春の終りの雨の中

〜あなたを待つ間に 1〜


ONE SS。
里村茜&…

では、どうぞ
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春の終りの雨の中 〜あなたを待つ間に 1〜
 

雨が降っていた。
雨が私の傘の上、静かに降っていた。
春の雨は暖かくて
だけどあたりを濡らしながら
傘をさしている私も濡らし続けていた。

濡れるのは平気です。
もう慣れましたから。
ずっとあの人を待って
私はここで濡れていた。
そして
今は浩平を待って
待ち続けるしかない私

待っていても仕方がないかもしれない。
あの人のように、あなたも帰ってこないかもしれない。
そう思いながら

けれども

それでも

降りしきる雨の中
傘を持つ手の時計が見える。

8時25分。
もう、こんな時間。

『そろそろ、のんびりもしてられない時間だぞ』

二度目にこの空き地で会った時、言った浩平の言葉。
思い出して、ちょっと不思議な気持ちになった。
そんな些細なことを覚えている自分に。
あの時はまだ、私は浩平のことを、そんなに気にしていなかったはずなのに…

私は頭を振って、空き地から道に上がった。
雨にすっかり濡れて、黒くなった歩道。
小さな水たまりを踏んで、私は歩きだした。
暖かい雨の中。

もうすぐ、この雨は梅雨の雨に変わっていくでしょう。
浩平を待つ間に、過ぎていった一つの季節。
この春は私にとって…

「………!!」
「…え?」

何かが背中からぶつかった感触。
危うく転びそうになって、私はガードレールに手を突いた。
そして、振り返ると…

「………」

少女が一人、濡れた道に座り込んで、私を見上げていた。
うちの学校の制服に、頭の大きなリボン。
そばに転がっている、小さな傘、鞄と、そして…スケッチブック。
この子は、確か…

私は傘を拾い上げて、彼女にさしかけた。

「…大丈夫、澪さん?」
「………」

呆然とした顔で私を見上げていた澪さんは、ハッと気づいたようにあたりを見回した。
そして、スケッチブックを見つけると、慌ててそれを取って、何かを書きだした。

『ごめんなさい』

書き終えた澪さんが私の方に見せながら、何度も頭を下げる。

「…いえ、お互い様ですから。」

私が言っても、ふるふると首を振る澪さん。
また、何かを書こうとするのを、私は止めて
「…時間、いいのですか?」
「………」
ポカンとした澪さんは、急に目を丸くすると、ばたばたとスケッチブックを閉じた。
そして、私の差し出した傘をしっかりと持って、もう一度、思い切り頭を下げる。
濡れて頭に張りついたリボンが、私の目の前に広がった。
澪さんは顔を上げると、そのままあわてて駆けだして…
角でもう一度振り返ると、また私に頭を下げた。
私が頭を下げると、澪さんはもう一度頭を下げて、角を曲がって消えていった。
その仕草に、私は思わず微笑んで…

そして、すぐに途方に暮れた。
足元に転がっている、雨に叩かれている鞄に。
 
 

もうすぐ予鈴が鳴る頃に、私は校舎に辿り着いた。
私はそのまま教室に行かず、二年の教室へと向かった。
2年の教室は、校舎の二階。
そろそろ生徒たちは教室に入っていて、私は慌てて走っていく下級生の間を、教室を一つ一つ覗きながら歩く。
去年まで自分がいた…
浩平がいた教室。
見知らぬ下級生たちが、ざわめいている。
あの頃のように…

でも、浩平はいない。
ここにはいない。
…どこにもいない。
そんなことは分かっている。
分かっていること…

私は首を振って、隣の教室を覗いた。
そして、そこに探している姿を見つけた。

半泣きの顔で、スケッチブックを抱きしめて座っている澪さん。
まわりで数人の同級生が、慰めるように何かを言っている。
でも、澪さんは半泣きのまま、ふるふると首を振っていた。

どうすればいいのだろう。
誰かに澪さんを呼んでもらうべきなのか、それとも私が入っていけばいいのだろうか?
私は窓から覗きながら思っていると、ふと、澪さんが私の方を見た。
そして、あわてて立ち上がると、こちらに駆けてきた。

…あっ

どかっ
「………!」

人の席にぶつかって、転びそうになる澪さん。
でも、なんとか出口から出ると駆け寄ってきた。
そして私の顔を見上げると、また大きく頭を下げて、スケッチブックを広げた。
そのスケッチブックの上に、私は左手を置いて、右手で澪さんに鞄を見せた。

「………!!」

澪さんは鞄を掴むと、開けて中を覗き込む。
…はぅ
そして、聞こえるほど大きなため息をつくと、しっかり鞄を抱きしめた。
私は教室に戻るために、振り返って歩きだした。

ついっ

引っ張られる制服。
振り返ると、澪さんが私の服の裾を握りしめていた。
そして、手にしたスケッチブックを私に見せた。

『あのね』

紙いっぱいの文字。
澪さんは続けて紙をめくる。

『ありがとう』

やっぱり紙いっぱいの文字。
すまなそうに、でもうれしそうに頭を下げる澪さん。
ちょっと顔を赤らめて…
まるで…

まるであの時のような顔。
一緒にクリスマスをした時の。
詩子と、私と、澪さんと…
…浩平…

「…澪さん。」

澪さんはスケッチブックを下ろして私を見上げた。

「…クリスマス会をしたこと、覚えてますか?」

…ぶんぶん
音がするくらい、澪さんはうなずいた。
うれしそうな顔で、何度もうなずいた。

うれしそうなその顔に
私は

「…では、あの時、一緒にいた、浩平…」

キンコン…

私の声を消すように、ちょうど予鈴が鳴り響いた。
答えの分かっている問いは、予鈴の音にかき消えた。
澪さんは、不思議そうな顔で見上げながら、手を耳にやった。
聞こえなかったという風に、首をかしげた。

私は澪さんの顔を見た。

「…では。」

私は振り返った。
教室へと歩きだした。
もう人通りのない廊下を、階段へと向かった。

角を曲がる時、ちらっと見えた後ろの廊下に、澪さんはまだ立っていた。
そして、私の顔を見て、また大きく頭を下げた。
頭のリボンが全部見えるほど、大きくおじぎした。
そして、慌てて教室へと入っていった。
私はそのまま階段を、教室へと上がっていた。

窓の外は、まだ雨が降り続いていた。
春の終りの細かい雨が、窓を濡らして降り続いていた。

<to be continued>

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…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…というわけで…茜の連載開始。
「…幾つ連載を持つ気ですか?止まっているのもたくさんあるのに…」
…でもさあ…書きたいんだからしょうがないじゃん。
「…で、途中で書く気が失せて止めると?」
…そ、そんなことないぞ。みんな、続きは考えてるんだぞ。
「考えても、書かなければ意味がありません。」
…うぅ…で、でも…時間がないのよ…
「時間がないのは分かっているのに、次々連載を始める…それは愚か者のすることです。」
…ぐさっ…しくしく。で、でも…ちゃんと書いていくよ…
「…プロットは出来ているんですか?」
…はぅ。えっと…不完全で…イメージだけ…
「…本気で一回、死んだ方がいいですね。」
…あぅー…… inserted by FC2 system