ワルツ・フォー・マーメイド

赤丸です。今回は、天野SSです。
このお話をLOTH様に捧げます。
それでは、しばしのお時間をお借り致します。どうぞ。
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ワルツ・フォー・マーメイド
 

「本をお借りしたいんですが・・・」

夕暮れ時の、人がほとんどいなくなった図書室で、私は、声を掛けられた。
どうやら、一つ上の学年の人のようだった。

「図書カードはお持ちですか?」
事務的に尋ねる。好きでなったわけではないけれど、私は図書委員だった。
「ああ。俺、結構借りる方だから」
ふと、その人が手に取った本を見る。童話だった。

「・・・人魚姫」もう一冊あったような気がしたが、私の目に飛び込んできたのは、その題名だった。

「あ、いや、俺みたいなのが借りるのっておかしいかな、ははは・・」
細い目を、さらに細めて男の人が笑った。
つられて私も笑ってしまう。
「いいえ、可笑しくありません。・・・全然、可笑しくなんて無いです」

男の人が、本を借りて出ていってから、久しぶりに笑った事に気がつく。

図書カードの裏を見る。割とありふれた名字の人だった。

「そういえば、相沢さんと一緒のクラスの人ね・・・」

その日は、それから借りに来る人も無く、私は学校を後にした。
 

夕暮れ時になると、いつも行ってしまう場所がある。
赤い沈みかけの太陽。春は、まだ先なのに・・・ここには、春の匂いがする。
ものみの丘。
私は、ずっと待ち続けていた。

・・・・・・・誰を?

遠い日に別れた、思い出のひとかけら。あるいは・・・・・・。

もう、終わりにしよう。強く生きるために。
何度、そう思っても、やっぱりここに来てしまう。

人魚姫は、あわになって消えてしまいました。

あの王子様は、しあわせ。

最後まで、人魚姫の気持ちに気づかなかったから。

・・・・じゃあ、気がついていたら、どうしたのだろう?

美しい声も、愛を語る言葉も無くした哀れな人魚姫に、どうするのだろう?

・・・そういえば。

確か、王子様の血をあびれば、人魚姫は、人魚に戻れるのではなかったか。

「・・・・真琴を、あの子を、元に戻したいかい・・・・人間よ・・・」

幻聴。風のささやき。でも私には、はっきりと、聞こえていた。
 
 

翌日。
屋上で、一人の不良を発見した。
「もうお昼休みは、終わってますよ」

なぜ彼に話し掛けたかは、分からなかった。
ただ私も、授業を抜け出してきたクチだから、彼の事は言えなかった。
訂正。私を含めて不良は2人だ。
「昨日は、どうも」
短い挨拶をすると、彼は苦笑いをする。こう目が細いと、表情も読みにくい。
「面白かったよ。人魚姫の話」
唐突に、彼が切り出した。
「自分が昔、どうしてこの話で、泣けたか思い出せたんだ」
・・・かわいそうな人魚姫の話なんだから、どうしてもないと思うけど。
「・・・そうですか」
私の目は、その人を見てはいなかった。ただ、じっと山の手の向こうにみえる丘を見ていた。
彼の話は、まだ続いていた。
「・・・・もう一冊の方の幸福な王子の話は俺あんまり好きじゃなくってさ。つばめが死んでしまうのが耐えられなかったんだよな・・・」

「斎藤さん」
不意に自己紹介すらしていない事に気がつく。
「・・・どうして、私にそんな話を?」
「さあ、聞いてもらいたかったからかな」
答えにならない答え。

私は何を期待していたのだろう。

「天野・・・天野 美汐」

相変わらず、笑った顔の斎藤さん。でも、怒ってもこの目の細さじゃ、解らないだろうな。

「・・・私の名前です」
「・・・知ってたよ」

私は、振り向かずにドアを開けると、屋上を後にした。

夕暮れ時。
黄昏時。

真っ赤な風景。血を流しても、・・・・・・今なら目立たないかもしれない。

私は、そんなに強くない。ずっと、全てを拒絶して生きられるほど、強くない。

鞄の中には、帰りのコンビニで買った、カッターナイフが入っていた。
この丘で、私ができる事。最後にできる事。私は、左の手首に、刃をあてがった。
 

「・・・待てよ」

声がした方向を振り向く。

夕日が邪魔で、表情が読めない。でも、きっと怒った顔をしているのだろう。

でも、あんな細い目じゃ、怒っても一緒か。

「・・・あなたに、何が解るっていうんです?」

私の声は、多分震えていた。

「さあな。ただ、そんな事しても消えていったあいつらは喜ばないと思うぜ」
「え?」
沈黙。
「自分と同じ体験をした人間に会うのは、初めてか?」
「・・・いいえ、2人目です」
「なら、あなたなら、解ってくれるでしょう!どうして・・・」
「・・・さあな。王子様に燕の魂までとっていかれたくなかったからかな」
「・・・・・・」
夕焼けの中で、彼は笑っていた。
表情は、分からなかったけど。

私は、いつのまにかこれまで会ったあの子達の事を話していた。
最初の別れ。そして、2度目の友人との別れ。

「人魚姫の王子が、もし、もしも彼女の気持ちに気がついていたら・・・どうしたと思います?」
 

「・・・彼女を、一生愛したろうな」

「え?」

「人魚姫のお話はね、誰かが人魚姫を誰よりも愛すると誓ってくれると、人間になれるお話なんだよ」
「でも、最後はあわに・・・」
「・・・あいつは、誓ったんだろう?」
「・・・・・・はい!」
「それにさ、人魚姫のラストって知ってる?」
 

にんぎょひめは、かぜのせいになりました。

かぜのせいになったにんぎょひめは、300ねんかんよいことをして、にんげんになる

たましいをさずかるために、あおいそらへとまいあがっていきました。

いつか人間になれるとわかったにんぎょひめは、とてもとてもしあわせそうに、風のワルツを踊りました。
 
 

風が流れるものみの丘。

だから私は、待つ事にする。

あの、春風が吹くのを。
 
 

エピローグ
 

「そういえば、斎藤さん、どうして私に声を掛けてくださったんです?」
屋上でお昼ご飯を一緒に食べながら聞いてみる。
「幸せの王子の話、覚えてる?」
「・・・えっと」
「宝物を配られた街の人がさ、もし凍え死にそうな燕を見つけていたら・・・どうしていたと思う?」

「・・・一生大事にしてくれますか?」
咳き込む斎藤さん。少し微笑む私。

春が来ていた。

私は、少し明るくなった。

「そういえば、斎藤さんの下の名前、まだ教えてえもらってません」

今では、プリクラと肉まんが大好きな親友もいる。

「あれ、そうだっけ。ああ、俺の名前は・・・・・・」

風が、吹いていた。

青い空から、ずっとずっと・・・春風が絶えることなく、吹いていた。

おしまい
 

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ささやかなコメント by LOTH

これは…本当に最初期に捧げていただいたSSです。
当時は、なぜ捧げていただけたのか、本当に分かりませんでした。
『恋はいつだって唐突だ』を書いた後で、『心象風景画』を書いていた頃…あるいは書き終えたくらい。
その頃、わたしは例によってコメント欠乏症で…だいたい、まだまともなSSを初めて書きだした頃で。
一方、赤丸さんはとても有名で、また素晴らしい話をいくつも発表しておられて。
わたしなぞは足下にも及ばぬ、目にも止まるはずのない存在だったのですが…
『恋は…』のモチーフの一つに"人魚姫"をわたしは設定していて、
それを引き続いて『心象風景画』でも、美宇の大好きなものとしてその絵本を出していて。
多分、その頃にこの話をお考えになっていたのでしょう。
で、それを見てくださって、気まぐれで捧げて下さった…
いや、そんな言い方は失礼かもしれませんけど、そうとしか思えなかったのです。
当時のわたしの、本当に寂しい状態のSS書き生活では、そうとしか思えなかった。
でも、そうだとしてもうれしかった。なんか…書いてる甲斐があるなって、本当に思いました。

以来、赤丸さんはあの『心象風景画』を、あの美汐を愛してくださって。わたしの罪も、理解してくれて。
とても…ありがたい存在です。
でも…『夢使い』先に取られちゃったし(涙)
わたし…やっぱり『狂気使い』を名乗るしかないのだろうか… inserted by FC2 system