夢

    夢
 
 

   遊ぼうよ

   遊ぼうよ

   わたしはここにいつもいるよ
 
 

「何して遊ぶ?」

まぶしい少女の笑顔に、そうじゃなくって夕日がまぶしかったんだけど、ぼくは目を細くして聞いた。

「そうだね…」

少女はちょっと首をかしげると、すぐに目を輝かせて

「鬼ごっこ!」
「…二人だけじゃつまんないって。」
「じゃあ、かくれんぼ」
「だから、二人だけだから。」
「…意地悪だね、きみ…」

ぼくが続けて2つも断ったせいか、少女はちょっと頬を膨らませてプイッと横を向いた。
そんな横顔がちょっとかわいかったから、ぼくは思わず笑いながら

「って言っても、本当に二人じゃあんまり楽しくないだろ。」
「…そんなことないもん。」
「他に、誰かいないの?ここには?」
「………」
「友達は?きみ、ひとりだけなの?」
「………」

ぼくの言葉に、少女はそっぽを向いたまま黙っていた。
広い麦畑を風が渡って、ざわざわと音をたてた。
赤く染まった麦畑。
赤く染まった少女の横顔。
その顔は、落ちていく夕日がまぶしくってはっきりとは見えなかったけど、さっきまでのうれしそうな顔じゃない。多分…

「…まあ、鬼ごっこにするか。」
「……え」
「ていうか、ここじゃ鬼ごっこもかくれんぼも一緒な気がするけど。」
「…あはは」

少女はまた、うれしそうに笑った。
ぼくもちょっと笑った。

誰にだって、聞かれたくないことはあると思う。少女も多分、聞いてほしくなかったんだと思う。ぼくにだって、言いたくないことはあるから。
だから、ぼくはそれ以上、何も聞かなかった。

「よーし、じゃあ…」
「きみが鬼だよっ」

ぼくが言いかけた瞬間、少女は大声で言うと麦の中に消えた。
少女の小さな姿は、一瞬で赤く染まった麦畑の中に消えてしまった。

「ちょ、ちょっと待てよっ」
「待たないもんっ」

ざわざわと風の渡る麦畑の中で、風の音に負けないくらい大きな声で少女は言って笑った。
ぼくはあわててそんな麦畑の中へ、少女を探して飛び込んで行った。
 

つまらないだろうと思っていた鬼ごっこに、でもすぐにぼくらは夢中になった。
背の低い少女はもちろん、ぼくだってしゃがめば麦の中に隠れるのは簡単だったし、思ったより少女は足が早かったし、それに何よりも、少女はよく笑い、ぼくも笑っていたから。久しぶりに、ぼくも笑っていたから。

でも、僕らの顔がお互いによくわからなくなってきて、ようやくぼくは辺りがもう赤から黒へと変わりかけていることに気がついた。

「…そろそろ、帰らなきゃ。」

ぼくは麦畑の中で立ち止まった。
ざわざわと麦畑を渡る風も、だんだん冷たくなってきていた。

「…え?」

ぼくを追いかけてきていた少女は立ち止まった。
風が一瞬、止まった。

「…帰らなきゃ。」

もう一度ぼくが言うと、少女は黙って周りを見回した。
大きな瞳に夕日が映って、赤く染まった。
赤く、黒く染まった。

「…そうだね。」

しばらくしてから、ようやく少女はうなずいた。そしてまた、少女は黙って目を伏せた。
すっかり涼しくなった風が、ざわざわと麦畑を渡った。
ぼくは何を言えばいいのかわからなかったけど、ともかく何かいわなくちゃ、そんな気がして

「ぼく…」
 

「あたし、舞。」

と、その時少女が顔を上げると、大きな声で言った。

「…え?」

「川澄舞。」

何を言ってるのか分からなかったぼくに、少女がもう一度、大きな声で言った。

「…うん。」

ぼくはうなずいた。
そういえば、ぼくは少女の名前をまだ聞いていなかった。

「うん。」

もう一度、ぼくは行って、それからやっぱり言ってなかったぼくの名前を言った。

「ぼくは、祐一。相沢祐一。」
「うん」

舞はうなずいた。
そして、沈みかけた夕日を背に手を大きく振ると

「じゃあ、またね」

真っ赤に染まった景色。真っ赤な夕日。
少女は手を振りながら、大声で言った。

「またね、祐一くん」
「…またな、舞」

ぼくも手を振ると、振り返って歩きだした。
帰り道は分からなかったけれど、夕日を背に歩きだした。
なぜだか、そっちへ行けば帰れる気がした。

何度も、何度も振り返っても、夕日がまぶしくて顔はよく見えなかったけれど、舞はいつまでも手を振っていた。
大きく、大きく手を振っていた…
 
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