梅雨の初めの雨の間に

〜あなたを待つ間に 2〜


ONE SS。
里村茜&上月澪

シリーズ:あなたを待つ間に

では、どうぞ
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梅雨の初めの雨の間に 〜あなたを待つ間に 2〜
 

「あはははー、やっぱりこの学校は居心地いいよねっ」
「…そうですか?」
「うん。」

並んで廊下を歩きながら、詩子はニコニコして頷いた。
私はそんな詩子から、窓の外に目をやった。

窓の外には梅雨の雨が今日も降り続いていた。
窓から見える中庭も、梅雨入りの声を聞いてから、降り続く雨に一青に濡れていた。
この街に、あの空き地に、降りしきりる雨に…

「瑞佳さんとか、七瀬さんとかもいい人たちだしね。」
「…そうですね。」

私は詩子の言葉に、ぼんやりうなずきながら外の雨を見つめていた。
永森さん…七瀬さん…クラス替えもなく進級したクラスメート。
変わらない顔ぶれ。
変わらない…

いいえ、一つだけ、あるはずなのにない机。
いるはずなのにいない人。
ちょうど、私と詩子、その間にいるはずなのにいない、もう返っては来ないあの人のように。
詩子が忘れてしまった、あの人のように…
詩子も忘れてしまった、あなた…浩平…

「でも、こう雨が降りつづくとさ…」

詩子は言いながら、廊下の角を曲がった。

「…わっ」
「………!」

途端に何かが倒れるような音。
何かが落ちて広がる音。

私が続けて角を曲がると、そこに詩子が立っていた。
そしてその足下に、広がるスケッチブック。
廊下に座り込んで、見上げる小さな少女。
瞳が少しだけ濡れて光っていた。
頭の大きなリボンが、少しだけ乱れてしおれていた。

「あはは、何してるの、澪ちゃん?」

詩子は笑いながら、澪ちゃんに手を伸ばした。
澪ちゃんはその腕につかまって立ち上がると、あわてて床のスケッチブックを拾い上げた。
そしてそれを広げると、ペンで何かを書いた。

『ごめんなさいなの』

スケッチブック一杯の文字。
頭を下げる澪さん。

「それより、ケガはないですか?」

私が聞くと、澪さんは自分の腕を、自分の足を、それからくるくるとその場で回ってからスケッチブックを広げて

『ケガ、ないの』

「あははは」

澪さんのその仕草に、詩子はおかしそうに笑った。
私も思わず顔がほころぶのを感じた。

澪さんは顔を赤らめると、ちょっと恥ずかしそうに笑った。
それから何かを思い出したようにハッとした顔になると、またスケッチブックをめくって

『部活に遅れるの』

「…部活?」

詩子の言葉に、澪さんはふるふるとうなずいた。
そしてまたスケッチブックをぱらぱらめくると

『ごめんなさいなの』

もう一度頭を下げると、澪さんは階段の方へ駆け出した。
ぱたぱた足音と共に、頭のリボンが揺れた。

「…ね、澪ちゃん。」

その後ろ姿に詩子が声をかけると、澪さんは立ち止まって振り返った。
ちょっと焦った顔で、でも振り返った。

「澪ちゃんの部活って…何?」

詩子が聞くと、澪ちゃんはにっこり微笑んだ。
そしてスケッチブックを開くと、ペンで字を書いてうれしそうに私たちに掲げた。

『演劇部』

うれしそうに腕を揺らしながら私たちにそれを見せると、澪さんは振り返って階段を降りていった。
パタパタという澪さんの足音が、階段を降りていった。

「…演劇部?」

詩子はびっくりした顔で私に振り返った。
私も少し驚きながら、階段を見つめていた。

澪さんが演劇部…
声が出ないのに…

「…そういえばさ」

その時、詩子が私の顔を見ながら、首を傾げると

「茜も昔、中学の頃、演劇をやりたいって…言ってなかった?」
「…え?」

私は詩子の顔を驚いて見返した。

私が…演劇?
私が…
 

「…私、演劇をやってみたいです。」

それはあの人と詩子と3人で、放課後の教室、なんとなく話していた時。
高校に進学したらどんな部に入るかという話が、なぜか話題になって。
なんとなく、自分ではない何かになってみたくて、ふと口から出た私のセリフ。

あの人と詩子はポカンとして、それから詩子は大笑いして。
でも、あの人はそのまま少し黙って、それから

「…茜なら、いいかもしれない。」

そう言って、微笑んでいた。
でも、決して自分がどんな部に入るかは、口にしなかった。

口にできるわけがなかった。
あの人がえいえんに去ったのは、それからすぐだったから…
 

「…覚えてないです。」

私は詩子の顔から目を窓に、窓の外の中庭に、そこに降る雨にやった。
あの人を忘れてしまった詩子から、雨へと目をやった。
あの人の消えた雨の中…
そして、浩平の消えた雨の中。

「…そうかな?」
「……そうです。」

私は言いながら、中庭を見つめていた。
中庭の向こう、雨に濡れる校舎を。

その校舎の中
廊下を走っていく大きなリボンが見えた。
降りしきる雨越しに部室へと走っていく澪さんの姿が見えた。
緑色のスケッチブックを抱えて、一生懸命走っていく澪さんが、その頭に揺れるリボンが見えた。

その時、私の中で、何かが動いた気がした。
何かが動くのを感じた気がした。
それが何なのかは分からないけれど…

私はあたりを一青に濡らす雨越しに、澪さんの頭に揺れているリボンが見えなくなるまで、ぼんやり見つめていた。

梅雨の初めの雨が、あたりを一青に濡らしながら降りつづいていた。

<to be continued>

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…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…しかし…一番誰も望んでいないシリーズの続き、何より最初に書くかね、普通…
「…自分で書いておいて…どういう言い方でしょう?」
…いや…まあ、それが一番ぷれっしゃあも感じなくてさぁ…ま、気晴らしってとこ?
「…気晴らしに書かれた話が可哀想です。」
…いや、気晴らしって言っても、結構気合い入れて書いてるぞ。この話、結構気に入ってるんだから…書いていけたら、だけど。
「その前に、ちゃんと構成してください。しないから、これだって難産でしたよね。」
…ぐはっ…ま、まあ…でも、次は…コメディ書きたいな…七瀬、後半書きたい… inserted by FC2 system