KanonSS/舞&佐祐理/“Hallo, Again”に贈ります。
 仄かにささやかなモノローグ。

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 どこまでも続くこの空に両手を伸ばして、
 いつまでも、微笑みながらうたっていこう。
 
 
 
 
 

“花の咲く街”

 

 
 
 
 
 
 
 
 

 ゆっくりと積み重なっていく中で、初めて見えてくる景色がある。
 全てを覆い隠してくれる白い優しさに私は甘えてばかりで、いつしか自分が甘えていることさえ忘れてしまって、
 ただその白さを、綺麗な色で塗り変えることだけに懸命になっていた。
 私の涙で雪を溶かしてしまわないように、
 涙さえも凍らせて、ただ色を塗っていくことだけに精一杯になっていたんだ。

 そして、季節は春――
 
 
 
 

 静かな光が校庭を包んでいた。早咲きの桜にも、名残惜しそうに、でもどこか誇らしげに飛び出してくる
人達にもすべて満ち溢れるような優しさで、たおやかに風が揺れている。
 草履の鼻緒が少し気になって、私は一度歩みを止めた。
「――おめでとう」
 下を向いていた私に、待ちかまえていたような言葉が飛んでくる。私は顔を上げるのとほとんど同時に、
用意してあった言葉を紡ぐ。
「……ありがとうございます」
 祐一さんはいつものように笑っていた。
 私は、笑顔を返した。
 
 

「あれ? 舞は?」
 一緒じゃないの? といった風に、祐一さんが小首を傾げる。そんな仕草が少し子供っぽくて笑ったら、
少し不機嫌になって、
「……ま、いいけど」
 頭をかきながら僅かに視線を逸らす。舞は筋金入りの気分屋だけど、この人も相当なものだな、と思う。
 時折妙に大人びた、子供っぽい視線。それとも逆か。
 ただこの人のことは、結局最後までわからないんだろうな。そんな思いに支配されるのが精一杯で。
 最後なんていつなのか、そんなことまではとても気が回らない。
 安心しているのだろうか、とも思う。気を回す必要がもうないことに。
「舞なら、お化粧室じゃないですかねえ」
「お化粧室ぅ?」
 信じられない、と言った面持ちで祐一さんが訊き返してくる。少し失礼じゃないかな、とは思いつつ、私
も舞が鏡に向かって一生懸命唇を引いている姿を想像して笑みが零れた。
「いえ、舞、式が始まってすぐにもうぼろぼろ泣いてましたから。なんだかもう、本当にうさぎさんみたい
な真っ赤な目で……」

 ぽかっ。

「あっ」
 急に後ろから頭を叩かれ、私は小さく声をもらす。祐一さんの忍び笑いがはっきりと聞こえた。
「…私はうさぎさんじゃない」
「…あ、あははーっ。おかえり、舞」
「……ただいま」
「…最後の最後までなにコントなんかやってんだよ」
 どこかあきれたように言う祐一さんに、私は笑ったまま口を開いて、

『べつに――』

 ――はれっ?
 同じタイミングで同じ言葉。私は思わず顔を見合わせた。面白そうに、赤い瞳が笑っている。黒髪が軽く
風にさらわれて、戻ってくる。私は何故か――
「……うん」
 小さく頷いた、そんな私に返すように、舞の唇が少し震える。私はもう一度頷いた。祐一さんはそんな私
たちを微笑ましそうに見つめて、一度背を向けた。
 

 ――とんっ。
 

 飛び込んでくる暖かな思い。私はそれを抱きしめた。吐き出される人波に取り残されたように、再びただ
泣きじゃくる舞。そのわけは私には――多分、本当に理解することはできなかった。でも、私がしてあげら
れるたった一つのことには、理解できるかどうかなんて関係なくて。
「……まい…」
 抱きついてきた舞に抱きすがるように、私は濡れた声を上げた。誘われるように舞の嗚咽が高くなる。身
長は舞の方が高いから、私の方が抱きとめられてるみたいだったけど。

「…さゆりぃ……」
「……まいぃ…」

 どうしてこんなに涙が出たんだろう。なぜ悲しくなったのかはわからない。これからだっていつでも会え
るのに。私たちの時間は、これからもずっと続いていくのに。
 それでも、私たちは悲しかったんだ。ただじっと抱き合って、いつまでも泣きじゃくっていたいほど。
 どうしてだか、悲しかった。
 
 
 
 

「……そろそろ、帰るか」
 そう祐一さんが口にしたのは、校庭にももはや人影がまばらになった頃だった。
 行き交う人たちは皆口々に明るい言葉を並べ、私たちが手を振ると小さく振り返してくれる。
 一つまだ冷たい風に、桜の花びらが散った。
「……帰りましょうか」
 その時私がどこを見つめていたのかはわからない。
 ただ気づいた時には、祐一さんが優しく覗き込んでくれていた。
 だからだろうか。憶えていない。
「……お腹空いた」
 なんて、舞のそんな言葉のせいだったのかもしれないけれど、
 でも、だからこそ、それは「どこか」でよかったんだと思う。
「…そうだね。帰って、ご飯にしようね」
 
 

 舞の手を引くように歩き出して、一度振り向いて、もう見なれてしまった校舎を仰いだ。
 想い出を閉じ込めるように佇んでいる、今までのいつよりも温かく見える無機質。
 三年と言う月日は、長かったのだろうか。短かったのだろうか。
「……佐祐理?」
 小さく手を引かれて、私は顔を戻した。少し不思議そうな顔の舞に、祐一さんは何も言わない。
「……うん。最後のお別れ」
 そう言って笑った私に、
「…じゃあ、私も」
 舞は一度手を離して振り向いて、大きな校舎を見つめると息を吸った。

「……さようなら」

 毅然と、でも優しく、舞はそう言った。祐一さんは想い出を手繰るように目を細める。
 そして、私は――

「……さようなら」

 私は告げた。言葉は短くても、込められた思いだけ伝わればそれでいいと。
 少しだけ身勝手に、その倍くらい曖昧に。
 ただその対象は、舞にとってのそれときっと同じだったはず。

「…さようなら…」

 もう一度、今度は口の中だけで呟いて、私は校舎に背を向けた。
 私の三年間に別れを告げた。
 
 
 
 

 舞、と小さく名前を呼ぶ。
 なに、と答えが返ってくる。
 そんなことで満ち足りた気持ちになれた、あの日の私が間違っていたとは思わない。
 ただ、正しかった、と、
 本当の意味で誠意を見せていたか、と思えば、私にはっきりとした言葉返すことはできなかった。
 
 

 幸せにならないことが幸せだなんて、そんなことは私は信じない。
 ただ、不幸であったがゆえに幸せを感じることが出来るなんて皮肉なことで、
 そのために悲しい出来事があるなんて思わないけれど、
 
 あなたの幸せを祈ることは確かに私の幸せの一つで、
 この空のどこかで、あなたが私のために祈ってくれているのだとしたら、
 そのとき、私は――
 
 
 
 

「佐祐理、遅い」

 飛び込んできた言葉に、私は一度瞬きをした。塀で囲われた小さな路地。舞が見つけたという自称“近道”
を、私たちは一列になって歩いている。

「……ったくよぉ、ホントにこれ商店街に出るのかぁ?」
「…大丈夫。この間は着いたから」
「この間『は』?」
「……多分、大丈夫」
「……おまえな…」

 そんな、飽きることないいつものやりとり。
 ――そうか。
 ふっと何かがわかった気がして、私は狭い路地を跳ねるように駆け出した。和服の袖が塀にこすれて乾い
た音を立てる。でもそんなものに傾ける耳はなかった。
 ……そうか…

「そうかっ!」
「!??」

 小さく叫びながら、私はすぐ前を行く舞の背中に飛びついた。声にならない声を上げて、つんのめるよう
にたたらを踏む舞。そんな仕草がおかしくて、私は舞の背中で一人笑った。騒ぎに気がついた祐一さんが、
振り向いて苦笑する。舞はやっぱりチョップを浴びせてきた。
 
 

 ――そう。
 私たちの進む先は、この路地の向こう側にあって、
 占うことなんて、きっとできないだろうけど、
 いつか辿りつく先が、きっとあると信じられるから。
 

 それがわかるのはきっと今ではない。
 今この瞬間も含めて、懐かしそうに思い出す、そんないつかの春の日に。
 
 

『……ねえ、舞』
『…なに?』
 
 

 近くにいなくても、電話越しでも、そう話せる時があれば、
 私は、私たちは、幸せだろう。
 
 
 
 

「ね? 舞」
「??」
「祐一さんも」
「…なんだかよくわからないが、おう」
「…じゃあ、私も」
「あははーっ。私もーっ」
 
 

 そう。
 
 

「……ときに昼は何にするんだ?」
「……牛丼が食べたい」
「あ、佐祐理もそれがいいですーっ」
「なにっ!? また二対一かっ!?」
「じゃあ、祐一さんは何がいいんですか?」
「俺か? 俺はなぁ……」
 
 

 少しくらい強引にでも、あなたのそばにいられるのなら。
 
 

「……牛丼?」
 
 
 

 < this is an end,and beginning …>
 

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 詐欺師です。
 大仰な締め方ですが、別にこれがシリーズのトリを飾った(?)などとのたまっているワケではないので(汗)

 ……えっと、暴走気味です(苦笑)
 なんか必要以上に「ひだまり」を意識しすぎた感もあります <私信

 ……てゆーか、私が卒業式のシーンなんか書いちゃっていいんだろうか(汗)
 子供の面会シーン(?)じゃなかっただけ、理性が働いていたのでしょうか?(爆)
 

 なにはともあれ、シリーズ完結オメデトウございます。
 今後につきましては、未完シリーズ完成に向けて頑張ってくださいませ(激爆)
 ……それでは(苦笑)
 

 00.6.29 詐欺師

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ささやかなコメント by LOTH

わたしのシリーズ"Hello, Again"の完結記念ということで、佐祐理さん書きである(笑)詐欺師さんに贈っていただきました。
その意味では、預かり物におくべきかもしれない…まあ、こちら置いておきますけど(苦笑)
でも、このシリーズはこの方の『Marshmallow-Waltz』と『ぶらんこ降りたら』がなければ
きっとわたしは書くことがなかったと断言できますから、贈るというならあべこべのはずなのですけど…

ちなみに、あとがきにある『子供の面会シーン』というのは、わたしが佐祐理さんの解説に書いたこの一節…
「でも…この人の最後の幸せだけは想像できるんだけどね。
舞と祐一の子供に、自分の子供を会わせている姿。 」
この部分のことを言っておられるのだと思います。
でも…このシリーズのエピローグとしては、上記のシーンは…違うと思いますけど(苦笑)
多分、佐祐理さんと祐一の子供に、舞が会うシーン…それが本当の意味での、ラストじゃないかと思ったり。
…でも、それはこのシリーズのラストとしては、遠い、遠い先だってことも確かです。
わたしは佐祐理さんの幸せへの道はまだ、始まったばかりという、そんな些細なエンドしか書けなかったから…

でも、そのあたりを卒業というシーンの中で、詐欺師さんはきっちり書いてくれました。
だから…わたしがKanonSSを引退する際まで、そのシーンは取っておくことにします(笑)
多分、以前書いたクリスマススペシャルのように、今まで書いたシリアスたちのその後を最後に書く、その時まで…
舞と佐祐理さんの幸せへの道、細い道の先かもしれないけれど、そこに明るく光るはずの太陽を信じながら… inserted by FC2 system