Graduation From...

 真琴エンド後。

 時間経過一年とちょっとです。

 

 真琴はいまだ帰ってきません。

 

目次

春、そして

母親

父親

対話

晩餐

親子

別離、そして

エピローグ

後書き

 

春、そして

 桜が派手に散っている。

 ……オレも派手に散った。

 名雪と同じ大学を受験して滑る。まあこれはしょうがないだろう。滑り止め、ワックスがかかっていた。

 北川は東京の工学系の大学に進学、香里は東京の医大、名雪はオレが落ちた大学に合格。

 ……オレだけ蚊帳の外、ってわけだ。

 

「ふぅ」

 鞄を背負いなおすためにちょっと立ち止まる。場所は商店街、時は夕暮れ。まだ薄赤い色の空で、きれいな夕焼けって感じじゃなかった。

「こんにちは、相沢さん」

「おお、天野じゃないか」

 後ろから声をかけられ、振り返ってみると、天野が立っていた。

「久しぶり、だな」

「そうですね」

 実際、受験でゴタゴタしていたし、オレは卒業式に顔を出していなかったので、天野に会うのは2ヶ月ぶりくらいになる。

「相沢さん、どうして卒業式に出られなかったのですか?」

「……それどころじゃなくて、な」

 オレはここで深いため息をついた。

「それどころじゃない、ですか」

「オヤジとオフクロがこっちにきてたもんで」

「お父様とお母様ですか」

「……そんな上等なもんじゃないよ」

 オレは苦笑混じりに答える。

「今日もこっちに来ているんでね、その買出しって訳だ」

 オレは鞄を指差しながら苦笑した。でかいボストンバッグひとつ分の買い物。中身は……酒と肴になりそうなもの、だ。

 重たくてしょうがない。

「……そうですか」

「で、天野、オレになにか用があったんじゃないのか?」

「いえ、特には」

「そうか……オレはてっきり何か重要な話でもあるもんだと思っていたんだが」

 天野はオレの言葉を聞いて首をかしげる。

「商店街で知人に声をかけるのはおかしいですか?」

「……ぷっ、くっ、あっはっはっは」

 オレは天野のまじめな顔を見て悪いと思いつつ噴き出してしまった。

「相沢さん」

 天野はちょっとむっとしたようだった。

 オレは天野の頭を軽く叩きながら答える。

「いや、おかしくないな、当たり前だ」

「……相沢さん?」

 天野は不思議そうな顔をした。

「ああ、そうだな。知り合いに声をかけるのはおかしくはない、な」

 オレがまじめな顔で答えると天野は微笑んだ。

「よかった」

「何が?」

「相沢さん、さっきまでちょっと落ち込んでいたようですから」

「……落ち込んでいた?オレが?まさか」

 オレは肩をすくめて見せる。

「……相沢さん、まじめに答える気がないんですか?」

「そんなことはないぞ。オレはいつだってまじめだ」

 天野はちょっと考えてから答えた。

「相沢さんは、核心を突かれるといつもごまかします」

「天野、鋭いな。あたりだ。ご褒美にスルメをやろう」

「いりません」

「じゃあ、柿ピーならどうだ?」

「いりません」

「……特別だぞ、チーズ鱈をやろう」

「いりません」

 天野は固かった。

 もとよりこんなものでごまかされるようなのは真琴くらいなものだろう。

「……オヤジの出張が終わるんでね、一緒に住もうと言われたんだよ」

「……」

「そう、ただ、それだけだ」

「……そうですか。もし、そうなったら、相沢さんは……」

「ああ、この街を出ることになるだろうな」

 オレは鞄の紐を肩にしっかりとかけなおし、天野に背を向けた。

「……できれば、そうならないことを願っているが、ね」

 天野はオレに何も声をかけなかった。

「じゃあ、悪いが、オレはこれを家に届けなきゃならないんでね」

 そう言い残し、商店街を去っていった。

母親

 水瀬家の玄関をくぐる前、オレは気合を入れる。

 ……戦闘準備完了。

「ただいま」

 オレは玄関を開け、大声で帰宅を告げた。

 

「おかえり、祐一」

 迎えたのはオフクロ。最悪だ。ニコニコと笑顔を浮かべている。

「オフクロ……怖いからやめてくれ」

「何が?」

「薄気味悪いから笑顔で迎えるなんてマネはやめてくれ」

「親に向かってその口のきき方はなんだいっ!!」

 オフクロがキレた。オフクロ、秋子さんと血がつながっているとはとても思えない性格だから、これは予想範囲。

「子供見捨てて海外にホイホイついていくようなのを親とは思えないね、オレは」

 火に油を注いでみる。見事に炎上。面白い。

「あんたが勝手に残るって言ったんでしょうが!!」

「残ろうがついていこうが結果は一緒だね。高校ってのはカリキュラムに自主性がかなり認められているんだぜ?高校2年までにこれはやっている、なんてぇのは最低ライン部分でしか決まってないわけ。つまりは転校するってことはすごいハンデになるわけだ」

 オレの冷静な指摘。

 そう、少なくとも転校する前、オレは学校でも中ほどくらいの成績だった。編入試験はそれほど難しくなく、まあ中間キープかな、と思っていたら、だ。

 3年次になって真っ青だ。オレは統計やってねぇ。

 名雪たちは一年次に確率・統計をやっているらしかった。

 おかげで数学全然わからねぇ。

 微分方程式が解けても、確率がわからない。すごいいびつな生徒になっちまったわけだ。

 見事に大学受験は失敗。

 そりゃそうだろう。一単位だけならまだしも、ほかにもいくつか。

 世界史、日本史は近代史だけしかわからない。

 こんな受験生が受かるわけがない。

「うっ……」

 オフクロが黙る。

「まあ、別に恨んじゃいないが。引っ掻き回しさえしなければオレは気にしない」

 固まったオフクロの脇をすり抜け、ダイニングへと向かう。

父親

 ダイニングに入ると秋子さんがオレを待ち構えていた。

「祐一さん、久しぶりに会ったのに、あの言い方は酷いんじゃないですか?」

「……わかっています。わかってて言っています」

 オレは秋子さんにそう答えた。

「わかっていて?」

「まあ、いろいろと考えるところがありまして……」

 オレはボストンバッグの中身を冷蔵庫に移しながら答えた。

 缶ビール、500cc缶で10本、350cc缶が5本。肴になりそうだと思って買ってきたほっけの開き、絹ごし豆腐一丁、油揚げ、さつま揚げ、チーズかまぼこ。

 ほかにスルメ、お徳用柿ピー、サラミ、チーズ鱈などの乾き物。12kgを超える重量だ。重たいわけだ。

「ずいぶんと買いこんできたのですね」

「オヤジは枠なんで」

「枠?」

「ザルってのはまだ濡れるんで酔っ払うんですが、枠になると濡れる部分もないんで酔っ払わないんですよ。ま、時々手元が狂って枠にかかっちゃうこともあるんですけどね」

 オレがウィンクして答えると、秋子さんは笑う。

「そういえば、そうでしたね」

「……ところで、その枠はどこ行ってるんです?」

「祐一さんのお部屋ですよ」

 オレはその言葉を聞き終わらないうちにキッチンを飛び出した。

 

 だんだんだんだんっ!!

 バタンッ!!

 

「おー祐一、元気そうだな。だが家の中で暴れちゃいかんぞ」

 オヤジはのんきそうにオレを見ていった。手にはアルバム。

「勝手に人のアルバムを見るなっ!!」

 オレはアルバムを引っ手繰る。

「いーじゃないか。減るもんじゃなし」

「減るわっ!!」

「何が減るんだ?」

「オレのプライバシーだっ!!」

「おお、なるほど」

 オヤジはポンと手を打った。

 まったく、油断も隙もあったもんじゃねぇ。

 オレがアルバムを戻すとオヤジはこう言った。

「ところで、この写真の娘さんは誰だね?」

 オヤジは胸ポケットから一枚の写真を取り出した。

 その写真には、眠っている真琴が写っている。

「オヤジ……いつの間にその写真を」

「さっきアルバム見てたとき」

「……ってーことはだ、さっきアルバムを持っていたのは……」

「見終わったから片付けようかと思っていたところだったんだが」

 オレはやっぱりオヤジから写真を引っ手繰る。

 この写真は真琴と“結婚式”をする前日に撮った、最初で最後の写真だった。

 “結婚式”……オレは赤くなる。

「赤くなって、変なやつだな」

「五月蝿いっ!!人の物を勝手に持っていくのは泥棒って言わないか、普通っ!!」

「おお、そうとも言うな」

 オヤジはまたポン、と手を打つ。

 ……この人の相手をすると疲れる。

「で、その娘さんは、誰だね?」

「……沢渡真琴。ひところ水瀬家にいた居候」

「いた?」

「ああ。今はいない」

「どういった関係だね?」

「……オレにはプライバシーってもんがないのか?」

 オヤジは腕組みをした。

「ふむ。祐一、酒は買ってきたか?」

「ああ」

「よしよし。じゃあ、今夜はおまえも呑め」

「はぁ?オレは未成年だぞ」

「父が特別に許す」

「オヤジが許しても秋子さん、許さないと思うぞ」

「……うっ」

 オヤジは腕組みをしたまま言葉に詰まる。

「秋子さん、怒ると怖そうだし……」

 オヤジはしばらくうつむき、そして顔を上げた。

 その表情はいつになく真剣で……。

「祐一、頼みがある」

「あん?」

「……秋子さんに了承もらってきて」

「アホウっ!!」

対話

 オレはとりあえずオヤジを部屋に残し、一階に下りた。もうプライバシーの保持はあきらめた。

 ダイニングのほうで話し声がする。

 オフクロと秋子さんが話し込んでいるようだ。

「あの子ったらいつの間にあんな生意気な口きくようになって……」

「祐一さんですか?普段はあんな感じじゃないんですけどね」

「誰のおかげでここまで大きくなれたと思ってるのかしらね」

「少なくともオフクロのおかげじゃあないね」

 オレはダイニングに入りながらそう口を挟んだ。冷蔵庫から牛乳を取り出す。

 戸棚からマグカップを取り出して、牛乳を半分くらい入れる。

 一気飲み。

「秋子さん、ちょっと出かけてきますから」

 そう言い残し、オレはキッチンを後にする。

「すぐ戻ってきます……そうですね、夕飯までには」

 

 玄関に向かい、つるしてある薄手のコートを引っつかんで外に出る。

 早足で歩く。

 

 そこはいつきても静寂をたたえていた。

 広い空間。

 ものみの丘。

 オレは適当なところにあぐらをかいて座り込む。

 両手を後ろにつき、空を見上げる。

 空は夕焼けに染まって赤かった。

 明日も晴れだな。

 ぼんやりそんなことを思った。

 風が緩やかに流れる。

 カサリ

 やさしく草を揺らす。

「なあ、真琴。オレはどうしたらいいと思う?」

『なにをよぅ?』

「オヤジとオフクロが一緒に住みたいと言っている」

『ふうん』

「だが、一緒に住むってことはこの街を離れなくちゃならないってことだ。でもな、オレはこの街を離れたくはないんだ」

『じゃあ、そうすればいいじゃないのよぅ』

「世間体ってのもある。浪人生が、わざわざ都会の親元離れて暮らしているってのも変な話なんだと」

 

 カサカサ

 

「……相沢さん」

「……天野か」

 オレは振り返らずに答える。

「ものすごい形相で歩かれていたものでつい……立ち聞きする気はなかったのですが」

「構わんよ」

 オレは立ち上がり、天野の方に向く。

 ズボンについた泥を払い、天野を見る。

「相沢さんは、この街を出て行かれるのですか?」

「……できれば出て行きたくはない、が、ね」

 オレはどんな表情をしているんだろう。天野が自分の服の胸の部分を右手できゅっとつかんでうつむいた。

「でしたら、ここに残る努力をなさったほうがいいのでは?」

「……そうだな……なあ、天野?」

「はい……」

「オレはどうしたらいいと思う?」

「……相沢さんがなさりたいようにしたほうがいいと思います。何もしないで後悔するより、自分で決めた道に従ったほうがいいと思いますが」

「……そうだな」

 オレは天野の頭をポンポンと叩く。

「確かに、そうだ」

 そして、オレは笑った。

 天野も顔を俺に向け微笑んだ。

「言い方は違うが、天野、おまえ、真琴と同じこと言うなぁ」

「友達ですから」

 オレは天野の言葉を聞いて、しばらく空を見上げた。顎を右手の人差し指でポリポリと掻く。

「きれいな夕焼け、だな」

「そうですね……明日もきっといい天気でしょうね」

 オレは視線を天野に戻す。

 天野もちょうど空からオレに視線を戻したところだった。

「……しかし……」

「はい?」

「天野、おまえ、本当におばさんくさいな」

「……怒りますよ」

晩餐

 その日の夕食は多少ピリピリしたムードの中展開した。オヤジは……あれは枠だから放っておく。名雪は……あれはイチゴジャムさえあれば幸せ星人だから放っておく。秋子さんは……あれでいて鋭いが、まあ、波風立てる人じゃないから、大勢に影響なし。

 なんだ、ピリピリさせているのはオフクロだけじゃないか。

 オフクロは時折オレを睨み付け、ハッとなって微笑む。うむ、面白い。

 オフクロの腹は簡単だ。オレを連れ戻したい。まあ、世間体ってのがあるんだろうけど、実際どんなもんだろうか。離れた街の世間体なんぞ気にしてもしょうがないと思うんだが。

 オヤジは……ありゃあ、何も考えてないな、多分。今はビールを腹に詰め込む作業に没頭中。前から疑問に思っていたんだが、ビールってのはどうしてあんなに入るもんなんかねぇ。

 名雪は……スルメ齧っていた……。

「名雪……そんなもん食ってないで、ちゃんとご飯食べろよ」

「スルメ、好きなんだよ」

 ……返事になっていない……。

「そーか、名雪ちゃんはスルメが好きかぁ」

 ……オヤジ、それじゃ、まるっきりオヤジだ。

「あら、あなた、コップが空じゃない」

 オフクロがオヤジのコップにビールを注ぎ足す。

 ……オフクロ、オヤジがコップ使ったの、最初の一杯だけだぞ。後は缶から直に呑んでたぞ、おい。

「あらあら、お姉さんもコップが空じゃないですか」

 ……秋子さん、オレのオフクロ酔い潰して何する気ですか?って秋子さん、顔、赤くないですか?もしかして……。

「あの〜、秋子さん?」

「はい、なんでしょう、祐一さん?」

「もしかして……呑んでます?」

「やだわ、祐一さんったら」

 そう言うと、秋子さんはオレの背中をバンバン叩いた。

 こりゃ、相当呑んでるな。

 オレは名雪の耳元に囁く。

「なあ、秋子さんって酒、呑むのか?」

 名雪はまだスルメをはぐはぐ噛んでいた。その手を休め、オレに囁く。

「私、お母さんがお酒呑むとこ、見たことないんだよ」

「……だろうな」

「祐一、なにこそこそしゃべってるのよ」

 ……できあがってやがる……。

「そうですよ、祐一さん。名雪とこそこそなにやってるんですか?」

 オレは自分が買ってきたにも関わらず、果てしなく後悔していた。酒の量を間違えたことに。

「いくら名雪ちゃんが可愛くても、いとこなんだからねぇ、だめだよぉ」

 オフクロ、なにがだめなんだ?

「あら、お姉さん、いとこなら大丈夫ですよ」

 秋子さん、なにが大丈夫なんですか?

 ……名雪、なに赤くなってうつむいているんだ?

「祐一、私のこと可愛いだって。いとこだったら大丈夫なんだって〜。嬉しいよ〜」

「……酔っ払いのいうことを真に受けるな……だいたい、大丈夫で嬉しいって、なにが大丈夫でなにが嬉しいんだ?」

 ……って名雪さん?あなたの手にしているコップに入っている黄金色の泡だった液体はなんですか?

「最初苦かったけど、これ、おいしいんだよ。祐一もどう?」

 ……この場で素面なのはオレだけかい……。

 オレはため息ひとつついてダイニングを後にしようとした。

「あ〜祐一〜どこいくの〜?」

 名雪がオレのトレーナーの裾を掴んでいる。

「……風呂入って勉強するんだよ。オレは浪人生だからな」

「じゃあ、私もお風呂〜」

「……じゃあ、名雪、先入れ。オレは後でいいから」

 

 オレのこの判断は間違いだった。そりゃあそうだ。酔っ払いが風呂に入ればどうなるか。

 物の見事にのぼせた名雪。

 おかげでオレは風呂に入りそびれた。

親子

「ん〜っ」

 大きく伸びをする。

 今日は予定外のイベントが多すぎた。

 予定より大幅に遅れている。

 時間は午前2時。

 ちょっと腹が減った。

 オレは腹ごしらえのあてを探しにキッチンへと降りる。

 

 冷蔵庫の中にあった即食べられそうなもの……豆腐が一丁、チーズかまぼこが3本……まあいっか。とりあえず豆腐を取り出した。

 たしかこのあたりに鰹節があったはず……あったあった。

 鰹節を乗せて、しょうゆをぶっ掛けてとりあえず食べる。

 チーズかまぼこはそのまま部屋に持っていくつもりだ。

「祐一」

 いきなり声をかけられてちょっとびっくりした。

「……オヤジ」

「どうだ、勉強のほうははかどっているか?」

「今日はちょっと遅れ気味」

「そうか……まあ、今日はそれくらいにして、ちょっと付き合わんか?」

 オヤジは冷蔵庫から最後の缶ビール2本を取り出した。

 そして、さっさとキッチンを出て行く。

「オヤジ、どこ行く気だ?」

「なに、ベランダだよ。ちょっと寒いかもしれんが、今日はいい天気だ。それに、今夜は十六夜。月でも眺めながら一杯やらんか?」

 

 ベランダは寒かったが、月はきれいだった。

「なあ、祐一」

「ん?」

「おまえ、どうしてもこっちに残りたいか?」

「できれば、ね」

「そうか……」

…………

………

「なあ、祐一」

「ん?」

「そんなに、母さんが嫌いか?」

「……いや」

「そうか」

「オフクロには悪かったと思っている。だけど……」

「……いい、みなまで言わなくても、な」

 オヤジは缶ビールを一口飲んだ。

 ベランダの手すりの上に缶ビールを置き、両手を手すりに突いて月を見上げた。

「ああ、今日も月はきれいだ」

 オレも缶ビールを一口飲むと、手すりに左手をついて月を見上げる。

 オヤジは月を見上げたままこう言った。

「男がこうと決めたなら、覚悟を決めてかかれよ……だが、どうしようにもならなくなったなら父さんに相談しなさい。私は、おまえの父親なのだから」

「オヤジ……」

「母さんだって、おまえのことを思っているのだから……ああは言っても、な」

 オヤジは缶ビールを一気に煽った。

「さあ、祐一、風邪を引かないうちに部屋に戻るとしよう」

別離、そして

 翌朝。

 オレは気合を入れてカーテンを開ける。

 今日もいい天気だ。

 着替えてダイニングへと降りていく。

 

 ダイニングには朝食の準備が整っていたが、キッチンに立っていたのはオヤジだった。

「あれ?」

「おう、祐一。おはよう」

「あ……おはよう……秋子さんは?」

「今母さんと散歩に行っている」

「あ、そ……で、オヤジは何やっているんだ?」

「何やっているように見える?」

「朝飯の準備」

「そのとおりだ、祐一。成長したな」

 20年近く親子やっているが、いまだにオヤジの性格が把握できない。

 オヤジの作ったスクランブルエッグはちょっと胡椒が強めだったが、うまかった。

「知らなかったよ、オヤジが料理できたなんて」

「何寝ぼけたこと言ってるんだ?おまえの朝食は毎日私が作っていたじゃないか」

「はぁ?」

「知らなかったのか?」

「全く」

「母さんはああ見えて、実は全く料理できなくてな〜」

 ……“ああ見えて”に非常に引っかかったがとりあえず流しておく。

「で、私が一通り仕込んだんだよ」

 ……オフクロ、本当に秋子さんと血がつながっているんすか?

「ただいま」

 オフクロが帰ってきた。ちょっと元気がなかった。

「あら、あなた。ただいま」

「おう、お帰り。秋子さんは?」

「買い物」

「こんなに朝早くに?」

 オヤジはそう言いながらスクランブルエッグを作り、皿に盛る。

「じゃあ、祐一。私らこれ食べたら帰るわね……」

 オフクロが元気なく言う。

 ……オフクロ、悪い……だけど、オレはこの街にいたいんだ……。

「そうだな。あまり長居しても悪いし」

 オヤジはエプロンをはずしながらダイニングに入ってくる。

「祐一、しっかりやれよ」

 オヤジはオレの肩を叩きながら言った。

 ……オヤジ、ありがとう……オレの我侭聞いてくれて感謝しているよ。

 

「ただいま」

 秋子さんが帰ってきた。

「はい、お姉さん。二日酔いにこれが効くって」

「……ありがと」

 ……元気がないと思っていたら二日酔いかい……。

エピローグ

「まあ、そういうわけで、とりあえずこっちに残ることになったよ」

 翌々日。オレは天野を呼び出して、事情を説明していた。

「……そうですか、よかったですね」

 天野はちょっと微笑んでオレにそう言う。

「いろいろ心配かけたな」

「……そうですね」

「普通はっきり言うか、そういうこと」

 オレは笑いながら天野の頭をポンポンと叩く。

「事実ですから」

 天野も笑っていた。

「さあ、本腰入れないとな」

「相沢さん、私の下級生になるのだけは避けてくださいよ」

「……天野……酷いこと言うな」

 一面の桜吹雪の中、オレは空を見上げる。

「春、だな……あいつにも見せてやりたかったよ」

「……そうですね」

「代わりに、オレが見てやるさ」

 オレは桜吹雪の中、鈴の音を聞いた気がした。

 そう、鈴の音を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちりん、ちりん

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 6時間かかったです。LOTH様のペース、すごすぎです……。

 う〜、しかも何語りたかったんだか良くわからん(苦笑)

 本当はまこぴーとの対話シーンが書きたかったんですよぉ。

 秋子さんは酔っ払わせるし……晩餐のシーンは完璧暴走。でもちゃんと一歩手前でフルブレーキしたつもり……です。

#かかっていない?ごもっとも

 次はいつになることやら……。

 私は基本的に「このシーンが書きたいっ」をベースに書くので、なかなかネタってのがなくて……イベントもないし(苦笑)ほのぼのもしないので困ったモンです。

 しかもエンド後の世界だと、相手がいない状況。ほのぼのもらぶらぶもありえませんね(苦笑)。名雪はまだ祐一あきらめてないっぽいですが。

 ……うーん、もちっと練りこまないとだめ、かな。

 まだキャラが立っていないし(苦笑)。

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ささやかなコメント by LOTH

微風護衛さんにいただきました。
正確には捧げていただいたわけではありませんけど…でも、わたしの影響で書けた、とおっしゃっていただきました。
そう言っていただけるのは、本当にありがたいです。
わたしのSSなんて、他の方が書こうとするステップになってくれたらと、いつも考えていますから。
ご本人は真琴MLを主催しておられるように、もちろん真琴属性なのですが、これは真琴の帰ってきていない時間のSS…
どこが真琴属性なんだか、とご本人は苦笑しておられますが…
でも、確かに真琴属性らしい、祐一の想いが感じられて、それを見守る回りの暖かい人々が感じられて…
わたしは好きです。真琴でこういうのは、もうわたし自身は書く気はないのですけど…これは好きです。
これからも体に気をつけて、でもまた書き続けてほしいと思います。 inserted by FC2 system