きっと、いつかは帰るから

 

 
 

 雪が降ってる。
 窓の外には、今日も雪が降ってる。ゆらゆらと揺らめきながら、ゆっくりゆっくり。
 コンロに置かれた手鍋の中には、あったかいミルク。ストーブの上には、湯気のたつやかん。そんな、いつもと変わらないリビング。

「ねぇ? お母さん?」
「……なに? 名雪?」

 そして、振り向いたお母さんの表情も、やっぱりいつもと変わらない笑顔で……

「静か……だよね」
「……そうね」

 ほんの少し前までは、手鍋のミルクややかんのお湯が沸く音なんて、ろくに聞き取れもしないほどだったのに……

「二人とも、元気してるかなぁ……?」

 祐一と真琴が旅に出てから、どれだけの日々が過ぎたのだろう。本当にふらりと、一言「旅に出る」とだけ言い残して、止める間もなく、真琴だけを連れて。
 あれからの便りと言えば、“真琴も祐一も元気だよっ”って書かれた往復はがきが一通……それっきり。
 元気だって知らせなんだから元気なんだろうけど……返信欄に名前しかない往復はがきじゃ、お返事なんて出せないよ……

「……大丈夫よ。あの二人だったら、どこに行っても、どこにいても」
「そうだよ、ね……」

 悩んでいても、苦しくても、きっとあの二人なら、どんな困難があっても……最後には笑って切り抜けられるはずだから。
 ……けど、わたしは。わたしの方は……

「……こんなにこの家って、広々としてたっけ?」

 あれから秋が過ぎ、冬が来て、もうすぐ春の足音が聞こえはじめる時期になるけど……わたしは、この静かな家にはまだ慣れられないでいる。
 ……おかしいよ。7年もずっとお母さんと二人きりで、それが当たり前だったのに。どうしてこんなに、寂しいの……?

「……大丈夫。きっと帰ってきますから」

 いつものように頬に手を当てて、信じ切った、いつもの一言。

「ここでは出来なかった経験やたくさんの想い出話を持って、ここでは見つからなかったなにかを見つけて、きっと笑顔で帰ってきますよ」
「うん……そう、だよね」

 いつ帰ってくるのか、判らない。もしかすると、もう帰ってこないのかもしれない。

 けど……もう、7年も待ったから。祐一とはもう会えないって、祐一はもうこの街には来ないって思って、それでもわたしは7年待って、祐一は来てくれたから……もう、何日か、何ヶ月か、何年か余計に待ったっておんなじだよね。だってわたし、こう見えても結構気だけは長いんだよ?
 それに、いつ帰ってくるか判らないってことは、今日にもひょっこりと帰ってくるかもしれないってことなんだから……こんなふうに思えるわたしが、自分でもちょっとお気楽かなって思うけど、信じなくっちゃいい事なんて起きないよね?
 これはお母さんと、祐一が教えてくれたことなんだよ……………。

「……やっぱり、わたし、行ってくる」
「そう」

 お母さんはそれ以上は何も言わなくて……わたしがどうするつもりなのかなんて、全部判ってますからね、と言いたげな目で、送り出してくれる。
 雪が降っている……わたしに降っている。約束の時を数える空からのメッセージ。

「……ふぁいとっ、だよ」

 いつもの言葉で自分を元気付けながら、降りやまない雪の中をわたしは駆け出して……商店街の角を曲がれば、約束の場所は、すぐそこ。
 でも、時間の約束はしていないから、きっと長く待つ事になる……ずっと前にそうしたように、久しぶりにこの街に来た祐一が3時間ここでそうしていたように、雪降る中をベンチに座りながら。ゆっくりと過ぎる、時間の中で。
 ……傘だけはちゃんとさしているのが、ちょっとだけの余裕だよ。もし今日来なければ明日、明日来なければ明後日も待つつもり。だから、雪をかぶって風邪を引くなんてバカな事はできないんだよ。

「うぐぅ……もう名雪さんがいるよ〜」

 なんて事を考えていると、いつの間にやら、わたしの左側にはいつものでっかい紙袋を抱えたあゆちゃんが、

「……帰ってきたら、もう一年一緒に高校に通えますね、って言ってあげるんです」
「それじゃ、相沢君とレベルが変わらないわね……」
「うー、そんな事言うお姉ちゃん、嫌いです」

 右側には、香里と栞ちゃんが、

「はいっ、おすそわけだよっ」
「……たい焼き……嫌いじゃない」
「あははーっ、佐祐理もいただきますねーっ」

 ベンチの後ろには、倉田先輩と川澄先輩が、

「……肉まん買ってきましたよ。真琴の大好物ですからちゃんと用意しておかないと」
「肉まんも、嫌いじゃない……」
「……慌てなくても、たくさん買ってきましたから」

 そして、私の前には、美汐ちゃんが、

「……これだけ大勢の女友達に待ってもらえて、しかも、沢渡さんと二人旅……羨まし過ぎるぞ、相沢っ! 帰ってきたら一発殴らせろ!!」

 その辺りをうろうろとしながら、北川君が……
 いつの間にか、みんなここにいた。

「……えへへっ」

 もう、雪はやんでいた。空のずっと遠くに、少しだけども、晴れ間が見える。

「お弁当も用意してくればよかったですねーっ」
「あ……そうですね。今日帰ってこなかったら、明日はたくさん用意してきましょう」
「栞……いい加減ほどほどの量ってのを覚えなさいね」
「やっぱりそういう事言うお姉ちゃん、嫌いです」

 そんないつものような会話の中で少しずつ、少しずつ、寂しさが溶けて……少しずつ、少しずつ、楽しさがつもってくる。

「……あっついお茶も」
「うぐぅ、ボク猫舌……でも、それってなんだか楽しそうだねっ」
「え? ねこ?」

 きっと、そういういつものちょっとした事の積み重ねが、

「……ねこさん、いるの?」
「違うわよ、名雪……川澄先輩も……」
「……残念」

 幸せを作るのには、必要なんだと思う。

「お弁当の話から、どうしてそうなるのよ……」
「……私も、なにか作りましょうか?」
「あっ、美汐ちゃん……そういえば、ちゃんと目玉焼き出来るようになったの?」

 ううん、きっと、そうやって積み重ねていく日々が、幸せそのものなんだろうね。

「……失礼ですね。もう克服しました……って、誰から聞いたんですか!?」
「祐一と真琴から」
「…………これは、是が非でも早々に帰ってきてもらわなくてはなりませんね…………」

 途端にみんなの顔に弾ける笑顔。美汐ちゃんも、少し怒りながら、それでもちょっと照れくさそうに笑ってて……そんな風景がなんだか嬉しくて

「……では、明日は名誉挽回の機会をいただけますか?」
「佐祐理もがんばりますねーっ」
「私も、張りきっちゃいます」
「……たまには、あたしもなにか作ろうかしら……」

 だって、前は一人でここに座ってたけど、今は、そうじゃないから。

「じゃ、みんなでお弁当大会だねっ」
「え? ……あゆさんも作るんですか?」

 こんなにたくさんのあったかい人たちが、いつも自然と集まってくれるんだから。

「うぐぅ、それ、どーゆー意味……?」
「言葉通りよね、栞?」

 けど、本当にいつものような幸せを重ねて行くには、まだ二人、大事な人たちが足りなくて……

「うぐぅ……」
「はぇー……あゆさんのお料理ですか……」
「じゃ、あゆちゃん、教えてあげるから一緒にがんばろうよ?」

 意地悪で騒がしくて素直じゃなくて、でもとっても優しい二人が足りなくて……。

「う、うんっ、ボク、がんばるよっ!」
「そうそう。ふぁいとっ、だよっ」

 だから、二人とも。帰るところはみんなで用意して待ってるから、だから、ちゃんと答えを見つけて、お土産もたっくさん用意して……早く帰って、きてよね

 今度は待たせずに、みんなで「おかえりなさい」してあげるから……
 

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ささやかなコメント by LOTH

わたしの誕生日の記念に、Surrealさんからいただきました。
いや…30過ぎて誕生日がおめでたいかどうか…ちょっとあれですけど(苦笑)
まあ…産んでもらった感謝の日ということらしいですからね、もともとの意味は……って、ほんとか?

このSSは、お読みになれば分かりますように、わたしの真琴系SSシリーズ"二人の旅"をモチーフにして、
いくつかのわたしの作品をベースにした、いわば3次作品のようになっています。
…わたし自身がそういうものを書いたことはあるのですが、他の方に書いていただけるとは…思わなかったです。
その上、そのメインモチーフが"二人の旅"…

"二人の旅"は、解説にも書いたようにわたしの心の揺れ、例えば寂しさ、悲しさ、あるいはうれしさ、希望…
そんなものを二人きりで旅をする祐一と真琴に託して書いている、いわばわたしの心の旅です。
そんなわたしの自分勝手な、SSと読んでいいのかも分からないこのシリーズを、とても好いて下さる方が何人かおられて…
でも、そんな勝手なことを二人に託していいのか…わたしの持論の『キャラを愛する』ってことと矛盾しないか…
彼らは自分のそんな旅を、本当はどう考えるんだろう…そして、街に残された他の人々は…Kanonは…
そんなことも思う、そんな旅。

そんなわたしに、Surrealさんはこの作品で
『いいんだよ、書いていてもいいんだよ、旅をしていても…いいんだよ。でも、帰ってきてね。いつかきっと、帰ってきてね。』って…
そんな風にKanonが…キャラたちが…そして、読んでくださる方が言って下さってるんだよって、
そんなこと…思わせて下さいました。感じさせて下さいました。
わたしの勝手…わたしの業…でも、それでもいいから…って、そんな風にみんなが笑ってくれている…
そんな姿、見せていただいた気がします。本当に…うれしい贈り物です。 inserted by FC2 system