夢

    夢
 
 

   あたしはいつだってここにいたよ

   あたしはいつだってここにいるよ

   だって
 
 

「あ…」

いきなりの声。
ぼくは驚いて思わず振り向いてあたりを見回した。
誰だか知らないが、声をあげたかったのはぼくの方だ。だって、その麦畑の中には何も見えなかったから。そこから『あ…』なんて声が聞こえてきたんだから。
だけど、見回してみてもそこは背の高い麦が風に揺れるだけだった。
そう、ざわざわと
ざわざわと

「あのさ…」

と、またふいに声がした。
そして、麦の中から立ち上がった、赤い人影。
夕日を背にして、長い髪が揺れていた。

「…遊びにきたの、ここに?」

恐る恐る、といった感じでその影は聞いた。
それは少女だった。背は、周りの麦よりも低いけど、年は多分ぼくと同じくらいだろう。

「いや、ちがうよ。迷ったんだ」

大きな瞳の、その少女にぼくは正直に答えていた。
なぜだろう?
なぜか分からないけど、ぼくは答えた。

「このあたりは、まだよく知らないんだ」
「でも、こんな麦畑があったなんて、おどろいたよ」

ぼくの言葉に、少女は小さくうなずいた。
長い髪が、麦の音をたてた。

「…どこからきたの?」
「さぁ…向こうのほうかな」

分からないものは分からない。だって、迷ってるんだから。
とりあえず、ぼくはよくわからない方向を指してみた。

「合っているかどうか、わからないや」

ぼくの言葉に、少女はまたうなずいた。
その顔が、なぜだかうれしそうに見えた。

「じゃあさ…」

少女はそのうれしそうな顔でぼくを見て言った。

「うん?」
「遊ぼうよ」
「どうして?」

遊んでる場合じゃないと思った。
一応、もう夕方だし、それにここはあんまり知らないところで…
だけど、少女はもう一度、うなずいて言った。

「遊んでるうちに思い出すよ、きっと…」
「そうかなぁ…」
「そうだよ、きっと…」

根拠も何にも無い少女の言葉。
でも、なぜだかぼくは小さくうなずいていた。
そうかもしれない。
そう思った。
なぜだか思った。

「じゃあ、そうするかぁ…」
「うんっ」

ぼくが答えると、少女の顔がパッと輝いた…気がした。
思わず、ぼくも微笑んだ。
麦畑が、ざわざわと風に揺れていた…
 
 
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