『卒業』〜第三話
 

 こんばんわ。詐欺師です。
 遅れに遅れた『卒業』ラストシーン。いよいよできました。
 バラッバラです(^^;
 祐一の「思い」が先行しすぎて、読みずらい点も多いと思います。
 苦情ももちろん受け付けますので、どんどん文句を言って下さい。
 ちなみにこのシリーズ、No.16421、No.16836、No.17010の続きです。
 それでは、スタートです。
 
 

 ――――――――――−―――――――――――――――−―――――――――
 

 
 想い出はいつも白かった
 透きとおるほどに憧れて
 大事なものを見つけた気がした
 でも、それはとても汚れやすくて
 涙でさえ、汚れてしまって
 どんな色にでも変わってしまうから
 だから僕は、雪の中に隠した
 見つからないように
 汚されないように
 だけど僕は
 どこに隠したのかわからなくなって
 隠したことさえ、忘れてしまった 
 
 
 

     『卒業』〜第三話
 
 
 

「うわっ!」
 足元を襲う違和感に、思わず声を上げる。だがその時はもう遅い。

 べちゃっ!

 濡れた音。
「うーわーっ……」
 立ち上がって、胸元を見つめる。
 べちょべちょだ。
 袋の中の荷物が無事だったのが、唯一の救いか。
 犯人は、溶けかかった雪。
 転ばせたのも、濡らしたのも。
「失敗したなぁ…」
 同じくべちょべちょのスニーカー。
 雪道を歩くには、不向きなことこの上ない。
 家を出るときは、気にもとめなかったこと。
「…仕方ないか」
 一度帰る時間も惜しい。
 今日で、最後なのだから。
 あゆと会えるのも。
 学校でしか、会うことのできない友達だから。

 そして、今日は…
 
 
 
 

 林を抜けると、開けた場所
 その真ん中に、大きな切り株
 周りじゅうの養分を吸って
 でも、切られてしまった大木
 俺たちの
 たった二人だけの学校
 
 
 
 

「遅刻だよっ」
 あゆの声。
 切り株に、ちょこんと座ったまま。
「いや、悪い。なにしろこれでさ」
 言って、自分の胸元を指差す。
「うわー、真っ黒…」
 そして、笑う。
「祐一君、かっこわるい」
「ほっとけ」

 ころころと、転がるように。
 鈴のように。
 
「でもな、こいつは死守したぞ」
「なに?」 
 俺は袋をゴソゴソとまさぐる。
 興味津々のあゆの眼差しが、俺の手にした「獲物」を見るなり歓喜のそれに変わる。
「たい焼きっ!」
 声を上げるあゆ。
 憂いの色は見えない。
 それが、少しだけうれしくて。
 少しだけ寂しくて。

「卒業…祝いだ」

 あゆの動きが止まる。
 その時俺は、どんな顔をしていたのだろう。

「わかって…くれたんだ」

 その声は震えていたのか。
 それとも風に流れただけか。

「…ごめんな」

 顔を伏せたまま、あゆが大きく首を振る。
 気の利かない台詞。
 多分、あゆが最も、聞きたくなかった言葉。

「…ごめんな。あゆ。本当に…」

 滑稽な風景だった。
 一定の距離を置いて。
 片方は、たいやきの包みを抱いて。
 もう片方は、ただ黙って首を振る。
 滑稽だ。
 そして、哀れだ。

「…祐一君」

 俺の言葉の合間を縫って、あゆが顔を上げる。
 笑顔で。
 
「…今日は、卒業式…だよ」

 だから…

 …だから?

「卒業式はね、みんな笑ってるんだよ」

 きっとね。

 最後は、小声。

 恥ずかしそうに。うれしそうに。

 …そうか…

 あゆにとって、これは最初の…

 そして、最後の…

「…祐一君、座ろ」
 
 
 
 
 

 その卒業式は、何もなかった。
 先生の挨拶も
 生徒の挨拶も
 卒業証書の授与も
 入場も、退場も。
 ただ、二人で並んで座って
 少し冷たくなってしまったたい焼きを
 ゆっくりと
 少しでも長く
 時間をかけて食べた。
 ただ、それだけだった。
 俺たちの、二人だけの学校。
 二人だけの卒業式。

 旅立ちと、別れの儀式。
 
 

 そして、陽が傾き始める。
 
 
 
 

「…なあ、あゆ」

「なあに?」

「もう…ダメなのか?」
 

 何が、と俺は言わなかった。
 何が?と少女も聞かなかった。
 ただ一度、何かを堪えるように俯いて…
 そして、頷く。
 小さく。でも、確かに。
 

「そう…か」

 間抜けな問いだ。
 間抜けな答えだ。
 ただ、自分のことしか考えなくて
 結果、傷つけただけにすぎない。
 
 
 
 

 もうすぐ、陽が落ちる。

 永遠の別れに向かって。

 残酷な夕日が、もうすぐ…
 
 
 
 

「なあ、あゆ…」

 二度目の呼びかけ。
 もうわかっている。
 自分の無力さ。情けなさ。そして、残酷。
 自分だけが、ただ大事だったこと。
 そして、今また…
 
「どうして…笑っていられるんだ?」

「もうすぐ消えてしまうのに…俺の前からいなくなってしまうのに…」

「どうして…まだ笑ってられるんだ?」
 

 血を吐くような言葉。
 あゆの胸に突き刺さる、呪いの言葉。
 それでも、言わずにはいられなかった。
 ただ見ているなんて、できない。
 その言葉が毒になってしまっても。
 俺は結局、自分勝手な人間だから。
 

「…ボクにも…自分でもわからないよ」

 少しの間。ほんの少しの。
 きっと、あゆの強さが作り出した、そんな隙間。

「…でもね、祐一君。これだけは言えるんだ」
 

 何かを、感じた。
 顔を上げる。
 あゆが、俺を見ていた。
 透き通るような世界で
 ただ俺だけを。
 

「ボクは君に逢えてよかった」

「祐一君に逢えてよかった」

「だからボクは笑っていられるんだよ」

「哀しくても…つらくても…」

「それでも…ボクは今、笑っていられるんだ」
 

 それが強がりなら哀しかった。
 泣き顔さえ見せられない、自分という存在が。
 でも、違った。
 

「それに…ボクは、祐一君の笑顔が好きだから」

「祐一君の笑顔を見ていたいから」

「だから、ボクも泣かない」

「ボクが泣いたら、きっと祐一君も泣いちゃうから」
 

 一言一言、まるで自分に言い聞かせるように。
 そう言った笑顔は、何か確かなものに満ちている。
 強すぎる優しさ。
 優しすぎる強さ。
 どちらもきっと、俺にはない。
 強くありつづけることなど。
 俺にできるのは、ただ…
 

「俺は…泣かないかもしれないぞ」

「そうかな?」

「そうだ」

「…そうだね。だって祐一君、いじわるだもん」
 

 笑みが少しだけ、弱くなる。
 その弱さがうれしかった。
 そんな自分への嫌悪とともに。
 でも、うれしかった。
 うれしかったんだ。
 
 
 
 

 夕日が落ちた後、まだ残っている赤がある
 去ってしまった人の残り香のように
 山の端まで走って行って、夕日をもう一度ひっぱり上げたい
 でも、きっとまたすぐに落ちてしまうね
 じっと待っていれば、また日は昇るのに
 でも、また落ちてしまうけど
 
 
 
 

 木々の隙間から差し込む光が、だんだんと弱くなる。
 どこからか闇が押し寄せてきて、あっという間に世界を包みこむ。
 二人だけの世界を。

 そして、赤が消える。

 血の色。

 雪の色。

 最後の紅。
 
 
 
 

「…ねえ、祐一君」

「…ん?」

「一つだけ、お願い聞いてくれる?」
 
 

 『お願い』
 
 

 何故か、心の襞にひっかかった言葉。
 今なら、わかる。
 その意味。
 その重さ。
 
背中のリュックで、人形が揺れる。

 あと一つ。
 
 あと、たった一つ。

 俺に残されたのは、ただそれしか…
 

「一つといわず、いくらでも聞いてやる」
 

 声が揺れる。
 風のせいじゃない。
 

「いくらでも…いつまでも…」
 

 悔しいんだ。
 わかっていたはずなのに。
 わかりきっていたはずなのに。
 それでも、やっぱり許せないんだ。
 どうしようもなく。
 

「……祐一君……」

「ずっと……叶えて、やるから……」
 

 それはきっと、俺の願い。
 でもそれは、同じ過ちを繰り返しているだけで…
 あゆを苦しめているだけで… 
 結局、俺のやっていることは…
 

「……ダメだよ、祐一君」
 

 あゆの声。
 大好きな人の声。
 どこか遠くから響くような、切ない…
 

「お願いの数を増やす、ってお願いは、ダメなんだよ」

「だから、あと一つだけ」
 

 遠ざかっていく想い。
 薄れていく境界。
 いやだ。
 …いやだ…

 その言葉も、もう届かない場所にいる。
 
 
 
 

「ボクからの、最後のお願い…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

          『ボクの、願いは…』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 風が、吹いた。

 強い風。

 あの時と同じ風。

 あの時と同じように、雪を巻き上げて。

 闇の中に落ちて行く白。

 降りしきる雪は、静かに俺を包んで――

 すべての音を、想いを、一身に受けて、

 溶けて、消えてゆく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「なあ、あゆ」

「…なに?」

「生きていくのって…つらいことばかりだな」

「そう?」

「ボクは…いいことばかりだったよ」

「ただ…ほんのちょっと、哀しかっただけ」

「…そうか?」

「うん」

「…そうかもな」

「…うん」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 そして、日は暮れて
 俺は、冷たい雪の上で
 ただ一つ残された、天使の人形を抱いて
 七年前と同じ白の中で
 七年前と同じ少女の笑顔を胸に抱いて 
 ただ…

 …ただ…
 
 

       『…祐一君』
 
 

………………ただ……
 
 

   『自分の想い出を、愛してあげてね』
 
 

    『そして自分を、愛してあげてね』
 
 

      『…それが、ボクの…』
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 決して溶けない雪がある
 決して消えない想いがある
 紅い雪
 紅い想い
 僕はそれを抱きしめた
 手袋もはめず、小さな両手で
 雪はまだ冷たかった
 想いはまだ温かかった
 僕の涙も、まだ、流れる
 

   <終章へ>

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 あらためまして。詐欺師です。
 えー、詳しいことは、終章で(^^;
 

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