○放課後、教室
 
 
 
 

冬の速い日の入りをうけて暗くなりかけた教室には、既に他に人影はなかった。
いるのはあたしと……やけに沈んだ表情の名雪…
「それで…相談ってなあに……?」
そんな名雪にあたしは笑顔をつくって出来るだけ優しく声をかけた。
「……」
名雪が伏せがちだった目を上げてあたしの方を見る。
「……あのね、香里……」
「…うん」
少しの間の後、普段の名雪らしくない、どこか躊躇いがちな様子で口を開いた。
 
 
 
 
 

「……祐一って…ホモさんなのかな…?」
 
 
 
 

…は…?
 
 
 
 




名雪まっしぐら、香里まっしろけ




 
 
 

「……」
名雪にそう言われて、あたしはしばらくの間、開いた口が塞がらなかった。
名雪に相談したい事があるって言われて来てみれば……その相談内容がコレ……?
…名雪のちょっとずれたところにもついていく自信はあったんだけど…今回のは…さすがにちょっと……
「……えっと……なんで名雪はそう思ったの……?」
とりあえずじっくり話を聞こうと思ったあたしは、笑顔を崩さないまま名雪の話を聞いていく事にした。
「だっておかしいと思わない?」
「…なにが?」
「祐一が私の家に来てもう1月以上たつんだよ……それなのに……」
「…それなのに?」
「……祐一が……いっこうに私に手を出そうとしないんだよ〜」
「……はぁ?」
「年頃の男女が一つ屋根の下にいるんだよっ、間違いがあってしかるべきなんだよっ、それなのになんにもおきないなんておかしいよね!?」
「いや…おかしいのはあなたの思考だと思うんだけど……」
「二階にいるのは私と祐一だけなんだよ…この状況で手を出さないなんて18才未満お断りゲームの主人公のすることじゃないよっ!」
「……何の話……?」
「祐一がいつ夜這いに来てもいいように鍵だってかけてないし、毎晩新しい下着にだって着替えてるっていうのに…」
「……マジで?」
「ホントだよっ、可愛らしいの選んでるから下着代だって馬鹿にならないんだよっ」
「そんなのやめればいいじゃない…」
「そんなの駄目だよ。初めての時は新しい下着って決まってるんだから!」
「そ、そうなの……?」
「そうだよっ! …それなのに祐一ってば全然手を出してくれないし…
朝だって…わざとあんなに無防備な姿をしてるのに…いたずらすらしてこないんだよっ」
「なんでいたずらされない事を怒るのよ……」
「寝たふりをして…薄目をあけて…今か今かと息をひそめて待ってるのに……」
「狩人か…あんたは……」
「それなのに何にもしてこないなんて……これって絶対おかしいよっ、きっと祐一は女の子になんか興味がないホモさんなんだよ」
「なんでそんな結論にいきつくのよっ」
「うー、だって…」
「そんなことぐらいで相沢君がホモだなんて…いくらなんでも考え過ぎよ」

あたしは名雪の思考の暴走っぷりに、呆れたようにして呟いた。
名雪はあたしのそんな様子も気にする事なく、更に話を続けていく。
「ううん、それだけじゃないよっ。祐一とホモさんの関係な男の子だってちゃんと分かってるんだよ」
「え…っ? いったい誰よ……相沢君とそんな関係って……?」
「北川君だよ」
「なっ!? ……な、なんで北川君なのよっ」
「だって…あの2人仲いいよ」
「たしかに仲はいいけど…友達なんだから別にいいじゃない」
「でも、最近特に仲がいいんだよ。休み時間もずっと喋ってるし…」
「…席が近いからでしょ」
「それに…ここのところ、放課後になると一緒に帰ってるし…」
「それは…確かにそうみたいだけど……」
「しかも祐一が帰ってくるのが随分遅いんだよ…下手したら朝帰りってこともあるし……」
「…だ、だからって……」
「ううん、間違いないよ……祐一と北川君はホモさんの関係できっと朝まであんな事やこんな事を……!!」
「あのねぇ…相沢君が来てからまだそんなにまだそんなに間がないでしょ…それがいきなりそんな関係になるなんて事……」
「その原因も分かってるよ…」
「…本当に……?」
「うん。その原因は……香里だよ!」
「な、なんでそこであたしが出てくるのよっ」
「北川君はね…香里の態度がつれないから落ち込んでて…それで祐一に相談したんだよ」
「え…それ本当の話?」
「ううん、私の勘」
「……」
呆れて物が言えなくなっているあたしの冷たい視線を気にする事なく、トリップした名雪は話を続けていく。
「……それで、祐一はそんな北川君を元気付けてあげてたんだよ……
……そしたら…そんな事が続いてるうちにやがて2人の間に恋が芽生えて……
それできっと2人はホモさんに……ううぅ〜〜〜いやだよっ、そんなの〜〜〜!!」
「ちょっと! 落ち着きなさい、名雪っ!」
「酷いよ、香里! 私の祐一を返してよっ!!」
「なんで私が酷いのよ!」
「だって、香里が北川君に冷たい態度をとってたからこんな事になっちゃったんだよっ」
「別にそう決まった訳じゃないでしょ!」
「うー、でも……」
「少し落ち着いて考えなさいって。相沢君と北川君がそんな関係だなんてことあるわけないでしょ」
「……証拠ある?」
「え?」
「祐一と北川君がホモさんじゃないっていう証拠…ある?」
「証拠って言われても……そんな証拠はないけど……」
「…なにか証拠がないと……私心配で心配で、ここのところたったの9時間しか寝られないんだよ」
「……十分寝てると思うけど……」
「うー…でも…」
それでも不満そうな顔をする名雪。
あたしはそんな名雪を見ながら、小さくため息をついて答えた。
「…分かったわよ」
「…え?」
「そんなに言うなら、私がそんなのはあなたの思い過ごしだっていうのを証明してあげるわ。それでいんでしょ?」
「え、ホントに…?」
「ええ」
「ありがとう、香里!」
そう満面の笑顔で言う名雪に、あたしは苦笑いを浮かべながらため息をつくしかなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

○翌日、教室
 
 
 
 

私は普段よりも少し早めに登校して北川君が来るのを待った。
まぁ…もちろん『相沢君とホモなの?』なんて直に聞く訳にもいかないから、さりげなく聞き出すつもりなんだけど……
……それにしても……名雪にも困ったものね。
猫と相沢君の事となると見境がなくなるんだから。
それにしたって相沢君と北川君がそんないかがわしい関係だなんて……今回はさすがに暴走しすぎよね。
……とはいえ……この頃の北川君と相沢君の仲の良さは確かにあたしも少し気になってたところなんだけど……
放課後はいつも一緒にいるし、お昼だってあたし達のいない所で2人きりで食べてたりするし……
あたしから見ても少し妬ける……じゃなくてっ、少し不思議に思ってたぐらいだから名雪が心配するのも分からなくはないんだけど……
それにしたって……薔薇の関係はいくらなんでも考え過ぎよね。
しかも、それがあたしのせいだなんて……
……
……あたしの態度……そんなにそっけなく見えたのかしら……?
…確かに、そう言われると思い当たるところはいくつかあるけど……

「……」
あたしはそこで考え事をいったん打ち切って、腕時計に視線をうつす。
もうすぐチャイムがなりそうな時間だった…けど、北川君は来ていない。
出来れば相沢君達が来る前に話を聞いておきたかったんだけど…今からじゃもう間に合わないわね。
仕方がないわね……放課後にでも話をする事にするしか…
幸い、今日は土曜日だから時間はたっぷりあるし……
……土曜日の午後……北川君と……2人きりでお話……
……
そ、それってまるでデートみたいじゃない…!!
ううん、違うのよ! ……あたしは全然そんなつもりはないんだから!
あたしはただ、名雪のために北川君からちょっと話を聞こうとしてるだけなんだから……!
そう、全然デートなんてつもりはないんだから……!!
……でも……せっかくの土曜日だから・…お話が終わった後にそのまま2人でどこかへ行くっていうのも悪くはないわよね……
……って、それじゃあ本当にデートになっちゃうじゃないっ!!
そ、そんな……ちょっと話をするだけのつもりだったのに、いきなりデートする事になるだなんて……!
……あたし、まだ心の準備が……
…だって……デートっていうからには、当然その最中に手をつないじゃったりするのよね……
……でもって……その弾みでついには腕なんか組んだりして……
それでそれで……! ……別れ際には……さよならのキスを……
ああ、そんな…!! 初デートでいきなりキスだなんて……!!
 
 

「美坂、おはよう」
 
 

…で、でも、北川君が望むんだったら……あたし……

「……美坂? ……おいっ、美坂!!」
「……え…?」
突然の呼び声に、あたしは驚いて目を開けた。
すると、すぐ目の前で、北川君が不思議そうな顔であたしの顔を覗き込んでいた…
「きゃあっ、北川君!?」
「うおっ!?」
「……い……いつからそこにいたのよ!?」
「いつからって…さっきお前に挨拶をしたんだぞ。それなのに全然返事がないし…」
「え…そうなの……?」
「ああ。そしたら急に目を閉じて顔をこっちに向けるし……夢でも見てたのか?」
「え、ええ……まぁ……そんなところかしらね」
あたしは誤魔化すように視線を逸らしながら答えた。

……ああ、それにしてもびっくりしたわ……
いつのまにか北川君が目の前にいるんだもの……
朝からトリップしちゃうなんて……名雪の暴走がうつったのかしら……?
まぁ、いいわ……とりあえず名雪のためにも……あたしの夢を現実のものとするためにも……北川君に話をしないとね…

「あ、あのさ…北川君……」
あたしはさっきのバツの悪さから、少し視線をそらしたまま話しかけた。
「ん、どうした」
「ちょっと話があるんだけど……今日の放課後…空いてるかしら……?」
「いや、空いてないけど……」
……あたしの夢は、いきなり夢のままに終わった。
「……え……あ……そ、そうなんだ……」
あたしはなんとか平静を装って答えようとするが、若干声が上擦っているのが自分でも分かった。
「ああ、今日の放課後はもう先約が入ってるんだ。悪いな」
「ううん、気にしないで…先約が入ってるんじゃ仕方ないし……」
そう言いながらも、あたしの心境は穏やかじゃなかった。
……いったいどこのどいつよ!? あたしと北川君のスイートな午後の一時を邪魔した奴は!
ただでさえ、ここのところ相沢君と一緒で話す機会がめっきり減ったって言うのに…!
……ん? ……も、もしかして今日のその先約っていうのも……!?
「あのさ……その先約って…ひょっとして相沢君?」
「そうだけど…よくわかったな」
……まさか本当にあたってるなんて…
この2人……最近やけに仲がいいわね…
毎日放課後もずっと一緒にいて…それで土曜日まで一緒に過ごすなんて……
…やっぱり妬けるかも…
…って、あたしったらなに考えてるのかしら…
男に嫉妬するなんて名雪じゃあるまいし……
……
……あ……でもよく考えてみたら、今日が駄目でも明日があるじゃない…!
明日は日曜日……午後どころか、午前中も……つまりは一日中一緒にいられる日曜日…!!
でも、日曜日に2人きりで会いたいなんて…まるで本当にデートに誘ってるみたいじゃ……
ううん、これは仕方がない事なのよ! 名雪を一刻も早く安心させてあげたいからなのよ!
あたしは、無理矢理そう自分を正当化させ、目立たない程度に多めに息を吸い込んでから言った。
「だったらさ…明日はどうかしら?」
「明日?」
「ええ、明日の日曜日に…出来れば2人で会って話したいんだけど……」
ああ……言っちゃった……とうとう言っちゃったわ……!!
……って、べ、別にいいじゃないの……これは名雪のためにただ少し話をしようとしてるだけなんだから……
……あ、でも……これを聞いたら北川君の方がデートに誘われてるって勘違いするかしら…
違うのに……本当は違うのに……
それは……話が終わった後どこかに遊びにいきたいかな…なんて思ってるけど……
お気に入りの服を着ていこうなんて事も考えてるけど…
しかもお弁当まで作っていこうなんて事まで考えてるけど……
おまけに下着も新しいのをはいて行こうなんて事まで考えてるけど……
…って、あたしったらなに考えてるのよ……!! 名雪じゃあるまいし…!
…で、でも……万が一ってことがあるし……
いざっていう時、変なのはいてる訳にいかないし……
……そのいざっていう時なんかだと……あたしの下着姿をじっと北川君に見られるかもしれないし……
……それで……綺麗だな、なんて言われて……
そして、そのまま北川君の手があたしの下着にのびて……
ああ、そんな…!! 初デートでいきなりそんな関係なんて……!!
…あたし、まだ心の準備が……
 
 

「……おい……美坂?」

……でも……北川君が望むんだったら、あたし……うん、いいの……だから……

「美坂! おいっ、聞こえてるか!?」
「……優しくしてね」
「……は?」
「……」
「……?」
「……あっ!?」
気がつくとあたしの目の前には、いきなり謎の言葉を投げかけられ顔一杯に疑問符を浮かべる北川君がいた。
「……あっ!? ご、ごめん! なんでもないの!!」
「…美坂…今日のお前なんか変だぞ?」
「うんん、なんでもないの…気にしないで…」
「…そうか? ところで…俺の言った事聞こえてたか?」
「あ…ううん、ごめん……それで……?」
「だから、悪いけど日曜日も用事が入ってるって言ったんだ」
「そうなの……日曜日も用事が……ぁぇっ!?」
「ああ、本当に悪いな」
「そ、そう……駄目なんだ…」
落胆の色を隠す事も出来ずに、あたしはそう言った。
だって…あたしの中ではかなりの勇気を振り絞ったのよ…それなのに……
いったいどこのどいつよ!!? あたしと北川君の素敵な休日のランデブーを邪魔する奴は!!
……って……まさか……その相手っていうのも……!?
「…あのさ……その用事っていうのも……まさか相沢君がらみ?」
「ん……ああ、まあな……」
ちょっとバツが悪そうに私から視線を外しながらそう答える北川君。

「……」
…そんな……いくらなんでもおかしいわ……
放課後は毎日一緒にいて…なおかつ、せっかくの日曜日まで一緒だなんて……
あ、あたしの誘いよりも相沢君を選ぶだなんて……
ここのところ毎日相沢君といるんだから1日ぐらいあたしに付き合ってくれたっていいじゃない……
……ってそういう問題じゃないけど。
それにしても…いったいなにをそんなに話す事があるっていうの……?
……
……それとも……まさか……
……まさか本当に……名雪の言うような妖しい関係なの…?
……
……ま、まさかね……そんな……
「……ず、随分相沢君と仲がいいのね……」
あたしはそれを否定するように首を小さく振って、わざとからかうような口調で北川君に言った。
「そんなことないぞ。これでも顔を合わすたびに生傷が絶えないんだ」
「……?」
なんだかどこかで聞いた事のある台詞ね……
…って……このボケかたが相沢君と一緒じゃない……!
こんな風に返してくるなんて……昔の北川君なら考えられなかったことだわ。
そう言えば……心理学で動作や言動が無意識のうちに好きな人に似通う事があるって聞いた事があるわ……
まさか…北川君はもう相沢君色に染め上げられて……
『ジュン、ユウ』とか呼び合う関係とかになってて……
毎晩ベッドの上で『ふふ…ジュンよ。お前を俺なしでは生きられない身体にしてやるぜ…』なんて言われて…
「……ま、まさかっ……そんな……」
「美坂……?」
「そんなわけないわよね……そんなわけ……」
「どうした、美坂…? 顔色が悪いぞ?」
そうよ……そんなわけないわ……いくら北川君と相沢君の仲がいいからって…
「……美坂?」
……そんなわけ……北川君が相沢君を好きな訳……
「おーい、美坂…大丈夫か?」
北川君と相沢君が……そんな不潔な関係の訳……
「おぃ、美坂? 聞こえてるか…」
「北川君!!」
「うわっ? ど、どうした急に…?」
「相沢君と北川君って友達よね!?」
「……は? なんだ、突然…」
「いいから! 質問に答えて!」
お願い……お願いだからただの友達だと言って……
あたしはそんな祈るような気持ちで北川君を見た。
最初、北川君は戸惑っていたようだけど、あたしの真剣な様子に気がついたのか考え込むような動作をする。
そして、その考え込むような姿勢のまま口を開く。

「まぁ…友達と言えば友達だが……」
だが!? だがってなによ…!! 友達ならそれでいいじゃないのよ……っ!
「……それ以上に……」
それ以上!? 友達以上って事!? まさか友達以上恋人未満とか言うの!?
「…あいつは……人生のパートナーかな」
……
……じ……
……人生のぱぁとなぁっ!!!!!!?
…そんな……それってつまり……恋人未満どころか……もう既に将来を誓い合った仲って事!?
……やっぱり2人は……『ジュン、ユウ』で呼び合う関係……
もう北川君は相沢君なしでは生きられない調教された身体……!!?
「……い……」
「おい、美坂大丈夫か……? やっぱろ今日のお前、少し変……」
「……いやあああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
「み、美坂!?」

あたしの名前を呼ぶ北川君の声をどこか遠くに聞きながら、あたしの意識は次第に失われていった……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

○放課後、保健室
 
 
 
 

「そんな……嘘……だよね……?」

あたしから言われた事が信じられないといった様子で名雪が首をふった。
「あたしだって……信じたくないわよ……」
あたしは唇を噛み締めながら答える。
「でも…はっきり聞いたのよ。北川君自身の口から……」
あたしは今朝の北川君の話を思い出しながら、また少し気分が悪くなった。

……あの後、ショックで気を失ったあたしはそのまま保健室に運ばれ、放課後まで目を覚ます事はなかった。
そして、放課後、様子を見に来てくれた名雪に今朝の顛末を聞かせたところだ。
聞かされた名雪は呆然としてるわ……無理もないけどね。

「……いよ」
「…え?」
突然、放心状態だった名雪が微かに声を発した。
「酷いよっ、香里! 昨日は私の思い過ごしだって言ったのにっ!!」
と、突然勢いよくあたしの肩にをつかんで詰め寄ってくる。
「ちょ、ちょっと…落ち着きなさい、名雪っ」
「……祐一にもう恋人がいるなんて……嫌だよ!! …私……そんなの……」
「……名雪……」
「……しかも……よりにもよってその相手が北川君だなんて!!」
「……」
それはそうだわね……好きな人に恋人がいたっていうだけでもショックなのに、よりにもよってその相手が男だなんて……
……って……あたしも全然人の事いえないんだけど……
「……私……ずっと……ずっとずっと祐一の事好きだったんだよ……7年前からずっと好きだったんだよ……」
「……」
「……でも……子供の頃に祐一の事傷つけちゃったから……
……だから……恋人じゃなくても…祐一と一緒にいられればいいって……そう思ってたのに……」
「……」
「……それなのに……それなのに……北川君に祐一をとられるなんて!!」
そう言ってその場に泣き伏せてしまう名雪…
「……名雪……」
あたしはそんな名雪にかける言葉を見つけられず、ただそっと名雪の肩に手をおいた。

「……酷いよ……香里……」
…と、突然名雪が顔を上げると、非難がましい眼であたしの方を見た。
「……え……?」
「どうして北川君を放っておいたの! 香里さえちゃんと北川君と結ばれてればこんな事にならなかったのに!!」
と、再びあたしの肩を掴んで激しく揺さぶる。
「……ちょ……名雪……落ち着いて……」
「落ち着いてなんていられないよ! だって……香里がちゃんとしなかったせいで……祐一が…北川君に汚されちゃったんだよ!」

普段は見せないほどの狼狽と激昂した様子の名雪。
そしてその名雪の怒りの矛先は完全にあたしに向けられていた。
…きっと……なにかに八つ当たりしないとやりきれない……
そうしないと自分を保っていられない……そんな心境なのだろう。
もちろんあたしだって辛いことに変わりはないが……それだけに今の名雪の気持ちが痛いほど分かった。

「……そうね。ごめんなさい」
だから今は……どんな理不尽な事を言われても名雪の気がおさまるまで話を聞いてあげよう…そう思ってなにも反論せずに、あたしは素直に頭を下げる事にした。
今の混乱気味の名雪にはこうするのが一番だと思ったから……

「そうだよ! 香里は頭がいいのに、こういう事になると不器用なんだから性質が悪いよ!」
「……そ……そうね……」
……なにを言われても今は我慢しよう……これで名雪の気が晴れるのなら……

「そんな消極的な事だから、キャラが薄いとか、存在感がないとか言われるんだよ!」
「……」
……が、我慢……我慢するのよ……美坂香里……

「このままいけば天野さんをぬいてKanon1おばさんくさくなる日もそう遠い事じゃないよ!」
「……」
……が……我慢……

「そんな事だから妹の栞ちゃんはヒロインなのに、自分はいつまでたってもサブなんだよ!」
「……」
 
 
 
 
 
 

(ブチッ)
 
 
 
 
 

……限界だった。

「なによ!! 元はといえば名雪が悪いのよ!!」
「(びくっ)……えっ……?」
「名雪がぐずぐずしててさっさと相沢君をものにしなかったから北川君が相沢君色に染め上げられちゃったのよ!! だから名雪が悪いのよっ!!」
「……か、香里が……逆ギレしたよ〜……」
「だいたい、一つ屋根の下に住んでるのに、間違いの一つや二つが起らないなんておかしいわよ!」
「……しかも昨日といってる事が違うよ〜……」
「だいたいねぇ! なんでむこうがこないなら、あんたから夜這いをかけなかったのっ!」
「……もう言ってる事がメチャクチャだよ〜……」
「メチャクチャじゃない! 人に言う前にあんたがそれぐらい積極的にいけって事よ!」
「そんなこと言われても……祐一が寝る時間まで私の方が起きていられないんだもん……」
「まったく! そんな色気もなく寝てばっかりいるから、沢渡さんはお風呂を2回も覗かれたのに、あんたは1回も覗かれないのよ!」
「ひ、酷いよ、香里! 人がひそかに気にしてた事を!!」
「なによ、ホントの事じゃない!」
「うー」
「ふかーっ」
「うー」













それから2時間以上、あたしと名雪の不毛なやりとりは続いた。
そして次第に虚しくなったあたしと名雪は、今はこうして並んでベットに腰掛けたままため息をついている。
「…なにやってんのかしらね……あたしたち……」
「…ほんとだね」
「……」
「……」
なんとなくお互い無言のまま、顔を見合わせる。 「……はぁ」
「……ふぅ」
そして、お互いそろってため息をついた。
「……香里……今日はとことん呑もうか……」
「……え?」
「つらいことが合った時にはやっぱりお酒だよ。呑んで、呑んで、呑まれて、呑んで、だよ」
普段のあたしなら絶対にとめていただろう……それ以前に今の名雪の台詞に2つほどツッコミを入れていただろう。
……けど、今日はとてもそんな気になれず、あたしは素直に首を縦に振っていた。
「……そうね……付き合うわよ……どこまでも……」
あたしは力なく笑ってそう答えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

○翌朝、名雪の部屋
 
 

ジリリリリリリリッ!!!

「きゃあっ!!?」

突然の大音量にあたしは慌てて跳ね起きた。
「……あたたた……あぁ……頭…痛い……」
……なんで目覚ましなんてかけてあるのよ……
あたしは二日酔いの頭にガンガン響く、大音量を発生する目覚まし群を睨みつける。
だが、睨み付けても目覚ましが止まる訳ではない。それどころか、時間と共にさらに音量が増していきさえする。
仕方なくあたしは痛む頭を抑えながら、その目覚まし群のスイッチを1つ1つOFFにしていく。
そして、最後の目覚ましのスイッチをOFFにして静寂を取り戻す事に成功する。
「……た…助かった……」
「くー…」
そんなあたしの横では名雪が何事もなかったかのように眠りこけていた……
 
 
 
 

結局、昨日はあの後、名雪の部屋で呑む事になった。
あたしはそれはまずいんじゃないかと思ったが、秋子さんは一秒で『了承』してくれた。
それどころか、呑むならこれをどうぞと、秋子さんのお手製のお酒を出してくれさえした。
あたしが本当にそれでいいのかと聞いたら、
『我が家は治外法権ですから(にこり)』
そんな答えが返って来た。
『……ちょっと本当ぽい』
そう思ったあたしはそれ以上なにも言わずにお礼だけを言う事にした。
 
 

それで、あとは2人で浴びるようにお酒を呑んで……何時の間にか寝ちゃったのね。
部屋の中にはラベルの張られていない、空になったら一升瓶が転がっている。
いくら秋子さんのお酒が美味しかったとは言え……随分呑んだものね。
 
 

などと、あたしが部屋を眺めながら昨日のことを思い出していると、廊下の向こうからなにか物音が聞こえた。
そっとドアを開けてみると、階段を降りる足音、そしてそれが終わると下からの話し声が聞こえて来た。
「それじゃ、秋子さん。出かけてきます」
「はい、いってらっしゃい」

相沢君が出かける……
行き先はきっと……北川君のところ……

『いっらしゃい、ユウ』
『……へへ……ジュン……今日はどんな風に可愛がって欲しい?』

「……う……」
朝からそんな嫌な想像をしたら、余計に頭が痛くなって来た。
忘れよう、なにもかも忘れよう……
……名雪とも昨日呑んでる時に、お酒片手に涙をながしながら、そう約束したんだし……
お互いに、こんな惨めな恋のことは綺麗さっぱり忘れて、新しい恋を見つけようねって……
そう誓いあったばっかりなんだから。
「……」
あたしがそんな事を考えていると、不意に横をなにが通り抜ける気配がした。
それは…さっきあれだけの大音量でも目を覚ます気配のすらなかった名雪だった。
その名雪が……下から聞こえて来た相沢君のわずかな声に反応して起きたらしかった。
「……名雪……」
あたしの呼びかけに反応する事なく、そのまま階段を降りていこうとする。
「名雪、どこいくの」
「うん、おはよう」
…やたらずれた答えが返ってきたけど、この程度でひるんでいたら名雪とのコミュニケーションは成り立たない。
「おはよう、名雪」
とりあえず挨拶を返しておいてから、改めて話題を修正する。
「名雪……下にいくつもり?」
「うん」
「相沢君が今から出かけるのを知ってて?」
「…うん」
「辛くないの? 顔を合わせるの……」
「……」
「……それとも……引き止めるつもりなの……?」
名雪はそれを肯定するように首を小さくふって…
「……昨日は忘れようねって…諦めようねって約束したけど……でもね… 」
……笑顔で……そう本当に名雪らしい笑顔ではっきりと言った。
「私に……祐一を忘れるなんて無理」
「……」
あまりの素直な返事にあたしは返す言葉がない。
名雪はその表情を少し曇らせながらも、それでも笑顔を保ったままで続ける。
「私なりに忘れようと…諦めようと頑張ったけど……やっぱり無理だったよ」
「……」
「だって……こんなに好きなんだもん……仕方がないくらい……戻れないくらい……好きなんだもん」
「……」
……そう、この娘はそういう娘だった……
「だから……ごめんね、香里…昨日の約束いきなり破っちゃうけど……」
「うん、いいわ。なんだか凄く名雪らしい気がするし」
「うー…香里、もしかして馬鹿にしてる?」
名雪がいつもの様にちょっとすねた様子で言う。
あたしは名雪の肩に軽く手をあてて、軽く押し出すようにしながら言ってあげた。
「ほら、いってきなさい」
「……うん!」
そう頷くと、名雪が驚くほどのスピードで階段を駆け降りていった。
 
 
 
 
 
 
 

「祐一! 待って!!」
「名雪……どうしたんだ? そんなに慌てて……」
階下から名雪達のやりとりが聞こえてくる。
あたしは一瞬迷ったけれど、悪いとは思いながらその話に耳を傾ける事にした。

「行かないで……」
「え……?」
「北川君の所になんて行かないで!」
「……え? なんで北川のところに行くって知ってるんだ…?」
「知ってるよ……もう、全部……祐一と北川君の関係も……」
「……そうか…ばれてたのか…いや…別に隠すつもりはなかったんだけどな…」
「……」
「…ほら…こういうのってどうしても照れくさいだろう…だからもう少し落ち着いてから話そうかと思ってたんだが……」
「……」
「……だからな……」
「……名雪……?」
「ねぇ……」
「…ん?」
「私だったら……駄目かな?」
「…え?」
「北川君じゃなくて……私だったら駄目なの!?」
「……名雪?」
「…私……7年前からずっと想ってたんだよ……それなのに……北川君に負けたくないよ……!!」

名雪の叫び声にも近い、7年間の想いの吐露。
その名雪の悲痛なまでの想いが、上にいる私の元まではっきりと伝わって来た。
「……」
「……」
しばらくの続く沈黙。そして、その静寂を破って聞こえて来たのは……
「駄目だな」
無慈悲なほどの拒絶の言葉。
「……そ……」
「名雪じゃ絶対に駄目だ」
「…そ……そんな……」
「俺には北川以外考えられない」

その相沢君の台詞を聞いた時、あたしは思わず階段を駆け降りていた。
心の中で何かが激しく憤っていた。
7年間の名雪の想いに少しでも気づいていたら……あんな無下な言い方は出来ないはずよ……!!
あたしは心の中でそう叫びながら階段を中段まで差し掛かった時、相沢君の台詞の続きが聞こえた。

「お前とは……漫才コンビは組めない」

ガタタタタッ!! ゴロゴロゴロゴロゴローーーー! バンッ!!

相沢君のその台詞であたしは思わず階段を踏み外し、そのまま勢いよく階段を転げ落ち、そして壁に激突してしまう。
これでタライでも落ちてきたら完璧だったかもしれないと、変に頭の冷めた一部分で思った。

「香里……お前朝から何をやってるんだ……?」
相沢君が不思議なものをみるような目であたし見る。
そんな相沢君の視線にもめげず、あたしは痛む身体を無理矢理起こして、相沢君を睨み返す。
「あのねぇ! なんでそこで漫才が出てくるのよっ! いつから漫才の話になったのよ!」
「いつからって…最初からだろ?」
相沢君がなにを当たり前の事というように答える。
「え? 最初から…?」
「名雪が俺の漫才のパートナーになりたいって話だったんだから」
……は? 漫才のパートナー……? 人生のパートナーじゃなくて……?
「な、なんでそんな話になってるの……? 名雪は北川君に負けたくないって言ったのよ?」
「だから…北川の代わりに俺の相方になりたかったんだろ?」
……へ……? 北川君の代わりに……?
「あれ? さっき全部知ってるって言ったよな? 俺が北川と組んで漫才をやろうとしてた事とか……」
北川君と組んで漫才……なにそれ……?
「じゃあさっき北川君以外考えられないって言ったのは……」
「あいつのツッコミは天下一品だからな。それに俺との呼吸もばっちりだ。あいつ以外の相方は考えられない」
「名雪じゃ駄目って言ったのは……」
「だって、漫才はボケとツッコミがあって成立するものだ。けど、俺と名雪じゃどう考えてもボケとボケだからな。それじゃあ漫才にならない」
「……じゃ、じゃあ人生のパートナーって……?」
「なんだ、それ…?」
「いえ、北川君がそう言ってたんだけど……」
「ああ。漫才の相方といえば一蓮托生だからな。すっかり意気投合して第2のダウンタウンを目指そうなどと語り合った時もあるからな。そういう意味だろう」
「…それじゃあ…ここのところ放課後とか休日も一緒だったのは……」
「ネタ合わせとか練習だけど……?」
「じゃあ、北川君が相沢君と同じボケ方をしたのは……」
「そうなのか? まぁ、俺があいつのツッコミを尊敬しているように、あいつも俺のボケを見習いたいと言ってたからな」
「……」
つまり……ここまでの話を総合して考えると……もしかして……
……ううん……もしかしなくても……全部あたしの勘違い……?
「……」
その事が頭に浸透してくると、次第にあたしの中で1つの考えが浮かび上がってくる。
あたしの勘違い……ということは、相沢君と北川君はただの友達……
……
……つまり……
……北川君はまだフリー!!
「……香里……お前なにやってるんだ…?」
「……え…?」
そう言われて気がついた。
いつのまにかあたしは、足を踏ん張り、腰にはひねりを入れて、手を力強く掲げて、全身を使って『よっしゃあぁっ!!』と言わんばかりのガッツポーズをとっていた。
…端から見れば妖しい事この上なさそうな姿勢だった。
「……」
事実、相沢君のあたしを見る目はかなり冷たい気がする。
「そ、そんなことより、北川君待ってるんじゃないの?」
「ああ…そう言えばそうだったな」
あたしが誤魔化しに言ったその台詞を素直に受け止めて、ドアへと向かった。
そしてドアノブに手をかけたところで、振り返って名雪を見た。
「あ、そうだ…名雪。お前がさっき言った事だけど…あれ北川に相談してみるからな。それじゃ」
そう言い残して出ていった。

「良かったわね、名雪! 相沢君と北川君が付き合ってた訳じゃなくて……」
あたしは喜びを分かち合おうと名雪に声をかける……が……
「……」
それを聞いた名雪が『ギギギギギ…』という擬音でも聞こえてきそうな程ぎこちなく首をこちらにむける。
「……ナニガ、良カッタッテ?」
「……」
この時の、名雪の澄み切った笑顔に感じた恐怖を、あたしは生涯忘れる事はないだろう……
「……あ……あの……名雪? ……どうかしたの……?」
その静かなる笑顔から溢れる威圧感にあたしは思わず後ずさる。
「分カラナイノ……?」
「ごめん…一生懸命考えるから……だから片仮名読みはやめて……」
……怖いから。
「いい……私は祐一に告白したんだよ……7年間の想いを打ち明けたんだよ……」
「……ええ……そう……だったわね……」
「それなのに……祐一はなんて言った……!?」
「え、あの……なんにも言わなかったんじゃ……?」
「ううん、出ていく時に一言言い残していったよ!! 『お前がさっき言った事だけど…あれ北川に相談してみるからな』って!」
「言われてみれば……確かにそう言ってたわね……」
「これがなにを意味してるのか分かる!!?」
名雪があたしの肩に勢いよくつかみ掛かる。
あたしはアップに迫った名雪から出来るだけ視線を外すようにしながら答えた。
「……つ、つまり……相沢君は名雪の7年間の想いの告白を……漫才への憧れだと勘違いしたままってこと…?」
「……そう……だよ……」
「……」
名雪の手から力が抜ける。
「私の気持ち分かる……? 7年間も想っていた気持ちを打ち明けて、その結果、単なるお笑い好きって思われただけ私の気持ちが……」
「それは……」
あたしは何も言えなかった。
慰めの言葉はいくつでもあったけれど、多分いまの名雪にはなにを言っても届かないと思ったから。
「……」
名雪もそれっきり下をむいて黙り込んでしまう。

「……」
「……」
それからどれくらいの間、静寂の時が流れただろう……
「……あ、あのさ……」
沈黙に耐えられなくなったあたしが、なにか話題を切り替えようとしたその時だった。
「……元はと言えば……」
名雪が顔を上げて、あたしを見ながら……いいえ、睨み付けながら言った。
「……え…?」
「…モトハト言エバ、香里ガ勘違イシタセイデコウナッタンダヨネ……」
「…それは……確かにあたしが悪かったから……お願いだからカタカナ読みはやめて……」
…怖すぎるから。
「香里がそんな勘違いをしたせいで……私は……祐一に……」
「……ええ……それは確かにあたしが悪いのも認めるけど……でも、抜本的には名雪が最初に言い出した気がするんだけど……」
「そんな昔のことは忘れたよ!」
……忘れないでよ。
そんなあたしの心のツッコミを無視して、再び名雪があたしの肩を掴んだ。
「酷いよ、香里!! 香里が勘違いしたせいで私は祐一にいろもんの芸人扱いだよ!!」
「…でも…別にふられた訳じゃないんだからまだチャンスはあるじゃない…なんだったら相沢君が帰って来てからでも改めて想いを打ち明けても……」
「香里だったら出来る!? 北川君に汚れの芸人だと思われて……それでその後に告白なんて出来る!?」
そう言いながらあたしの肩をガクガクと揺さ振る名雪。
「そう言われると……確かにそれは出来ないけど……」
……でも、なんで汚れ芸人?
「そうでしょ!? 私……これからどんな風に祐一と過ごせばいいの!? 普通のカップルが愛を語り合う時に、私達はお笑いについて語らなくちゃいけないんだよっ!!」
そう言いながら、更にあたしの肩を激しく揺さ振ってくる。
「名雪……ちょっ……離して……」
二日酔いの頭に、激しい横揺れをくらい、あたしは気分が悪くなってきた。
そしてその揺さ振りに耐えられなくなったあたしは、バランスを崩してその場に転ぶ。
その結果…あたしを掴んでいた名雪も引きずられるように倒れ込み……
「……あ……」
「……わっ」
あたしの胸の上に、名雪が覆い被さるような形になった。

「……」
「……」
「……名雪……早く起きて……」
まるで端から見たら勘違いされそうな体勢だから……そう言おうとした矢先だった。

ガチャ

まるでお約束の様に、玄関のドアが開く。
「喜べ、名雪……北川がトリオでやる事を承諾……」
「これからはよろしくな、水瀬さ……」
言いかけた2人の台詞があたし達を見てとまる。

「……」
「……」
そのまま何事なかったように再びドアを閉めようとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいって!」
「いや……悪かったな香里…まさかそんなお楽しみの最中だったとは…」
「あのね、相沢君…違うのよ、これは……」
「知らなかったんだ…まさか2人がそんな関係だったなんて…」
「だから誤解なんだってば…!!」
「いや、いいんだよ、香里……俺は人の趣味をとやかく言う気はないし…」
「人の話を聞きなさいよっ!」
「人には人の趣味があるものだからな…お前らがそういう関係だからって俺は別に気にしないぞ」
「…だから……人の話を……」

あたしの言う事に耳をかさずに、1人納得した様子の相沢君に困り果てた時だった。
あたしの上に乗ったまま固まっていた名雪が身体を起こしながら言った。
「祐一っ、違うんだよ! 話を聞いてよ!」
「そう、違うのよっ! 名雪の話を聞いてもらえれば勘違いだって事が分かるんだから!」
「……あのね……私はいやだって言ったんだよ……それなのに……香里が無理矢理……」
「そう。あたしは嫌がる名雪を押さえ付けて、潤んだ瞳にちょっと息を粗くしながら、『へっへっへっ、いいじゃねえか、お前もほんとは好きなんだろう』って名雪の服を脱がしていき……って、なんでよっ!!」
「香里……やっぱりお前はそういう奴だったのか……」
「ち、違うのよっ! 今のは思わずその場の勢いで言っちゃっただけで…!」
「いや、人の趣味に口出しする気はないんだが…無理矢理っていうのはさすがにどうかと思うぞ……」
「だから違うんだって!! 思い出してよっ! あなた達が入って来た時、あたしの上に名雪が乗って……」
「……うう……祐一……怖かったよ〜」
あたしの言葉を遮って、泣きながら相沢君に抱き着く名雪。
「名雪……そうか……でも、もう大丈夫だぞ」
「うん、ありがとう祐一……」
そう言って顔を相沢君の胸に沈めたまま、名雪がこちらをちらっと見た。
(ニヤソ)
そして、なんとも嫌な笑顔であたしを見た。

な……なによ……今の笑顔……?
…まさか…コレ……あたしへの仕返し!?
あたしが相沢君と北川君の関係を勘違いした仕返しがコレ!?
…お、おそるべし名雪……さすが普段ぼーっとしてるように見えてもあの秋子さんの娘だけあるわ…
しかも……どさくに紛れて相沢君に抱き着くなんて……なんて羨ましい……
……こうなったらあたしもどさくさに紛れて北川君に……!
そう考えたあたしは、今にも泣きそうな表情を作って北川君の方を見た。
北川君はそんなあたしに、暖かな笑顔を浮かべてこういった。

「そんな顔するなよ、美坂」
「……え……?」
「お前がレズでも両刀でも…俺達は別に今更驚きはしないから」

……い……いやああああぁぁぁーーーーっ!!
北川君に勘違いされてる事より、この事をなんか当然の様に受けとめてるのがいやあああぁぁぁーーー!!!

「それもそうだな……けど、安心しろ、香里。たとえお前がどんなに周りから冷たい視線をおくられても、俺達は決しておまえを見捨てたりしないからな」
「ああ。だから安心して自分の道を貫き通してくれ」
そんな泣き崩れるあたしの心中を察する事なく、かわるがわる相沢君と北川君があたしにフォロー……という名の、とどめをさしていく。
それを聞いていた名雪が、満面の笑顔を浮かべて嬉しそうに言った。
「変わらない友情って、素敵だね」
「やかましいっ!!」
 
 

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