陽射し
 

一応、No13597の続きです。美汐SS。
なお、読んでいて訳が分からなくなるかもしれないので、
常に美汐の姿を思い浮かべながら読んでください。(爆)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

  『陽射し』
 
 

「祐一〜、祐一〜。」
部屋のドアを少しだけ開け、名雪が顔を覗かせる。
「祐一、準備出来たよ、下に行こっ。」
「準備、何のだよ?」
「祐一の誕生パーティーに決まってるよ〜。」
「誕生日?俺の?」
「そうだよ、祐一がここに来て初めての誕生日なんだから。ほら、早く。」
そう言われればそんな気もする。
「よし、じゃあ行くか。」
俺は部屋を出て、名雪と共に1階へ降りた。
台所の方からは、香ばしい匂いが漂ってきている。
「お、なんかうまそうな匂いだな。」
「うん、すごい豪華だよ。全部お母さんの手作りなんだ。」
「秋子さんの手作りか、ならかなり期待出来そうだな。」
「うん、もちろんだよ。」
 
 
 

台所の入り口に秋子さんが立っていた。
「お誕生日おめでとうございます、祐一さん。」
「ありがとうございます。」
「今日の料理は、私が腕によりをかけて作りましたからね。」
「楽しみです。…で、何を作ったんですか?」
テーブルは、秋子さんの影になって見えない。
「ふふ、今お見せしますね。」
秋子さんはそう言って脇にずれると、テーブルの方へ手をかざす。
そこには…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「じゃーん、秋子特製ジャムケーキ、ジャムピザ、ジャムサラダ、ジャムスープ、あーんどジャムグラタン〜っ!」
「うぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっっっっっっっ!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ガバッ!
「はぁっ、はぁっ、…はぁーーーっ…」
俺は辺りを見まわす。
カーテン越しに朝日が差し込んでくる。
窓の外からは、スズメの鳴き声が聞こえて来る。
「…夢……か…」
俺はほっとため息をついた。
それにしても、なんつー夢を…
………
…あれ?
「…なんで俺、制服のまま寝てるんだ?」
帰ってきて、そのまま眠ってしまったんだろうか?
なんだか頭が重い。
「そんなに疲れていたか…?」
でも、そうすると風呂に入っていない事になるな。
…イヤな汗もかいたことだし、シャワーでも浴びてくるか…
 
 

シャワーを浴びて廊下に出ると、制服姿の名雪がいた。
「おはよう、祐一。」
「ああ、おはよう。…それにしても今日は早いな。」
「うん…、昨日この格好のまま眠っちゃったみたいだから、シャワー浴びようと思って。」
「名雪もか。実は俺もそうだったんだ。」
「そうなんだ…」
「シャワー浴びながら寝るんじゃないぞ。」
「大丈夫だよ…。完全に目は冴えちゃったから…」
名雪も疲れている様だった。
 
 

テーブルには、俺と名雪、真琴の3人が席に着いていた。
「あぅーっ、頭がズキズキするよぅ…」
3人とも、むやみに疲れていた。
頭をふわふわと前後左右に揺らしながら朝食を取る。
当然、味なんて分かるわけも無い。
「でも、3人ともそのまま寝たなんてなあ…」
「不思議だよね。」
「昨日、なんかあったのかなぁ…」
「昨日ねぇ…、昨日…」
なんかあったか?
なんか、嬉しいような恐ろしいような事があった気がするけど…
………
……

 
 
 

「…天野っ!」
「そうだよ、美汐ちゃん!」
なんでアレを忘れていたんだ?
「うん、それで急いで帰ってきて…、…あれ?それでどうしたんだっけ?」
「あれ、うーん…、………思い出せない…」
しばらく3人揃ってウンウン唸りながら思い出してみる。
「…ダメだ、思い出せない…」
そこの所だけ、記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているような感じだった。
 
 
 
 
 

ピンポーン。
その時、不意に玄関のチャイムが鳴った。
「あれ、誰だろう…。こんな早い時間に…」
思わず3人で顔を見合わせる。
ピンポーン。ピンポーン。
続けて2度、3度。
「祐一…、なんだか嫌な予感がするんだけど…」
「…俺もだ。」
俺と名雪は席を立ち、玄関へと向かう。
俺は玄関のドアを開けながら、試しに言ってみた。
 
 

「…よう、天野。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「おはようございますっ、祐一さんっ!…って、あれ?」
ぺこっ、とおじぎをした天野が不思議そうな顔でこちらを見上げる。
「もしかして…、美汐だっ、て分かってました?」
「…まあ、なんとなくな。」
「うわぁっ、すごいですぅ〜っ!これぞ愛の力、ってやつですね〜。」
「んなわけあるかっ!」
朝っぱらからなんつー事を言うんだ、こいつは…
「…ん?天野、それ…」
ふと、天野が持っていた、エンジ色の小さな風呂敷包みに目がいく。
「あ、これですか?ふふっ、今日は和風にしてみたんですよっ。」
天野はそれを、俺に見せるように
「…また中庭で食うのか?」
「はいっ!もちろんですっ!」
天野は笑顔でおもいきり頷く。
そうすると、頭の後ろについたリボンも一緒にぴょこん、と動く。

…まてい。
「天野っ!なんだそのリボンはっ!」
「あ、似合いますか?祐一さんったら、なかなか気づかないからドキドキしてたんですよ〜っ。」
天野は後ろに大きなリボンをしていた。
黄緑色に、濃い緑色のチェックの入ったリボン。
………
…俺の頭にふと、ある考えが閃いた。
「天野っ、ちょっと待ってろっ!」
「えっ、どうしたんですかっ!?」
俺はそれには答えず、急いで自分の部屋に向かう。
………
……

 
 
 
 
 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
「だ、大丈夫ですか〜っ!?」
「…大丈夫だ、それよりもほら、これ。」
そう言いながら、俺は持ってきた物を手渡す。
代わりに弁当を受け取って、玄関の上に置いておく。
「ほえ、なんですか、コレ…?」
きょとん、とした顔で天野は、俺と持ってきた物を見比べる。
「見ての通りだ。」
「サインペンに…、スケッチブック…ですよね?」
「そうだ、それに言葉を書いて、俺のほうに向けてくれ。」
「えと、どうしてですかっ?」
「俺が見たいからだ。」
「はぁ、分かりました…」
顔に『?』を浮かべながらも、天野は文字を書き始める。
…お、大事な事を忘れる所だった。
「それとだな、語尾に『〜なの』ってつけるのも忘れるなよ。」
「はい〜。」
そして天野は、スケッチブックを俺の方に向けた。
 
 
 

『祐一さん、大好きなの』
 
 
 

…うおっしゃあぁっ!
俺は心の中でグッ、とガッツポーズをした。
天野の髪の長さからして、決して不可能ではないと思っていたのだが…
ま、まさか本当に見られる日が来るとは…
スケッチブック万歳!演劇少女万歳!!
「え、祐一さんっ、なんで泣いてるんですかっ!?」
聞くんじゃない天野、漢の涙に言葉は要らないんだ…
「え〜っ、ど、どうしよう…?」
オロオロと慌てふためく天野。
その姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。

「あ、良かった〜。どうしたのかと思いましたよ〜。」
天野は心底ほっとしたような表情を見せる。
「やっぱり祐一さんには、笑顔の方が似合いますよ。」
「…それは普通、男が女に言う言葉だと思うが…」
俺がそう言うと、天野は一瞬きょとん、とした顔をして、
少しだけ照れたような、優しい瞳で俺を見つめた。
 
 
 
 
 

「…じゃあ祐一さんも、美汐には笑顔の方が似合うって思いますか?」
「…え?」
「…きっと無愛想な女だって印象しか無くて…」
瞳の色が、次第に悲しみをたたえたものに変わって行く。
「…笑顔の美汐を見てもおかしいだけだ、って思ってませんか?」
真剣な顔で、俺を見つめている天野。
その表情に、思わずドキッとする。
…あ。
良く見ると、目の下にうっすらと隈が出来ている。
…眠れなかったんだ…
あんなに明るく振舞いながらも、きっと心の中は、自分が受け入れられているかどうか、
変に思われていないか、不安でいっぱいだったんだろう…  
俺は天野の両肩に手を置いて、まっすぐに天野を見つめた。
「天野…」
「あ…」
「確かに、最初はびっくりしたよ。あの天野が、ってね。」
「………」
「…でも、俺のために一生懸命頑張ってくれている、ってのは良く分かるし…」
「祐一さん…」
「さっき天野が俺を見た時、素直に可愛いって思えた。」
「あ…!」
天野の表情が笑顔へと変わる。
「うん、やっぱり天野には笑顔の方が似合う。」
それを聞いた天野は満面の笑みを浮かべ、眼の端をこすると、
「ありがとうございますっ!祐一さんっ!」
…そのまま俺に抱きついてきた。
「お、おいっ、天野っ!」
………
…まぁ、いいか…
ほのかなリンスの香りが心地よい。
俺は片方の手を、天野の背中に回す。
そしてもう一方の手で、肩越しにある天野の頭をそっとなでて…
 
 
 
 
 
 
 

「あ、名雪さんおはようございますぅ〜」
そのままの格好で天野が挨拶をした。
「…へ?」
「わわっ、美汐ちゃん、しーだよ、しーっ!」
ちょっと待てっ、名雪だと!?
俺は勢い良く後ろを振り返る。
…天野を抱きしめたまま。
 
 
 

「………」
「………」
…プイッ。
「おいっ!わざとらしく目を逸らすなっ!」
「ち、違うよ、私なんにも見てないよっ!」
「だったらその態度はなんなんだっ!」
「ゆ、祐一がにらむからだよ〜。」
「嘘つけっ!だいたいいつからそこに…」
…まてよ、そういえば…
………
「名雪っ!お前最初からずっと見てたろっ!」
「そんなことないよ〜。『おはようございますっ、祐一さんっ!』って辺りからだよ。」
「それを最初からって言うんだっ!」
「祐一さん、祐一さんっ!」
「止めるな天野っ、名雪お前、あんな恥ずかしい場面をことごとく見やがって…」
「…今だって充分恥ずかしいよ(ポソッ)」
…え?
「どわあぁぁっ!」
俺は慌てて天野から手を離した。
しまった…ずっと抱きしめたままだった…
「祐一さん…、美汐、まだ胸がドキドキいってますぅ…」
胸に手を当てながら、はーっと息をはく天野。
「祐一、朝から大胆だねっ。」
…なぜ勝ち誇ったように喋るんだ?名雪?
「はあ…、さっさと行くぞ。」
………
 
 
 
 
 
 
 
 
 

昼休み。
俺は先手を打って、授業が終わると同時に廊下に待機する。
程なく、パタパタという靴音と共に、天野が駆けよって来た。
「あっ、祐一さん〜、もしかして美汐の事待っててくれたんですかっ?」
「ま、まあな…。」
「ほんとですかっ!?美汐嬉しいです〜っ!」
本当は、クラス中の注目を浴びるのが嫌だっただけなのだが。
しかし天野は俺の側までやって来ると、そのまま教室の中を覗き込み、
「あ〜っ、名雪さんに香里さ〜ん、こ〜んに〜ちわ〜っ!」
弁当を持っていない方の手をブンブンと振った。
二人はもう、すっかり慣れてしまったような感じであいさつを返す。
…適応力あり過ぎないか、お前ら?
結局目立ってるし…
「ほ、ほら、行くぞ天野!」
俺は天野の手をつかんで強引に歩き出す。
「わあっ。」
「なんだ?」
「祐一さんの手って、あったかくて大きいんですねぇ〜。」
「………」
 
 
 
 

 
 
 
 

中庭へ出ると、この時期にしては陽射しが強い気がした。
雲はまばらにしか浮かんでいない。良い天気だった。
昨日と同じ様に天野がシートを敷き、弁当を広げる。
 
 
 
 

「祐一さん、はい、あーんですっ。」
天野は里芋の煮っころがしを箸でつかみ、俺の口元まで持ってくる。
………
…あーん、って言ったって…なぁ…
「…恥ずかしいから遠慮しておく…」
「え〜っ、なんでですか〜っ、みんなやってますよ?」
「嘘だろ、いくらなんでもそんな…」
………
…本当だった。
一体何なんだこの学校?
それとも、今日びの高校生ってみんなこうなのか?
「ねっ?」
「…まあ、それだったら…。…一度だけだぞ?」
「はーいっ、…ほら、あーんっ。」
「………」
 

パクッ。
…う、うまい。うまいんだけど…
…ムチャクチャ恥ずかしい…
「…はぁ、コレでいいか?」
「むうーっ、全然ダメですよぉっ。」
天野は頬をぷうっ、と膨らませながらこっちを見ている。
「はぁっ、どこがダメなんだ?」
「祐一さんもちゃんと、あーんっ、て言ってくださいよぉっ。」
「できるかっ!んなことっ!」
「言ってくーだーさーいーっ!」
いや、くーだーさーいーっ!、って言われてもなあ…
天野はムスッとした顔で、かぼちゃの煮付けを俺の前に構えたまま動かない。
「はい、あーんっ。」
「………」
「あーんっ、ですっ。」
「………」
「あーんっ。」
「………」
「あーーーんっ。」
………
……

 

「…あーん。」
…やっぱりうまい。
「あはっ。じゃあ次はコレですっ。」
「って、まだやんのかっ!?」
「もちろんですよ〜っ。はい、あ〜んっ。」
…まあ、いいか。
「…あーん。」
「はいっ。次は…、あーんっ。」
「…あーん。」
「はい、あーんっ。」
「…あーん。」
………
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

帰り道、俺と天野は並んで歩いていた。
天野が、秋子さんに用事があると言ってきたからだ。
いつの間にか、空のほとんどが雲に覆われていた。
風が少し、冷たく感じられた。
二人とも、無言だった。
 
 

「明日からも、祐一さんを迎えに行っていいですか?迷惑は掛けませんから。」
不意に天野が口を開いた。
「別に迷惑じゃ無いけど…、大変じゃないか?」
天野の家はまったくの反対方向にある。
たいした距離じゃないものの、弁当まで作っていたらかなりの負担になるだろう。
しかし、天野はこちらを向くと、首を横に振る。
「祐一さん、美汐は祐一さんと一緒に学校に通いたいんですっ。…ずっと、憧れてたんですから。」
「そうか…、だったら、俺は構わないから遠慮無く来てくれ。」
「はいっ、じゃあ明日から毎日来ますね!」
元気良く答える天野。
「…ん、でも明日って祝日じゃ無かったか?」
「…あ、そういえばそうでしたねっ。うっかりしてました。」
思わず顔を見合わせて笑う。
 

「なあ、明日、どこかに出かけないか?」
ふと、そんな言葉が口をついた。
「え…?」
天野の足が止まる。
「ええええぇーーーっっっ!本当ですかぁっ!?」
「なんでそんなに驚くっ!?」
「ま、まさか祐一さんの方から誘ってもらえるなんて…」
そう言って天野はバックを開けると、ばつが悪そうに2枚のチケットを俺に見せる。
「新しく出来た遊園地…、一緒に行きたいなって思っていて…」
「いつ話を切り出そうかって、ずっとタイミングを計っていたんですよっ。」
…それで静かだったのか…
俺たちはもう一度、顔を見合わせて笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

−Fin−
 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

なんだか途中、テンションが変わりまくってます(泣)                      
Finとありますが、そのうち『遊園地編』を書くかもしれません。
でもその前に、普通の美汐も書きたい…

感想頂けると、非常にありがたいです。それでは。
  inserted by FC2 system