"lemon&milk"

 

 
 
 
 

        序章‐『smile again』
 
 

 …チュン、チチュン…

 ……あ〜うるせ〜
 …鳴くんなら向こう行って鳴けぇ、スズメぇ…

 …チュチュン! チッ、チチ…

 ……オレの声が聞こえんのかぁ…
 …しかも、なんか暑いし…

 …チチッ! バサバサバサ……
 
 

「………」
 皮肉にも小鳥達の飛び立つ音で、祐一は目を覚ました。
(……暑い…)
 なんだか今朝はやけに暑い。うっすら開けた瞳に光が飛び込み、彼は思わず眉をしかめた。
 レースのカーテン越しに差しこむ太陽の光は、頼んでもいないのにベッド全体を照らしてくれている。こ
れはうっとうしいことこの上ない。
「…太陽のバカヤロー…」
 ワケのわからないことを呟きながら、うだつ体をなんとか転がして祐一は布団をベッドから落とす。

 ばさっ!

 とたんにひんやりとした朝の空気がパジャマ一枚の全身を包む。今はこれくらいの方が気持ちがいい。
 小鳥の声と暑さの両方から開放され、祐一は満足げに一つ息を吐いた。
(…さて、二度寝二度寝……おっと。その前に…)
 ぼんやりと半目を開けて、よく見えない部屋の中に視線を泳がす。とりあえず時計の針はぼやけて見えない。
(……まあいいや。どーせ今日休みだし)
 そんな結論に行きついて、祐一は再び目を閉じる。
(…でも、朝日がこんなに入ってきてるとなると…)
(十時は回ってんのかな…)
(…なんだ。まだ昼前じゃん)
(…上等上等…)
 ………
(……十時?)
 がばっ!と祐一は飛び起きる。目はもうしっかりと開いていた。
 キョロキョロと見まわす視線が、机の上の時計で止まる。
 十時…二十分。
(…これは…ヤバい)
 背中を汗が滴り落ちる。
 全身が総毛立つような感覚が彼を襲った。

 ぱんぱんっ!

 それ以上目を覚まさせようとでもいわんばかりに、彼は自分の顔を二、三度叩く。
 そしてそのまま、両手で顔を覆った。
(……このまま、現実逃避を…)
 えいえんの世界に…
 そう、願う。
 しかし神は、彼を許してはくれなかった。

 コンコン。

「祐一さーん。そろそろ行きますよーっ」
「………」
 その無言まで聞こえる…ような気がした。
 顔をふさいだ指の隙間から、のぞくように扉を見つめる。
「……祐一、早く」
 半ば絶対的な宣告。
 しかもそのうれしそうな無表情まで想像できては、もうダメだ。
「……はい。ただいま…」
 両腕を力なく下ろし、祐一は大きくため息をついた。
 休日ニアッテ休日ニアラズ…
「宮沢賢治のバカヤロー…」
 故人にあたっても仕方がない。彼は観念したのか、しぶしぶ着替えを始めた。
 二柱の「女神サマ」のお守り…
 これから始まる一日を思って、祐一は深々とため息をついた。
 窓の向こうには、一点の曇りもない秋晴れの空…
「……はぁ」
 彼のそんなため息も、誰にも聞かれず溶けていった。
 
 

 …そして、それから一時間後…

「わーっ、やっぱり混んでますねーっ」
「……そーですね」  
 佐祐理と舞を含む三人は、隣街にある遊園地に遊びにきていた。
 十月最後の日曜日。今年の営業はどうやら今日で終了らしい。そのせいか、この前に来た時よりも客の数
は確実に増えていた。
「はえー、切符売り場も並んでますねぇ…」
「……そーですね」
「…今日はなんだか、いっぱい並ばなきゃダメみたいですね」
「……そーですね」
「ねぇ舞、最初はどれ乗ろっか」
「……そーですね」
「…ほぇ?」
「そーですね」
「………」
「そーですね」
 不思議そうな眼差しの佐祐理の隣で、祐一はうわごとのように「そーですね」を繰り返している。
「あれ? あのおにーちゃん…」
「ほらっ、早く来なさいっ!」
 通りすぎる子供が彼を指差して、母親が慌ててその手を引っ張って行く…
「…そーですね」
「……あれっ、舞は…?」
 佐祐理はさりげなくそんな祐一に背を向けて、舞の姿を探す。
「あれーっ? 舞ーっ」
「……ここ…」
 その声は、足元から聞こえた。
「ほぇ?」
 佐祐理はふと自分の足元を見つめる。そこにあるのは舞の足。
「…えーっと…」
 舞のすらっとした足を、佐祐理はつま先からたどっていく。その先には…
「…あ、舞っ」
「………」
 祐一の足に背中をあずける形で、舞は地べたに座り込んでいた。
 その目はうつろ。
「…そーですね」
「………」
「…えーっと……」

 説明をしなければならない。
 佐祐理が免許を取ったのが、今年の夏のこと。
 大学の先輩から車を安く下ろしてもらったのが、一月半ほど前のこと。
 …その車に始めて乗ったのが、三日前のこと。
 そーゆーワケで…

「…そーですね」
「………」

 そんな彼女の運転に、一時間…
 本来なら二十分で着くところを、一時間…
 ちなみに、ナビはもちろんのように祐一。
 隣街まで行くのにナビはいらないんじゃないか、と言った祐一に、佐祐理は笑って、

 『頼りにしてますねっ』

 …要は、断れなかっただけの話なのだが…
 それがこんなに後を引くとは、さすがの舞ですら…
「…気持ち悪い…」
「…そーですね」
 ちなみに祐一の「そーですね」は、佐祐理が、
「右はお箸を持つほうですよね?」
 と真剣な顔で聞いてきた時以来だ、という。

「……えーっと、最初はやっぱりジェットコースターに…」
「…カンベンしてください」
 祐一は思わず膝をついた。
 それに合わせて舞も倒れた。
 
 

 結局、最初は巨大迷路ということで落ち着いた。
「…一日乗り放題の券が…もったいないからな…」
 祐一の言葉に、舞もしぶしぶうなずいた。
 数多もの通路をフラフラと歩き回る二人の姿は、あたかも「バイオ○ザード」のようであり…
「あははーっ。はい、チーズ!」
 その声に、二人はくじけそうな顔をなんとか向ける。
「ほらーっ、二人とも笑ってーっ」
 パシャッ!
 「佐祐理は方向音痴ですからーっ」と笑った残りの一人は、どういうわけか使い捨てカメラ片手にご機嫌
である。
 …こんな生けるしかばねの写真を集めて何がおもしろいんだろう。
 そう思ったが、祐一は口にしなかった。
「………」
 …ぱたっ。
 五メートルほど後ろで、舞が倒れた。
「ほら舞ーっ。寝ちゃダメだよーっ」
「…ははは…」
 もう、笑うしかなかった。
 
 

 戦いすんで日が暮れて。

「……だから、オレは高いところはダメなんだって…」
「いいじゃないですか。最後くらい」
 閉園時間の迫った遊園地。曖昧に空の色が塗り分けられる時間。
 親子連れの姿は減っていた、残っているのは恋人たちと、友達同士であろう学生のグループ。
 そんな最後のお客たちで、観覧車前は特異な賑わいを見せていた。
「…なあ、佐祐理さんも知ってるだろ? ジェットコースターも乗れないオレが、それより高いところに上れ
るワケがないんだって」
 そんな祐一の懇願に、佐祐理はちょっと困ったような笑顔で応対する。
「…だって、今年はこれが最後のチャンスですし…それに、舞はもうダウンしちゃいましたから」
「……そりゃ、アレだけ乗ればね…」
 この三十分くらい前、佐祐理と舞はジェットコースターに五連続で乗っていた。
 見ているだけで目が回りそうなそんな様子を、祐一は少し離れたベンチで眺めていた。
 …三週目くらいから、舞の目が開かれることはなかったが。
 そして今そのしかばねは、向こうのベンチで横になっている。
(…ゴメンな。舞。オレが代わってやれないばっかりに…)
「だから、祐一さんはこっちに乗るんです」
「…佐祐理さん。『だから』の使い方間違ってる…」
「あははーっ、細かいことは言いっこなしですーっ」
 …いや、だから…
 祐一がそう口を開く前に、佐祐理は空を見上げてこう言った。
「…だって…」
「…だって…なに?」
 思わず聞き返してしまう祐一に、佐祐理は笑って続ける。
「こんなに綺麗な夕日なんですから。どうせなら…」 
 佐祐理はそこで言葉を切った。そのまま黙って天を仰ぐ。腰まで伸びた長い髪が、オレンジ色の風の中で
ざわめく。
 祐一も思わずそれに見とれた。真っ赤な夕日。赤く萌える山の向こうに沈んでいく赤。
 彼女の口が、もう一度言葉を紡ぐ。
「……それに…」
 …ごくり。
 祐一は言葉を返せないまま、大きく一つつばを飲んだ。
 視線は彼女の目元に縫い付けられたように、動かない。動かせない。
 すぐ近くのベンチで横になっているはずの舞の顔が、かすかに頭に浮かぶ。
 しかしそれすらも、本当に楽しそうに、無邪気に微笑う彼女の仕草に…
「…もう、来ちゃいましたから」
「………へっ?」
 祐一は弾かれたように振り向いた。そこには…
「なにぃー!?」
 円柱型の鉄格子のような檻と、笑顔の係員が…
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「………」
 
 

 …結局、乗ってるし…
 だんだんと遠ざかっていく地表で、舞が手を振っているのが見えた。
「代わってくれ…」
「あははーっ。もうムリですよーっ」
「帰してくれ…」
「一周したら帰れますよーっ」
「……あはは」
「あははーっ」
 そんなズレた会話を楽しみながらも、二人を乗せたゴンドラはゆっくりとだが頂上に近づいている。
 舞の姿はだんだんと小さくなり…というか、祐一はもうそちらを見ることのできる状態ではなかった。
「いい眺めですね、祐一さん」
「……ああ」
「みんな真っ赤に染まって…このまま焼きついちゃうみたいに…」
「……ああ」
 子供のように窓に顔を張り付かせる佐祐理の言葉にも、祐一はどこか投げやりに返す。
 彼の頭の中にあったのは地上に残してきた舞のことであり、今夜の夕食のことであり、そして佐祐理の運
転のことだった。
 いや、それすらもまだマシだった。この空中の監獄に二十分入れられるくらいなら、佐祐理の運転する車
に二時間揺られていた方がずっとマシだ。  
 舞はイヤがるだろうけどな。そんなことも考えてひきつった笑みをもらす。
 そしてやっぱり、オレにこんな場所は合わない、と。
 …そう、思っていたのだが…
「…祐一さん」
 今までよりもずいぶんトーンの低い声。それに誘われるように祐一は顔を向けた。
「…ホントに…そんなに、ダメなんですか…?」
 佐祐理は窓から顔を離し、まじめな顔で祐一を見ていた。
 どこか自責の念を抱いたその表情に、いつもの笑みはない。
 祐一は答えられなかった。言葉が出なかった。
 いつもの調子で、「あははーっ。祐一さんたらホントに弱いですねーっ」などと言われたのなら、返し方
はいくらでもあっただろう。
 だが、今は違った。膝の上で組まれた両手は心なしか震え、斜め下に視線を落とすその仕草は悲しげなもの。
「…ごめんなさい。佐祐理がはしゃぎすぎたせいで…」
 そう言って、口元に乾いた笑みを浮かべる。それは申し訳なさそうな色彩を帯びた、かすかなもの。
 その横顔が、夕日に映える。
「…佐祐理さん…」

 ゴンドラが静かに、頂上を行き過ぎる。

「……きれいだね」
 え? と顔を上げ、遠くの山々を見つめるその横顔を、佐祐理は呆けたように見つめる。
「…まあ、下向いてなければまだ平気かな、って…はは…」
 力なく笑う、その顔はやっぱりひきつっている。顔色もどこか青ざめたように見えるのも、気のせいでは
ないだろう。
 だが…
「……そうですね。…きれいですね」
 ほんとにわずかに笑みを、いつもの朗らかな笑みをのぞかせて、佐祐理も窓の外に思いを馳せる。
 オレンジに染まる小さな密室に、穏やかな草原に吹く風が流れた。
(……密室?)
 しかし祐一は、そんな自分の思考にハッとする。
(…確か…観覧車には、どのゴンドラからも死角になる角度があるって…)
 いつかテレビでやっていた内容だ。深夜番組だったかまでは思い出せないが。
 支柱から両翼三十度…いや、二十度だったか。その辺りの限られたポジションで、そのゴンドラは他のゴ
ンドラから全く見えなくなる。
 地上からはもとより見える距離ではないので、つまるところ完全密室状態になる…ということだ。
 その時は「自分には関係のないコトだ」と聞き流していたのだが…
(…これは、まさか…)
 エアポケットに入った、というやつなのだろうか…?
 二人のゴンドラからは、他のゴンドラの中は見えない。つまり、向こうからもこちらの中は見えていない
と言うことだ。
(…ということは…)
「…はい?」
 びくぅっ!
「…い、いや、なんでもないよ。ははは…」
「……?」
 何気ない佐祐理の言葉にも過剰に反応してしまう自分に苦笑しながらも、祐一は改めて息を整えた。
(…って、なんのためにだ?)
 思わず自分に問いかける。確かに今、自分は佐祐理と同じ空間に…いや、二人っきりでゴンドラという密
室の中にいる。
 だがそれがなんだというのだ?
(……オレは…)
 地上で寝ているはずの舞の顔が頭をよぎる。暑い夏の日に出会って、十年もの時を越えて再開した…
 …いや、そんなコトを抜きにしても、今自分が心から好きだといえる少女。
 そして、自分のことを好きだといってくれる少女がいるのに…
(…オレは、何を…)
「…祐一さん?」
 気づくと佐祐理の顔が目の前にあった。イスから身を乗り出すように、自分の顔を下からのぞきこんでいる。
「…い、いや。なんでも…ははは…」
「……?」
 さっきと同じやりとりを繰り返しつつも、佐祐理はそのまま戻らない。その視線から逃れるように祐一は
思わず窓の外を見上げた。
(…くぅっ、まだ…)
 まだゴンドラは「死角」にあった。一人身なら歓迎すべきそんな状況も、今の祐一にとっては拷問意外の
何物でもない。
(頼むっ! 早く死角を抜けてくれっ!)
 全国三千万の佐祐理さんファンが指をくわえてうらやましがるような金色の時間を、祐一はただ無難に過
ごすことを願っていた。
(…そう。このまま抜ければ、なんとか自然に…)
 ただただそんなことを祈っていた祐一だったが、彼はもっと早く気づくべきだった。
 今日は朝から一つもツイてない、ということに…
 そして、運命の時は訪れる。
 

 …誰しもが、遊園地で一度はやる遊びがある。
 コーヒーカップをひたすら回す…だとか、
 迷路の壁をよじ登って乗り越える…だとか。
 …そして、そんなものと同列に、こんな遊びがあった。
 

 ぐらっ!

 二人の乗るゴンドラが一度大きく揺れた。
 きっとどこかのお子様が、イタズラで自分のゴンドラを力任せにゆすったのだろう。
 その振動の波は、鉄の柱を次々と伝わっていく。
 きちんと席に着いていれば、それほどの揺れではなかった。
 しかし、幸か不幸か、佐祐理は大きく身を乗り出していたものだから…

「きゃっ!」
「うおっ!」

 ゴンドラはまだ「死角」にあった。
 佐祐理の顔が、さっきよりもずっと近い位置にあった。
 とっさについた手を支えに、佐祐理は祐一の顔を見下ろしている。
 イスからずり落ちかかって、祐一もそれでもその顔を見上げる。
(…これは…まさか…)
 横切った鉄柱の影が、一瞬相手の顔を隠した。
 再びオレンジに変わる世界。それでも佐祐理は動かない。
 驚いたようなその瞳は、自分の顔を映したまま。
 逆に押し倒されたような格好が情けないと言えば少し情けない。しかしこんなうらやましい状況では、そ
れを差し引いても充分おつりが来る。
(…これが世にゆー『据え膳』というやつでわ?)
 そんな妄想がよぎるのも無理はない。舞の顔も今はもう浮かばない。
 自分の心臓の音が聞こえやしないかと心配になったのは、祐一はこれが始めてだった。
 耳元で鳴っているような大きな音とともに、流れる髪から香る優しい風。
(……あ、なんかいい匂い…)
 シャンプーかなにかだろうか。どこか懐かしいような、いい匂いが…
(…ってそんなコトしてる場合じゃないっ! とにかく早く体を…)
(……カラダ…)
 …だから違うっ!
 ともすれば暴走しかける本能を必死で圧し留め、沸騰した頭で祐一はなんとか計画を練ろうとする。
(体…そう、とにかく体を離して…)
(……いや、それより先に顔を…)
(かお……)
(………くちびる…)
 すでに暴走に止まる気配はなかった。彼の視線は一点に集中されたまま、動かない。
 紅いくちびるが、かすかに震えているように見えた。
(…リップクリーム…つけてんだな…)
 柔らかそうなくちびる。下心なしに、触れてみたいと言う欲求がある。
(…って、ナニ考えてんだ、オレ…)
 そんな自分に心の中で苦笑しながら、それでも目をそらすことができない。
(……いや、ウソか…)
(…ない、わけじゃない…よな。下心…)
 認めてしまうと、ちょっとだけ楽になる。だがそれで事情が変わるわけでもない。
 というか、むしろ複雑化した、といってもいいだろう。
(キスしたい? キスしたいのか? オレは…)
(…佐祐理さんと…)
 どうして……?
 終わることなき堂々巡り。だがそれを解消したのもまた、彼女自身だった。
 わずか十センチほどの世界で、彼女は一つまばたきをした。
 たったそれだけのこと。しかし張り詰めていた糸を切るのには、それで充分だった。彼は心の中でつぶやく。
(…もう、どうにでもなれ…!)
 すべての言葉が消え去った。からっぽの頭で、ただそのくちびるだけが色を…

「…ゆーいち…さん?」

 そこで彼の思考は止まった。
 
 
 
 

「ありがとうございました」
(……ハッ!?)
 気づくとそこは地上だった。
 開け放たれたドアから外の空気が流れ込み、そのままの体勢の二人を包みこむ。
 係員の苦笑と男どもの羨望の眼差しの中、舞の射抜くような視線が二人を捕らえた。
「…あ、あははーっ…」
「…た、ただいま…」
「………」
 ちっとも説得力のない二人の言葉に、舞はただ無言で返す。
「…あ、あは…」
「いや、これは、その…」
 浮気現場に踏み込まれたような形相を浮かべ、祐一は慌ててその場を取り繕おうとする。
 しかし、そうする間にもゴンドラは動いていて…
「はい。二周目でーす」
 ガシャーン!
「ふぇーっ!?」
「ちょっと待てーっ!」
 容赦なく扉を閉めた係員は、二人の叫び声にも満面の笑顔で答える。
「いやあ、この観覧車もいわくつきになれば、私どもとしても…」
「つかねーって!」
「ごゆっくり」
「下ろせーっ!!」
 …しかし、観覧車が逆走を始めるワケもなく…
 

「……おかえり」
「…あ、あははーっ」
「………」
 佐祐理に引きずられるように降りてきた祐一は、本日二度目のしかばねとなっていた。

 合掌。
 
 
 
 

 そして、帰り道でのこと。
「さあ、今度は三十分で着きますからね」
「…いや、急がなくていいから、静かに…」
「祐一さん、ナビお願いしますっ!」
「……来た道戻るだけですけど…」
「………」
「…舞、今度はオマエやれ」
「……くーっ」
「………」
「さあ、行きますよーっ!」

 ギュギュギュン!!

 ドリフトッ!?
「…佐祐理さん、一般道でドリフトは…」
「あははーっ。生活の知恵ですっ」
「…絶対ウソです」
「くーっ」
「あははーっ。運転って楽しいですねーっ」
「…そーですね」
「……あっ、追い越しされました」
「…そーですね」
「………」
「………」
「………」
「…佐祐理さん?」 
 
 
 
 

 結局帰りは、遊園地から十五分で帰ってきた。
 車も人も、奇跡的に無事だった。
「あははーっ。早かったですねーっ」
 意気揚々と玄関のカギを回す佐祐理を見ながら、祐一と舞は空を見上げた。
(…佐祐理さん、以外と負けず嫌いだったのかな…)
 ハンドル握ると性格変わるタイプかも。そんなことを考え、少し身震いする。
「…祐一、早く…」
「……わかってる」
(…バイト料出たら、自動車学校のローン組もう…)
「開きましたよーっ」
 佐祐理の声に、舞はふらつきながらも家の中に入っていく。
 祐一もその後に続こうとして、ふと夜空を見上げた。
 見ているものの想像心をかきたてる、乱雑にちりばめられた星々。
 どこをどうつないだらそうなるのか、祐一はそこに一つの大きな円が見えた。
 その星の一つに自分を映す。あそこは死角だろうか、と考えている自分に少し笑う。
(…でも、あれは…いったい…)
 神話の世界に問いかけても、答えはない。
 あの時、祐一は冷静な自分をどこかに見ていた。責めるでも蔑むでもなく、じっと自分を見つめている二
つの瞳。
 それは佐祐理の向こう側にあったのか、それとも自分の側にあったのか…
(…まぁ、いっか)
 彼は何かを口にした。祐一にはそれが聞き取れなかった。
 それだけのことだ。観覧車でのことも、きっと後になれば笑い話になるのだろう。その時には自分も多い
に笑ってやればいい。きっとそれでいいのだ。
 肩を一つ震わせて、祐一も暖かい家の中に戻った。
 観覧車から見た時よりもちょっとだけ遠い空が、夜の空気を照らしていた。
 
 

 
 to be continued …
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