ハッピーエンドじゃ終わらない  −あゆ−
 
 

(注1) あゆEND後の話です。
   
(注2) あゆ、名雪のネタばれあります。
 
 

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「祐一さん、今朝のニュースで言っていたんですけど、知ってますか?」

「昔、この街に立っていた大きな木のこと」

「昔…その木に登って遊んでいた子供が落ちて…」

「同じような事故が起きるといけないからって、切られたんですけど…」

「その時に、木の上から落ちた女の子…」

「7年間戻らなかった意識が、今朝戻ったって…」

「その女の子の名前が、たしか…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

この街で…
 
 
 
 

赤く染まった雪と共に凍り付いてしまった時間は…
 
 
 
 

7年たった今…
 
 
 
 

春の雪解けと共に動き出した…
 
 
 
 
 
 
 
 

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「裕一君、今日は楽しかったよ♪」
「そうか?俺はそれほどでも…」
軽い冗談のつもりだったが、ふとあゆの方を見ると、涙目で見つめていた。
「ばか…冗談だよ」
あゆの頭を撫でながら謝った。
「うぐぅ…裕一君、いじわるなところは全然変わらないね」
「あゆを好きなところだって変わっていないぞ」
「……」
「……」
言ってから後悔した。
二人とも、真っ赤な顔でうつむいて、何も言えなくなってしまった。
 

「じ、じゃあ、ボクそろそろ塾の時間だから…」
「そ、そうかじゃあな、また明日」
 
 
 

あゆは、今、塾に通っている。
来年、一緒の大学に通いたい。
と言って、7年分の勉強を今年1年で取り戻すと張り切っている。
実際、あゆは驚くほど早く知識を吸収している。
半年で、中学までの勉強は全て覚えてしまった。
「いままでの思い出がない分、大学で一緒の思い出を一杯作ろうね」
と、毎日のように言っている。
 
 

「これで、あゆが受かって、俺が落ちたらシャレにならないよな…」
 
 
 

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あゆと別れた後は、まっすぐ家に帰ってきた。
服を着替え終わったところで、ベランダから名雪の声がする。
 

「どうした?名雪」
「猫が…木から下りられなくなっちゃったみたいで…」
名雪が指差す方を見ると、ベランダから1mほど離れている木に子猫がいた。
「どうしよう…」
「よし…俺がなんとか…」
と、ベランダから身を乗り出そうとして気がついた。

……俺は高所恐怖症だった…

「う…」
「裕一は無理しないで、高いところ駄目なんだから」
「……」

自分が情けなかった。
猫一匹助けられない自分が…
 
 

「名雪…下から助けた方がいいんじゃないか?危ないぞ」
「大丈夫だよ…前にも、洗濯物が飛んじゃったときこうやって取ったことがあったし…」
 
 
 
 
 

でも、俺は忘れていた…
今度は洗濯物じゃなくて、
猫だということを……
 
 
 
 

「ほら〜猫さん、こっちおいで〜…そうそう、いい子……ぐすっ」
猫が名雪の腕の中にきたとたん、名雪のアレルギーが出てしまった。

「ぐす、あ……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

一瞬の出来事だった。
 
 
 
 
 
 

目の前の名雪の姿が消え…
 
 
 
 
 
 

ドスンという鈍い音だけが聞こえた。
 
 
 
 
 
 

「名雪ーーーーっ!!!」
 
 
 
 
 
 

急いで庭に出た俺の目に入ったのは…
 
 
 
 
 
 

猫を抱いたまま倒れている名雪の姿。
 
 
 
 
 
 
 
 

「おいっ、名雪、大丈夫か?しっかりしろ」
「…裕一……猫は?…」
「無事だ、ここにいるぞ」
「な〜」
「あは…よかった、無事で…」

弱々しい笑顔が、ふいに7年前のあゆのものと重なった。

「待ってろ、今、救急車呼ぶから」
「恥ずかしいな…木から落ちて…救急車呼ばれるなんて…」
「ばか…そんな事言ってる場合か」
 
 
 
 
 
 

「……ねえ裕一……あゆちゃんの事…全部…思い出したんだよね?………」
「今連絡したから、黙って待ってろ」
遠くから、救急車のサイレンの音が聞こえる。
「…じゃ……雪ウサギの事も…覚えてる?」
「え?」
「私…今でも…裕一の事……」

  ふと、目の前に、雪ウサギを持って立っている小さな女の子の姿が浮かんだ。

「あは…ごめんね……今の裕一には…あゆちゃんが……いるもんね…」
「名雪…」
「…今の…忘れてね…………裕一…私ちょっと疲れたから…少し寝るね…」
「寝るな、名雪っ!」
「じゃあ……おやすみ…」
 
 
 
 
 
 

そう言って、名雪は目を閉じた。
 
 
 
 
 
 

「名雪ーーーーーっ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「くー」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「はい?」
 
 

こいつ…ホントに寝てやがる。

ほっとして座り込んだところで、救急車が到着した。
 
 
 

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「多少の打撲はありますが、骨にも折れていないし、脳波にも特に異常はないようですね。
 でも一応、念のため2.3日入院して様子を見ましょうか」
「ありがとうございます」

目の前で先生と秋子さんが話をしている。
 
 
 
 

でも俺は…

雪ウサギ。
今まで、思い出さなかった記憶。

名雪との7年ぶりの再会。
あゆとの7年ぶりの再会。

あゆと俺が付き合い始めた時、
名雪はどんな思いをしていたか考えたことがあったか?

そんな事ばかり考えていた。
 
 
 
 
 

コンコン
「名雪、入るわよ」
「お母さん?うん、いいよ」
 
 

「どう、具合は?」
「うん、ちょっと打ったとこが痛いけど、あとは平気」
「いつも、寝ぼけて階段から落ちることで鍛えているからな」
 
 

冗談を言った俺を、不思議そうに名雪が見つめる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「お母さん……この人誰?」
 
 
 
 
 

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「一時的なものだと思います。事故の後など、たまにこういうことがあるんですが、
 大半は、時間の経過とともに記憶が戻ってきます」
「でも、事故の直後は、ちゃんと俺の事覚えてましたよ…」
「もしかしたら、心因的な物かもしれませんが、いずれにせよ、一週間から一ヶ月くらいで
 ほとんどの人は直ってますよ」
「…しかし、俺の記憶だけなくなるなんて…そんなことあるんですか?」
「まあ、『忘れたい』と思うような事があったとか、そういう時になる場合が多いですね。
 この病院でも、7、8年ほど前、『友達が事故にあったこと』を記憶から消してしまった
 男の子が連れて来られたことがありましたよ」
「……」
 
 

医者の言葉は、何の慰めにもならなかった。

記憶は戻る。
でも、一分後か、一週間後か、一年後か、それとも…
それは俺自身が身を持って経験したことだ。
 
 

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コンコン
「は〜い」
「裕一だけど…入っていいか?」
「え…う、うん…どうぞ」
 

俺と先生が話している間、秋子さんが俺の事を話してくれていたので、俺の『情報』だけは
名雪も理解したらしい。
 
 
 

「ごめんな、俺が、高いとこが駄目なばっかりに…」
名雪を見ると、どこか怯えているような、緊張しているような表情をしていた。
「ううん、きっと私が裕一君の言う事を聞かなかったのが悪いんだよ」
 
 
 

裕一……『君』?
 
 
 

ぽかんとしている俺を、名雪は不思議に思ったらしい。

「どうしたの裕一君?」
「い、いや…君付けで呼ばれるのは、小さい頃、あったばかりの時以来だったから、
 …びっくりして……」
「そうなんだ…ごめんね…でも……知らない人を呼び捨てなんて、私できなくて…」

『知らない人』……名雪からこんな言葉を聞くなんて、夢にも思わなかった。
胸の奥がずきんと痛んだような気がした。

「まあ、俺の事はそのうち思い出すだろうから、今は体を直す事だけ考えていろよ」
「うん……でも、本当に打ったとこが少し痛いだけであとは何ともないから大丈夫、だよ」
「そうやって、油断してるのが怖いんだぞ」
「う〜裕一君のいじわる〜」
「冗談だよ。先生も、念のため様子を見るだけだって言ってたし。
 退院したら、香里やあゆも呼んで、盛大なパーティーを開こうぜ」
「あゆ?」
「ああ…俺と付き合ってる子だ。名雪も仲が良かった…」

そこまで言って気がついた。
あゆの事も覚えてない?

「香里は覚えてるか?」
「うん、親友だもん」
「そうか…」
 
 

その後、一時間ほど話をした。
俺とあゆ以外の事は、大体覚えているようだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

それより、俺は名雪と話している時、どきどきしていることが気になった。
はじめは、顔が名雪だったから意識していなかったけど…
話をするとまるで初対面の子と話をしているようだった。

話し方はあまり変わっていない。
表情もいつもの名雪だ。
でも、名雪の、俺に対する記憶がリセットされただけで、まるで別人のようだった。
 
 

「じゃあ、明日も様子を見に来るから」
「うん、じゃあ裕一君、さようなら」
 
 

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その夜、俺はあゆに電話で今日の出来事を伝えた。

「えっ?名雪さんが木から落ちた…」
「ああ、でも大丈夫だ、骨折とかもしてないし、意識もはっきりしている。
 ちょっと体を打ったけど、明日にも退院すると思う」
「そう…よかった」
「ただ…」
 
 
 
 

「え?記憶喪失?」
「ああ、俺とあゆの記憶だけな…」
「なんで?他の人は覚えているのに?」
「……俺に分かるわけないだろ…それに、そういった場合、しばらくすれば記憶が戻る
 事が多いそうだ」
「そうなの?早く名雪さんの記憶が戻るといいね」
「ああ…」
 
 
 

「じゃあ、明日塾が終わったら見舞いに行くから、それまで名雪さんの病室にいてね」
「ああ、6時くらいだな」
「うん」
「分かった、じゃあおやすみ」
「おやすみ、祐一君」
 
 
 
 
 

(俺と名雪との7年前の話…あゆに話す必要は無いよな…)

電話を切った後、俺はベッドでそんな事を考えていた。
 
 
 

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その夜、俺は夢を見た。
 
 

ベンチに座って、誰かを待っている夢だ。
 
 

どのくらい待ったのだろう…
 
 

何年も待っているような気分だ。
 
 
 
 
 
 
 
 

「祐一君!」
 
 

背後から名前を呼ばれて振り返る。
 
 

その振り返った先にいる人は…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

『朝〜朝だよ〜』

目覚ましの声で目が覚めた。

『朝ご飯食べて学校に…』
バンッ!
ちょっと乱暴に目覚ましを止める。
 
 
 
 

「いつもの俺とあゆじゃないか…
 たまに俺が時間通りにいくと、あゆが遅れてきて…
 ビックリさせようと後ろから声をかけてきて…」
 
 
 

振り返った先に居たのは、間違い無くあゆのはずだ。
でも、目覚ましに起こされた俺は、その姿を見れなかったことに苛立ちを感じていた。

「大体、俺の周りには、俺を『祐一君』なんて呼ぶ奴なんて、あゆしか…」
 
 

  『祐一君』

ふいに、脳裏に俺を君付けで呼ぶ、いとこの顔が浮かんだ。
 
 

「…あゆしか……いないじゃないか…」
 
 

まだ寝ぼけている頭を2、3回軽く振って、俺はリビングへ向かった。
 
 
 

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コンコン
「祐一だけど」
「はい、どうぞ〜」
 
 
 

「…で、香里は、
  『あの頑丈な名雪が入院するなんて…珍しいからカメラでも持っていこうかしら』
 って言ってたぞ」
「う〜香里酷いよ〜」
「一応、見舞いには来なくていいぞって言っておいたぞ。どうせ明日にも退院するし」
「うん、祐一君、ありがとうね」
 
 

君付けで俺を呼ぶ、名雪の声…
夢の中の声は名雪の声じゃなかったのか…
 
 

「どうしたの?祐一君?」

名雪の声で我に返った。
「いや、なんでもない」
「そう?ぼ〜としてたよ?」
「ホントになんでもないって…あ、それより、今日あゆも見舞いに来るって」
「…あゆさん…って、祐一君の彼女の?」
「ああ…塾が終わったら来るそうだ」
「…そう……」
 
 
 

あゆの事を言ったとたん、何故か気まずい雰囲気になる。
ふと、周りを見渡すと、秋子さんが持ってきたのか、りんごがいくつか置いてあった。

「りんごでもむいてやるよ」
「あ、祐一君、私がやるよ」
「いいから、病人は静かに寝てる」
「…うん」
 
 
 

「食べる所があんまり無いよ〜」
「じゃあ、むいた方を食うか?こっちの方が身が多いし、皮の部分はガンの予防に
 なるかも知れないぞ」
「う〜やっぱり私がやればよかったよ〜」
「ごめん…こういう事は、あまりやった事ないんだ。名雪がいつもやってくれてたから…」
「え?…ううん、祐一君がやってくれただけでうれしい…ありがとうね」

シャリシャリ

名雪が、むいた皮の部分より小さい身の部分を食べている…

「うん、おいしいよ♪」
 
 
 
 

俺は不覚にも、顔が赤くなってしまった。
 
 
 
 
 
 

その後、しばらくは、昔の事を話した。
名雪も微笑みながら、その話を聞いていた。
 
 
 
 

************************************
 
 

「そういえば、あゆ遅いな」
時計を見ると、6時半。
居残りでもさせられているんだろうか?

「…あゆさん?」
「ああ、6時には来るって言ってたんだけど・・・居残りでもさせられてるのかな?」
「…心配?」
「まあな…」
「優しいね…祐一君は」
「そんなんじゃないよ…」
「優しすぎるよ……祐一君は……」
「名雪?」
「…私、あゆさんより先に祐一君と出会いたかったな…」
「………………………何言ってるんだ…出会ったのはお前の方が先だぞ」
「あ、そうか…だったら……私ってよっぽど勇気が無い娘だったんだね…」
「……」
「ごめん、変な事言っちゃって…今の忘れて…」
「名雪…お前…」
「え?」
名雪の瞳から、涙が流れていた。
「あ、あれ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

気がついたとき、俺は名雪を抱きしめていた。
 
 
 

「祐一…君?」
 
 

「名雪…」
そう呟いたとき、ふと思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

俺が今抱きしめているのは、名雪なのか?

(名雪じゃない。名雪の姿をしているが、昨日始めて会った子じゃないか)
 
 
 
 
 
 
 
 

俺は、名雪じゃなくて、あゆを選んだんじゃなかったのか?

(選んだんじゃない。名雪の気持ちには気付かない振りをしていただけだ)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

…俺は、何をしているんだ?

(分からないのか?…やっと思い出したんだよ…昔の事を全て……
 名雪と初めて会った事を…名雪といると楽しかった事を…名雪を好きになった事を……)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

名雪は目を瞑っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

俺も、顔を近づけながら、目を瞑る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

閉じたまぶたの裏にあゆの姿が映る。
でも、もう止める事は俺には出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

どのくらいの時間が経ったのか…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

名雪の柔らかな唇から離れた時…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「「祐一君…」」

二人の女性の声が重なった…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

振り向くと、部屋の入り口に、あゆが立っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

< END >

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どうも、と〜いです。

『ハッピーエンドじゃ終わらない』シリーズ 第2弾 あゆ編です。
なんか、あゆがかわいそうな気が…あゆEND後の話のはずなのに(^^;
まあ、そういうシリーズなんですが(笑)
 

途中まで展開が『ZERO』とほとんど同じだ(笑)
創造力ないのがバレバレ。
でも、その方が痛いSSと勘違いして読んでくれるかも(爆)

…痛い部類に入りませんよね?このSS。
一応、この後の展開は、ハッピーエンドに向かう『はず』です。
書きませんが… <ぉぃ
 
 
 

一応、前回も書きましたが…

 『一話完結です。続きません。』
 

…石が飛んできそうだな、この終わり方じゃあ(笑)
 
 

この物語の続きを作るのは、あなたです。
……って言うのはダメ?(爆)
 
 
 

BGM: シャラララ   (ブリーフ&トランクス/僕らのエキス より)
何故かシリアスのときだけ付くBGM(笑)
『青のり』歌ってる人っていえば知ってる人は知ってるかも。
このアルバム中唯一のまともな歌(笑)。
でも好きです。なんか懐かしいような寂しいような歌で。

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