ほのぼの、それは世界一報われないお仕事


いきなり、ほのぼのを書く気をなくすような題で申し訳ないですけど、でも、それが事実だから仕方がないですね。

一応言っておきますが、わたしは今まで、自分でほのぼのに分類しているSSが100本以上あります。
そんな奴がいうんだから、実感こもってますから。誰がなんと言っても、説得されない部分です。

ほのぼのは書いても報われない。
じゃあ、何が報われないのか?
それは、本人の書きたいという気持ちと、読者が読んだ時の満足感の両方です。

嘘だ、誰でもほのぼのした話を書いてみたいし、読みたいじゃないか
そう思う方、大勢いると思います。
でも、そうなんですよ。他のSS書きさんの方に、なんでほのぼのを書こうとしても書けないのか、聞いてみてください。
書いている人にも、たくさん書いてくださいとか、長いほのぼのな話を書き続けられませんか、とか、要望出してみてください。
絶対にその方は苦笑するだけで、その要望に答えられないでしょう。
それはなぜか。

その理由は、ほのぼのとはなんなのか、ということを考えれば分かります。

世の中のSSの、というか小説のジャンルにはいろいろありますよね。
ダーク、シリアス、ギャグ、ラブラブ…その他、まあ、いろいろある。
そして、それらの分類は、主題によるわけです。
悲しみ、痛み、笑い、愛、夢、感動…それらの要素を一点を中心に平面上に置いて、いわゆるレーダーチャートを書いて見ると、そのSSの傾向というか、目指す主題が見えてきます。
しかし…その主題の中で、ほのぼのはどこに入ると思いますか?
癒し?いえ、違います。それは悲しみ、痛みの裏返し。それなしに癒しを書くことができない以上、そんなのはほのぼのではありません。
優しさ?そうですね…その辺でしょうか。

では、ほのぼのとは優しさを主題にしたSSかというと…残念ながら、それは違います。
優しさって主題になりません。それはスパイスです。チャートで言えば、平面上にない。
3次元上、上か下かは知りませんが、ともかく同じ平面上で追求する主題たりえない。
優しさとはメインの主題に追加される傾向だからです。
ちょっと考えれば分かります。痛くも悲しくもない、ラブラブでもギャグでもない優しい話…どんな話だと思いますか?
ほのぼのに終わるシリアス話、ほのぼのとしたギャグ、ほのぼのなラブラブ物、それはある。
でも、Pureなほのぼのというものがあるとするならば…それは主題のない話にほかなりません。
例えば…

わたしのSSで"真琴ほのぼの120%"というシリーズがあります。
これは純粋にほのぼのを目指す傾向があるシリーズですが、その中でもこれがPureほのぼのに近い、と言えるのは、『ぴくにっく、ぴくにっくという作品です。
この話、中身はといえば…真琴と一緒に保育所の子供たちと公園に行ってお弁当を食べて寝ちゃう。ただ、それだけ。
真琴の妖狐としての悲しみもない。その過去を思いだすシーンもなし。祐一の悩みもなし。そういう、悲しい、痛い部分なし。
ギャグ、保育園児たちのどたばたがちょっとあるだけ。意識して笑える部分、なし。
ラブラブ、別に真琴と祐一がキスしたりもないし、ベタベタもなし。
…これがPureなほのぼのに近い話だと思います。
ラストに蛇足として、例の「ひげ」の話を付けてますが…そうでもしないと、この話にはオチすら付かないから。
さて、その蛇足を無視して…これ読んで、読後感はどうでしょう?
『ほのぼのですね。』『真琴、可愛いですね。』それ以外、どんな感想がわきますか?
わかないでしょう。それでいいんです。それがほのぼのの目指すものだから。

ほのぼのとは、それを追求したPureなほのぼのとは、感想が『ほのぼのですね』としか付けられないものです。
言わば、全ての主題を排して、ほのぼのだけを追求するしかない。
優しい話になるでしょう。読んで涙も出ない、笑い転げない、顔が赤くならない、優しい微笑がわく話になるでしょう。
でも、そんな話を書くためには、書きたいことをそんなほのぼのだけに集中しなければならない。
しかし、それは…書く方にも一種の苦行を与えます。

わたしのほのぼの系の"Happy Days Happy Life"というあゆSSシリーズ、その中に『キミを探して』という作品があります。
あゆがぴろと出会い、飼おうと思う話。
途中、あゆの内心を、詩のように語って。実はあゆとぴろはあゆの夢の中で知り合いで。ぴろのお母さんとも知り合いで…
…はっきり言うと、このエピソードをあゆの待っていた7年間と絡めて、シリアスにすることが可能です。
というか、シリアスで書いた方が、あゆの優しさとか、悲しさとか、そういう物を書きこめることは間違いない。
そして、わたしはそれを書くことができた。うぬぼれさせてもらうなら、読んだ人が感動するようなシリアスに書けたと思います。
現に、少し違うけれど、そういう話を書いている人はいるのですからね。
でも、わたしは書かなかった。できるだけその辺のエピソードを軽くして、ほのぼのと思える範疇に仕上げた。
それはなぜかというと…結局、わたしはほのぼのが書きたくてこのシリーズを書いているから。それだけなのです。
そして、それだけがほのぼのを書き続けるフォースなのです。
だって…この話、付いたコメントは2つでしたからね。
それはそうでしょう。『ほのぼのでいいですね』それしか付けられないから。そのためにコメントを書いてくれる人は少ない。
これをシリアスに仕上げたら、もっとたくさん付いたと思います。たぶん、間違いなく。

ほのぼのを書く、それは結局、主題を薄めることです。優しさを書くために、痛み、悲しさ、笑い、ラブ…そんなものを書き込まないようにすることです。
それを書けば書くほど、ほのぼのから外れますから。書き込んでしまったら、ほのぼの風のシリアス、ほのぼの風のギャグ、ほのぼの風のラブラブでしかなくなりますから。
だけど…

前から言っています。SS書きは書きたいものを書きたいように書ける
その書きたいこと、というのに優しさ、優しく書きたい、というのはあるでしょう。
だけど、優しさを追求することは、ほのぼのを追求することは、他のどのジャンルよりも自分に厳しく制限を加えなければならない。
他の書きたいと思うものをできる限り追求しない、そういう自制を。
だから言いました。ほのぼのを書く、それは苦行だと。
だから、ほのぼのを書き続けることは、とても苦しいことです。そして、すぐに満足できなくなります。だって、書きたいものに制限を加えることだから。
そして、読む方も満足できなくなります。
痛み、笑い、ラブラブもないただ優しいだけの話、そんなものを幾つも読んでいたら…

もう一度言います。
ほのぼの追求して書き続ける事は、本人の書きたいという気持ちと、読者が読んだ時の満足感の両方が得られない結果になります。
だから…

ほのぼのを書きたいと思う方、そんな方に聞きます。
あなたはほのぼのが書きたいのですか?
それとも、ほのぼの風のシリアス、コメディ、ギャグ、ラブラブを書きたいのですか?
そのへんを誤ると、ほのぼのを書く事は本当に報われないお仕事にしかなりません。

それでも、わたしは書きますけど。
だって、やっぱりほのぼのを書きたいと思うし、読みたいと思う人がいるから。
主題を薄めて、書きたいことをそこで書くのは諦めても、書きたいし、読んで欲しいと思うから。
主題を追うのは、他でやれる。だけど、優しい話を書くこと。それは無駄じゃないですから。
報われなくても、無駄ではないですから。絶対。
ある意味、ほのぼの風のシリアスに、ほのぼの風のコメディに、ほのぼの風のラブラブになりかけても、とどまってほのぼのを書こうと思います。
それがわたし、幻燈屋さんのお仕事だからです。
だけど…

ほのぼの、それは世界一報われないお仕事です。
そう、心しておかねばなりません。

さて、今回はほのぼのというものの報われなさ、苦しさを書きました。
だけど…じゃあ、なんでわたしはほのぼのを書くのか?ってこと、思うでしょうね。
それは…やっぱり、楽しいからです。そして、読んで楽しんで下さる方がいるからです。
だから、そのへんを次回は書いてみましょう。
次回、ほのぼの書きの実践編『だって、ほのぼのが好きなんだもん!』をお楽しみに…
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