『卒業』〜第二話
 

 こんばんわ。詐欺師です。
 このSSは、No.16421、No.16826の続きです。
 あゆのBadEnd後のストーリーとなります。
 それでは、どうぞ。

 
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 空が高く、高く見える
 それは冷たい冬の空気のせいではなくて
 凍てつくような寒さのせいでもなくて
 ただ、あまりにも蒼いから
 手を伸ばしても、決して届かない場所だと知っているから
 だからきっと、こんなに悲しくて
 切なくて
 やりきれない思いを
 行き場のない思いを
 ただ、深く抱きしめるしかない
 
 
 

     『卒業』〜第二話
 
 
 

 窓ガラスごしに、スズメの鳴き声が聞こえる。
 すこし寒そうな空気。それでも、いい天気であることに変わりはない。
絶好のデート日和だと、あゆも喜ぶだろうか。
 ……それとも……
 

 
 その日は、いつもよりちょっとだけ早く起きて
 ちょっとだけ朝も少なめに食べて
 静かに、家を出た
 
 

「あ、祐一君!」
 うれしそうに駆け寄る白い羽の少女。
「今日は、早かったんだね」
 

 かすかな既視感。
  
 昨日もその前の日も、ずっとこんなことを繰り返していたような……

 しかし、それも幻。
 

「…なんだ。せっかくちょっとだけ早く家を出たのに」
「ボクはもっと早く出たもん」
 ちょっとだけ、じゃ勝てないよと、うれしそうに笑う。
「じゃあ、もっともっと早く出ればよかったな」
「そしたら、ボクはもっともっともっと早く出るもん」
 

 二ヶ月の隙間なんか、あってないようなものだった。
 だって俺たちは、七年間の空白すら埋めて見せたのだから。
 違和感は、なかった。
 変わっていたのは季節だけで、空気は何も変わっていなかった。

 微笑みには微笑みで
 いたずらには、ふくれた顔と優しさで

 ただのありふれた、日常の一コマ。
 だから、哀しかった。
 明日で行き場を失う、この空気もすべて含めて。 
 

「……ねえ、どこに行こっか」
「……え?」
 気がつくと、さっそくあゆは拗ねたような顔をしている。
「うぐぅ…やっぱり聞いてない…」
「いや、ちゃんと聞いてたぞ」
 とりあえず、ごまかす。
「ほんと?」
「ああ、ほんとだ」
 ウソをつくなら堂々と。
 いじけて横を向いていた顔が、パッと笑顔に変わる。
「じゃあ、どこに行こっか?」
 …………。
 バカだ。こいつは。
 本物の大バカだ。
 それこそ、この世界で一番の……
「……とりあえずは、商店街か」
「うんっ!」
 うれしそうに、腕をからめてくるあゆ。

「…おい、もうちょっと離れろ…」
「いいんだよっ。これくらいで」

 そんなバカを引きずりながら思った。
 こんな大バカと付き合うには、こっちもバカじゃなきゃダメだな、と。
 だから今日は、考えるのをやめる。
 逃げと思われても構わない。
 この瞬間だけは、ただあゆのことだけを考えていたい。
 何よりあゆが、それを望んでいるのだから……
 
 
 
 

 ひとときの迷いのわけは、純粋だったから
 春の風は強すぎて、花を散らせることしかできなくて
 だから、後悔すらも純粋で
 悔やみきることさえできない
 
 
 
 
 

 それは、たとえば朝の風景。
 駅に向かう人の波に、逆らうように歩いて
 まだシャッターの開いていない店などを、なんともなしに眺めながら
 いつもの屋台で、いつものたい焼きを食べる。

「お、あゆちゃん。久しぶり」
「あはは…今日はちゃんとお金あるよ」
「それが当たり前だ」
「…うぐぅ…」
「彼氏かい? いいこと言うねえ」

 真っ赤になって俯くあゆに、屋台の親父が楽しそうに笑いかける。
 そんな仕草にあきれる俺も、きっと顔の火照りは隠せない。

「照れるな、バカ」
「うぐぅ〜。祐一君がバカって言った…」
「子供か、おまえは」
「うぐぅ〜。今度は子供って…」
「はっはっは。悪い彼氏だなあ」
「いや、その……」
「だから照れるなって……」
 
 

 それは、たとえば昼の風景。
 人気のない公園で
 緑の上に寝転がって
 遠くから響いてくる、子供たちの歓声を聞きながら
 ただ、高い空を見ていた。

「ねえ祐一君、お腹すかない?」
「まあ……少しな」
「それならねぇ……えっと……あ、あった」
「……おい、まさか……」
「じゃん!ボクの手作りのおべんとお!」
「さあて、昼は俺のおごりでいいや」
「……うぐぅ……」
「…冗談だって。だから泣くな」  
  
 いつものように、軽くからかって
 そんな自分が少しイヤになって
 でも、あゆの笑顔がそんなことすら忘れさせて

「…ちょっとうまくなったか?」
「ほんと!?」
「いや、冗談」
「……うぐぅ……」
「いやいや、ほんとにうまくなってる」
「……ほんと?」
「ちょっとだけだけどな」
「……うぐぅ」
 
 

 それは、たとえば夕暮れの風景。
 すっかり姿を変えた商店街で、おんなじたい焼きを食べて
 人の流れに立ち止まって、沈み行く夕日を見つめて
 今日の終わりを、痛感する。

「……ねえ、祐一君」
「…ん?」
「…行きたいところが…あるんだ…」 
 
 
 

「夕日が…沈む前に……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ここは……」
 あゆに導かれて、辿り着いた場所。
 街から遠く離れた、森の中。
 いまだ雪の残る木々の狭間に、それはあった。
 大きな、大きな切り株。
何かの聖地のようでもある、小さな広場。

 あゆが、姿を消した場所。

「……覚えてる?」
 不意に、あゆが口を開く。
 ここに着くまで、ずっと閉じられていた唇。
 その右手は、ずっと切り株に預けられている。
 いとおしそうな眼差し。
 遥か遠くの記憶を撫でるような、優しい手のひら。
「俺は……」
 あゆが何を聞いているか、どんな言葉を求めているか
 ……いや、いつの記憶を求めているか、俺にはわからなかった。

 二ヶ月前のことではない。
 それはきっと、七年前の冬のこと。

 ……ここは……

 蘇りかけた、記憶の断片。
 夢のかけら。 
でも、手を伸ばすほどそれは遠ざかって…
 はっきりした形も得られないまま……

「そう…だよね」
 そんな言葉が、俺の思考を途切れさせる。
 自嘲的な微笑み。
 何かをあきらめたような……
 あきらめきれないような……

 そんな風景が、ただ赤い。
 夕日はまだ、沈んでいない。

 そんな赤に、俺は何かを…… 
 

「祐一君」
 
 

 何度目ともしれない、呼びかけ。
 それもきっと、もう数えるほどしか聞くことはできなくて……
 
 

「ひとつだけお願い……いいかな?」
 
 
 

 俺は、答えることができなかった。

「ダメ……かな?」

 俺は大きく首を振る。だが声が出てこない。
 たったひとつの言葉。
 『お願い』
 その言葉が、なぜだか無性に重くて…

「お願い、じゃ、なくていい」

 必死の思いで、振り絞った言葉。
 不思議そうなあゆ。

「約束しよう。それでいいだろ」

 
「…うん。じゃあ…」

「…明日の夕方、ここで」

「…わかった」

「…うん」
 

「…約束、だよ」
 
 

 そう言って、笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 夢だけが、真実を知っていた。
 俺が捨てたものを、ずっと、ずっと守り通してきた。
 それはきっと、明日のために。
 もうすぐ来る、今日のために。
 
 
 
 

        『それなら、明日の朝は、学校で待ってるよ』
 
 

          『…また…ボクと遊んでくれる…?』
 
 
 
 
 
 

           『残りのひとつは、未来の自分…』
 
 
 

          『もしかしたら、他の誰かのために…』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 赤いカチューシャも
 天使の人形も
 二人だけの学校も
 そして…

 あゆ自身も…
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 目が覚めたとき、すでに時計の針は正午を回っていた。
 今日も、いい天気だった。
 でも、俺は……

 ガンッ!

 思いっきり、壁を殴る。
 だが、どうにもならない。
 痛いのは拳だけ。心には届かない。 

 時は残酷だ、という。
 だが、真実はそれ以上に過酷だ。
 
 許せなかったのは真実ではない。
 あの日吹いた風でもない。
 すべてを忘れて、ぬくぬくと生きていた自分が……

「……くそっ……!」

二ヶ月前、そして今、どうしてあゆが俺の前に現れたのか。そんなことはどうでもいい。
 本当に大事なのは……
 許せないのは……

「……俺は……」

 冬の日、俺の前から消えたあゆの思いを…
 この二日間の、あゆの思いを…

 俺は…踏みにじっていたに等しい…
 
 
 

「……あゆ……」
 
 
 
 

 最後の扉が、開いた。
 もう、戻ることはできない。
 立ち止まることも、許されない。
 もう、二度と。
 
 
 

 約束の時間が、近づいていた。
  
 『学校で』

 それは、七年前の言葉。
 それが、今に届いた。
 

                                 <つづく>

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 あらためまして。詐欺師です。
 これでやっと本編に追いつきました。
 次は、ラストシーン。
 お別れです。

 でも…このシリーズ…
 文章になってないですよねぇ(^^;

 P.S.釧路に行ってきます。
   最高気温はたぶん、20℃切ってるでしょう(^^;
 

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