第二回ヒロイン争奪戦
 
 
 
 
 
 
 

「はぁ〜・・・」
俺はあゆから渡された紙を見て、頭を抱えながらため息をついた。
「どうしたの、祐一くん・・・」
あゆは俺の苦悩などまるで理解する様子もなく、気楽そうに聞いてくる。
「・・・考えてもみろ、あの4人がメインヒロインの座をかけて俺を狙ってくるんだぞ」
「よかったね、もてもてだよ」
「そういう問題じゃないっ!」
「え?」
「はぁ・・・もういい。それより・・・お前も一応メインヒロインだと思うので一つ聞きたいんだが・・・」
「うぐぅ・・・一応じゃなくてちゃんとしたメインヒロインだよ・・・」
「メインヒロインになると・・・やっぱり違うのか?」
「え・・・うん、全然違うよ。メインヒロインになると一枚もののCGがつくし、立ち絵も多いし、
グッズになった時も、ポスターに使われるとか、トレカでも絵が多いとか・・・他にもいろいろあるけど・・・
やっぱり一番大きいのは自分のシナリオがつくって事かな」
「・・・・・・そっか・・・」
「逆にいうと、自分のシナリオがあるおかげで扱いが全然かわったものになるんだよ」
「そうか・・・・・・」
それじゃあやっぱりあれだけむきにもなるよな・・・・・・
「はぁ・・・なぁ、あゆ。あの4人を何とか静める方法はないか」
「どうして?せっかくもてもてなのに」
「いくらもてても、これじゃあ命がいくつあっても足りない」
「・・・そっか・・・それも・・・そうだね。みんな凄く必死だもんね・・・」
「ああ・・・もてる男は辛い、とはよく言ったもんだよ」

「ふざけるなぁっ! 相沢!!」

突然、大きな声が静かな森に響き渡った。
俺とあゆが驚いて声のした方を見た。
そこには今まで見た事も無いほど、真剣な表情で北川が立っていた。

「北川・・・どうしてここに?」
「そんな事はどうでもいい!!それよりもいいか相沢!!よく聞けっ!!」
そう言いながら拳を堅く握り締める。

「もてる男がどんなに辛くても、もてない男はそれ以上に辛いんだっ!!」

後ろに炎が見えそうなほど熱く北川が語る。
「・・・そ、そうだな・・・俺が悪かったよ、北川・・・・・・」
北川のあまりの迫力に俺は素直に謝ってしまう。
「分かってくれたか、相沢」
「・・・あ、ああ・・・」
「本当にか」
「本当だとも」
「よし!・・・じゃあ俺と結ばれろ!」
「ああ、分かっ・・・って、ちょっと待て!!」
「・・・っち、気づいたか」
「なんで、お前と結ばれなきゃならんのだ!悪いが俺はそっちの気はないぞ!」
「俺だって無い・・・だが、これも全てはメインヒロインのため!!」
「お前もメインヒロインを狙ってたのか!?・・・そうまでしてメインヒロインになりたいか・・・?」
いや、そもそもお前はヒロインにはなれないんじゃないのか?
「ああ、なりたいさ・・・
相沢・・・お前は見たいとは思わないか!?俺の美麗なるCGに数多くの立ち絵!!
そして、涙なしには語れない感動の北川くんシナリオッ!!」
「見たくない」
「ボクも見たくない」
「・・・・・・」
悲しそうだった。

「第一、仮にお前のシナリオを作ったとしても、どうせこのままだと耽美系になるぞ」
「いいんだ、とりあえずそれでも・・・
もう立ち絵が一種類だったり、お前の突っ込み役で終わったりするのは嫌なんだ!
だから相沢・・・俺と結ばれてくれ・・・」
そう言いながら北川がゆっくりと俺との間合いを詰めてくる・・・
やばい・・・目がマジだ・・・
「待てっ! 北川! こんなところじゃなんだし・・・それにほら! あゆも見てるぞ!」
俺はなんとか北川を思いとどまらせようと必死になる、が・・・
「ボ、ボ、ボクのことは気にしなくていいよ!ボクは何も見てないからね!」
そう言いながらあゆが顔を真っ赤にしながら徐々に後ずさりしていく・・・
「馬鹿!こんな時に妙な気を使うなっ!!」
「2人とも・・・お幸せにねっ!!」
そういうと同時にあゆが物凄いダッシュで去っていった・・・・・・
 

「あゆ〜っ!」
俺の声が虚しく森に響きわたる。
「これで邪魔者はいなくなったな・・・・・・さあ、相沢・・・俺と契ってくれ!」
北川が更ににじり寄ってくる・・・
俺も当然後ろに下がるのだが、すぐに樹にぶつかってしまった。
「嫌だ!俺は初めての相手は女の子って決めてたんだ!!」
・・・決めるも何も普通そうだろうけど・・・
「大丈夫・・・初めての時はだれでも怖いもんだ・・・」
「・・・お前その気はないとか言いながら実はなんか凄く乗り気じゃないか!?」
「そんな事は・・・・・・たぶん・・・ない・・・」
「『たぶん』ってなんだ!」
「細かい事は気にするな!いくぞ相沢!」
「いやだぁーーー!!」

北川が今まさに俺に飛び掛かろうとした瞬間・・・・・・
 

「待ちなさい!!」

それを制止する凛とした声が響き渡る。
その声に反応して北川も動きを止めていた。
 
 

良かった・・・・・・助か・・・ってない!!

俺は途中までつきかけた安堵のため息を、声のした方向を見て暗澹のため息に変えた。
 

「北川くん・・・私達を出し抜いてメインヒロインになろうなんて・・・いい度胸してるわね」
「香里・・・」
「・・・美坂・・・」
そこには鬼でも泣いて謝るのではないかと思われる形相の美坂と、他の三人が立っていた。
「あなたにはお仕置きが必要ですね」
秋子さん・・・笑顔が怖い・・・
「覚悟はできてますね〜」
佐祐理さんも・・・笑顔が怖い・・
「自分の身分というものを教えなければいけませんね」
天野・・・無表情がやっぱり怖い・・・
「それにしても、どうしてここが分かったんですか?」
「それはですね〜・・・ついさっきそこであゆさんに会いまして・・・」
・・・まさか・・・
「なんだか私達を見て、慌てた様子でしたので聞いてみたところ・・・」
・・・・なんか嫌な予感が・・・
「たい焼き2個で祐一さんがここにいる事を教えてくれました」
・・・やっぱりか・・・・・・あゆ・・・俺の人生をたい焼き2個で売り渡すな・・・・・・・

「さあ、相沢くん。私と一緒に行きましょう」
「何を言ってるのですか?相沢さんは私と一緒にいくんですよ」
「勝手な事を言わないでください。祐一さんは私と家に帰るんですよ」
「違いますよ〜佐祐理の家へ来るんですよ〜」
 

またも4人が激しい火花を散らす・・・
あの4人の周りだけ急激に雪が融けてるように見えるのは気のせいではないだろう・・・
いったいこの4人の手からどうすれば逃げられるだろう。
そんな事を考えていると・・・

「相沢!ここは俺に任せろ!!」
北川が俺をかばうように4人の前に立ちふさがった。
「北川・・・」
「・・・心配するな。ここは俺がなんとしても食い止める。だからお前は逃げろ!」
「あはは〜凄い度胸ですね〜」
「まさかここまで身のほど知らずでしたか・・・」
「若いって・・・愚かですね」
「北川くん・・・本気で言ってるの?」
「分かってるよ・・・無謀だって事はな・・・
だがな、相沢!
俺の事は心配するな!俺もなんとしてでも生き延びる!
そして・・・もし2人とも無事で再開できたら・・・
・・・その時は・・・永遠の絆で結ばれような・・・
・・・って、もういねえぇー!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

4人の注目が北川に集まった一瞬の隙をついて俺は脱出した。

伊達に毎朝名雪と学校まで走ったり、あゆに食逃げに突き合わされてきた訳ではない。
・・・途中で後ろから断末魔の悲鳴らしきものが聞こえてきたが気にしない事にする。
前に佐祐理さんも『ひとは、ひとを犠牲にして、幸せになれる』って言ってたし。
・・・なんかちょっと違ったような気もするが・・・まあ、よしとしよう。
 
 
 
 

一通り走り抜けた所で俺はいい加減疲れて足を止めた。
なんだかんだで今日はかなりの量を走っている。
しかし、足を止めてこれからの事を考えると今度は気の方が重たくなってきた・・・
「・・・俺はこれからどうすればいいんだ・・・?」

「祐一っ」
悩む俺にやけに能天気そうな明るい声がかけられる。
「ん・・・」
顔を上げると、そこにはいとこの少女が元気な笑顔で立っていた。
「なんだ、名雪か・・・」
「丁度いい所で会えて良かったよ」
名雪が嬉しそうに近づいてくる。
「なにがだ?」
「あのね、お願いがあるんだよ」
「なんだ? お使いかなにかか?」
「うん、似たようなもんだよ」
「それで・・・なんだ?」
「お母さんと結ばれて」
「・・・・・・」
「・・・だめ?」
「じゃあな、名雪」
「わ・・・ちょっと待ってよっ」
再び走り出そうとした俺を慌てて名雪が引き止める。
「どこが買い物と似たようなものなんだ!」
「・・・似てないかな」
「全然似てないっ!」
「まあ、それでもいいよ。祐一、お母さんと結ばれてよ」
俺の突っ込みを気にする事なく名雪が話を進める。

「・・・お前は秋子さんの手のものだったのか」
「・・・人聞きが悪いよ」
「言い方を変えても一緒だ。結局は秋子さんに頼まれて俺を説得しに来たんだろ」
「それはそうだけど・・・でも、祐一にとっても悪い話じゃないと思うよ」
「そうか・・・?」
「そうだよ。もし祐一が他の人を選んだら・・・祐一、住む場所無くなっちゃうよ?」
たしかに・・・それは十二分にある・・・
「それに私がいうのも変かもしれないけど、お母さんって美人だと思うし」
「それはそうだけど・・・なにせ歳の差が・・・」
「大丈夫だよ。お母さん年齢不詳だもん」
・・・それを大丈夫といっていいのだろうか?
「・・・名雪・・・お前は俺が秋子さんと結ばれても構わないのか?」
「うん、全然構わないよ。だって私お母さんの事好きだもん」
なんの躊躇いもなく、笑顔でそう答える。
いや・・・秋子さんが好きなのは分かるが・・・少しくらい考えてくれたって・・・・・・
「ね、だからお母さんと結ばれようよ」
 

「ちょっと待ちなさいよっ!」
突然高らかに叫ぶ声が聞こえてきた。

「祐一は美汐と結ばれるのよっ!!」
そこにはいつからいたのか真琴が立っていた。
「祐一、美汐にしなよ。美汐ってとってもいい子だよ!」
そしてそのままに強引に話を進めてくる。
「美汐か・・・いい子って、たとえばどんな風に?」
「ええっとねぇ・・・さっきだって真琴に頼みごとをする時に肉まんを奢ってくれたし・・・」
「・・・それって、『買収』って言わないか?」
「あぅ〜・・・だったら・・・いい悪戯の仕方とか教えてくれるし・・・」
「・・・凄く迷惑な話だ」
「あぅ〜〜〜・・・えっとね、それならね・・・そうだ!
この間だって、友情の証だっていう、『借金の保証人』っていうのにはんこを押させてくれたし!」
「・・・真琴・・・それ・・・・・・騙されてるぞ」
「えっ?!そうなの?!」
・・・っていうか・・・悪魔か?あいつは・・・・・・

「あぅ〜・・・でもね、とにかく美汐はいい子なの!美汐がヒロインになったら凄くいい話になるよ!」
「真琴・・・黙って聞いてたら随分勝手な事ばっかり言ってるね」
「え・・・?」
その声に俺と真琴が同時に名雪の方を振り返る。
「真琴はお母さんにだって色々お世話になったでしょう」
顔は笑ったまま・・・しかし声が笑っていないままで名雪が真琴に一歩近づく。
「あぅ・・・」
「それなのにお母さんがヒロインになるのを邪魔するの?」
その声は明らかに責めるような口調であり、
こんなに敵意をむき出しにする名雪は始めてだった・・・
「あぅ〜・・・それはそうだけど・・・美汐は大事な友達だし・・・」
「一宿一飯の恩を忘れるなんて・・・所詮、狐は犬畜生にも劣るんだね」
「あぅ〜〜〜・・・」
名雪が笑顔でなかなか酷い事を言ってのける・・・
「さぁ、祐一。こんな恩知らずな子は放っておいて早くお母さんの所にいこう」
そう言って、名雪が俺の手を掴んで連れて行こうとするが・・・・・・

「・・・行かせない」

そんな俺達の目の前に第三の刺客が現れた。

「祐一、佐祐理と結ばれて」
俺達の行く手を阻むように立った舞がぽつりと呟くように言った。
「駄目だよ。もう祐一はお母さんと結ばれる事に決まったんだからね」
「何いってるのよぅ!祐一は美汐と結ばれるんだからね!」
・・・・・・時々思うんだが、俺に人権はないのか?
「祐一・・・佐祐理を見捨てるの」
舞が責めるような冷たい眼差しで俺を見る。
「見捨てるなんて・・・そんな事はないぞ・・・」
「だったら・・・佐祐理と結ばれて」
「そ、そんな勝手な事言わないでよ!」
「そうだよ!祐一はお母さんと・・・」
「ほざいてろ」
「「・・・・・・」」
舞のその冷たい言葉と視線に、2人の動きが凍り付く。
「殺す」
というか、俺自身も凍り付いている。
「祐一・・・行こう」
俺はその迫力にただ無言で首を縦に振るのがやっとだった・・・

「そうはいきません」

俺と舞の行く手を阻むようにして、更に第四の刺客が現れる。

「祐一さんはお姉ちゃんと結ばれるんです」
「・・・・・・」
舞が無言で栞を威圧する・・・が、栞はまったく気にしていないようだった。
恐らく香里からのプレッシャーで慣れているのかもしれない。
「さあ、祐一さん。私と一緒にいきましょう」
「・・・だ、駄目だよ!祐一は私と一緒にいくんだよ!」
「真琴とだよっ!」
そんな栞に触発されたのか、2人とも我に帰ってこの闘いに参戦する。

「祐一、私と一緒にいこう」
「駄目です。祐一さんはお姉ちゃんと結ばれるんです」
「お母さんとだよ〜」
「美汐とよっ!」

・・・結局メンバーが変わっただけで、四人の言い争いはなんら変わらない展開を見せていた・・・

「・・・佐祐理は優しいから・・・ヒロインにふさわしい」
「お母さんだってとっても優しいよ」
「それなら美汐だってとってもとっても優しいんだからね!」
「お姉ちゃんだって優しいです!」
「栞ちゃん・・・自分の事を無視されたのに良くそんな事が言えるね」
「う・・・な、名雪さんはお姉ちゃんの親友じゃなかったんですか!?」
「脆いものなんだね・・・女の友情って」
自分で言うな、名雪・・・

「それに・・・佐祐理は頭もいい・・・」
「それならお姉ちゃんだって頭はいいですっ!」
「お母さんはきっとIQ200ぐらいあるよ」
う〜ん・・・根拠はないがあっても不思議じゃない・・・
「み、美汐だって真琴より頭いいもん!」
・・・なんの保証にもってないぞ、真琴・・・・・・

・・・って、のんきに心の中で突っ込みをいれてる場合じゃない・・・
なんとかこの場から脱出しないと・・・・
さっきは北川が身を呈して俺を庇ってくれたから(というか犠牲にしたから)なんとか脱出できたが・・・
俺がなんとか脱出できないかと隙をうかがっていると・・・・・・
 

「ちょっと、待った!」
「相沢と結ばれるのは俺だ!」

4人に向かって叫ぶ新たな人影が2つ現れた。

「だれ?お前ら・・・」
俺はその2人を見て首をかしげる。
「貴様・・・僕の顔を忘れたというのか!?」
「俺なんかクラスメイトだぞ!!」
「すまん、さっぱり思い出せん・・・」
「いいか!生徒会長の久瀬と!」
「同じクラスの斎藤だ!」
「「どうだ!? 思い出したか!!」」
「ああ!思い出した! そう言えばいたな、前の学校に!」
「「今の学校だ!!」」
「そうだったけ? まあいいや・・・それで・・・お前らもメインヒロインを狙ってるのか・・・?」
「そうだ! なにせメインヒロインになったあかつきには、台詞と出番が貰えるらしいじゃないか!!」
「それだけじゃないぞ、斎藤!! 立ち絵とフルネームも貰えるんだ!!」
「おおっ! そいつは凄いぜっ!!」
・・・・・・なんてこころざしの低い奴らだ・・・・・・・
まあ、それならそれで構わないが・・・・・・

「久瀬、斎藤・・・俺もお前らをメインヒロインにしてやりたい気持ちは山々なんだが・・・」
俺はさも残念そうな顔をつくってそう言う。
「そうか!それなら早速・・・」
「それが・・・あの4人がそれを阻むんだ」
俺はそう言って名雪たちの方を小さく指差した。
「なんだ、そんな事か! よしっ、俺達に任せろ!」
「おう! いくぞ! 斎藤!」
高らかに叫んで久瀬と斎藤が4人に向かって突撃していく。
俺はそれとは逆方向をむいて全力で走り去る事にした・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

俺はまたも走った。

既に今日、何度目になるか分からない逃走に既に足は限界きていた・・・
ちなみに、走ってる途中で後ろから2人分の断末魔の悲鳴が聞こえてきたが気にしない事にする。
 
 

俺はすでに棒になりかけた足を引きずって、なんとか目的の場所にたどり着いた。
遠方には沈む夕日が見渡せ、眼下には隣町が見下ろせる場所。
ものみの丘だ。
よっぽどの物好きでもないかぎり、こんな所までは捜しに来ないだろう。
俺はそう楽観的に考えて、その場に腰を下ろして疲れきった足を休める事にした。
 
 

・・・だが俺の考えは甘かった。
いたのだ、よっぽどの物好きが・・・
いや・・・彼女の場合ならここを探すのはむしろ必然というべきだったのかもしれない・・・
 
 

「相沢さん」

不意に後ろから声をかけられ、俺のからだがビクッとなる。
まるでロボットのようにぎこちなく首を動かすと、そこには天野が一人で立っていた。
「あ、天野・・・」
急速に乾いた口から、絞り出すようにその名前だけを口にする。

「・・・・・・横、座ってもいいですか」
「・・・え? ・・・あ、ああ・・・」
俺は天野のしおらしい態度に戸惑いながら返事を返す。
てっきり『私と結ばれて下さい』って怒涛のごとく言ってくるものだと思っていたから・・・
「ありがとうございます」
そう言いながら静かに俺の横に腰を下ろす。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
天野が俺の隣に座ってから暫く沈黙が続いた。
不思議な事に天野は一言も口をきこうとしなかった。
俺はこの妙な沈黙にだんだん息が詰まってきた。
痺れを切らして天野に話し掛けようとした時だった。
「・・・・・・相沢さん・・・」
俺が口を開く前に天野の方から話しかけてきた。
「・・・今日はすみませんでした」
そして、天野の口から出た言葉は意外な事に謝罪の言葉だった。
「・・・・・・天野・・・?」
俺は天野の思いもかけなかった言葉に、ただ呆然と天野を見ていた・・・
「私は・・・自分のメインヒロインになりたいという欲の為だけに相沢さんを利用しようとしました・・・
・・・相沢さんの気もちも考えずに・・・・・・」
「・・・天野・・・・・・」
「こんな私に・・・メインヒロインになる資格なんてなかったんです・・・」
「・・・・・・」
その天野のしおらしい態度に、俺はすっかり言葉を無くしていた・・・

「本当に・・・すみませんでした・・・」
天野がそう言いながらうつむきながら震えた声で謝る。
「・・・天野、別にそんなに気に病まなくていいぞ。俺は全然気にしてないからな」
俺は出来るだけ優しい声でそう言った。
本当は多少なりとも腹を立てていたの事実だったが、
こんな天野を見てしまってはそんな感情は既にどこかへいってしまっていた。
「・・・やめて下さい・・・」
「・・・え?」
天野がなおも震えた声で続ける。
その表情は前髪によって隠された前髪によってよくよみとれなかったが・・・
まるで・・・・・・泣いてるような声だった。
「・・・優しい言葉をかけるのなんて・・・やめて下さい・・・私にはそんな資格なんてないのですから・・・」
「・・・天野・・・なにもそんな風に思いつめるな・・・俺は本当に怒ってないから・・・」
「どうしてですか!? 私・・・相沢さんに嫌われても仕方の無いような事をしたのですよ!?
それなのに・・・それなのにこんな風に優しくされたら・・・・・・」
そこでいったん言葉がとぎれて、天野の頬をひとすじの雫がつたった。
「・・・・・・・・・相沢さんの隣にいたくなります・・・・・・
今も・・・これからも・・・・・・ずっとずっと・・・隣にいたくなります・・・・・・」
「・・・天野・・・・・・」
「・・・私には・・・相沢さんを好きになる資格なんて・・・・・・・もうないのに・・・」
そう言った天野の目を見た時俺は心が痛くなった・・・
こいつはこんなに寂しそうな目をしたやつだったんだって・・・・・・その事に気づいて・・・

「天野・・・そんな寂しい事を言うな・・・俺は・・・嬉しかったから・・・」
「・・・・・・相沢さん・・・」
「だから・・・な、そんなに自分を責めるな」
「・・・・・・」
俺の言葉を聞いて天野が再び俯いた。

「・・・相沢さん、お願いです」
そして、なにか意を決したように天野がまだ赤い目のまま俺を見た。
「・・・抱いてください・・・・・・」
「!!」
そう言うと同時に天野が俺に抱き着いてきた。
密着した部分から熱が伝わってきた。

・・・駄目だ、ここで天野を抱いても彼女を傷付けるだけだ・・・・・・

俺はそう考えて天野の身体を俺から離そうとした・・・
・・・が、俺の中の欲望は既に彼女を腕の中に抱こうとしていた・・・・・・
くそ・・・・なんて俺の身体は欲望に忠実なんだ!!
俺はなんとか自分を押さえ付けようと必死になった。
そうこうしているうちに、またも灰色の脳みそが葛藤を始めようとしていた・・・・・・
こうなったら・・・頼む!なんとか抑えてくれ、俺の中の天使よ! ちっぽけな良心よ!!
 
 
 
 

<相沢大悪魔(元・天使)>迷う事なんて無い・・・ヤれ!!
<相沢悪魔>は、はい・・・
<相沢大悪魔(元・天使)>今度こそしくじるなよ・・・
 
 
 

俺の中の天使は既に転生していた・・・・・・・
 
 
 

「・・・天野・・・・・・」
俺は天野の上着にそっと手をかけた。
天野はその行為にただ顔を紅らめていた。
そして、ゆっくりと上着がたくし上げられていく・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「待ちなさい!!」

あとほんのもう少し・・・というところでまたも抑止の声がかかる・・・・・・
本当にどこかで見張ってたんじゃないかと思うほどのタイミングの良さである・・・・・・
「危ない所でしたね〜」
「私達を差し置いて祐一さんを抱え込もうなんて・・・許す訳にはいきませんね」
香里、佐祐理さん、秋子さんの3人が俺達を取り囲むように立っていた。

「・・・・・・」
天野が不安そうに俺の服をギュッと掴んだ。
「待ってくれ!天野はもうこの争いとは関係ないんだ!」
そんな天野を見て、俺が守ってやらなければという想いにかられた。
「あはは〜祐一さん何を言ってるんですか〜その女が本当にメインヒロインを諦めたとでも思ってるんですか〜」
「え・・・?」
「違います!私は決して相沢さんを騙したりなんかしていません!」
「そうだ!天野がそんな事するわけない!」
俺は天野を庇うように彼女たちの前に立ちはだかった。
「なら、『私は相沢祐一と結ばれても、メインヒロインを辞退する事を誓います』って書いた
この誓約書にサインをして下さい」
「天野・・・もちろんサインしてくれるよな?」
「お断りします」
即答だった。
 

「・・・・・・あ・・・天野・・・・・・?」
「あはは〜これがこの女の本性ですよ〜」
「・・・天野・・・お前・・・俺を・・・騙したのか・・・?」
「いえ・・・そんな訳ではないです・・・」
「・・・じゃあ・・・!」
「ただ、利用しようとしただけです」
・・・天野・・・やっぱりお前は悪魔だよ・・・

「さあ、相沢くん。こんな酷い女は放っておいて、あたしと結ばれましょう」
「祐一さん・・・もうそろそろ遊ぶのはいいでしょう?私と一緒に帰りましょう」
「相沢さん。こんな連中は放っておいてさっきの続きをしましょう」
「まだ言うんですか〜図々しいですね。さあ、佐祐理と結ばれましょう」

4人が俺を取り囲むようにして争いを始める。
俺はというと、どうしていいか分からず、ただ愛想笑いを浮かべているだけだった・・・

「ほら、祐一さんが困ってるじゃありませんか。他の方はとっとと下がってください」
「それは佐祐理の台詞ですよ〜祐一さんは佐祐理と帰りたいのにあなたがたが邪魔しているんですよ」
「嘘はいけませんね。相沢さんは私と帰りたいのです」
「それも嘘じゃない、相沢くんはあたしと帰りたいのよ」

4人の視線が中空で激しく交錯する。
それにつられて4人の表情がだんだん険しくなってきた・・・
そして・・・・・・
 

「私ですっ!」
「佐祐理ですよ!」
「あたしよっ!」
「私です!」

・・・とうとう始まってしまった・・・・・・

「私がメインヒロインにふさわしいんです!」
「いいえ、佐祐理ですよっ!」
「あたしが一番ふさわしいのよ!」
「私こそがメインヒロインになるべきです!!」

・・・しかも、いつのまにか対象が『俺』から『メインヒロイン』になってるし・・・・・・

「あなた達ではまだ役不足ですよ!」
「あなたこそその年齢でメインヒロインが勤まるつもりですか〜」
「愛に年齢制限はありません」
「あはは〜愛に年齢制限はなくてもメインヒロインに年齢制限はあるんですよ〜」
「そういうあなたこそ、もう自分のシナリオがあるんだから遠慮して頂きたいものですね」
「そんな事言っても、あれはたった2日程度ですよ〜」
「それでも十分だと思うわ」
「それ以上は贅沢というものです」
「あはは〜CGに一枚も出てきてない方に言われても、聞く耳なんて持たないですよ〜」
「あたしには一枚あるわよ」
「私もあゆちゃんと一緒に出てきたのが一枚ありますよ」
「・・・・・・」
「あら〜・・・どうしたんですか〜? 天野さん、黙っちゃいましたね〜」
「・・・そ、それだけ新しくメインヒロインになれば見るべき所が増えると言う事です!!」
「・・・苦しい言い訳ね」
「CGに一枚もでてないような人にメインヒロインはつとまらないですね」
「うるさいです!実の娘に心を閉ざさせたり、実の妹を忘れようとした人たちに言われたくないです!!」
「・・・わ、私の場合は不可抗力です・・・」
「あ、あたしの場合だって・・・・・・」
「なんですか〜?」
「まさか、不可抗力だと言うのですか?」
「・・・そうよ!!私は栞の事を忘れようとしたわよ!!それのどこがいけないなよ!!!
私だって辛かったのよ!!!」
「あはは〜・・・逆ギレしちゃいましたね・・・」
「こんな人はメインヒロインにふさわしくありません。やっぱり私がなるべきでしょう」
「なにを勝手に話を進めてるんですか?私がメインヒロインになるのですよ?」
「佐祐理をおいて話を進めないでくださいね〜」
「メインヒロインは誰にも譲らないわ!あたしがなるのよ!!」
「私ですっ!」
「佐祐理ですよ!」
「私です!」
「あたしよっ!」
 

熱い討論のすえ話は結局最初に戻ってきたようだった。
「・・・このままでは埒があきませんね」
「ここはやっぱり・・・」
4人の視線がいっせいに俺に集まる。
俺の頬をいやな汗がつたった・・・
「祐一さん本人に決めて頂きましょうか・・・」
「・・・それしかないですね」

・・・とうとう恐れていた事が起きてしまった・・・
「さあ、相沢さん。恐れずに私の名前を呼んで下さい」
「相沢くん・・・もちろん私の名前を呼ぶわよね?」
「佐祐理は祐一さんのことを信じてますよ〜」
「いいですか、祐一さん。私の名前は『秋子』ですからね」

4人が4人なりのプレッシャーをかけながら俺ににじり寄って来る・・・
しかも、四方を囲んだ状態なので今度こそ逃げ場がない・・・
それに仮に逃げられたとしても、この足ではすぐに追いつかれるだろう・・・

四面楚歌とはまさにこの事をいうのだろう・・・
この中から一人なんて選べる訳が無いし、仮に選んだら選んだでどういう事になるか・・・
4人が気を臨界点にまで解放して俺ににじり寄ってくる。
・・・ああ、俺はこの7年ぶりの雪の街で朽ち果てる運命にあったのか・・・
俺は無情なる運命と、余計な事をしてくれた移植の話を恨んだ・・・

「さあ・・・!」
「相沢さん!」
「・・・誰に!」
「・・・するんですか!?」

「ちょっと待って!!」

俺が諦めて目を閉じた時、希望の光とも思えるような声が聞こえてきた。
そして目を開けた時、そこにいたのは・・・天使だった
「あゆ・・・」
「祐一くん!!」
あゆが涙を流したまま俺に勢いよく俺に抱き着いてきた。
そして、その涙を拭う事無く、4人の方に顔を向けて、必死な表情でうったえた。

「皆・・・祐一くんが可哀相だよ!
みんな・・・祐一くんをメインヒロインの為の道具にしか見てなくて・・・そんなのあんまりだよ!」

「「「「・・・・・・」」」」
そんなあゆの必死な涙を見て、4人ともさすがにさっきほどの勢いはなくなっていた。

「そうだよ!お母さん・・・もうこんな事やめてよ!!」
その声で俺と4人の視線がその声の聞こえた方に向けられる。
そこには同じように悲しそうな顔をした名雪・・・いや、名雪だけじゃない。
栞と真琴、それに舞も立っていた。

「・・・名雪・・・」
「・・・名雪・・・・・・・お前も来てくれたのか・・・」
「うん・・・だって・・・私・・・やっぱり祐一の事、好きみたいだから・・・」
「・・・名雪・・・・・・」

「お姉ちゃんも・・・もう止めてください」
「栞・・・どうして・・・?」
「私も祐一さんのことが 好きです・・・誰にも譲りたくないです」
「・・・栞・・・・・・」

「美汐も・・・もうこんな事止めようよ、ね?」
「・・・真琴・・・どうしたのですか・・・私を助けてくれるのではなかったのですか?」
「・・・あぅ・・・だって・・・真琴・・・やっぱり祐一と離れたくないから・・・・」
「・・・真琴・・・・・・」

「佐祐理・・・・もうやめて」
「・・・舞・・・どうしてなの・・・」
「・・・祐一の事はかなり嫌いじゃないから・・・」
「・・・舞・・・・・・」
 
 





















・・・・・・とても幸せだった・・・・・・


























「みんな・・・ありがとう・・・・・・」
俺はがらにも無く、照れ隠しもせずに素直にお礼を言った。
こんな風に素直になれるほど・・・嬉しかった。
皆がこんなにも俺を想っていてくれた事が・・・
 
 



















・・・・・・でも・・・・・・
























パサッ
不意にあゆのポケットからなにか紙が落ちた。
俺はそれを拾い上げる。
 
 























・・・・・・壊れるのは一瞬だった・・・・・・・

























「あっ!!それは・・・!」
あゆが慌てたような声をあげる。
名雪たち他の4人もどこか引きつったような表情になる。
俺はその態度に疑問を覚えながらも、何気なくその紙に目を通した・・・・・・
 
 


















・・・・・・そう・・・・・・
























「・・・そういう・・・こと・・・・・・だったのか・・・・・・・」
俺の手から紙が落ちる。
あゆたちが乾いた笑みを浮かべる。
俺はその微笑みを見ながら、
再び記憶を閉ざして、絶対この街の事を忘れさってやろうと決心していた・・・・・・
 
 




















・・・・・・永遠なんて無かったんだ・・・・・・
















俺の手から落ちた紙に書かれていた事・・・
 
 
 
 

『拝啓 Kanon出演者様

先日お伝えしたコンシューマー移植の件ですが、
大変申し訳ありませんが一部変更をする事になりました。

実は、容量の関係でシナリオを増やす事が出来ない事が判明しました。
しかし、協議の結果、移植にあたり目新しさが必要という事で、 『メインヒロインの交換』とさせて頂きます。
従って、現サブヒロインから一人、メインヒロインに上がって頂き、
現メインヒロインから一人、サブヒロインに『降格』して頂きます』
 
 











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