コメントはSS書きの心の支えですっ!


他の人はどうか分かりませんけど、わたしにとっては、コメントという言葉には、頭にこびりついて離れないこと、あるんです。

11回物のほのぼのなシリーズを書いてコメントが一人だけ。

今なら、あきらめだってつくし、それなりの理由で自分で納得させる事だって、人に説得されることだってあります。
でも…

すいません。
本当は、ちゃんとしたコメントの付け方とか、まあコメント論?みたいなこと、書くつもりだったんです。
だけど、やっぱりわたしは、この恨み節から始めるしかないんです。
だって…

だって、あの『わたしがあなたに出会うまで』なんですよ?
初投稿だったり、あるいは今みたいに大御所とか言われちゃってる(わたし、言われたくないですけど…)ならいいんです。
3つ目のシリーズでした。
投稿を始めて、1月が経っていました。

ギャグばっかり書いて、それからある時から単発で3本、シリアス書いて。
それから書いた最初のシリーズが、『心象風景画』
これも、5回でコメント、やっぱり6つくらいで…
でも、いいんです。暗かったし。淡々としてたし。わたしの原罪だし。それに、おかげで赤丸さんにSS捧げてもらいましたし。

次が、『風の音・鈴の音』
真琴でほのぼのから始まった、わたしとしては結構人気のあるシリーズでした。
でも、途中、コメント0はあったですけど。最後、シリアスになって。でも、誉めてくれる人、いたし。
まあ、完全にかぶった人気作家さんのシリーズ、2つもあったから、それにしては見てもらえたなって、自分、納得させられたんです。

で、『わたしがあなたに出会うまで』
そりゃあ、最初3回を二日で書いたバカはありました。でも、短いんだし。読もうと思えば、No.だって書いてたんです。
でも…コメント付けてくれたのは、一人だけ
それから、一日一本書いて。
でも、このペースだって心象風景画と同じです。あれよりも明るいシリーズだったはずです。
でも…一人だけ
もう、ヤケで『オレの屍を越えていけ』なんて、もう笑えない冗談まで言いながら書いて。
『奇跡』書いて、泣きながら『夢の跡』書いて、最後、書いて。

でも、コメント、一人だけ。最後まで、一人だけ

こんなことってありますか?自分削ってまで書いて、ホントに自分では気に入った話、できたのに、コメント、一人だけ
一人でも付いたからいいじゃん。もう、そんな慰めにならない慰め、自分に言い聞かすしかなかった。

でも、もしもあなたなら、それで我慢できますか?次、何か書こうと思いますか?
普通、思わない。思えるわけないです。冗談じゃない

何でSSなんて書くんでしょう。前回、言いました。書きたいから書く。愛するために書く。
でも、その書いたものを、愛している事を見てもらいたくて書くんでしょ?見てほしくないなら、投稿なんてしないんだから。
見て、反論なり、同意なり、関心なり、ただ『読みました』だけでもいい。反応が見たい
あたり前じゃないですか。当然じゃないですか。誰がSS書いてゴミ箱に捨てて満足するんですか?
…する人もいるかもしれないけど、掲示板に書いたり、自分のPegeに載せたりしている人は、そうじゃないはずでしょ?
読んでほしいんでしょ?感想、聞きたいでしょ?あたり前じゃないですか。当然だと思いませんか?

もちろん、これはコメントをもらう方の論理。
コメントする側の論理だってあります。
きちんと、自分の感じた事をコメントしたい。別にコメントは義務じゃない。
というよりも、コメントだって一つの作品だから。自分の言いたい事、書きたいこと、きちんと書きたい。当然です。
書いたものによって、相手を傷つけたくない。相手が過剰に反応するのが恐い。
あんまりすごくて、何を書けばいいか分からない。感動してコメント付けられない。
あります。もちろん。そりゃ、そうです。書く側にだって、理由はある。それも正当な。

でもね。
コメントのない状態で何回も何回も書くのは、すごく強い心が必要だって事。
ろくに誰も読んでないと思う話を書き続けるのは、すごく辛いです。
書きためて発表するタイプの人はいいかもしれないけど、書いて、投稿して、コメント見てテンション維持する人は、
そのコメントがろくにつかないと、テンションが維持できません。
だから、途中で放棄せざるを得なくなります。別にやめたくなんかないんです。でも、書けない。
書けるわけないじゃないですか。誰も楽しみにしてない、読みたいと思ってない話、書きたいだけで書き続けられますか?
本当はそうじゃないかもしれないけど、本当は読みたい人がいるのかもしれないけど、そんなのコメントがなければ分かるわけないです。
SS作家はプロじゃありません。書くことでお金もらってるわけじゃない。
書くことでSS作家さんが受ける報酬、それはコメントだけなんです。

コメントは付けない、でも楽しみに読んでました。そんなの、相手に届きません
ある日突然、その作家さんは書くの、やめちゃう。何でだろう。面白かったのに。
…ねえ、あなた。勘違いしてませんか?

SS作家は雑誌の連載作家じゃありません。報酬もなくても奉仕するボランティアでもありません。

せめて、せめて何回かに一回は、愛読しているのなら、コメント付けてあげてください。最後だけだって、付けてあげてくださいよ。
『読んでます』でもいい。『面白いです』でもいい。
傷つけるのが嫌なら、本当にそれだけでいいじゃないですか。
その作品が気に入らないなら、コメント付けなきゃいいんです。それが意思表示だから。
でも、逆の意思表示だって、勇気を持ってしてあげてください。お願いします。

わたしはKanonのSS掲示板、割に長かったから、こうして消えていったと思われる人、何人も知ってます。
面白かったけど、二度と次が読めないSS、何本もあります。
惜しいです。悔しいです。
昔、時間があった頃、わたしはコメントのない、初投稿やそうじゃないけどないSSにばかりコメント付けまくっていた時期、ありました。
それで頑張ってくれたらいいなと思って。
失敗もあります。怒らせてしまったことだって。逆効果だったかな、ということもある。
だけど、わたしは付けた。それはやっぱり、

11回物のほのぼのなシリーズを書いてコメントが一人だけ。

これがどうしてもわたしの中にあったから。
わたしは泣きながら、歯を食いしばって、ネタがなくてもほのぼのを書き続け、それにコメントがついて救われた。
でも、誰もがそうじゃない。そうやって、泣きながら消えていった人、何人もいたんです。
そして、中断してしまったシリーズ、何本だってありますよ。
わたしはそんな人たちに、そんなSSたちに『二人の旅』シリーズを贈りました。
だって、わたしだってそうだった。本当にそうだった。
今だって、忘れない。あの時を忘れられないです。

いまだにわだかまり、あります。
あの頃、わたしと同じ頃にSS書いていた、コメントの付いていた人。コメント付けていた人に。
わたしには仕事があった。他の人の長いシリーズ、読む時間なんてなかった。チャットなんてとんでもない。他の人のページにだって行けなかった。
それでも、いくつかはコメントしました。面白いと思ったから、書きました。
でも、誰もわたしのSSにコメントをくれはしなかった。

そんなに面白くなかったですか?そんなに価値のないものでしたか?ねえ?ねえ?

もちろん、わたしの勝手です。誰もわたしのSSにコメントする義務なんてないんだから。
書いたからお返しに返す、コメントはそんなものじゃないから。
でも…

わたしの次々にコメントなく消えて行くSSの前後で、内輪でコメント付けあう人たちに、わたしがどう思えっていうんですか?
おこぼれでも、一つだけでもくれたっていいじゃないですか。ねえ?そんな価値もないものでしたか、わたしのSSは?
わたし、あなたたちの仲間じゃないからですか?ねえ?

…やめましょう。これ、ホントの恨み節だから(苦笑)

だけど、忘れられません。忘れること、できません。
どんなにそれからわたしのSSにコメント、付けてくれる人がいるようになっても。

あの『わたしがあなたに出会うまで』だって、続編の『あなたとめぐり逢うために』にいっぱいコメントが付いたけど。
でも、何よりもうれしかったのは、あれを書きはじめた時、前に書いてくれた人の他に、初めて一人の方がコメントくれた瞬間。
「こんないい話を独り占めさせませんよ」
その人の名前も、コメントだって覚えてます。うれしかったから。本当にうれしかったから。
あの舞の「試合」の、出られないんだから、出なくてもいいんだからって思いながら悲しく試合場を見ていた気持ち、あれはわたしの気持ちでした。
歯を食いしばっていたころのわたしの気持ちでした。
あの「花束」の、花束を突然もらって涙していた舞の気持ち、あれもわたしの気持ちでした。その瞬間の。
あの「友達」の、卒業式で送ってくれる人がいるんだって思えて泣いていた舞、あの気持ちだってわたしでした。
わたしのこの舞のSSを、あの時には誰もコメントのくれなかったSSを評価してくれる人がこんなにいたんだって、そういうわたしの気持ちでした。
そんな風に自分の気持ち、舞に託しながら『あなたとめぐり逢うために』を書いていました。本当です。
だから…

コメントはSS書きの心の支えです。本当に、そう思います。

…ああ、今回は敵を作るために書いてしまったようなもんだわ…
でも、これを書かずにコメントについて語ることなんてできないよ… inserted by FC2 system