『Marshmallow-Waltz』〜1st
 

 こんにちわ。詐欺師です。
 『卒業』に続き、連続物二本目です。
 舞台としては、佐祐理さんエンド(兼、舞エンド)から一年と少し経った頃です。
 あ、あと「痛い系」(のつもり…)です。
 二人のファンの方は、お気をつけて。  
 
 

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   『Marshmallow-Waltz』
           1st-『住宅』    
 
 

 俺がこの街に移り住んでから、一年と少しが過ぎていた。
 季節は一周を通り越して、雪融けとともに迎える二度目の春。
この街にももう、すっかり慣れていた。
 いや、慣れた、ということすら感じなくなっているのだろう。
 ぼんやり空を見上げていると、ふとそんなことも考える。
 俺も年取ったもんだな、とも。
 ショーウィンドウに背を預け、そんな自分に苦笑する。
 そして、また空を見上げる。
 少し、風が出てきた。
冷たい風。
 知らず知らずのうちに火照ってしまう心を冷ますような、気持ちのいい…
「お待たせしましたーっ」
「……おまたせ」
 そうこうしているうちに、その原因二人が店から出てくる。
「…って、長すぎ」
 二人が中に入ってから、かれこれ三十分。
「あははーっ、ごめんなさーい」 
 ちなみに、まったくすまなさそうには見えない。
 …まあ、本気で言ってないのはこちらも同じだが。
「…だから祐一も入ればよかったのに」
「入れるかっ、こんなとこ」
 二人が至福のひとときをすごしていたのは、まあ…なんというか…
「ぬいぐるみ屋さん」とでも言えばいいのだろうか?
 商品はぬいぐるみしか置いていないという、ほとんど主人の道楽のような店だ。
 いつのまにか、この二人は常連になってしまっているが。
「…で、何か買ったのか?」
 聞きながら、俺は舞のカバンをのぞきこむ。
 ぽかっ。
「祐一、お行儀悪い」
「…悪かったから、見せてくれ」
 額にチョップをめりこませたまま、うめく。
 佐祐理さんも笑ってないで…
 思えば、同じようなやりとりを何度も繰り返しているような気がする。
…進歩がないな…
 ため息一つつくと聞こえてくるのは、舞が自分のカバンをあさる音。
 ごそごそ…
「…いぬさん」
 袋から顔を覗かせているのは、まるまるとした犬のぬいぐるみ。   
 それを抱く舞の顔は、どこか誇らしげで…
「わん」
 …まあ、これもいつものことだが…
「…あれ? 犬のぬいぐるみって確か…」
「ええ、ありましたよ」
 俺の疑問に、佐祐理さんがすかさず答える。
「じゃあなんで…」
「一人ぼっちはかわいそう、だそうです」
 誇らしげな笑顔の佐祐理さん。
「わん」 
 何も考えてなさそうな舞の鳴き声。
 うれしそうにぬいぐるみの頭をなでる佐祐理さんに、舞はなおもわんわんほえている。 
 なるほどな…
 変わってないな。
 もう一度、思う。
「…さて、それじゃそろそろ帰るか」

 そして、俺たちは家路につく。

「今日の夕食当番は祐一さんですよ」
「げっ、忘れてた…」
「少しだけなら、手伝ってあげます」
「…私も」
「よかった。助かる…」
「少しだけですけどね」
「…うん」

 いつものように、他愛ないやりとりを交わしながら。
 
 
 
 

 俺がこの二人と暮らすようになってから、そろそろ一週間。
 本当は二人の卒業とともに始めたかった同居生活も、「せめて高校を卒業するまでは」と
秋子さんにやんわり反対され、一年先送りとなった。
 まあ、両親を説得するのに一役買ってくれたのも秋子さんなので、むしろ感謝しているほどだ。

水瀬家を後にするときの、名雪の心配そうな顔はまだ覚えている。
 その肩をそっと支える、秋子さんの優しい手も。
 結局、俺もそれにすがってしまったんだろうと思う。
 
 

 そして、一週間。

 まだ、一週間。

 これから、ずっとずっと長い間
 一つ屋根の下で、三人の人間が、倍以上の数のぬいぐるみに囲まれて
 楽しく暮らしていくのだと
 笑いあって日々を送っていくのだと
 そう、信じていた。
 血よりも濃いものが、きっと見つかると。
 子供のように、疑うことなく。

 ……信じていたのに……
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……あ」

 きっかけは、些細なことだった。
 道端に佇む仔犬を見つけて、舞が声を上げる。
「…いぬさん」
「うん…。でもまだ子供だね…」
佐祐理さんも、同じように見つめる。
 不思議な沈黙。
「…かいたい」
「売り物じゃないぞ」
 舞の言葉に、すかさず釘をさす。
「……飼いたい」
「ああ、そっちか」
「…祐一がおかしい」
 そんなバカなやりとりをしているうちに、仔犬は興味なさそうに歩み去っていく。
 
 

「…あ、大変!」
 最初に気づいたのは佐祐理さんだった。
 その声に振り返って見ると、仔犬はフラフラと車道のほうへ歩いていく。
 腹が減っているのか、ヨロヨロとした足取りが危なっかしい。
「…私が行く」
 走り出そうとした佐祐理さんを制し、舞はすでに飛び出していた仔犬のそばへと駆け寄って――
 
 
 
 
 
 

 ――瞬間――
 
 
 
 
 
 

 ドンッ!
 
 
 
 
 

 ――間抜けな音がした。
 ドラマやマンガで何度か聞いたことのある…でも決して聞きなれない…
 
 
 
 
 
 

 ドゴッ!
 
 
 
 
 

 続けて、再び鈍い音。
 

 
「…………え?」

 俺は、状況が理解できなかった。
 
 
 
 

 道路に倒れている舞。

 猛スピードで走り去る車。

 駆けて行く仔犬。

顔だけ出したぬいぐるみ。

 そして……

 アスファルトについている、大きな染みは……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ああああああああぁぁぁぁっっ!!」
 
 
 
 

 佐祐理さんの叫び声で、俺は理解した。

「舞っ、舞っ!!」
 ヒステリックに叫びながら、佐祐理さんが舞のもとへ駆け寄る。
「舞っ! 大丈夫か!? しっかりしろっ! 舞っ!」
 俺も大声をあげながら、ぐったりとした舞の体を抱きかかえる。
「しっかりしろ! 舞! 目ぇ開けろっ!」
「舞………まい……」
 力任せに細い体を揺する俺と、ただ名前を呼びつづける佐祐理さん。
 あまりの騒ぎに野次馬どもも集まってきたが、俺たちの意識にはのぼらない。
「すぐ病院連れてってやるからな! だからもうすこし我慢しろっ!」
「まい…まいぃ……」
 そんな俺たちの呼びかけが届いたのか、舞の右手がかすかに上がった。
「舞! しっかりして。大丈夫だからね…!」
 佐祐理さんがすかさずその手を取り、両手で握り締める。
「だからね、舞、もう少し……」
 
 

 しかし……

 舞のその手は、親友の両手をスルリと抜けて……
 
 

 ――ごとっ。
 
 

 硬いアスファルトに当たって、イヤな音を立てた。
 
 

「…………!」
 
 

 言葉にならない音を発し、佐祐理さんは意識を失った。

 パニックになりかけの頭の中で響くサイレンの音が、この上なく不快だった。
 
 

                                <つづく>
 

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 あらためまして。詐欺師です。
 『M.W.』第一話、お届けしました。(いらん!って方もけっこう…)
 舞が「痛かった」ですね。実際。
 次回は、祐一君の番です。
 事故に遭うワケではありません(笑)
 今回のテーマは、「痛い」というより「狂気」です。
 がんばります。よろしく。m(__)m
 


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