風が吹いていた。




ほんの少し冷たいけど、でも爽やかないい風。




草木が揺れて、心地よい自然の音楽を奏でる。




そんな気持ちのいい朝に……




あたしは『また』目覚めた。






 

 




『遠い処から還ってきた少女』


第二部〜World of Chance〜(前編)











 





……夢を見ていたような気がする。



一体どんな夢だったのだろう…もう思い出せない。



楽しかったような、悲しかったような、



思い出せないのがもどかしくて、でも思い出さない方がいいようにも思えて……。





誰かが泣いていたような気がする。



誰かが笑っていたような気がする。






……結局あたしは何も思い出せないまま、ただぼんやりと空を眺めていた。












「………ん……」


あたしは生い茂る草の中に埋まるように仰向けで寝転んでいた。


体の下の草はふわふわしていて、夢うつつでいるのがとっても心地いい。


目は覚めていたけど、なんだか起き上がるのがもったいない気がした。


だから薄目で空を見ながら、半分夢の世界でふわふわ、ふらふら…最高の気分。


ず〜っとこのままでいたいなんて思ってたら、



ぴちゃんっ



長く伸びた草の先っぽから、水滴がほっぺたに落ちてきた。



「あぅ〜っ、冷たいっ」



冷たいのはすっごく気持ちよかったけど、おかげですっかり目が覚めた。


あぅ…なんだか草たちがあたしに「起きろ」って言っているみたい。





しかたがない、起きるわよぅ。





あたしはゆっくりと立ち上がって大きく背伸び。


そのままの体勢で、雲ひとつなく晴れわたった青空を眺めた。




「う〜んっ、気持ちのいい朝っ」




大きな声をあげて、ようやくアタマもスッキリ。


やさしい風があたしのカラダにまとわりついて、


そこからさらに遠くへと吹き抜けていく……。






「……あれ?」





そういえばあたし、どうしてまたここで寝てるんだろ? 


ええと、確かお家を探してたんじゃなかったっけ? 


……あぅ〜…そうだっ、祐衣よっ、それと一弥っ。


あたしたち3人でお家を探してたんじゃないっ。




あたしは急いで辺りを見回した。




ぐるぐる


ぐるぐる




丘は最高に見晴らしがよかったけど、祐衣と一弥はどこにも見えなかった。



「祐衣〜っ! 祐衣いないの〜っ! 一弥ぁ〜っ!」



思いっきり叫んでもみた。


けど、返事はなかった。





……あぅ…あたし、どうしちゃったんだろう?




なんだかワケがわかんない。あたしは祐衣と一弥と3人でお家を探して……そうだっ、森に行ったんだっけ。


それで、大きな切り株のある場所に出て……そしたら耳鳴りがして……。


それから…………。





どうしたんだっけ?




……あう〜っ?



あたしのアタマの中には「?」がいっぱい。わらわらわらわら。




ワカンナイコトその1 あの時は夕方だったはずなのに、今は朝になってる。


ワカンナイコトその2 いつの間にかこの丘に戻って来ちゃってる。


ワカンナイコトその3 祐衣と一弥はどこ行っちゃったんだろう。


…………………………わらわらわらわら、わからないコトだらけだ……。







あぅ〜っ! いったいなんなのよぅ……。




なんだか猛烈に腹が立ってきた。きっとアタマを使いすぎたせいよ。




ぐぐぐう〜…。



ついでにお腹も空いてきた。絶対アタマを使いすぎたせいねっ。



あぅ…やっぱりチョコレート1枚じゃ足りなかったのかな。


…………………………って、




ホントに、あたし、チョコレート食べたんだろうか?




もしかしたら……。










「あぅ……夢、だったのかな?」



そうよ、きっと夢だったのよ。だって商店街に知らない店があったり、あたしのお家が公園になってたり、おかしなことが多すぎたわっ。



うん、夢よ夢、夢に決定っ! もう考えるの面倒くさいしっ。



アタマの中の「?」を強引に追い払う。あたしは気分もスッキリ、これからするコトもすんなり決まった。







「………帰ろっ」





とりあえず早くお家に帰らなくちゃ。


とにかく祐一が心配してることはまちがいないんだし。


そうだっ、お家に帰ってご飯を食べたら、祐一に夢のことを話してみよう。


……まあ、あいつのことだから絶対笑うに決まってるけど、


そんな笑顔でも、今ならすっごく見たい気分だから……。





あたしは足どりも軽く、お家に向かって走り始めた。


丘を吹く風は本当に気持ちよくて、自然と顔がほころんでくる。







でも…………





……祐衣はやさしかったな。


……チョコレートもおいしかった。


それに……一弥だって、なかなかかわいいトコあったわ……クソガキだけどっ。



……なんか全部が夢だと考えるのはちょっと悲しい気がした。




……お家があって、祐一がいて、それで祐衣や一弥もいてくれたら最高なのになっ。





そんなコトをちょっと思いながら、あたしは丘を駆け抜ける。





今度こそ、祐一が待っているはずのお家に向かって。





















森を抜けて、商店街までやって来た。


ここまで来れば、あと少しで待望のお家だ。


そう思ったら、またもや猛烈にお腹が空いてくる。



……あぅ…早くお家に帰って朝ご飯食べようっ。



さらに足を速めて歩き出す……っとその前に。


あれが夢だったことを確かめなくちゃ。



あたしは恐る恐る商店街を見回して―――――








…………なんでっ?





なんか、違う。


夢の時とはちょっと違う感じだけど、やっぱりいつもの商店街じゃない気がする。


見覚えのある店に混じって、夢の中にもなかったお店がちらほら見える。






「………あぅ?」





すごく不安になった。


またしても知らない街に、一人でいるみたいな感じ。


しかも夢の中とも違う街。祐衣や一弥さえもいないかもしれない街……。




「……祐一祐一祐一祐一っ」



名前をいっぱいつぶやいて、心を落ち着ける。祐一は絶対にお家にいてくれるはずだ。





……早く帰ろうっ。




あたしは駆け出した。イヤなことは、もう考えたくない。



お家はもうすぐなんだからっ。


















あたしは知らない街にいるような気になるのが怖かったから、


あんまり周りを見ないようにして商店街を走っていた。


そしてようやく商店街を抜けられると思った時―――――





どしんっ!





「きゃっ」


「あぅ〜っ」




誰かと思いっきり正面衝突。


あたしは目から火花を散らしながら、地面に向かって豪快にダイブした。


痛みと空腹が合わさって、なんかアタマに血が上っちゃって、




「あぅ〜っ! 気をつけなさいよぅ!」



反射的に怒鳴ってみてから、ぶつかった相手の方に鋭い目を向けた。



と、そこには頭を抑えながらしゃがみこんでいる、小さな女の子の姿。




「………えぅ〜」



今にも泣き出しそうな顔。体も小刻みに震えている。


あたしはちょっと冷静になって、辺りの様子を窺う。……なんだかみんな、こっちを見てるみたい。しかもあたしに対する視点が冷たいような気がする。





……なによぅ、これじゃあたしが悪者みたいじゃないっ。




そりゃあ、前方不注意だったのはあたしだけど……ま、まあ仕方ないわねっ。相手は子供だし、こういう場合は大人のあたしが折れるべきよね。





「あぅ…大丈夫? 怪我とかしてない?」



あたしはできるだけやさしく、しかもアダルトな声で話しかけた。


すると女の子はまだ頭を抑えたまま、潤んだ瞳をゆっくりとこちらに向ける。




「ぐすっ……だ、大丈夫ですぅ〜」



……ちっとも大丈夫そうに聞こえない。



「大丈夫? 立てる?」


「は、はい、平気です…ぐすっ」


そう言いながら、女の子がよろよろと立ち上がろうとしたので、あたしは慌てて手を貸した。思ったより小柄な体を、倒れないように支えてあげる。



「あぅ…本当に大丈夫? 頭とか打ってない?」



「…ちょっとぶつけたけど…たぶん大丈夫ですぅ」



まだ頭がふらふらしてるみたいで、ぼーっとした声を出す女の子。


「ご、ごめんねっ。あたしちょっと急いでたから……って大変!」


「えっ? な、ななにがですかっ?」


「ち、ち、血よっ。血が出てるわっ」


あたしは女の子の右足に血が滲んでいるのに気付いた。どうやら転んだときに膝の頭を擦りむいたらしい。


女の子は自分の膝を確認して、泣き笑いのような表情を浮かべている。


「ちょっと痛いです」


「た、大変よっ。病院に行かなくちゃ」


あたしは血を見て、かなりパニック。反対に女の子はけっこう平然としている。





……あたしの大人の威厳が失われてくような気がして、なんだかちょっと悲しい。




「平気です」


「平気じゃないわよぅ。バイキンとか入ったら大変じゃないっ」


「平気なんです。だって……」


「だって?」




「私、これから病院に行くところなんです〜」





















あたしは女の子と一緒に歩いていた。


向かっているのは、もちろん病院。お家からはちょっと離れちゃうけど、あたしが悪いんだから仕方がない。



「…本当に、平気ですよ」


「いいからっ。あたしが怪我させちゃったんだし。それにあんたみたいな小さい女の子をひとりで行かせるわけにいかないでしょっ」


「たまに1人で行ってますから、大丈夫ですよ」


「いいのよっ、お姉さんの言うことは聞くものよっ」


「……はい…ありがとうございます。……えっと」


「あ、あたしは真琴っ。あなたは?」


「はい、栞って言います。よろしくお願いします、真琴お姉さん」


「あははっ、よろしくねっ、栞っ」





栞………どこかで聞いたことのある名前……しかも最近聞いたような気がする。





どこだったかな?





あたしは横を歩く栞を見ながら、なんとか思い出そうとする。




う〜ん……栞、栞……………………。




……………………………………あっ!




思い出したっ。祐衣と一弥が話してたんだわっ。



2人の友達、病院に行ってるって、確か……そう、北川栞。


あたしは思わず立ち止まって、栞の顔をまじまじと見つめる。



「? どうしたんですか?」



あぅ…この子がそうなのかな? 病院行くっていうのも同じだし……。



でも……そしたら……やっぱり、あれは夢じゃなかったのかな…。




「ね、ねぇ栞っ。あんたもしかして、苗字は北川って言わない?」




あたしはちょっと上ずった声で問いかけてみる。栞はきょとんとした顔で、不思議そうにあたしの顔を見つめている。


「えっ? 違いますよ。私は美坂ですけど…」


「へ? 美坂?」


「はい、美坂、栞です」




……なんだ、やっぱり違うじゃない。


あたしはちょっと安心した。そうよね、あれは夢だったんだから。


「どうしたんですか?」


「う、ううんっ、なんでもないのっ。は、早く病院に行きましょっ」


「……? はい、そうですね」




あたしは、なんだか腑に落ちない顔の栞と一緒に、また歩き始めた。



病院に行って、栞を家まで送ってあげて、そしたらようやくお家に帰れる。





……やっと祐一に会えるんだっ。




祐一のことを思うとウキウキとした気分になってきた。自然と足どりも軽くなってくる。


楽しい気持ちに浸りきっていたら、なぜか後ろの方から栞の声が聞こえた。



「真琴さんっ、速いですぅ〜」


「えっ?」



振り返ると、栞はだいぶ後ろの方にいた。どうやら知らない間に足を速めていたみたいだ。


「おいてかないで下さい〜」



栞が小走りに駆け寄ってくる。あたしは苦笑いをして、栞が追いつくのを待った。



「ごめんねっ、栞、足怪我してるんだったわねっ」


「えぅ〜、ひどいですっ」


ようやく追いついた栞は、頬を膨らませて拗ねていた。


ふと、膝のアタマを見ると、擦りむいたところから血が流れて、白いソックスに付いてしまいそうになっていた。



「栞っ、血が付いちゃいそうよっ」


「えっ? わっ、ホントですぅ。困ります〜っ」


栞が自分の足を見て慌てだした。やっぱりソックスに血が付くのはイヤなようだ。


「待ってて、いま拭いてあげるからっ」


あたしはハンカチを出そうと、スカートのポケットに手を突っ込んだ。




そしたら…………。




ガサガサッ




なにか妙な感触のものが、ポケットの中にあった。






……あぅ…なんだろ?




あたしはそれをポケットから取り出した。……くしゃくしゃに丸めた銀紙だった。




……なんで、こんなものがポケットに入ってるんだろ?




あたしはその銀紙を目の前に持ってきた。



………甘い匂いがした。



ちょっと考えて、それがなんなのかが分かった。思わず硬直してしまう。






それは……………。








チョコレートを包んでいた銀紙だった。








 

To be continued

 

 

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