かのん。美汐SS。
勢いだけです。ええ、そうですとも。
私信。LOTHさん、こいつも預かってやっていただけませんでしょうか?お願いしてもよろしいでしょうか?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
空を見上げると、雪が振っていた。持っていた傘を広げて歩き出す。さく、さく、と足跡ひとつ無い新雪の上を歩く。
昨夜のうちに降った雪は、もともと積もっていた雪をさらに深くしている。
好きか嫌いか、で聞かれたなら雪は好きだ。はじめて見た、一面の純白の世界は子供心に素直に綺麗だと思ったから。
―――――・・・・・・
声が聞こえた。自分の名前・・・だったような気がする。
辺りを見渡す。誰もいない。気のせいだろう、たぶん。私はそう思うことにした。
一歩踏み出す。
――――み・・しお・・・
どくん、と心臓が跳ねた。知っている。私はこの声を知っている。いや、知っているどころか――――
もう一度首を巡らして辺りを見渡す。誰もいない・・・・・・
確かに、確かに聞こえたのに・・・・・・
私は、呆然とその場に立ち尽くした。ただ、その場に。
三度目の声が聞こえる事は無かった。
“二つの涙”
「遅れてごめんなさい。相沢さん」
そう言って体のそこかしこに雪を積もらせた相沢さんに駆け寄る。黒のコートを着た相沢さんは建物の壁にもたれて紫煙を立ち上らせていた。足元に幾つかの吸殻が落ちている。
私の姿を見とめて、手に持った煙草を下に投げて踏み消す。ふうっ、と零れた相沢さんの吐息からは煙草の匂いがした。
「・・・遅い」
「ごめんなさい、いろいろあったもので」
「いろいろ?」それには答えず、相沢さんの足元で潰れている吸殻に目を向ける。
「行儀が悪いですよ、相沢さん」
「生憎、生まれも育ちも悪いんでな」
「自分の至らぬ所を他のものに転化してはいけませんよ」苦笑。私は人にエラそうな事言えるような人間じゃあないのだけれど。
「・・・そうだな」
「はい」
「行くか」
「はい」
そうして、私たちは歩き出した。
「なあ」
「はい?」顔を上げると相沢さんの顔が私を見下ろしていた。私と相沢さんの間を雪が通りぬける。
「なんで今日遅れたんだ?おまえが遅れるなんてはじめてじゃないか?」
「そうですか?」
「俺の知る限りではな」
「じゃあ、そうなのでしょう。相沢さん以外と待ち合わせなどほとんどした事もありませんし」
「で?なんでだ?」私は、相沢さんの頭の先から爪先までを一度見た。
「背、伸びましたね、相沢さん。出会った頃と比べると」
相沢さんはひとつため息をついて、それっきり前を向いて歩き出した。
相沢さん、真琴の声が聞こえたんです。
そう言ったら、あなたは何と言うでしょうか。
一笑に伏すでしょうか。それとも・・・?
「じゃ、行こうぜ」
「・・・何処へ、ですか?」とりあえず私は聞いてみる。
「・・・言ってなかったか?」
「まったく聞いていません」私は大袈裟に首を横に振る。
あー、と相沢さんはうめき声のようなものを上げて視線を上げた。私もそれに習う。灰色の空から幾つもの結晶が降りてくる。
その一つを手袋で受けとめてみた。受けとめた瞬間、それはただの水滴に変わる。
「とりあえず、なんか飲むか」
「そう、ですね」特に反対する気も起きなかったので頷く。
行き先も決めずにただ歩く。私達にはそういうのが相応しい。皮肉っぽくそんな事を考える。
歩いているのかさえも疑わしい。
濁流に呑まれる小さな木の葉。そんな陳腐な表現があうのかもしれない。
今日はなんだかおかしい。変な考えが頭の中を回っている。おそらく、あの声を聞いたからだろう。もう聞くことの出来ないはずの、あの声を。
ふぅっ、と息を吐く音が聞こえた。
私は顔を上げる。こちらを見る相沢さんと目があった。
いつからだろう。私は考える。
この目の中に自分が映っているのを見るのが好きになったのは。
適当に歩いて入った店で、私と相沢さんは向かい合って座っている。相沢さんの視線に、私は何か落ち着かないものを感じている。
その理由は――――
「なあ、美汐。おまえ――――」
相沢さんが何かを言いかけたその時、お待たせしました、そう言ってテーブルに二つのコーヒーが置かれた。
言葉を遮られた形になった相沢さんは、困った顔をしてコーヒーを手に取り、口をつけた。
私も、真似をしてブラックで飲んでみる。
・・・苦い。
私の表情を見たのだろう。テーブルを挟んで向こう側にいる相沢さんが笑っていた。
「慣れない事するからだよ」
笑いながら相沢さんはそんな事を言う。
むっとして私は言い返す。
「どんな事だって慣れない事を繰り返して慣れていくのでしょう?」
「そんな大した事かよ、これが」
そんな事わかっている。ただしゃくだったから言い返してみただけだ。目を細めて相沢さんをにらむ。
「悪かったって。そんなムキになるなよ」
笑い顔はそのままで、そう言う。
そういえば、
この笑顔を今日はじめて見た気がする。
そして、
ようやくいつもの調子が戻ってきたような、そんな気がする。
今度はたっぷりミルクを入れて、私はコーヒーを口にした。
「さてと、これからどうするか」
窓から外に視線を向けたまま相沢さんが言う。私はそれには答えず、相沢さんの横顔をぼんやりと見ていた。
錯覚。
まるで、そこだけ世界の一部を切り取ったような。
その横顔に、私は何かを感じた。言葉では上手く言えない、何か。
「プレゼントを買ってくれるのではないのですか?」
軽口。
相沢さんのがうつったんだ。きっとそうだ。本当に聞きたい事を誤魔化してしまう癖も。
「そうだな」
そう応えた。応えただけ。動きは無い。何かを話したがっている。私はそう感じた。そのくらいの事はわかる。
だって、私と相沢さんは――――同類だから。
聞いてあげられるのならば、聞いてあげるべきだろう。話した事で相沢さんがすっきりするのならば、だが。たぶん、それは先ほど言いかけて言わなかった事なのだろう。そして、切り
出すのに少しの勇気を必要とするのだろう。
私の心が何処かで警鐘を鳴らしている。聞いてはいけない、と。
今は――――駄目だ、と。
今は駄目?
じゃあ、いつならいいの?
直感でだした答えに理屈で説明をつけられる訳も無く――――
「相沢さん」
私は、呼びかける。
幾許かの不安と、それに勝る好奇心で。
「何か、あったんですか?」
相沢さんは驚いたような顔を見せて、そして、それはすぐに苦笑に変わる。
「バレバレ、か」
「自分で言いかけておいて何を言っているのですか?」
自嘲気味に、相沢さんは笑う。ひどく、辛い顔だった。まるで、真琴が消えた頃の悲しみが戻って来たかのような。
その瞬間、私は好奇心を持って話を引き出した事に猛烈な後悔を憶えた。
一度だけ。
一度だけ見た事があった。
一人で、真琴の名を呼びながら泣いている相沢さんを見た事が。
あの時ほど、自分の事が愚かしく思えた事は無かった。
強い人だと思っていた。別れに、大きな悲しみに負けない強い人だと。私に光をくれた人。太陽。
私は、その時相沢さんのほんの一面しか見ていなかった事を思い知らされた。
強い人。そんな人は何処にもいないのだ。強く見える人は、そう見せているだけ。そして、その強さは容易に弱さへと変わり得る。
私は弱いから、いつまでも過去の事を引きずっているのだと思っていた。
相沢さんは強いから、もう、過去の事を振り切って前に進んでいるのだと思っていた。
そう思っていた、馬鹿な、私。
あの相沢さんを見なければ、泣いている相沢さんを見なければ、私は今でもそう思っていたかもしれない。相沢さんは私と違って強い人なんだ、と。
ため息の音が聞こえた。細く、長い息が相沢さんの口からこぼれる。その音で、私の意識が現実へと立ち戻る。その後相沢さんの口から発せられた言葉はなかば以上私が想像して
いたものだった。
「声を聞いたんだ」
周囲の音――――ざわめき、喧騒といったもの――――が一切合財消え失せた。聞こえるのは相沢さんの声と、規則正しく鼓動を打つ私の心臓の音
「声――――真琴の、声を」
「真琴の――――声?」
私は馬鹿みたいに相沢さんの言葉を復唱する。ん?と相沢さんが眉をひそめて私を見返す。それを見て私は慌てていつもの顔を取り繕う。
なんかあったのか?と相沢さんが鋭く切り込んできた。
「・・・・・・なんでも、ありません」
そう、なんでもない――――ことのはずだ。なのに、どうしてこんなに心が乱れるのだろう。
ただ、真琴の幻聴を聞いただけ。二人とも。――――二人とも?
会いたい。
真琴に――――会いたい。
ひょっとしたら、と思わせる微かな希望。おそらく、相沢さんもそうなのだろう。
だけど――――怖い。
その微かな希望さえも打ち砕かれる事が。期待して、待って、裏切られて。
何度そんな事を繰り返しただろう。
「おまえも、聞いたんだろ。真琴の声を」
聞いた。
確かに聞いた。
「はい。聞きました」
「・・・そっか」
くしゃっ、と相沢さんは前髪をかきあげる。
「幻聴だ、とはとても思えなかったな。あの声は」
「・・・私もです」
でも、真琴はもういない。
「・・・駄目ですね、私は」
「何がだ?」
「真琴はもういない。わかってるのに、それでも、って考えてしまう。ひょっとしたら・・・って。今日聞こえた声も」
「『ひょっとしたら、真琴が帰ってきたのかもしれない』ってか?」
「・・・・・・ええ」
そうなったら、どんなにいいだろう。
雪が解けて、春になって、あの丘の上で真琴と、相沢さんと一緒に見る景色は、どれほど素晴らしいだろう。
二人、言葉もなく黙り込む。
静寂。どこか、重い。
私と相沢さん、二人が同時に抱えた痛み。同じ事を経験して、だけど同じ痛みじゃない。
でも、どこか共通する部分がある、あって欲しいと思うのは私の傲慢だろうか。
ぎりっ、と胸が痛んだ。
私は、私の独り善がりな思いを相沢さんに押し付けているだけなのかもしれない。相沢さんだって悲しくないわけがないのに。
――――逢いたくないわけがないのに。
「行くか」
「・・・え?」
「行こうぜ、って言ってんだよ」
どこへ、と聞かなかった。はい、とただ一言だけ口にしてその場を立つ。会計を済ませて、私たちはそこを出た。カラン、とドアに付いたベルを鳴らして外に出る。外の冷たい空気が吹き
込んでくる。冷たい、だけど清浄に感じる冬の空気。相沢さんが、それに続いて私が、外の空気を吸い込む――――
「今日は、クリスマスだからな」
「何か関係があるのですか?」
「・・・別に」
相沢さんは歩き出した。それに半歩遅れて私は続いた。
「クリスマスだから、なんですか?」
「・・・なんかいい事でも起こればイイな、って思ってさ」
ものみの丘に近づくに釣れて、雪は少しずつ弱くなってきた。それでも、積もった雪が消えるわけではないが。
私と相沢さんはは一歩一歩、踏みしめるようにして丘へと続く道を登って行く。思ったよりも重労働だった。息が上がっている事を相沢さんに悟られたくなくて、私は乱れそうになる呼吸
を無理矢理押さえつけた。
ここを登りきったとき、何が見える?
その私の問いに答えてくれるものは無い。何時の間にか、雪はもう止んでいる。雪を掻き分けて前に進む。
――――視界が、開ける。
白。
まず目に入ったのは、それ。踏み荒らされた跡など一切無い、純白。雲間から射した光の照り返しに純白が白銀に変わり、私は目を細める。
ものみの丘。音ひとつしない静謐な場所。太陽が雲の陰に戻り、私は細めていた眼をゆっくりと見開く。
雪に彩られた丘は、私の知らない場所のようで、でも、その静謐さはひどくこの場所には似つかわしい。そんな気がした。
真琴は、いない。
どさっ、と音がして、相沢さんの方を振り向いて見ると、雪の上に仰向けに寝転がった相沢さんがいた。
「・・・ま、そらそうだ」
「・・・ですよね」
大きく、大きく息を吐く。白い塊がその場に現れて、すぐに拡散して消えていく。体を支配する脱力感、虚無感。
私も、雪の上に座り込んだ。雪の冷たさが火照った体に心地いい。すぐにそれも芯から冷えるような寒さに変わってしまうのだろうけど。
しばらく私たちは会話も無かった。白い塊が生まれては消えていく。
夢。
そう、夢だ。
私たちは夢が覚めた後もこうやって夢の残滓を求めてこうやって右往左往しているのだ。
「馬鹿ですね」
口に出してそう言っていた。誰がだ?と相沢さんが聞き返してくる。聞き返してはきたけど、そんなの相沢さんにだってわかっているのだろう。
「私たちが、です」
馬鹿な私。
真琴に逢いたいと願う私。
真琴と二人で相沢さんの悪口を語り合いたいと思う私。
三人で、同じ時を歩みたいと望む私。
相沢さんに惹かれている――――私。
「・・・そうだな」
ぱん、と服に付いた雪を払いながら相沢さんが立ちあがる。私は座ったままで相沢さんを見上げる。相沢さんは私を見下ろして、私に笑いかける。
「帰るか」
私も、立ちあがる。座り込んでいた後が新雪の上にくっきりと残っていて、私は足でその跡を消した。相沢さんの言葉を無視してまったく別の事を聞く。
「どうしてでしょうね」
「何が」
「どうして、あの子は私たちの前に現れたのでしょうか」
さぁな、と相沢さんは応えて二歩進む。
「そんなの、わからねえよ。ただ、俺といたかったんだ。後の事なんて何も考えてなかっただろうさ。あいつは、そんなやつだ」
相沢さんの見ている先へ、視線を放つ。穢れ無き純白の白に染まった丘と、そこから見下ろす自分達の住む町。
真琴はいつもこんな風にして私たちをみているのだろうか。どこか、遠いところから、こうやって見下ろして。
「そうですね」
そうなのかもしれない。
「あいつは、突拍子も無い奴だからな」
きっと、そうなのだろう。
「相沢さんも、人の事は言えませんよ」
私の言葉に、相沢さんは肩をすくめてみせた。その様子が似合わなくて私は笑った。
笑いながら、ぼんやりと考える。この笑い声は、真琴にまで届いているのかな?と。
あの後、なんども転んで雪だらけの私たちがものみの丘から下りてきたころには随分時間が立っていた。あの丘は時間の流れまでも変わっているのだろうか、取りとめも無く考える。
その通りだと言われてもいまさら驚かないが。とりあえず最初に見かけた喫茶店に入る。暖かいものを飲みたかった。
「ったく、世間じゃクリスマスだってのに俺たちは何やってんだか」
「そんなものでしょう?私たちは」
「そんな悲しくなるようなこと言うなよ」
ふふ、と私は微笑む。
「それじゃあどうします?」
相沢さんが苦笑する。いいか?と相沢さんが目で尋ねる。構いませんよ、と私は首をたてに振る。相沢さんはポケットから煙草を取り出してライターで火をつけた。しゅぼっ、と音がして
煙草独特の紫煙が立ち昇る。
「いいのですか?未成年が煙草なんて吸って」
「家じゃ吸えないんだ。名雪も秋子さんもうるさくってな」
答えとしては不適当だったが私は別にどうとは言わなかった。見つかっても相沢さんが停学処分でも受けるだけだ。相沢さんもそのくらいわかってやっているんだろうから私がどうこう
言うことはない。
それに、私は、煙草の匂いが嫌いではなかった。
「ほれ」
とん、と私の前に白い小さな包みが置かれた。私はしげしげとそれを眺める。
「なんですか?これ」
「プレゼントだ」
「私に?」
「ああ」
疑う気持ちの方が先に立ってしまう私はひねくれているのだろうか?いや、相沢さんといると誰しもこうなると信じたい。
慎重に手にとって、包みを開ける。中には――――
狸のキーホールダー。
「・・・嫌がらせですか?これは」
「まあ、軽いジャブだ」
はあ、と大きくため息をつく。言いようの無いやるせなさに頭を押さえる。
「本命はこっちだ」
今度はさっきよりも一回り大きな包みを私の前に置く。持ち上げると、ちりん、と鳴った。それだけで、わかった。
私は微笑う。
「ありがたく、いただいておきます」
「ああ、そうしてくれ」
「でも、これは私へのものではないのでは?」
「・・・いいんだよ。おまえで。持っててくれよ。・・・・・・おまえが」
「そういうことでしたら」
きっと、上手く笑えていたと思う。
辺りは、夜の闇が降りていた。クリスマスらしく色とりどりのイルミネィションが辺りを照らしている。店頭に小さなツリーを飾っている店もある。
「やっと、クリスマスだって実感が湧きました」
「・・・俺も」
私は振り返って、頭一つ分高い相沢さんの顔を見上げた。
「どうします?これから」
にっ、と相沢さんは私の好きないつもの笑顔で笑った。
「折角だから歩いてみようぜ。ここらへん」
「そうですね」
なんだか朝から歩いてばかりな気がしたが、別に気にならなかった。相沢さんの半歩後ろを歩く。いつものスタンス。
また当ても無くぶらぶら歩いて、食事をして、そして――――別れる。
「それでは、相沢さん」
「なあ、美汐」
「は――――!?」
いきなり唇をふさがれた。そのままいくらかの時間が過ぎる。跳ね除けようという気は起こらなかった。
唇が離れる。相沢さんが笑う――――
「あ、相沢さん!!」
我に返って、思わずそう叫んだ時には彼はもう後ろを向いて駆け出していた。
「じゃあな、美汐」
そう言ってひらひらと手を振る。その背中が角を曲がって見えなくなって、私は大きく息を吐いた。頬が上気しているのが自分でもわかる。
振りまわされてばっかりだ、私は。相沢さんに。
何が問題かと言えばそれを嫌だと思っていないことが問題だろう。嫌だと思ってないのならもはや問題ですらないのかもしれない。
私は、苦笑する。
空を見上げる。ここからは、一人の時間。一人で、真琴を思う時間。
きっと、相沢さんも。
――――メリークリスマス、真琴。
そう言えば。
真琴はクリスマスって何かわかるのかしら。
――――あうー、美汐ぉ、クリスマスってなに〜
くすっ、と私は微笑んだ。
――――いい?真琴、クリスマスっていうのはね・・・・・・
「クリスマスぐらい知ってるよぉ」
私は視線を空から下に降ろした。
「・・・私より先に、相沢さんの所へ行かなくても、いいのですか?」
何時の間にか目の前にいた少女が悪戯っぽく笑う。その向こうで星が一つ流れた。心が、過去へ立ち戻る。一瞬で何処かで眠っていたあの頃の私が起きあがる。
「祐一を思いっきりおどかしてやりたいのっ。つきあってくれるでしょ?美汐」
「・・・ええ」
ぽたっ、と足元に雫が落ちた。その雫は積もっている雪を侵食してただの水に変える。
「・・・泣いてるの?美汐」
あまりに直接的な言葉に私はなんだか可笑しくなる。可笑しい、だけど涙は止まらない。
こんな、こんな事があるのだろうか。
『今日は、クリスマスだからな』
そうですね。年に一度の神さまの誕生日。こんなキセキも起こるのかもしれない。
ひょっとしたら一生分をここで使い果たしてしまったのかもしれない。でも、別にいい。そんなことは。
「・・・もっと、気の利いた言葉を覚えなさい」
「じゃあなんていうのよぉ〜」
そうですね、と私は呟いて涙を拭いもせずに空を見上げる。さっき流れた星はとうに見えない。涙の流れた後の頬は冷たくて、その上をまた暖かい涙が通っていく。
「・・・こういう時に言わなければならない言葉があるでしょう?」
あ、そうか、と真琴は言って自分の頭をこつんと小突いた。一歩下がって居住まいを正す。そして――――微笑む。
「ただいまっ!美汐っ!」
私は、真琴を抱きしめた。私の腕の中で真琴が目を閉じる。その閉じた瞳から涙がこぼれる。私の涙は目から頬、頬から顎を伝い、真琴の頬に落ちた。
二つの涙は混ざり合って、地面に落ち、足元の雪を溶かしていく。足元の雪と、降り積もった悲しみとを。
真琴の重さを体全体で感じながら、私はどうやって相沢さんを驚かしてやろうかと考えていた。
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やっと書けました。つかれたぁ〜。
コメント書いてください。
お願いします。
それでは。