『遠い処から還ってきた少女』


第ニ部 〜World of Chance〜(後編―IN SIDE―)











 




真っ白な世界で、ひとりぼっちだった。





何も見えない。何も聞こえない。



森の中にいるはずだった。


さっきまでは森の中を歩いていたから。


真琴さんと、栞さんという女の子と3人で、しっかりと手を繋いで……。




でも、いつの間にか手は離れてしまって。


真琴さんも栞さんも見えなくなって。


僕は真っ白な世界で、ひとりぼっちになっていた。




……どうして、こうなっちゃったんだろう?


……僕はなんでこんな処にいるんだろう?




なんだか、頭がぼおっとしてきた。


世界を包む白い霧が、頭の中にまで入ってきちゃったみたいだ。



……とにかく、歩かなくちゃ。


……でも……いったい何処へ?




……………そうだ。真琴さんだ。



僕は真琴さんと一緒に、この森まで来たんだから。



真琴さん…………。



誰にも聞こえない僕の声を、初めて聞いてくれた女の人。



もう一度……会わなくちゃ。



真琴さんと一緒にいれば、きっとお姉ちゃんが笑ってくれる。


そう、感じたから。


お姉ちゃんの笑顔が見えたから。



だから……真琴さんを探さなくちゃ…。



僕は、真っ白な世界の中を、ゆっくりと歩き出した。



すぐに何かにつまずいて転ぶんじゃないかって思ったけど、そんなことはなかった。


森の中を歩いているはずなのに、一度も木にぶつかることもなくて……。


僕はただ一生懸命に、前へ向かって歩いていった。




そして―――――









それは一瞬の出来事だった。




ふっと身体が軽くなったような気がして、次の瞬間、僕は霧の中から抜け出ていた。


周りは真っ白な霧に覆われていたけれど、その空間にだけは、霧はなかった。


霧のなかに、ぽっかりと開いた空間。音も風も入り込まない、静かな場所。



その中心に………それは在った。



大きな、すごく大きな切り株。


あの時、僕が病院で視たもの。


真琴さんの目指していた場所。



………ようやく、ここまで来れた。



僕はほっとしながら、その不思議な空間の中心に向かってゆっくりと歩いた。


そして、その切り株の端に、ちょこんと腰を下ろした。




……僕は待った。



何も動くものの無い場所では、時間さえ止まっているみたいで、


僕はすぐに、自分がどのくらいの間待ち続けているのかわからなくなった。


でも、此処にいれば、きっと真琴さんは来てくれる。



だって……僕と真琴さんは、此処に来るために一生懸命歩いてきたんだから。






……そして、僕は100年の時を待ち続けた。


もしかしたら、5分くらいしか待っていなかったのかもしれない。


お腹も空かないし、座り続けていても苦しくなかった。



……時の止まった世界。




そこに―――――



変化が訪れた。






最初は光だった。




周囲を覆う霧の向こう側から、光が差し込んでいた。


その光が、すごく暖かく感じられたから、僕は切り株から腰を上げて、光の差す方へと歩き出した。


霧の彼方から、誰かが僕を呼んでいるような気がした。



そして、時の止まった空間と霧の世界の境界線で……



僕は光に包まれた。



霧の向こう側から遠慮がちに覗いていた光が、僕を捕まえた瞬間、一気に広がった。


もう切り株は見えなくなっていた。目に飛び込んでくるのは、光だけ……。


でも、その光は不思議と眩しくは無くて、


光の中に浮かんでいるような感覚が心地よくて、


僕は全身の力を抜いて、光に身を任せた。


なんだかすごく眠くなって、このまま寝ちゃおうかと瞳を閉じかけたとき、




光の中に、お姉ちゃんの後ろ姿が浮かび上がっていた。




その姿を見て、一瞬で目が覚めた僕は、お姉ちゃんに向かって思わず叫んでいた。


「お姉ちゃんっ!」


そうしたら、まるでその声が聞こえたように、お姉ちゃんが振り向いた。


……お姉ちゃんは大人になっていた。


でも、それがお姉ちゃんだと言うことは間違いなかった。


そして………大人になったお姉ちゃんは、まだ泣いていた。


涙を流さず、表情も変えずに、それでも…泣き続けていた。



お姉ちゃんが、長い間ずっと泣き続けなくちゃならなくて、それが僕の所為だということがわかって……僕の目から涙が溢れ出した。



「うぅ……うあっ…うあぁああーーーーっ!!!」


僕は絶叫した。胸の中にある悲しい気持ちを、全部吐き出してしまいたかった。


光の先のお姉ちゃんは、そんな僕を困ったような顔で見つめていた。



そして……、




『もう泣きやみなさいねっ』



まるでそう言ってるかのように、優しい笑顔で僕に微笑みかけて、


その笑顔のまま、ゆっくりと僕に向かって手招きをした。


「お姉ちゃんっ!!」


僕は駆け出した。


その笑顔をずっと見ていたかった。泣いている顔はもう見たくはなかった。





……そこに行けば……お姉ちゃんが笑ってくれるような気がするんだ……。




真琴さんに言った言葉が、今現実のものになる。






僕は、お姉ちゃんの笑顔に向かって、光の中を全力で駆け抜けていった。


















…………………………………………。
















真っ白な世界で、ひとりぼっちだった。





何も見えない。何も聞こえない。



森の中にいるはずだった。


さっきまでは森の中を歩いていたから。


真琴さんと、一弥くんという男の子と3人で、しっかりと手を繋いで……。



でも、いつの間にか手は離れてしまって。


真琴さんも一弥くんも見えなくなって。


私は真っ白な世界で、ひとりぼっちになっていた。




……どうして、こうなっちゃったんだろう?


……私はなんでこんな処にいるんだろう?




なんだか、頭がぼおっとしてきた。


世界を包む白い霧が、頭の中にまで入ってきちゃったみたいだ。



……とにかく、歩かなくちゃ。


……でも……いったい何処へ?




……………そうだ。真琴さんだ。


私は真琴さんと一緒に、この森まで来たんだから。


帰りに、アイスクリームを食べるって、約束したんだから。



だから……真琴さんを探さなくちゃ。



「真琴さーんっ。どこにいるんですかぁーっ!」


私は一生懸命声を張り上げながら、真っ白な霧の中をゆっくりと進み始めた。


元々大きくはない私の声は、出した瞬間に霧に吸い込まれていくようで、


とてもじゃないけど、真琴さんに届いているとは思えなかった。



……えぅ〜。困りました…。


よく考えたら、私はなんのためにこの森に来たのかも知らなかったし、


森の何処へ行こうとしていたのかもわからなかった。



……とりあえず、この霧を抜けなくちゃ。



なんにも見えないのに、不思議とつまずいたりもしないから、


私は、真琴さんを呼びかけ続けながら、真っ白な世界を歩き続けた。





そして―――――









それは一瞬の出来事だった。



ふっと身体が軽くなったような気がして、次の瞬間、私は霧の中から抜け出ていた。


周りは真っ白な霧に覆われていたけれど、その空間にだけは、霧はなかった。


霧のなかに、ぽっかりと開いた空間。音も風も入り込まない、静かな場所。



その中心に………それは在った。



大きな、すごく大きな切り株。


なにか、見ているだけで暖かい気分になれるような、そんな雰囲気があった。


ちょっと疲れていたし、何より霧の中から出られたことがうれしかったから、


私は駆け足で、その切り株に近づいた。


そして、切り株の端にちょこんと腰を下ろして、ゆっくりと身体を休ませる。



このまま待っていれば、そのうち霧が晴れると思った。


そうすれば、真琴さんにもすぐに会えるはず。


それに、ここにいれば真琴さんがやってくるかもしれないし。


とにかく、何も見えない霧の中を歩くのは怖かったから、


私は切り株に座ったまま、ぼんやりと霧が晴れるのを待つことにした。





何も動くものの無い場所では、時間さえ止まっているみたいで、


私はすぐに、自分がどのくらいの間待ち続けているのかわからなくなった。


一応目は開けていたけど、何を見るということも無く、


何も考えずに、ただぼんやりと其処に座り続けた。




そして――――――






気がつくと、そこには光が在った。




いつから在ったのかわからない。もしかしたら最初から存在していたのかもしれない。



周囲を覆う霧の向こう側から、光が差し込んでいた。


その光は暖かそうで、そこから誰かが私を呼んでいるような気もして、


それに、もしかしたらようやく霧が晴れてきたんじゃないかって思えて、


私は腰を上げて、その光の差す方へと近づいていった。





そして、時の止まった空間と霧の世界の境界線で……




私は光に包まれた。




霧の向こう側から遠慮がちに覗いていた光が、私を捕まえた瞬間、一気に広がった。


もう切り株は見えなくなっていた。目に飛び込んでくるのは、光だけ……。


でも、その光は不思議と眩しくは無くて、


光の中に浮かんでいるような感覚が心地よくて、


私は全身の力を抜いて、光に身を任せた。


なんだかすごく眠くなって、このまま寝ちゃおうかと瞳を閉じかけたとき、





光の中に、不思議な光景が浮かび上がっていた。




そこに見えていたのは、病院の廊下だった。


見慣れた場所、ついさっきも見てきたところ。





そこに……“私”がいた。




その“私”は廊下に備え付けられた長椅子に座って、誰かを待っているようだった。


まるで、さっきまで真琴さんを待っていた私自身を見ているみたいだったけど、


着ている服が違ったし、その服は私が持っていないものだったから、



この子は私じゃないのかもしれないって、そう思った。




……私はいったい何を見てるんだろう?




頭の中が疑問符でいっぱいになったそのとき、


廊下の向こうから、私じゃない“私”に向かって誰かが近づいてくるのが見えた。



……お母さん?



一瞬そう思ったけれど、それは私のお母さんじゃなかった。ちょっぴり似ていたけど、違う女の人。でも、どこかで見たことがあるような……。


「お姉ちゃんっ!?」


思わず大声を出していた。すっかり大きくなってしまってたけど、私にはその人がお姉ちゃんだということがわかったから。



……ゼッタイにお姉ちゃんだ…。



大人になったお姉ちゃんと、私じゃない“私”。これは……何?


訳が分からず、頭がクラクラとしてきた私は思わず目を瞑った。



すると、


『あなたは……誰?』



いきなり声が聞こえた。びっくりして目を開くと、光の向こう側から“私”が私を見つめていた。


「えっ!? ……私が、見えるの?」


『うん。……さっき「お姉ちゃんっ」って叫んだのは、あなたでしょ?』


「う、うん…そうだけど……」


“私”はニコニコとしながら、私に話しかけてくる。向こうからはどんな風に見えてるんだろう?


『お姉ちゃんって……ママのことを、そう呼んだの?』


「……ママ?」


『うん、私のママ』


“私”は、身振りで傍らに立つ“大人の”お姉ちゃんを指し示した。


「あなたの……ママなんだ」


『うん。だから“お姉ちゃん”じゃないよ』


「………そう、だね」




……それでも、この人はお姉ちゃんなんだ。



私のことが見えないらしくて、もう1人の“私”を不思議そうに見つめるお姉ちゃんの姿を見ながら、私はそんなことを思った。



『ねぇ、どうしてそんな処にいるの?』


「えっ? どうしてって言われても……」


『こっちに…おいでよっ』



“私”が、ニッコリと微笑みながら、私を誘った。


光の向こう側のその世界は、暖かそうで、楽しそうで、


私は知らず知らず、そちらへ向かって足を踏み出していた。




そのとき――――





「………栞っーーーーっ!! ………」




後ろから、私を呼ぶ声が聞こえた。


振り返ると、そこにはいつの間にかまた霧の世界が広がっていて、


そして、その霧の彼方に、人影が見えた。




「…栞っーーっ!! どこにいるのーーーっ!!」




その人影が、私を呼んでいた。



………お姉ちゃん。



確かにお姉ちゃんの声だった。大人になったお姉ちゃんじゃない、私のお姉ちゃん……。


『どうしたの?』


光の中から、“私”が不思議そうに声をかけてくる。


私はゆっくりと“私”に振り返って……、



「ごめんね。……お姉ちゃんが私を呼んでるから……行けない」



はっきりと、そう言った。


『そう…なんだ……』


“私”は、すごく残念そうな顔をしていた。


「うん………じゃあ、ね」


私は別れを告げて、“私”に背を向けた。そして……、



『ねえっ!!』


“私”に呼び止められた私は、もう一度振り返る。


「なに?」


『また………会えるかな?』


そう言った“私”の顔があまりにも寂しそうだったから、



私は安心させるように微笑みかけながら、力強く返事をしてあげた。



「うんっ。また、会おうね」



『約束?』


「うん、約束っ」


『本当に?』


「うん、本当にっ」


『あははっ。じゃあ、またねっ』


「うんっ。またねっ」



光の中の“私”の姿は、こぼれるような笑みを浮かべたまま、だんだんと薄れていった。



私はそれに背を向けて……。



光を抜けて……霧を抜けて……歩き続けた。




私を待つお姉ちゃんの元へと、戻るために……。








“私”と交わした約束を、心の底に刻みつけながら。

















…………………………………………。



















真っ白な世界で、ひとりぼっちだった。





何も見えない。何も聞こえない。


森の中にいるはずだった。


さっきまでは森の中を歩いていたから。



右手に栞、左手に一弥、2人の手をしっかりと繋いで……。



でも、いつの間にか手は離れてしまって。


栞も一弥も見えなくなって。




あたしは真っ白な世界で、ひとりぼっちになっていた。




……あぅーーっ! なんでこうなっちゃうのよぅ。


どうにも最近訳のわかんないコトが多すぎるわっ!!


だいたいなんでこんな霧が出てくるのよっ!!!


もうなにもかも祐一のせいだわっ。ぜ〜んぶ祐一が悪いのよぅーーーっ!!!!



とりあえずみんな祐一のせいにして、心を落ち着かせようとしてみたけど、無駄な努力だった。


何も見えない場所に1人でいるというだけで泣きそうなのに、栞と一弥のことも気になっちゃって、すでに半泣き状態だった。



「あぅー…栞ぃーーーっ!!! 一弥ぁーーーっ!!! どこよぅーーーっ!!!」



何度も何度も叫んだけど、どこからも返事は聞こえなかった。


それどころか、張り上げた泣き声さえ、霧の中に吸い込まれて一瞬で消えてしまって、


あたしは途方に暮れながら、それでも2人を呼び続けながら、真っ白な世界を歩いていった。




そして―――――








それは一瞬の出来事だった。




ふっと身体が軽くなったような気がして、次の瞬間、あたしは霧の中から抜け出ていた。


周りは真っ白な霧に覆われていたけれど、その空間にだけは、霧はなかった。


霧のなかに、ぽっかりと開いた空間。音も風も入り込まない、静かな場所。




その中心に………それは在った。




大きな、すごく大きな切り株。


……あたしの探していた場所。


……祐衣と一弥と一緒に来た、願いが叶う場所。


ようやく、あたしはまた此処に辿り着くことができた。





ドクン……。




まただ。また耳鳴りがする……。



なんでこの場所に来ると耳鳴りがするんだろう? 祐衣たちと来た時も、確か耳鳴りが激しくなって……それで………。




ドクン…ドクン……。




あぅーーっ!!!



あたしは耳鳴りを振り払うかのように、頭を強く振った。ここで倒れたら、またワケのわかんない場所に飛ばされちゃいそうな気がした。





ドクン…ドクン…ドクン……。





あぅーーっ。祐一っ、祐一っ。祐一ーーーっ!!!



助けてっ!!



あたしを助けてよぅ……。





頭を抱えて、目を瞑って、呼吸を整える。しばらくすると、ほんの少しだけ耳鳴りが治まってきて、あたしは恐る恐る目を開いた。






すると――――――





その空間の中心、あの切り株に、誰かが座っているのが見えた。




その姿は、ぼんやりとしていて判別はできなかったけど、なんとなく女の子の姿のように見えた。



……栞っ!? それとも、祐衣っ!?



耳鳴りはまだ続いていたけど、そこに栞か祐衣がいるということのうれしさが先に立ち、あたしは切り株に向かって走り出していた。


切り株に近づくにつれて、その人影が、女の子ということがはっきりしてきた。だた、その女の子はあたしに背を向けて座っていたから、それが栞なのか祐衣なのかはわからなかった。



あぅーーっ、もうどっちでもいいわっ! これでなんとかなるわよっ!!



ひとりじゃなくなったのが本当にうれしくて、あたしは息を切らせて、その女の子の元へと急ぐ。




そして、切り株のところまで来たあたしは、その女の子の後ろ姿に向かって声をかけた。


「ご、ごめんねっ。あたし道に迷っちゃっ……て………えっ!?」



ようやくはっきりと見えたその後ろ姿は……栞のものでも祐衣のものでもなかった。




……あぅ…この子誰よぅ……。




あたしの頭の中に不安が戻ってきて、それと一緒に耳鳴りも戻ってきてしまった。






ドクン…ドクン…ドクン…ドクン……。






目がぼやけてきて、見知らぬ女の子の後ろ姿がダブって見える。




それでも何故か、あたしはその小さな背中が、すごく寂しそうだと感じた。






……この子……泣いてるの?





そう思ったとき、その女の子がゆっくりと立ち上がった。







ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン……。






耳鳴りがどうしようもないほど強くなってきて、目を開けているのも辛くなってきた。意識がだんだん遠ざかっていくのがわかった。





そして―――――




ほとんど見えない視界の片隅で、女の子がこちらを振り向くのをスローモーションのようにゆっくりと感じながら……






あたしは光に包まれた。









真っ白な光が、あたしの意識も真っ白に染めていった。










あたしは……光の中に落ちていった。











そして、意識がなくなる寸前に……。























光の中に白く輝く羽が見えたような、そんな気がした。








 

 

第二部・終幕

 





To be continued

 

 

 

(『epilogue I〜夢の記憶〜』へ)

 

 

 

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