『Say Anything』

※私の知る全ての音楽の中で、最も感動を覚えた曲のタイトルを冠する。けれど……。
 "LOTH's Home Page"100,000Hitのお祝いに贈……っても良いのだろうか、このSS……?
 LOTH様、読む価値無し、と判断されましたら捨て置いて下さい。


 ちりん……ちりん……。

 薄暗くなった丘に、鈴の音が。
 遠くから、小さく弱く、耳に届く。

 ちりん……ちりん……。

 冷たくなった、力の入らないあたしの手を、何かが動かしているみたい。

 ちりん……。

 あ……手の感覚が無くなった。

 ちりん……。

 鈴の音も、もうかすかに聞こえるだけ。
 辺りは、既に真っ暗だった。

 ちりん……。

 寒い。

 ………。

 寒い。

 ………。

 寒いの……。

 ………。

 ここはどこ?
 あたしは、真琴は何処にいるの?
 寒い……寒いよぅ……。
 助けて……祐一、助けて……。
 

『Say Anything』




『助けてよ』

 その一言は、既に声にならなかった。

 声……。
 ううん、あたしはもう、自分が『そこ』にあるのかどうかさえ、分からなかった。
 ただ、今分かることと言えば、あたしの意識が真っ暗な闇の中に閉ざされようとしていることだけ。
 そして、もうそこからは逃げられない、ということ。

『寒い』

 雪の中、裸で寝転がるよりももっと寒い。
 だけど、そんなことさえどうでも良くなってきた。あたしには、もうそんな冷たさなんて分からないかも。
 だってもう、真琴の体がどこにあるのかさえ、あたしには分からないのだから。
 だって……今あたしがいるところは真っ暗で、何の音も聞こえなくて、ただただ、心まで凍りそうなほどに寒いだけなんだから。

『ここはどこ?』

 ……あ、手がどこにあるのか分からない。
 足なんて、もうとっくにどこにあるのか分からなくなっているし。
 ただ分かるのは、真琴はもう、ここまでなのかな、ということ。

 ………。

 ……あれ?
 『真琴』って何?
 『真琴』って何だろう?

 ………。

 ……分からない。

 ………。

 ……あ、『名前』だったよね、確かあたしの。

 あたしの名前?
 ……本当にそうだった?
 あたしは『真琴』ってモノだったの?

 ………。

 ……あれ?

 ………。

 ……ううん……違うわよぅっ!
 『真琴』って、祐一が口にしていた名前で……。
 ……で、あたしは……。

 あたしは……。
 あたしは……あたしは何?

 あたしに名前なんて……無かった。
 『真琴』なんて名前、ただ記憶の中にあっただけ。
 ……『思い出』の中にあっただけ。

 ……何で、記憶にあったの?

 ………。

 ……何で、『真琴』って名前だけ、記憶にあったの?
 何で……?

 ………。

 ……分からない……。
 分からない……。

 ………。

 ……本当に分からないの?

 ………。

 ……あ……あれ?
 えと……。
 ……え? 何……これ?
 昔の祐一……。
 昔の祐一が、何だか大きく見える……?

 ……どうして?
 あたしが祐一と一緒にいたいから、そう見えるの?
 ……どうして?
 それとも……本当にあたしは小さかったの……?

 ………。

 ……あ、思い出した……。

 あたしは……『人間』じゃなかったのよね。
 祐一のように『人間』じゃなかったのよね。
 あたしは……『真琴』でもなかったのよね……。

 ………。

 ……あたしは。

 あたしは……ただずっと、祐一の側にいたかっただけなのよぅっ!
 退屈することのない、寒さを感じることもない、温もりの中に居たかっただけなのよぅっ!

 だから。
 だから……っ!

 ………。

 ……あぅ……。
 ……何だか、どうでも良くなってきた……。

 ………。

 ……あ、ううんっ、ダメよぅっ!
 あたしは、祐一の所に帰るんだからっ!
 こんな所にいたくないのようっ!
 だから、しっかりしないと……しっかりしないと、ダメなのよぅっ!

 ………。

 ……でも、
 あたしの手は、どこにあるの?
 あたしの足は、どこにあるの?
 あたしの体は、どこにあるの……?

 ……冷たい、あたしの『体』だったモノが、ぽろぽろと崩れてゆくのが分かる。

 痛い。
 痛い……っ!

 まるで、水気を失った泥人形が、風に晒されて崩れてゆくように、あたしの体も……ぽろぽろと……。

 ぽろぽろと……崩れ落ちて……ゆくの……?
 崩れて、風にながされる……?

 ………。

 ……イヤっ!
 イヤっ!
 イヤようっ!
 あたしは……『真琴』は、祐一の元に帰るんだからっ!
 もうひとりぼっちはイヤっ!
 寒いのはイヤっ!

 ……イヤっ! イヤっ! イヤっ! イヤっ!

 ……イヤイヤイヤイヤイヤイヤっ!

 消えたくないっ!

 消えたくないっ!

 あたしは消えたくないのっ!

 あたしはなくなりたくないのっ!

 ……真琴は消えてしまいたくないのよぅっ!

 どうして消えなくちゃいけないの?
 どうして……どうして……。

 ……どうしてっ!

 ………。

 ……。
 
 

 ……声。
 声が聞こえる……。
 あたしを呼ぶ、声。
 ずっと呼び続ける、声。
 懐かしい……懐かしい声。

 でも……。
 でも、あたしは……。
 真琴は、もう……。

 ………。

 ……祐一。
 ……会いたい……。

 ゆういち……。

 ゆうい……。

 ゆ……。

 ………。

 ……。
 
 

「あのね……真琴の知ってるのはここまで。どうしてあの時、ぴろと一緒にあそこで寝転がっていたのか……どうして今、ここにいるのかなんて分からない……」
 そう言ってあたしは言葉を結ぶ。
「………」
 後は沈黙。

「………」
 それを聞いていた祐一も、何も言わなかった。
 ただ、いつもの人をからかうような目じゃなくて、無表情な、何を考えているのか全然分からないような目であたしを見ていた。

 ………。

 沈黙。

 居間の壁に掛かっている時計の音だけが、部屋の空気を満たす。
 その音が、やけに耳障り。
 何だかいつもの家の雰囲気じゃなかった。

 だけど、あたしは……。
「……いつまた、真琴が消えるのかは分からない……ずっと消えずにすむのかも知れないけど、すぐに消えてしまうかも知れない……」
「………」
「……怖い。祐一、怖いのよぅ……」

 そこまで言うと、何だか辺りがぼやけて見えてきた。
 目の辺りが、ちょっと熱い。

「……っ!」

 次の瞬間、祐一はあたしを強く抱きしめていた。
 けれども、言葉はない。
 どんな言葉だって、気休めにもならないことは知っているから。
 だって……。
 

 ………。
 

 夜。
 街も、森も、あの丘だって、闇に染まる、夜。
 だけど、今の真琴は……。
 

 ……ぎぃ。
 ……ぎぃ。

 廊下の床を、僅かに軋ませながら、あたしは祐一の部屋に向かう。
 そして、その扉の前に立つと、ドアをそっと……開く。
 今夜だけは、祐一に気付かれないようにしないと意味がない。
 そう、言われてきたから。

 ドアを開き、しばらくそのままにする。
 そして、慎重に、慎重に、祐一が寝付いているかどうかを確認する。
 下手をすれば、あの時の二の舞だから……。 

 ………。

 中から反応はない。
 不規則な寝息と、微かなうなり声がベッドの方から断続的に中から響き渡るのみだ。
 ……どうやら、一応は寝付いているようだった。

「……っ!」

 あたしは中を見回すと、祐一のいる部屋の中にそっと、半開きのドアから体を忍ばせる。
 そして、ゆっくりとベッドに近づく……。
 その、祐一が寝ているベッドまであと2歩、といったところで立ち止まり、祐一の寝顔を覗き込む。

 祐一は、ベッドの中で時々呻き声を上げながら、苦悶の表情で眠っていた。
 目には、涙の跡が見える。

「……すごい……」

 あたしは思わず驚嘆の声を上げる。
 いかに入れ知恵の仕入れ所が仕入れ所とはいえ、こうまで上手くいくとはさすがに思っても見なかったからだ。
 その作戦の見事さに、呆気にとられてしまっていた。

「……こと……いか……で、くれ……」

 ……ふと、祐一の寝言が微かに聞こえた。

 この様子だと、相当参っているのが分かる。
 こうも効果てきめんだと、成功したという喜びよりも、驚きというか、むしろ罪悪感が優先してしまう。

「………」

 あたしは、祐一の寝顔をもう一度見る。
 祐一がどんな夢を見ているかまでは分からなかったけど、すごく悲しい夢なんだ、という事だけは分かった。

「………」

 ……そんな祐一の寝顔を見ていて、何だか悲しくなった。
 悪戯が成功した事なんて、どうでも良くなってきた。

「……あぅ……」

 どうすればいいのか、分からなくなった。
 あたしの目からも涙が溢れそうになるのが分かった。

「あぅ……ごめんなさい……」

 ……結局、どうすればいいのか分からなくて、あたしは祐一の布団にもぐり込み、祐一と一緒に泣きながら眠っていた……。
 

 ………。
 

「真琴、どうでしたか? 上手くいったでしょう?」
「あぅ……上手くいった。……けど……」
「……どうかしましたか?」
「祐一、昨日からずっと元気ない……」

 あたしは美汐の授業が終わったあと、家の近くにある公園で待ち合わせ、そこのベンチで一緒に座りって美汐に結果報告をしていた。
 けれども、何だか元気のない祐一を見ていると、あたしまで元気がなくなってきていて……。

「そうですか……」
「……あぅ」

 もう何を言えばいいのか、よく分からなくなってきていた。
 『悪戯』が成功したからといって、喜ぶ気には少しもなれなかった。
 でも……。

「さて……それではそろそろ、相沢さんの青い顔でも見に行きましょうか」

 対する美汐はさも嬉しそうにそう言ってベンチから立ち上がると、

「……ふふっ」

 含み笑いをした。
 そんな美汐は、自分の悪戯が成功したことを素直に喜んでいた。

 美汐……祐一に何か、恨みでもあるの……?

「……美汐、意地悪……」

 そんな美汐を見て、あたしは思わずそう漏らしていた……。
 
 

おしまい……。


あとがき。

 ……大恩ある方の記念に際し、こんなSSを送りつけてしまう自分が、かなり嫌になりました。
 でも……ネタが無くって(だからって許される事ではないのですが……)

 恐らく、記念として贈られた全てのSSの中で、最も記念SSに相応しくないと思います……。
 LOTH様および、(公開されました場合)お読み下さった方がお怒りにならないことを祈ります……。

 最初、シリアスからちょっと『ほっとする』内容で終わらせようとしたのですが、書き上げたらいつの間にかこうなっていました。
 ……どうしてなのでしょう?

 それでは、感謝と謝罪の意味を込めて……。
 

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ささやかなコメント by LOTH

100000hit記念に夢見草様に戴きました。

ていうか、夢見草さんは美汐に何か恨みでもあるのですか(怒)

…嘘です(笑)

初めから中盤の部分、わたしは自分の書いた『風・鈴』を思い出して、ちょっと辛かった。
でも、最後にはどうなるかと思いきや…
…美汐さん、それは…シャレになってないでしょう(苦笑)
悪戯っていう範疇を越えてるってば…真琴と祐一をもっとくっつけようというならともかく…そんな気もないようだし(爆)
ううっ、酷いですぅ…

でも、真琴が可愛いから赦す!! <をい

ていうか、十分、ある意味ではほのぼのかなと思うのですけど…
ちょっとある意味では、問題作かもしれない(笑)
でも…

やっぱり、真琴が可愛いから赦すっ! <だからっ

…でも、美汐…幸せ?(核爆)

とはいえ、真琴と美汐という、わたしの最も大好きなコンビをこうして書いてくださった夢見草さまに感謝を…
ありがとうございます。

2000.9.20 LOTH inserted by FC2 system