『Marshmallow-Waltz』-3rd
 

 こんばんわ。詐欺師です。
 舞と佐祐理さんの「痛い」話であるはずのこのSS。
 でもあんまり痛くない(^^;
 難しいですねーっ。こういうのは。
 ちなみにこのSSは、No.、No.の続きです。
 今回は暴力的シーンはない…はず。 

 異様に遅れてすみません。
 釧路、朝六時の気温が10℃…(^^;
 
 

  ―――――――――‐――――――――――――――‐――――――――――
 
 

    『Marshmallow-Waltz』
          3rd-『BROKEN SEWING MACHINE』
 
 

 気がつくと、目が開いていた。
 朦朧とした記憶と意識の中で、為す術もなくただ毛布にくるまり、天井を見上げている。
 見知った模様だった。
 窓から差し込む朝の光が、それに奇妙な陰影を作り出す。
 俺の部屋だ……
 いや、「だった」場所か。
 今となっては、すべてが過去の話だ。
 この家も、もう死んでしまった。
 ついこないだまで、当たり前のように生きていたのに。
 死んでしまったのだ。
 思わず、涙がこぼれそうになる。
 だが、俺はそれを必死にこらえる。
 泣いている暇はない。
 いま俺がやるべきことは……
 

 ……やるべきことは?
 

 思い出したように、左腕に違和感が走る。
 毛布から飛び出た腕に巻かれているのは、痛々しいまでの包帯。
 

 ……これは?
 

 瞬時に、蘇る。
 昨日の映像。
 滴り落ちる赤い血。
 無表情な仮面。
 しかし何より恐ろしかったのは、右手に残った生々しい……

 …コンコン

 控えめなノックの音が、回想を遮る。
 そしてそれに続く声。

「祐一くん、朝ご飯ですよーっ」
 
 

『祐一くん』
 
 

 部屋の温度が、2,3度下がったような感覚。
 体中から汗が吹き出る錯覚とともに、晴れていく頭の靄。
 
 
 

『誰です?それ』
 
 
 

 あれは…夢だったのか…?

 しかし左腕の包帯が、無言で主張している。
 それは、つまり……

「冷めちゃいますよーっ」

 そういうことだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 朝ご飯の献立は、ありふれたものだった。
 それはいつかの、学校で食べたお弁当を思わせた。
 味噌汁から沸き立つ湯気が、必死に何かを取り戻そうとしている。
 すでに失われた何か。
 それは佐祐理さんの、無意識の願いだったのだろうか。
 だが、それも儚い。
 吹けば飛んでしまうのだ。
 二組の食器。
 この冷たさの前では。
 
 
 
 

「ねえ祐一くん、遊びましょう」

「ほら、水鉄砲。しゅこしゅこ、って」

「そうだ。お菓子もいっぱいあるんだよ」

「祐一くんのために、いっぱい買ってきたんだよ」
 
 
 
 

 すべてのことばが、むなしい。

 響きは体をすり抜けて、どこかへ収束してゆく。

 それはきっと、俺ではないから。

 対象が。

 佐祐理さんの目の前にいるのは、きっと…
 
 
 
 

「そろそろお昼にしましょーっ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 一時的な幼児退行。

 舞の様子を見にいった病院で、医者はそう推測した。

 専門ではないがね、とは言っていたが。

 きっかけは、精神的なショック。

 もう、説明も何もいらなかった。

 不安定な精神。

 不安定な敬語。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「晩ご飯ですよーっ」

 佐祐理さんの声。俺はベッドから体を起こす。
 今日は、あの場所に行くことはなかった。
 ギザギザのナイフは、燃えないゴミと一緒に捨てた。
 

『精神的な支えが必要だ』
 

 これも医者が言ったセリフ。
 皮肉な言葉。
 俺が本当に支えとなり得たなら、佐祐理さんはこうはならなかった。
 その俺に、支えになれ、という。
 無理な話だ。
 佐祐理さんは、俺を見ていないのだから。
 俺はただ、一弥君の身代わりにすぎない。
 スケープゴート。
 哀れな仔羊だ。
 俺も、彼女も。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 それからさらに、三日がすぎた。
 モノクロのまま。

 舞の意識は戻らない。
 佐祐理さんの心も戻らない。

 ただ一つの進歩。
 明日から、舞に会うことができる。

 俺は、わずかな望みを抱いていた。
 舞に会いさえすれば、佐祐理さんは戻ってくるのではないか。
 俺たちのところへ、帰ってきてくれるのではないか。
 そう、信じたかった。
 
 

 だから、俺は気づかなかった。

 明日病院にお見舞いに行くよ、と言った時、

 佐祐理さんが、「誰を?」と聞き返さなかったことに。

 その思いつめた眼差しに。
 
 
 
 

 そして、夕食が終わる。
 
 
 
 
 

 俺はベッドに横になって、ただ天井を見上げていた。

 二人っきりの夕食も、今日で四度目。

 兄弟ごっこも、今日で四日目。   

 
 空しさを感じる自分がいる。

 だが、どこかに安らぎを感じる自分も、確かにいるのだ。

 この固定化された日常に。
 
 

「……日常?」
 

 それは、誰の声?

 俺の声?
 
 

「違う!」
 
 

 これは、俺の声?
 
 

「これは日常じゃない!」

「こんなのは…こんなのは…」
 
 
 
 
 

     『日常だよ』
 

「違う!」      
 

     『安らぎを感じているんでしょ?』
 

「違う!」
 

     『恥じることなんてないんだよ』
 

「違う!」
 

     『彼女を愛してしまえばいい』
 

「違う!そんなんじゃない!」
 

     『ひと一人ができることなんて、それっぽっち』

     『あなたが幸せにできるのは、一人だけ』
 

「違う!違う!」
 
 

「俺は、三人で…」
 

「佐祐理さんと舞と三人で…」
 
 

「幸せになるって…」
 
 
 
 

「…三人で…」
 
 
 
 

「…………」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 …コンコン
 

 ノックの音。
 そして、声。

「祐一くん、いいですか?」
 

「……ああ」
 

 それが精一杯だった。

 体にまとわりつく汗が、気持ち悪かった。
 
 
 
 
 
 

 そして今、俺の隣に佐祐理さんが腰掛けている。
 硬いベッドの端。
 佐祐理さんは、珍しく何も持ってきていなかった。
 いつもなら、空の水鉄砲とか、お菓子とか…
 「兄弟ごっこ」の道具を、何かしら持ってくるのに…
 
 

「…祐一くん」
 
 

 佐祐理さんが、口を開く。
 硬い表情。
 硬い声。

「……なに?」

 そう答えることは、できなかった。
 
 
 
 

 ……え?
 
 
 
 

 目の前に、大きな瞳があった。

 肩に添えられた手から伝わるぬくもり。

 静かに預けられた体重。

 そして、くちびるには……
 
 
 
 
 

 それは、時間にして五秒ほどだったか。

 永遠に近い五秒間。
 
 
 
 

 そして、言葉が……
 
 
 
 

「…祐一くん。あなたのことが…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 こんなに哀しいキスがあるのだろうか。

 こんなに哀しい告白があるのだろうか。

 恥ずかしそうに、それでも何かを信じるように…

「…祐一くん?」

 涙が流れた。
 
 

     『彼女を愛してしまえばいい』
 
 

 そうだ。俺は気づいていたんだ。
 気づいていながら、見えていないふりをしていた。
 「兄弟ごっこ」と。
 それが「彼女」の、唯一の愛の表現とも知らずに。
 そして、俺は結果的に……
 
 
 
 

「祐一く……きゃっ!」
 
 
 
 
 
 
 

 佐祐理さんの小さな体が、俺のベッドに横になっている。

 不安そうな瞳は、それでもじっと俺を見ていて……

 やがてそれも……閉じられる。

「…祐一くん…」

 かすかな呟き。

そっと彼女の頬に手をやる。その手に、彼女の手が重なる。

 静かに、俺は顔を近づけて――
 
 
 
 

 ――刹那――
 
 

『祐一さん』
 
 

 声。
 それは、遠い昔――
 
 
 
 
 
 

「……くっ!」

「…祐一くん?」

   
 
 

 俺は、走った。
 その声が聞こえなくなるところまで。
 

『結局あなたは、誰も幸せにはできないのよ』
 

 心臓の鼓動で、そんな言葉も聞こえなくなるほど。
 
 
 
 

 そして、本当に一人になって…

「……くぅ……っ!」

 もう一度泣いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 その、次の日。

「あ、おはようございますーっ」

 佐祐理さんの態度に変わりはなかった。

 少なくとも、表面上は。

 ただ、俺の名前を呼ぶことは、少なくなった気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 そして、俺たちは病院にいた。
 病棟の奥の方にある、白い小部屋。
 その部屋で、舞は眠っていた。
 いくつかの、冷たい機械に囲まれて。
 

 一週間もたっていないのに、懐かしいと思えること。

 どうしようもなく体が震えること。

 そんなすべてが、イヤで、うれしくて。

 でも、今日は……
 
 

「…佐祐理さん、俺ちょっと先生と話してくるから…」

 ほぇ?と、不思議そうな顔の佐祐理さん。

「…だから、ちょっと舞と話してて」

 一方的に言って、俺はそそくさと病室を出た。

 この時間が、二人にとってなにかのきっかけになることを願って。
 
 
 
 
 

 医者の話は、淡白なものだった。
 
「いつ目が覚めるかは、誰にもわからない」

 何度も聞かされた言葉。

 あきらめそうになる言葉。

 だが、今はこうして舞に会えるようになった。

 だから…いつかきっと…
 
 
 
 

「…先生!」

 ドアを乱暴に開け放って、一人の看護婦が姿を見せる。
「なんだね、騒々しい」
「患者が…524号室の患者が…!」
 錯乱したようにまくしたてる看護婦。
 だが俺も医者も、ただ一つの単語に心臓を掴まれた。

『524号室』

 それは…舞の…
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 バタンッ!

 勢いよくドアを開け放つ。

 白い空間。

 白い檻。

 ついさっきまでいた…そして、今は舞と佐祐理さんがいるだけの…

 その部屋に、耳障りな電子音が…
 
 

 ピ――――――――――ッ!
 
 

 その中に、彼女は立っていた。

 佐祐理さんが。

 親友の顔を見下ろして…

 心を奪われそうな微笑をたたえて…

 ただ、現実だけが支配する世界で――
 
 

「どきなさいっ!」

 もっとも早く動けるようになったのは医者だった。
 佐祐理さんを押しのけ、OFFになっていた電源を再び入れなおす。
 たちまち、不快な音は消える。
「キミは…キミは自分が何をやったかわかっているのかっ!」
 顔を赤らめて医者が怒鳴る。
 佐祐理さんは、ただ不思議そうな表情を浮かべたまま――
 
 

「…だって、祐一くんはこの子のせいで苦しんでいるんでしょ?」
 
 
 
 

 俺の後ろで、看護婦が息を飲んだ。

 医者も、言葉を失った。

 そして、俺は――

 その場にへたりこんで――
 
 

「…どうしたんですか?祐一くん」
 
 

 自分の身が、焼かれることを思った。
 

                                 <つづく>

  ―――――――――‐―――――――――――――――‐―――――――――

 あらためまして。詐欺師です。
 長いって(^^;
 いえ、ホントはど真ん中(告白の前)で切ろうかとも思ったんですが…
 それだと前半の内容があまりになさすぎるので(^^;
 あと、スペース取ってる割に文字が少ないですし。
 管理者の方、ごめんなさいですm(__)m

 それでは、4th-『Human』に続きます。
 『卒業』は…すみません。明日…
 

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