたとして、失われたものが戻るとは限らない。 いくら昔母親を生き返らせたとしても状況がまるで違う。
けど、俺は信じていた。舞が目覚めることを。

その時は信じていた。
 
 
 

舞が入院してから一年が経ちました。
そして祐一さんが舞の元へ通うようになって一年が、わたしが舞の所に行かなくなって半年が過ぎました。 最初の頃はどちらが誘うのでもなく行っていたんです。 ですが…一月、二月と経ちうちに段々と辛くなってきたんです。
舞が目を覚まさないことよりも祐一さんが舞に会いに行くことが。
わたしにはそちらの方が応えたんです。 そう意識したことによりわたしは舞に会うのが耐えられなくなったんです。
祐一さんの隣にいるのは舞ではなくわたしです。
けど、祐一さんに一番近いのはわたしではなく…舞、です。
祐一さんにとってわたしなんていないも同然なんです。
例え、いたとしても『倉田 佐祐理』としてではなく、『川澄 舞』の付属としての『倉田 佐祐理』でしか……。 わたしはそう思っているんですよ、と祐一さんに言ったんです。
それを聞いた祐一さんは戸惑っていました。それは当然のことなのかもしれません。 ただ……ただ、わたしは祐一さんがこう言ってくれるのを期待していたんです。
『そんなことはないよ』と。そう言ってくれることを。けど、祐一さんの答えはこうでした。
『ごめん』
そんな言葉だったんです。
好きな人からまともに見てもらえないのが…わたしという存在を正面から見てくれないことが嫌で嫌で堪りませんでした。
そう、わたしは祐一さんのことが好きです。 もしかしたらそれは『恋』ではなく、初めて親しくなった異性に『憧れ』たのではないかと思うときもあります。でもそう思うたびに否定するんです。 決して憧れなんかじゃなく祐一さんのことが好きなんだと。そして確信するんです。 わたしは本当に祐一さんのことが好きなんだと。

その祐一さんを舞は苦しめています。毎日毎日…ベットで横たわったままで。 ……それでも祐一さんは舞の元へと…。
わたしはそれを止めることができない。祐一さんと付き合っているわけではないから…。 だからわたしは…祐一さんが舞の元へ行くのを後ろから見ているだけ…。 そして祐一さんが出てくるのを待つだけ…。
祐一さんは何も言わない。わたしも何も聞かない。――いや、何も聞きたくはない。 祐一さんの口から舞の話が出るなんてことは。
話すことなんてありえずわたしたちは帰る。肩が触れ合う距離でありながらそこに喜びもなく。 わたしは誰もいない家へ。祐一さんは温もりのあるあの家へ。
祐一さんの家へ着いたときわたしはこう言いました。
「祐一さん、わたしを抱いてくれませんか」
彼は不思議そうな顔を浮かべていた。
「祐一さんに抱かれたいんです」
わたしはもう一度そう言った。
「わたしは祐一くん、あなたのことを愛しています」
舞なんかよりも、と心で叫ぶ。
そして彼は頷いた。何も言わずに。何も訪ねずに。ただ黙ってわたしに頷いた。

告白という形をとった契約。わたしと祐一くんの契約。決して破られることのない契約。 破られるなんてことは――ない。
 
 
 

あれから半年の月日が過ぎた病室で、向かい合う二人の姿があった。未だに目覚めることがない舞とそれをただ見下ろす佐祐理の姿が。
「久し振りだね舞」
「……」
「一年ぶりぐらいかな? わたしが舞に会うのって」
「……」
「でもビックリしたでしょ。いきなりわたしが来たりして。……それともガッカリした? 祐一くんじゃなくって」
「……」
「もう舞ったら相変わらず無口なんだから」
佐祐理がクスクスと笑う。
「今日はわたしからプレゼントがあるんだ。わたしから舞への最後のプレゼントがね」
「……」
佐祐理は閉じられていた病室の扉を開けた。
「さあ入って」
佐祐理の呼び出しに応じて中に入ってきたのは祐一だった。
「どう舞? 今度は驚いたでしょ?」
佐祐理は祐一の腕に絡ませ、祐一を伴いベットの脇に立った。
「良かったね舞、祐一くんに会えて」
「……」
「そうだ」
「ん? どうしたの」
「わたし良いこと思いついたよ」
手を叩きながら佐祐理はそう言い、祐一と舞を見た。
「舞って眠れる森の美女って知ってる? 別に白雪姫でも良いけど」
「……」
「うん、やっぱり知ってるよね」
「……」
「昔々ある所に、それはそれはとても美しいお姫さまがいました。 けれど、お姫さまは話すことができませんでした。 なぜならお姫さまはそれは深い深い眠りについていたからです」
「……」
「眠ったままのお姫さまをお救いしようと国中の人々は頑張りました。 けれどもお姫さまは目覚めることはありませんでした」
「……」
「人々は諦めかけていました。 ところがそこへお姫さまの眠りを知った知り合いの王子さまが現れました。 人々は王子さまにお姫さまを目覚めさせてほしいと頼んだのです」
「……」
「王子さまは快く頼みを聞き入れました。そして王子さまがお姫さまにキスをするとどうでしょう……」
「……」
「ということなんだけど、どうかな祐一くん、舞?」
「……」
「へぇ」
「御伽噺が本当に現実になるか試してみない?」
佐祐理が笑う。楽しそうに。
「どうなると思う、祐一くん?」
「試せば良いよ。どうせ舞も反対なんかしないしな」
祐一も笑う。
「そうだよね、舞がわたしたちのすることに反対するなんてしないよね」
佐祐理はそう言いながら舞の頬をそっと撫でる。
「それじゃ祐一くん」
「ああ」
佐祐理が一歩後ろに下がり祐一に場所を譲る。躊躇することなく祐一は舞に被さり唇を……
「そうだ佐祐理」
舞の唇に触れることなく祐一が身を起こした。
「ほぇ? どうかしたの?」
「もっと面白いこと思いついた」
「そうなの?」
「ああ。まずは佐祐理がシテみないか」
虚をつかれた佐祐理であったが次第に笑顔に変わった。
「良いですねそれ。……ねえ舞、すごいこと考えるよね祐一くんて」
佐祐理はベットに腰掛け、舞に囁く。
「舞、知ってた? わたし舞のこと好きだったんだよ」
「……」
「キレイな舞が好きだったんだよ」
「……」
「でも今の舞ってさ…ただのキレイなお人形だよね」
「……」
「わたしはそんな舞が好きだよ」
佐祐理の唇が舞に触れる。舞の目蓋に、頬に、そして唇に。 それだけでは足りないのか、佐祐理は舞の手を掴むと自分の胸に押し付けた。
「ほら舞。わたしこんなにドキドキしてるでしょ。舞とシテるからだよ。舞とキスしているからだよ」
佐祐理はさらに深く舞にキスをする。長く深いキスを。 静かだに静まり返っている病室でその音だけが聞こえた。

「――残念ですけどわたしでは無理、みたいですね」
「お姫さまにかかっている魔法は解けませんでした、か」
「これでもわたしは頑張ったんですよ。イロイロと」
クスリと佐祐理が笑う。
「それじゃ祐一くん」
佐祐理が脇によけ、側にあった椅子に座った。
「確か二度目、だっけ? 舞とスルの」
「口にじゃなかったけどな」
「抱いたことは?」
「一度だけ」
「あら」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ」
「ま、昔のことだし」
不満そうな佐祐理を無視し、祐一は舞を見つめる。
「久し振り…ってわけでもないな。一週間ぶりってトコかな」
「……」
祐一は優しく髪をすう。
「それでは舞、貰うよ」
祐一はそっと舞の唇に触れた。
「……」
「……」
「……」
ゆっくりと祐一が身を起こす。二人はじっと舞を見つめた。
「……」
「……」
「……」
変化はない。舞の瞳は開かれない。
「ま、こんなモンだよな」
「ですね」
「俺は舞の王子さまにはなれなかったか」
「なりたかったの?」
「それこそ今更だろ」
「ふふ」
佐祐理は立ち上がると未だに舞の脇に立っている祐一の首へと腕を回すとしなだれかかった。
「ゆ・う・い・ち・く〜ん」
佐祐理が甘い声を上げる。祐一は佐祐理の腰に腕を回し、しっかりと抱き寄せる。
「わたしにも〜」
「何が?」
「シテください」
「何を?」
意地悪く祐一が佐祐理を焦らす。
「もう、舞にシタことわたしにも……」
祐一は佐祐理の言葉を途中で封じた。唇を唇で。貪るように。
男と女の荒い息づかいが病室を包んだ。

「――口直しはすんだ?」
祐一は佐祐理を離すと聞いた。それに応えず佐祐理は祐一の顔を両手で挟むと再び求めた。
「しょうがないな佐祐理は」
「だってぇ」
「いつものことだけどさ」
「今週シテくれなかったんだもん、祐一くんってさ」
不満そうに佐祐理がこぼす。
「今までそんなことなかったのに…」
「色々とあったろ、今週ってさ」
「それでもシテくれてもいいのに…」
「穴埋めならするさ」
「勿論」
「でも今は終わり。我慢できなくなるからな」
「そりゃあ祐一くんはいいでしょうけど、わたしはよくないもん…」
「ありゃ、手遅れ?」
「ええ。だから…ねっ」
「ふぅ、ま、そういうワケだから帰るよ俺たちは」
祐一は舞をチラリと見、佐祐理を促がす。
「わたし舞に言いたいことがあるんです」
「なら佐祐理、俺は外で待ってるよ」
「ごめんね祐一くん」
「いいさ。……じゃあな舞。ワリと美味かったぞ。また刺激が欲しくなったら来るからな」
それだけ言うと祐一は病室を出た。それが舞への祐一の別れの言葉だった。

佐祐理は祐一が出ていったのを確認すると再び舞のベットに座った。
「ねえ舞…」
「……」
「舞には悪いけど祐一くんはわたしが貰ったよ」
「……」
「良いよね舞。きっと舞はわたしのためだったらしてくれただろうし…」
「……」
「わたしは舞のせいで悲しんでいた祐一くんをシアワセにしたんだから…」
「……」
「それに…」
「……」
「もう必要ないでしょ? 今の舞に祐一くんは」
「……」
「祐一くんにも舞はいらないみたいだし…」
「……」
「だからもうここにはこないからね、わたしたち」
「……」
「もうわたしたちは舞に会う必要なんてないから」
「……」
「寂しい?」
「……」
「だったら今度は舞がわたしたちの家に遊びに来てね」
クスリと笑う。面白いことを言った子供のように。
「それじゃ…」
軽く舞にキスをするとそのまま振り返ることもなく佐祐理は出ていった。

閉じられた扉の先では楽しそうな声が聞こえた。
閉じられた病室では静かに奏でられる機械の音が聞こえる。
 

舞は眠っていた。
病室に一人きりで。
傍らにいた友は今はもう――いない。
 



めずらしくあとがき

(途中から)目指したのは静かなる狂気。
これは「Hello, Again」の解説より生まれた作品とも言えます。
そこに書かれていた「炎の中で踊る佐祐理さん」というのに心惹かれていました。
それが形を変えてこうして書いたのですが、結局はそこまでの描写は出来ませんでした。

「Eine3」より「M.W.」の方に近い気がするのは…。
 

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ささやかなコメント by LOTH

これはREDさんから捧げていただいたものです。
捧げていただいた理由は…Eine3再開記念かな…とわたしは思っていますが、本当はどうなんでしょう。

でも、Eine3は…しかし再開したわけではなく、もう一つのEine3として…Eine3-ifとして始まっただけ、だったりします。
もともと、Eine3は佐祐理さんを救う手だてを探るために書かれたSSで…でも、それが不可能であることは、
本当は書く前から分かっていたのです。
舞が死んだところからではそんなことは不可能だってことは、自分自身が解説で書いていたとおり、分かっていた…
なのに、わたしは書きはじめ…

結局、書き切ることが不可能であると絶望的に再認識したとき、書くことを放棄しました。
そして、最もやりやすい方法…舞が死なずに、佐祐理さんを救うSS…「Hello, Again」を書きました。
それはもっとも安易な…でも、間違いなく佐祐理さんを救えるとわたしが確信できる方法でした。
そして、書き上げた…佐祐理さんを救うという悲願(苦笑)は、それで終わった…

…いえ、本当は分かっています。それは逃げだということは。
分かっていても、わたしには、それしかできなかった…それはわたしの限界であり、また、ある意味、それがわたしにとって唯一の
『幻燈屋さん』で居続けるための選択肢だったのです…

REDさんのが書いてくださったこの佐祐理さんBAD-ENDは…わたしが書くかもしれなかったEine3の、
ある意味ではわたしが拒んだ道を進んだ結果だと思います。
ご本人が後書きでおっしゃったように、わたし自身が書いたセリフ…佐祐理さんと祐一との間に恋愛を仮定することは彼女を狂わせる…
それは今でもわたしは確信していますし、だからこそ、あのSS…FID『舞の血に染まったまま、火の中で踊る佐祐理さんSS』が
わたしの中に生まれてしまった…REDさんはいわばそれのある意味で静かなバリエーションをお書きになったのであって…
それは、ご本人のおっしゃるように、わたしの禁忌であると同時に、詐欺師さんのSS
『M.w』のβサイド…Badサイドに似ています。
そして、それはある意味では当たり前なのです。
わたしの佐祐理さん感、そしてFIDの構想は、M.W…そして『ぶらんこ降りたら』によって形作られた部分が多いのですから。

しかし、詐欺師さんがわたしではないように(当たり前ですが)Eine3はM.Wではない…
そして、わたしが書きたい…幻燈屋であるわたしの描くべき『佐祐理さん』は、このようなものではない…
そう、わたしはかつて思ったし、今も思います。
けれど…

もちろん、わたしが拒んだからといって捧げていただいたこのSSをわたしが評価しないということなどありません。
というよりもむしろ、わたしがひょっとしたらこう書くべきだったのかもしれない…物書きとして、書くべきだったかもしれない話…
そんな風に思いながら、その素晴らしさにある意味、胸の痛みを感じながら読ませていただきました。
そして、それゆえに、わたしはこのSSを抱きしめて…わたしのもう一つのEine3…Eine3-ifを、『幻燈屋さん』としてではなく、
物書きとして書くために、もう一度書き始めた話を…最後まで書こうと思います。
 

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