メモの続きです。


1月28日 木曜日
『Labyrinth』

(祐一視点)
祐一、夢から覚める。やはり、あの日の夢。
階下に降りると、秋子さんはいて…名雪はいない。
名雪は部屋から出てこないという。それでも、例によって追求しないでおこうとする秋子さん。祐一は部屋の前に行き、ノックしようとするが…手を握りしめ、やめる。
何が…言えるんだ?オレは名雪に…
祐一、コートを着て学校へ行くために黙って階下に降りていく。

(あゆ視点)
あゆ、ぼんやりと目が覚める。
体が重い…でも、今日は学校に行かなきゃ…
そこへ、ミイちゃんが駆け込んでくる。
心配そうに体の具合を聞く…大丈夫と言うあゆに、ほっとするミイちゃん。
と、そんな場合じゃなくて…電話だよっ!
あゆ、電話を取る…香奈美さん。
今日ももし、できればバイトを代われないか…
あゆ、黙って考えて…百花屋にいたら、ひょっとしたら…いや、きっと祐一と…
「…ごめんなさい、ボク…」「あ、ううん、いいのよ。わたしが勝手にお願いしようとしたんだから…」「……ごめんなさい…」
香奈美さん、ちょっと黙る。
そして急に「あゆちゃん…どうかしたの?」「…え?」「元気、ないわよ」「…そんなことないです。」「………」「………」
「…そういえば…」「……?」「…昨日、祐一くんを駅前で見かけたけど…なんか、ベンチに座り込んで、わたしが声かけたけど、全然聞こえなかったみたい…なんだか、元気が…」「………」
あゆ、祐一の姿を思い浮かべる。ベンチに座り込んでいる祐一…あのベンチ…
「…ねえ、あゆちゃん?ひょっとして、あなた…」「……香奈美さん。」「…うん?」「…ボク…バイト、やめるかも…しれません。」「…え?あゆ…ちゃん?」「…ボク…」
「…あゆちゃん、いったい…」
「…ごめんなさい、時間…だから、香奈美さん、それじゃ」「あゆちゃん?」
電話を切るあゆ。
後ろでミイちゃんが見ていて…
「…おねえちゃん…」「…何でもないよ、何でも…」
廊下を歩いていくあゆ。

(祐一視点)
学校。昼休み。
香里が祐一のところへ来て、顔を貸せと言う。ついて行く祐一。
二人は例の中庭で、ドアを出たところで向き合う。
昨日のことで、何も言えない祐一に、香里は真剣に
「…相沢くん…知ってる?」「……?」「昨日の…今日で、名雪、休んでるわよね?」
「……ああ」「…それで…噂になってるの、あなたは…知らないようね。」「……噂?」
「…それが…笑っちゃうわよ。あたしがね、相沢くん…あなたと名雪とで三角関係になって、それが昨日のことで分かってショックで名雪が学校を休んだんだって。」
祐一、呆然と香里の顔を見て…
「……ごめん、香里…」「………」
香里、わずかに微笑んで
「…別に気にしないわよ、あたしは。どのみち、根も葉もない噂だもの。」
「………」
「……でも…」
と、香里はキッと祐一を見つめて
「…あなたのせいなんでしょう?」「………」「…名雪が…休んだのは。」
頷くしかない祐一。
「……あの子…あゆちゃんのこと?」「……いや…」「…あたし、昨日…あれから教室に戻って、名雪から聞いたわ…あゆちゃんの事故のこと…名雪が、あなたと約束したことも…そして…名雪が、あゆちゃんのこと…」
祐一、黙り込む。香里も何も言わない。祐一、やがて口を開いて
「ちがう。あゆのせいじゃないんだ…」
あゆは覚えていなかったから…オレも覚えていなくて、だからあゆはそんな気ではなかったこと…
「だろうと思った」
香里、首を振りながら
「そんなことなんじゃないかって…わたしも思ったわ。あの子…そんなことする子じゃないって、そんなことができる子じゃないって…思ったわ。だから…」「………」
「…名雪、追い詰めちゃったのは、あたしのせいもあるの。」「……香里?」
「あたし…あゆちゃんのとこ、責めてる名雪に、そんなことじゃないんじゃないかって、言い聞かせようとしたから…名雪、余計に…」「………」
祐一、泣いていた名雪を思い出して
「いや…そうじゃない。全部、オレのせいだ…」「………」「…あの日のオレの罪…そして、オレの約束が…名雪を…あゆを…」
言って、空を見上げる祐一。香里、黙って…
「…ええ、そうね。あなたのせいよ。名雪が…泣いてるのはね。きっとあゆちゃんも苦しんでいるのは…」「……そうさ…」
バンッ
鉄のドアを叩く香里。驚いてみた祐一に
「…って、言ってほしいの?そうやって、自分一人のせいにして、一人で背負込んだら…格好いいとでも思ってるの?潔いって…男らしいって?」
「なにを、香里…」
「そんなの、潔いんじゃないわ。ただの自己満足よ。そう、名雪、苦しんでる…あゆちゃんもね。それはあなたのせいよ、相沢くん。でも…でも、それは…あなたが卑怯だからよ。そうやって自分を責めるふりして、本当は自分が可愛いだけの卑怯者だからよ。」「………」
祐一、香里の言葉はもっともだと思う…でも、その言葉に反発もして
「…赤の他人だから、そんなことが言えるんだ。お前に…何が分かるって言うんだよっ!名雪にちょっと聞いただけの、それだけのくせにっ」「赤の他人…?」
香里、祐一をにらみつける…
が、一つ、息をすると肩をすくめる。
「そうね。あたしは…赤の他人だわ。」「………」
「でも、赤の他人だからこそ…これだけは言えるわよ。相沢くん、あなたは最低だわ。」
「…ああ、そうだよ。でも…」「でもね、相沢くん。あたしが最低だと思っているのは、今のあなたよ。7年前の…冬の日の相沢くんには、あたしは何も言うことはないわ。責める気もない。もしもあたしがその時、あなたのそばにいたら、きっと慰めてあげたいって、思ったかもしれない。でも…」
香里、祐一の顔をじっと見つめて…
「…今のあなたには、慰めなんて言えないわ。だって…」「………」
「最低よ、あなたは…今の、うじうじしたあなたはね。」
振り返り、去っていく香里。何も言えない祐一…

祐一、街をふらつくうち、百花屋の前で香奈美さんに見つかり、引きずり込まれる。
香奈美さん、今朝のあゆの様子を祐一に言って、原因が祐一にあるのではないかと糾弾。
祐一、何も言えずに…
そこへミイちゃんが香奈美さんを訪ねて入ってくる。
と、いきなり、祐一を蹴飛ばす。
「ミイちゃん…」「お姉ちゃん…昨日、泣いてたんだから!」
「………」「お兄ちゃんのこと、ミイが言っただけで、おねえちゃん…泣いてたんだからっ!お兄ちゃんのせいで…泣いてたんだからっ!」
祐一、何も言えず。ミイちゃんも半泣きになりながら
「おねえちゃんを泣かせるお兄ちゃんなんて、嫌いだよっ!」
叫んで、百花屋を飛び出していく。
驚いて呆然の香奈美さんが気を取り直す前に、祐一は百花屋を去る。

(あゆ視点)
ミイちゃん、園に帰ってあゆに、祐一をそうやって追い返したという。
あゆ、慌ててそんなことしたらダメだという…
「でも、あゆお姉ちゃん泣かせた…お兄ちゃんが悪いんだもん!あたし…お姉ちゃん、好きだもん!だから…」
「違う…違うんだよ、ミイちゃん…祐一くんが悪いんじゃないんだ…」
「じゃあ…」「…違うんだよ…祐一くんじゃあ…」あゆ、また涙。
ミイちゃんに一人にしてくれと言って…また、涙。

(祐一視点)
水瀬家へ帰る祐一。玄関から上がると、階下から声。
「…名雪…」「…そんなの、わたし、知らないよっ!知らない…知らないもん!」
「名雪…」「…出てって。お母さん、出てってよっ!」「………」
「出てって…出てってっ!」
バタン
ドアの閉まる音。見上げている祐一の前、やがて秋子さんの姿が。
「……ああ、祐一さん。」「秋子さん…」
祐一、秋子さんを見上げて
「……名雪、いったい…」「………」
秋子さん、ちらっと名雪の部屋を振り返ってから
「…祐一さんも、知っておいた方が…いいえ、知っているべき話があるのです…」
リビングへ行く二人、そこであゆの記憶喪失のことを秋子さんが語る。
実は園長先生と秋子さんは、結婚前のボランティアの頃の知り合い。
(秋子さんの旦那さんとのなれそめもその中だった…が、その話はほのめかすだけ)
だから、あゆちゃんには悪いとは思ったけど、頼み込んで聞いた…
「だから、あゆちゃんは…祐一さんの気持ちにつけこんで近づいたわけじゃないって名雪に説明したんですが…」
「どうしてそのことを?」「…悪いとは思ったのですが、偶然…」秋子さんは、昨日の夜の会話を聞いていた…
「…そうですか…」「ええ。だから、そう、名雪には、あゆちゃんのせいじゃないんだって言ったんですけど…」
「…あゆのせいでも、名雪のせいでもないですよ。名雪を約束で縛りつけてしまった…オレのせいですから。オレの…」
祐一の言葉に、秋子さん、黙って祐一を見て…
「…祐一さん。」「はい。」「約束をして縛るのは、あなたの勝手…それは確かだとわたしも思うんですが…」「………」「…約束に縛られることを選ぶのも、実はその人の勝手なのですよ。」「……え?」「…勝手だといえば、どちらも勝手なのです…」「……秋子さん…」
祐一、秋子さんを見る。
秋子さん、立ち上がってキッチンへ。
「…祐一さん。」「…はい?」「お風呂…入ってきてください。そしたら、夕食にしますから…」「秋子さん…でも…」
食欲もないと言おうとする祐一。でも、秋子さんはキッチンの入り口で振り返ると
「風呂に入ってください。そして、夕食を食べて、ゆっくり…考えてください。祐一さん、それがあなたの…義務だから。」「………」
「でも、それは…あなたのせいだからとか、つぐないとか、そういうことではなく…考えなくてはいけないから。名雪が…そして多分、あゆちゃんが考えているように…あなたも考えなきゃいけないからです。あなたは、何をしたくて…何をすべきなのか。」
「…秋子さん、でも…」
言おうとした祐一に、秋子さんは小さく首を振って
「…祐一さん。どうしてなんでしょうね…」「…え?」
「どうして、人は…したいことと、しなくてはいけないことを間違えてしまうんですかね…」「………秋子さん…?」「それは全然違うことなのに…間違えて、そして…どうしようもなくなって、悩んで…泣いてしまうんです。どうしてなんでしょうね…」
「………」
何も言えない祐一。と、秋子さんはハッとしたように顔を背けるとキッチンへ。
したいこと…しなくてはならないこと…オレのしなくてはならない事は…
考えながら、祐一は立ち上がって…階段を通るとき、見上げるが、名雪の部屋は物音一つしないままだった…


1月29日 金曜日
『天使たちの伝言』

(祐一視点)
朝。重い体で静まり返った2階からダイニングへ。
秋子さんの変わらない…でも、寂しそうな言葉。名雪は…今日も…
朝食後、祐一は名雪の部屋のドア前に立つ。
「…名雪…」返事はないが、祐一は続けて、秋子さんが心配していること…クラスのみんな、香里も心配していると…だから、学校へは行こうと…オレも行くから、一緒に…
無言の名雪の部屋。祐一、手を握り締め、ドアを…
いや、やめて「…オレ、行くから…だから…」
と、ドアが開く。パジャマの名雪が現れて、祐一を見上げながら
「……じゃあ、約束…して」「……何を?」「…あの子と、会わないって…これから、絶対会わないって…約束してくれたら…」「………」
祐一、名雪の顔をじっと見る。真剣な眼差し。見上げる名雪の顔…
祐一、大きく息を吸って
「……オレは…」
「……ううん。絶対なんて…言わないよ。」
名雪、祐一が言わない前に言って首を振る。
「そんなこと、言わないから…だから…今日は。今日だけは…会わないで。会わないって…約束して。約束して…祐一…」
祐一、名雪の顔を見つめながら…
…あゆには…会えない…会いたくない…オレは…
「……ああ。」
祐一、頷く。名雪、祐一の目をのぞき込んで、
「……着替えて、くるね…」
部屋のドアを閉じる。祐一、ドアの前に立ったまま…
…会えない…会わない…あってはいけない…オレは…だから……だけど……オレは…

(あゆ視点)
朝、目覚める。
機能のことを思い出して、自分で頭を叩くと、頑張らなきゃと思う。
着替えて廊下に出ていくと、事務所のところでミイちゃんと会う。
あゆ、昨日のことを思いだしてことさらに元気に挨拶するが、なぜかミイちゃんはどぎまぎした様子で、さっさと行ってしまう…
どうしたんだろ?不思議に思うあゆ。

(祐一視点)
学校。昼休みのチャイム。
いつもなら美坂チーム発動…でも、香里も名雪も座ったまま。
今朝教室で会ってから、会話も交わさない二人。その発端となった事を自覚している祐一も、何も言えずに…
そこへ、北川がみんなに食堂に行かないのかと声をかけてくる。
このままじゃ、めん類しか食べられないかも…
曖昧に答える祐一。香里と名雪の様子を見ながら…
と、北川が祐一に小さな声で
「……どうしたんだよ?まさか…マジじゃないんだろ?」
「……え?」「ほら…例の噂さ。」
一瞬、分からない祐一。でも、すぐに例の二股の噂と気が付いて
「…違うって。」「でも…」「そんなんじゃないって。」
「…そうよ。冗談じゃないわよ。」
と、後ろからの声。振り返ると、香里が立って二人の方をあきれた顔で見ながら
「あたしが相沢くんのことを好きに…なんて、あるわけないじゃないの。あたし、面食いなんだから。」「…どういう意味だよ。」「…そういう意味よ。」
香里、肩をすくめて「それだったら名雪が北川くんに惚れたっていう方が、まだあり得るかもしれないけどね…」
「………」と、名雪、振り返ると首を傾げて
「…それって、わたしが面食いじゃないってことなのかな?」
「確かに…」と、北川、頷きかけて…
「…って、それどういう意味なんだよ、水瀬さん。」
「……そういう意味なんじゃないの、北川くん。ねえ、名雪?」「……あはは」
名雪と香里、顔をあわせて笑う。
「…さ、こんなどうでもいい話はやめて、行きましょうか。ランチは無理でも、まだ他のメニューには間に合うわよ」「…わたし、Aランチ…」「…ていうか、どうでもいいって、おいっ!香里っ!」「……行くの、行かないの?」「…行くっ」
…いつもの光景。祐一、ぼんやりと3人を見ながら…
あゆと会わずにいたら…あゆを忘れれば、こんな日常が…
…でも、名雪の香里を見る目はわずかに堅く、そして祐一を見る目…
そして、オレは…あゆと会わないで…



泣いている少女
頭に積もる雪
降り続く雪の中を一人の少女が泣いていた。
冷たい雪で真っ赤になった小さな手で顔をおおったまま
小さな少女が雪の中を泣いているのが見えた。
泣かないで
泣かないで
言いたいのに
声が出なくて
手を伸ばして
その髪に触って
ただ慰めたくて
大丈夫だよって
オレはここにいるからって
言いたくって
オレは
手を伸ばして
伸ばした
手の先で
少女が顔を上げて…

キンコーン

放課後のベル。
目を覚ます祐一。いつの間に眠っていたのか…よく眠ってないし…ぼんやりと教室を見回す。
…でも、今の夢の中…あの少女は…
涙だけは覚えている。泣いていたことだけは。でも、顔は…なぜかぼんやりとしていて…
ぼんやりと見回す目の端、隣の席に突っ伏していた頭が上がるのが見える。
名雪…今のは名雪なのか…それとも…
名雪、顔を上げて祐一の視線に気がつく。一瞬、とまどうように目を落とすが…にっこり笑うと、祐一の顔を見ながら立ち上がって、
「さあ、部活に行かなきゃ。」「…大変ね、部長さんは。」
言いながら、タイミングよく寄ってくる香里…多分、タイミングを計っていたのだろうけれど。
名雪、そんな香里に振り返ると
「でも、走るの好きだから。」「…はいはい、それは聞き飽きました。」「…うー」
うなる名雪。でも、すぐに微笑むと
「でも、明日は休みなんだよ。」「…この学校、もう土曜日は休みなのか?」「そうじゃなくって、部活が休み。」「…そうだっけ?」「そうだよ。陸上部は、久しぶりにね。」
名雪は頷くと
「だから…明日、みんなでどこか行こう?」「……え?」
思わず、声を合わせて名雪の顔を見る祐一と香里。
しかし、先に香里が気を取り直すと
「…そうね、そういえばみんなでどこかに行ったことなんて、なかったわね。」
「うんうん。」「………」
祐一、二人の顔を見て
「……そうだな。」「うんうん。」
「…で、その『みんな』にオレは入るんだよな、もちろん?」
その時、北川が会話に入ってくる。
「……忘れてたよ。」「……いたの、北川くん…」「……おい…」
「…って、嘘だよ、北川くん。いっしょに行こう?」「…しょうがないわね」
「こら、香里…」「あはは」
名雪、笑いながら鞄を持つと
「じゃ、わたし、行くね。」「ああ、あたしも行かないとね。」「…おう。」
「…詳しくは明日にでも…」
北川の言葉に、頷きながら去っていく二人。
いつものように…でも、名雪の去っていく瞬間の、不安そうに揺れた瞳…
それを見ていた香里の目…
「……じゃあ、帰るか。」「……ああ」
北川の言葉に、祐一も鞄を取って玄関に向かう。
廊下を歩きながら…先程の会話を思い出して…
いつもと同じ他愛のない会話…でも本当は違う。急な名雪の提案、そして何よりも…
「寒いな、今日も。」「…ああ」
気がつくと、玄関。靴を履き替えて外に出て、日の少し傾いた空を見上げる祐一…
「…で、今日、これから…どうするんだ?」
北川のセリフ。祐一はホウッと息をつく。
そう…さっき、名雪が聞かなかったこと…だから多分、香里も口にしなかった問い。
オレは今から…どこに行くんだ?家に…帰るのか?だって…
『あの子と会わないで』名雪のセリフ。オレは頷いて…
オレは…会えない。会えるわけがない。あいつに…だから…
……でも、じゃあオレはどこに…
「……そうだな…」
祐一、ぼんやりと校門の辺りを…
「……!?」
そのまま、目を疑う。そして、少し躊躇して…
「…ん?どうした、相沢?」「………」
そのまま、校門に駆け寄る祐一。そして…
「…どうかしたんですか、こんなところに…?」「………」
そこに立っている人影に言う。相手は祐一の顔をその印象的な瞳でちらっと見ると
「……人を待っているよの。」「……誰をですか?」「……昨日、わたしの目の前で、小さな女の子に蹴飛ばされていた子。」「………」
祐一、思わず黙る。そこへ北川が祐一のそでを引いて
「おい、相沢…誰だ、その美人は?」「…ああ、この人は…」「初めまして…かな?わたし、百花屋でアルバイトをしている中瀬香奈美です。祐一くんにはいろいろ、お世話になってるのよ。ね、祐一くん?」「……おい…」
北川、目を丸くしながら
「お前、凄い奴だな…改めてみなおしたぞ。」「……おいおい」
そんな二人に、香奈美は一つ咳をして
「…えっと…あなた…」「あ、北川です。北川潤」「…北川くん、申し訳ないけどわたし、祐一くんに用事が…あるの。」「あ、はい。」
北川、素直に頷いて
「じゃあな、相沢。」「…ああ」「…じゃあ、中瀬さん…」「…ええ。また、こんど百花屋によってね。」「はい、もちろん!」
去っていく北川。見送る二人…
と、香奈美、振り返ると息をついて祐一の顔を見つめる。
「…祐一くん」「………」「…ちょっと、付き合ってくれる?」
香奈美の目に、祐一は…頷く。
「……はい。でも…」「…分かってる。百花屋へとは言わないわ。」「……はい。」「………」
そして、歩きだした香奈美の後を、祐一は歩きだす…

(あゆ視点)
放課後。明美ちゃんたちと校門のところで別れ、一人ミイちゃんとの待ちあわせの場所…駅前に向かう。
走りながら、朝のことを思い出す。
(回想)
「…ねえ、お姉ちゃん…今日の放課後、暇?」「え?」「あ、ううん、何か用事あるんだったら、いいの。委員だけど、もし…」「………」「暇だったら、さあ…」
上目づかいに顔を見上げるミイちゃん。あゆはちょっと笑って
「ううん、何もないよ。」「……そう」
ミイちゃんはホッと息をつく。
「じゃあさ、どっか、遊びにつれてって。」「…え?」「あ、じゃない、じゃないの。ええっと…ミイと一緒に、遊ぼう?ねえ、お姉ちゃん?」「…うーん…」「ね?いいでしょ?最近、遊んでないし…ね?」「………」
言うミイちゃんの様子が、でもいつもの甘える様子じゃないと感じるあゆ。
でも、自分はミイちゃんとの約束を破っている…
あゆは頷くと
「…いいよ。」「ほんと?」「うん。」「わ〜〜い、じゃあねえ…」
ミイちゃん、ちょっと考えながら
「…じゃあ、放課後、駅前のとこで待ち合わせ…いい?」
あゆ、駅前と言うと…ピクニックの時の祐一…ドキッとするが、頷いてOKする…
…そんなことを思いながら、駅へと走って…
(回想終り)
「…お姉ちゃん!」「…え?」
駅までの道の途中、ミイちゃんが立っている。
小学校は終わるのが早い…待ちきれなくて高校に行くところだった。
「…ごめん…」「ううん、お姉ちゃんのせいじゃないもんね?」
ミイちゃんは言いながらあゆの腕をとって
「さ、行こ!」「…そういえば、どこ行くの?」
あゆ、このまま商店街に行くのではないかと、ちょっとどきどき…
「…いつものとこじゃ、面白くないよね…」
「……うん、そうだね。」
ミイちゃん、あっさり同意して
「じゃあ…」「…ミイ、行きたいところ、あるんだけど…」「…どこ?」
「……えっと…場所はね、知ってるんだよね…」「ふうん…」
「……お姉ちゃん、いっしょに行ってくれる?」
ちょっと不安そうにあゆの顔を見るミイちゃん。
あゆ、にっこり笑って
「…いいよっ」「…うんっ!」
ミイちゃん、笑ってあゆの腕を取り
「こっちこっち!」「…もう、ミイちゃん…現金なんだから…」
「そんなことないもん!」
そして、二人は雪の道を歩きだす…

(祐一視点)
香奈美さんについていくと、百花屋ではない喫茶店。
祐一の前に香奈美さんが座り、コーヒーを頼む。祐一にも同じものを。
二人黙っている…用件は祐一にも分かっている。でも…何を言える?
そこへ、ウエイトレスがコーヒーを持って来る…それを見送りながら、香奈美が口を開く。
「…初めて会った時…一緒に百花屋のウエイトレスのバイト、一緒に始めるってことになった時のあゆちゃん…あの子、あんなにてきぱきしてなかった…最初からドジばっかりして。だから、わたし、あの子にはウエイトレスは向いてないって…しょうがない子だなって、思ってたわ。」「……え?」
「でも…違ったわ。あの子…あゆちゃん、やれば普通にできるの。ちょっとあわてんぼなところはあるけど…器用じゃないけど、きちんと出来る子なんだって…」「………」
「任せたら、きちんやってくれるし、他の子のわがままな分まで、手際よくとは行かないけど、必ずカバーしようってしてくれる。そういう子なのよ…」「……そうですね。」
「でも…そんなあゆちゃん…わたし、見てると辛い時があるわ。」「…え?」
「あゆちゃん…いつもそうやって、自分を後回しにしちゃうの。そして、それが当たり前だって、いつも自分に言い聞かせてる…」「………」「いい子なのに、本当にいい子なのに…いっつも自分に自信がないように、いっつも引いてしまうの。自分のしたいこと、自分の…気持ち、押し殺しちゃうところがある…」「………」
祐一、この冬にあった頃のあゆを思い出しながら…
「それは…」「…それは、あゆちゃんのあの頭の傷のせい。そして…あゆちゃんの境遇のせい…ご両親がいなくって、園で暮している…そういうこと、あゆちゃん、必要以上に負い目みたいに感じてる…」「……それは…」
祐一、あゆの寂しそうな顔を思い出しながら…
「でも、あゆが…あいつが園で暮らしているのは、あいつの両親があゆを捨てていったわけじゃないし…いや、もしも仮にそうだとしても、それはあいつには関係ないことじゃないですか。そういこと…あいつも分かってるはずですよ。あいつ、園にいることに負い目を感じることない…それはあいつにも分かってますよ。自分でも言ってたし…それは本当の気持ちだって、オレは思う…」「………」
反論する祐一に、香奈美さんはまじまじとその顔を見る。
「……やっぱりね。」「……え?」「そんな祐一くんだから、だから会ってすぐなのに、あゆちゃん…」「…香奈美さん?」
香奈美さん、祐一の顔を見ながら頷いて
「…わたしも、そう思ってるわ…ただし、今は、よ。あゆちゃんに会うまでのわたしは、そんなこと考えもしなかった…あった頃もそうだった。だから、わたしはあゆちゃんのこと、ただのドジな、でも明るい女の子だって思ってた。そして、園で暮らしていることを知って…単に可哀想だって思ってた。だから、よくあゆちゃんに『大変だね』って…『頑張ってね』って…言ってたの。そしたら、いつもあゆちゃん、ちょっと微笑んで…『あははは』って笑ってた…」「………」「…それが本当の笑いじゃなくって、あの子の…傷ついた心のサインだってことに、わたしが気付いたのは、ずいぶん…半年ほどしてからだった…ある日、美衣子ちゃんが百花屋に来て、あゆちゃんに遊んでってせがんだ時だった。あゆちゃん、困った顔しながら、お店の隅にミイちゃんを連れていって、『ダメだよっ』て叱って…でもその後、『おとなしく待ってたら、ケーキ上げるからね』って言ったのよ。そしたら、美衣子ちゃん、うれしそうに笑って…その時、あゆちゃんがその顔を見ながら、にっこり笑ったの。その顔が…」「………?」「…わたしは初めて見る、あゆちゃんの笑顔だった。本当の笑顔…あの笑い顔じゃなくて。そして、いつもわたしに見せていた笑顔じゃなくて…それで気がついたの。あゆちゃんはわたしに、心開いてくれてなかったこと…わたしの可哀想だとかそんな気持ちが…あゆちゃんを傷つけて、遠ざけていたってこと…やっと気がついたの。それからね。わたしが本当にあゆちゃんと仲良くなろうってと思って…そして、やっとだんだんそうなれたのは。そして…仲良くなっていくに連れて、もっともっと分かったわ。あゆちゃん、本当に純粋な、いい子なんだってこと…」
「………」「…でも…」
と、香奈美さん、祐一の顔を真面目な顔で見ると
「…祐一くんとは、最初からあゆちゃん、いい顔してた…あなたと一緒のときのあゆちゃん、最初から本当の笑顔だったから。だから…あなたにはあゆちゃん、園のことしばらく言えなかったみたい…逆に、それであなたが変わっちゃうのが恐かったんだと思う…」
「……オレは…」「でも…知っても、あなたは変わらなかった。そんなこと、関係ないって言って。それを聞いて…そして、本当に生き生きしてるあゆちゃんを見て…わたし、二人のこと、お似合いだって…本当に応援してた。わたしはこんな性格だから、おせっかいっていうか…変に茶化してるようにみえたかもしれないけど…本当に応援してたのよ。本当にあゆちゃん、幸せそうだったから…それは祐一くん、あなたと一緒にいたから…」
「………」「…だから、このごろ…あゆちゃん、様子がおかしくなって…あの笑顔、わたしにも見せてくれなくなって…祐一くんも百花屋によりつかなくなって。何かあったのかな…と思った。でも、まさか、あの二人に限って…とも思ってたのよ。でも、昨日…」
「………」「…何があったのかは、わたしは知らない。あなたたち二人の間に、どんなことがあって…それで…こうなってるのかは分からない。あゆちゃんも言わないし…わたしにはそんなこと、聞く権利わよね。それはわたしだって分かってるの。まわりがどうこう言ったって、結局は本人たちの問題で、そんなのは要らぬおせっかい、大きなお世話…そんなこと、百も承知よ。そうなんだけど…でも…」
「……香奈美さん…」「…でも、分かってるけど…本当にあなたといる時、あなたのこと話してる時のあゆちゃん…幸せそうだったから。そして、あなたも。だから…」
「………」「おせっかいだとは分かってる。大きなお世話なことも。でも…わたしは…」「……香奈美、さん…」「だから…」
香奈美が言いかけた時、入り口のベル。
香奈美は口を閉じて、入り口を見る。祐一、その顔に、ゆっくり振り返る…
「…お姉ちゃん、こっち、こっち!」「はいはい、もう、ミイちゃんったら…」
言いかけて、凍りついた人影。その手を引いている小さな姿…
黙って祐一の顔を見つめるあゆ。その瞳を見つめる祐一。そのまま、永遠とも思える時間…
「…あゆちゃん…」
香奈美さんの声。あゆ、ハッとしたように香奈美の顔を見る。そして、それからもう一度、祐一の顔を…その揺れる瞳を…
「……!」
次の瞬間、振り返って入り口を走って出て行くあゆ。
「あゆちゃん!」「お姉ちゃん!」
叫ぶ香奈美さんとミイちゃん。祐一はそのまま、あゆの後を追って喫茶を飛び出す。

小道に入ったところでようやく追いついた祐一、あゆの腕を掴む。
あゆ、振り返る…でも、ただ祐一を見上げている。
一方、祐一も何も言えない…
「…どうして…」「………」「どうしてこんなこと…するのさ…」「……あゆ…」「ボクをこんな…だ、騙して…」「それは…違う。違うんだ、あゆ…」「…香奈美さんも…ミイちゃんまで…」「…それは…」「…ボクのことからかって…そんなに面白いの?ひどいよ…みんな…ひどい…」「…あゆっ!」
祐一、あゆの両肩を掴んで
「それは違うぞっ!そんなこと…二人のこと、そんな風に思っちゃダメだ!香奈美さんも…ミイちゃんも、お前のことを思って…心配して、だから…だからこんな…」「………」
「…こんな形で、お前を騙すみたいな、そんな形になっちゃったけど、でもそれはあの二人が、それでもお前のこと…」
あゆの肩を揺らしながら、必死で言う祐一。
でも、あゆはうつむいて、力なく揺すられるまま…
…と、あゆ、きっと祐一を見上げる。その目には、涙はなく、ただ揺れて…
「…じゃあ…」「……?」「…じゃあ、祐一くんは、どうしてこんなところにいたの?祐一くんは…ボクのこと、からかうためじゃなくって、じゃあ何のためにいたの?何のためにボクを…追ってきたの…」「………」
祐一、あゆの顔を見たまま…
あゆが来るとは知らなかった…それは間違いない。でも、じゃあ…どうしてあゆを追ってきたのか…追いかけて、追いついて、そして…何をしようとしていた?何を言おうと…
「……祐一くん…」「………」
見上げるあゆ。黙ってそれを見ているだけの祐一…
あゆの見上げるその瞳から、涙が…
祐一、そんなあゆを思わず引き寄せる。そして、胸に抱いたまま、思わず
「……あゆ…ごめん、オレ…」
「………」
あゆ、祐一の胸に、顔を埋めたままで…
「…離してよ…」「……え?」
「……離してっ!!離してったら…離せっ!離してよっ!」
急に暴れだし、祐一の腕から逃れるあゆ。祐一、それでも手を延ばすが、そんな祐一をあゆはキッと睨むように
「…誰が…誰が謝ってくれって言ったんだよっ!ボク、そんなこと、頼んでないよっ!」「あゆ…」「ボクは…」
あゆ、喉を詰まらせるが、すぐに祐一を見上げて
「同情とか…責任とか、そんなこと…ボクが聞きたかったのは、ボクが…祐一くんに…そんなことじゃないよっ!そんなこと…言ってほしかったんじゃないっ!」「…オレは…」
「事故のこと…園のこと…でも、祐一くんは違った。同情とかじゃなくって、ボクのこと見てくれて…ボクのことからかったりもしたけど、でも…だから…」
あゆの瞳、真っ赤に染まって…
「…7年前のこと、あの冬のことも…たい焼きも、クレーンゲームも、あの森も…あの木のことも、あの大きな、大きな木のことも、みんな、みんな…ボク、思い出して。ボクは思い出したから、だから…でも…でもっ」
あゆ、大きく首を振り
「謝ってほしくなんてないっ!そんなこと、してほしくなんてないよっ!あれはねっ、あれは、ボクの…大切な、ボクの大事な、大事な思い出で、ホントにボクの…なのに…だから…」
「だから、謝ってほしくないっ!そんな目で見るなッ!そんな目で…そんな顔で、そんなこと…そんなことを言う、そんな…そんな祐一くん…」
「……あゆ…」
祐一、何も言えず…抱しめようと手を伸ばす。
でも、あゆはその手を…そして祐一の顔を見て
「…違うと思った…祐一くんは、だから…だからボク…ボクは…」「あゆ…」
バサッ
祐一の伸ばした手を避けたあゆ。祐一の手に、あゆの白いリボンだけが…
「……そんな…そんな祐一くんなんて…」
「…あゆ…」
「…嫌い…嫌いだよっ!そんな祐一くんなんて、ボク…大嫌いだっ!二度とボクの前、姿を見せないでっ!嫌い…大嫌いだよっ!!」
叫んで、走り去るあゆ。リボンを握りしめたまま、立ちすくむ祐一…
どのくらいしたのか、そっとかかる声。
「…祐一くん…」
振り返る祐一。そこに、香奈美さん。深く頭を下げて
「…ごめんなさい。わたし…本当に余計なことしちゃった…」「………」「…ごめん…ごめんなさい…」
顔を上げない香奈美さん。祐一、その姿を見ながら…『香奈美さんのせいじゃない』言わなければ…でも…口を開くと、叫びだしてしまいそうで…泣き出してしまいそうで…言えないまま…

  雪の思い出(Interval)

夜。部活で遅く帰ってきた名雪の物音を聞きながら…
自分の部屋で呆然とベッドに座り込んでいる祐一の耳、ノックの音。祐一、立ち上がってドアをあけると、
「…祐一、寝てたの?」「………」
名雪が後ろ手にして微笑を浮かべて立っている。祐一、何も言えず…
「…明日のことだけど…隣町のデパートに行こうかって、香里と話してたんだけど、祐一、いいかな…」「………」「うん、まあ…隣町って言っても列車で10分だから、時間、かからないし…いいよね?あははは…」
名雪、言って微笑む。祐一、そんな名雪の顔を見ながら…
泣いていたあゆ…雪の積もった街並…雪…雪の中、泣いていた少女…名雪…『…約束…だよ…』…『あの子と会わないで。今日だけ…』…名雪の後ろ、廊下の窓に雪が白く、光を浴びて…
「…だから…」「…名雪。」
祐一、名雪に嘘をつくことはできないと…
「…オレ…あゆと、会った。今日。」「……え?」「…今日、オレは…あいつと会った…」
名雪、祐一の顔を一瞬、わけがわからないように…
「…嘘…だよね?祐一…」「……」「…だって、祐一…嘘でしょ?そんなの…嘘なんでしょ?」「………」「…祐一、約束したよね?今朝…わたしと約束したよね?なのに…そんなこと、嘘…」「………」「……祐一…」「……オレは、今日、あゆと…会った…」
ただつぶやくように繰り返す祐一。名雪、そんな祐一の顔を見上げて…
「…どうして?わたしと約束したじゃないっ!わたしと…」「……」「祐一、わたしと約束したじゃないっ!今朝、わたしと…約束したのにっ!なのにっ!」「………」
「…祐一…どうして…また約束…わたしと、約束…また…」「………」
名雪、黙っている祐一の胸に手をつくと
「祐一…どうして?どうしてわたしとの約束、また…破ったの?ねえ、祐一?」「………」「…わたしとの約束なんて、祐一はどうでもいいって、破ってもいいって、そんな風に思ってるんだ?わたしなんて、どうでもいいって…」「…違う、それは…」「じゃあ、だったら…どうして?ねえ、どうしてなの?祐一…どうしてっ!?」
胸を掴んで見上げる名雪。祐一、何も言えず…
と、名雪はそのまま、祐一に抱きついて
「…祐一…わたしと…わたしにキスしてよっ!」「……え?」「わたしと、キスして…わたしを抱しめてよっ!ギュッて、抱いて…キスして…わたしを抱いてよっ!」「名雪…」「…わたしを抱いてッ!わたしを祐一のものにしてよっ!そして…わたしを…わたしだけを見てよっ!わたしのものになってッ!わたしだけを見てッ!わたしだけ…」「……名雪…」「…祐一、キスしてよっ!わたしのこと、抱いてッ!抱いてよっ!」「……名雪ッ」
祐一、力いっぱい抱きついている名雪を引き剥がす。
「…名雪、お前、何を…」「…祐一…」
名雪、息を荒くしたまま、祐一を見上げると
「…どうして…どうしてよっ!祐一、どうして…」「…名雪…オレは…」「…どうして、わたし…どうしてよっ!」「……名雪…」
祐一、それ以上何も言えずに名雪を見ている。
名雪、目を落とす…その肩が、震えて…
「…オレはこの街に来なかったらよかった…来ちゃいけなかった…オレは…」
「………」
名雪、顔を上げる。目に涙。しかし、そのまま震えるその手を振り上げると
バシッ
何かが祐一の頬、当たって落ちて
「…そんな言葉を聞くために、わたしは…待ってたんじゃないよっ!」「名雪…」
「祐一にとって、わたしとの約束は…そんなに忘れてしまいたかったことだったの?」
名雪、祐一の服を掴んで
「わたしとの約束…あの冬のこと…あの事故の事と一緒に、わたしのことも……そして、あゆちゃんのことも……祐一にとっては、全部忘れてしまいたい、忘れたまま…思い出したくもない、そんなものなのっ!?」「……それは…」「………」「………オレは…」
それ以上、何も言えなくなる祐一。ただ黙って、名雪の顔を…
名雪、祐一の顔を見上げて…その瞳から、涙…
「……そんな言葉…聞きたかったんじゃないよっ!わたしは…祐一、わたし…そんな言葉…そんな祐一なんて…」「………」「祐一っ!」
名雪の叫び。廊下に響く声。名雪の瞳。電灯が揺れる瞳…
バタン
名雪、自室に駆け込む。祐一、呆然と立ったまま…
ドアに手をついて目を落とす…と、其処に何かしろい、小さなものが。
さっき、名雪が祐一にぶつけたもの…
祐一、拾おうとしてそのままずるずると座り込む。そして、手を伸ばして…
…それは人形。小さな天使の人形。あの冬、あの日、あゆにあげようと思って…あの夜、名雪が預かった約束の人形…
祐一、人形を見つめたまま、座り込んで…窓の外、月の光に輝く雪を…

(あゆ視点)
廊下の窓から光る雪を見上げるあゆ。
頭を小さく振って、ドアを叩く。
「………」「……ミイちゃん、ボクだよ」「………」
ゆっくりドアとが開いて、ミイちゃんが顔を出す。あゆを見上げて、泣きながら
「…お姉ちゃん、ごめんなさい!」「………」
あゆ、ミイちゃんの顔を見つめて…微笑む。
「…うん。そうだね。ダメじゃない、ちゃんといるのに食事にこないなんて…」「…え?」「もう…だめじゃない、おばさんに迷惑かけちゃ。」
言って、あゆ、ミイちゃんの頭を…撫でる。
「…って、ボクもなんだから、ミイちゃんのこと言えないけど。あはは。」「………」「だから…おばさんに言って、特別に二人分、用意してもらっちゃった。特別だよっ!おばさんに感謝しなきゃねっ」
あゆの言葉に、ミイちゃん、あゆの顔を見上げたまま…
「…ごめんなさい、お姉ちゃん…ごめんなさいっ」
叫んで、あゆに抱きつき、謝りながら泣きじゃくる。
あゆ、そんなミイちゃんをそっと抱きしめて
「…もう、ミイちゃん…今度はミイちゃんが約束破ってるよ…ダメだよ、ミイちゃん。」
「…お姉ちゃん、ミイ、ミイは…お姉ちゃん、元気ないから、だから香奈美お姉ちゃんに相談して、そしたら香奈美お姉ちゃん…」「…分かってる。分かってるよ、ミイちゃん。分かってるから…ボクは怒ってもいないし、ほら、元気だよっ」「………」「…ね、だから、泣いちゃダメだよ。」「……でも」
ミイちゃん、しゃくりあげながら、あゆの顔を見上げて
「…でも、お姉ちゃん…」「……うん?」「……祐一お兄ちゃんのこと…」「………」
あゆ、一瞬黙る。ミイちゃんの顔を見つめて…
「…あはは。大丈夫だよ。そのことなら…」「……でも…」「…ミイちゃんが心配することじゃないから。そのことは…うん。もう…いいんだよ。うん…」「……お姉ちゃん…」
「……ほら、泣くの、やめやめっ!早く行かないと、おばさん、もうご飯片付けちゃうかも!」「………」
みいちゃん、あゆの顔を見上げている。あゆ、微笑んで…
「…うん」「よしっ!じゃあ…」「あ、あたし、えっと…着替えて、顔あらってから行くねっ」「…そうだね。じゃあ、ボク、先に行ってるよ。」「うん!」
ミイちゃん、部屋に戻っていく。あゆ、それを見送って、廊下を歩きだす。
そして、洗面所の前。通り過ぎざまに、鏡をのぞき込む。
…うん。ボクは…泣いてない。だって…
…涙は、帰るまでの間に…流してしまったから。泣いて…泣きながら歩いて…泣いて…そうしているだに、夜になって。だから…涙も出ないよ…
祐一くん…ボク、嫌いって言っちゃった…ボクは…
…もう、ダメだよね…もう、取り返し、つかない…
ううん、ボクはあんな祐一くんなんて…もう、ボク…
だから…もう、いいんだ。いいんだよ。そう、いいんだから…ボクは…
…でも、じゃあ、どうして?こんなに胸が痛いのは…まだ涙が出るのは…
洗面所の窓、暗い空を見あげて、あゆ…また、目の前が…


1月30日 土曜日
『夢の終わりに降る雪は』

(夢)

少女
笑顔
遠ざかっていく少女の顔

オレは手を伸ばして
何か言いたくて
伸ばすけど
だけど…

(祐一視点)
朝、目が覚める。自室。
気付いて、手の中の人形、前の日に名雪が渡した人形を祐一は眺める。
今朝の夢…少女の顔。あれは…誰だった?
オレは…何が言いたかったんだ?何を…
何をしたらいい?何をするべきだ?
オレは何をしたいんだ…
何も聞こえない、でも分かっている隣室。
名雪は…今日も…
祐一、昨日のこと、あゆと名雪のこと、7年前のことを思い出しながら…
ぼんやり窓の外を見る。雪におおわれた街並みを。
そして、手の中の人形…
7年前に欲しがっていたあゆ…そして…名雪との約束。
『結論…出して』
見上げた名雪の顔
『ボクはそんなこと、言ってほしかったんじゃないっ!』
見上げたあゆの真っ赤な瞳
『…そんな言葉…聞きたかったんじゃないよっ!』
涙に濡れた名雪の瞳
夢で伸ばした手。
遠ざかる少女…オレは何が言いたかった?オレは…
祐一、自室を出て、ダイニングへ。
秋子さんはいつものようにいる。
祐一、座ると目の前にお茶。甘い、優しい匂い…
祐一、これも以前に飲んだお茶だと思い出す。あの冬の日に…
そう言うと、秋子さんは微笑む。
…なぜ微笑めるのか?祐一は秋子さんの顔を見ながら
「…どうして…」
自分があの冬から…全てを忘れてしまったこと、そして帰ってきても思い出さず…そして、今も名雪を泣かせているのに、どうして秋子さんは微笑むことができるのか…どうしてそんな、優しいのか…
訊ねた祐一に、秋子さんは微笑みながら
「わたしにできるのは…それだけですから。」
優しいんじゃなく…名雪を愛しているし、名雪のために何でもしてやりたいと思うけれど、でも、自分はなにもできない不甲斐ない親でしかないから。本当に自分で苦しんで、自分で悩んで…泣いてしまうような時、自分にできるのは、微笑んで見ていてあげることだけだから…こうしてお茶を用意して、見守ることだけ…
悲しいことも…辛いことも、みんな…思い出に変えて、きちんと思い出に変えてしまえるように…見守ってあげること。それが、わたしの仕事だと思っているから…
祐一、秋子さんの顔を見る。秋子さん、微笑んでキッチンへ。
祐一は目を落として、カップの中をのぞき込み…息をついて目を外へ。
外の白い雪を見つめながら…
不甲斐ないなんてとんでもない…秋子さんは本当に優しいのだと思う。
優しいから…オレまでも優しく見守ってくれているんですね…こんな最低なオレを。
『相沢くん…今のあなたは最低よ。あたしが言いたいのは…それだけ…』
…そう、オレは最低だ。香里の言うとおり、自分だけが可愛くって、自分が傷つくのが恐くて、人を傷つけることだけ恐がって…逃げてただけだよな。オレは…
これ以上、オレは最低じゃいけない。
これ以上、名雪を…あゆを傷つけて、そして…秋子さんに、香里に…ミイちゃんに、香奈美さんに心配させて…自分だけ、傷つかなければいいなんて、そんな最低な人間には…
だって、言いたいことなんて、本当は一つしかないのに。
今のオレには…一つ、だけしか。
祐一、カップのお茶を一口飲む。優しい香里が口に広がる。
カップを置いて、祐一、ゆっくりと立ち上がって
「…秋子さん…ちょっと、相談が…」

(あゆ視点)
朝、あゆに電話。香奈美さんから。
「昨日は…ごめんね。」「………」「…余計なおせっかい…だったね。ごめん…」
「…香奈美さん…」「……今日、バイトだけど…来る?」
あゆ、考えて…香奈美さんのこと…来るかもしれない、祐一…
「……今日、休みにしなよ、あゆちゃん。」「え?」
「…して…いいよ。わたしが今日はあゆちゃんの分、するから…」
「……でも…」「…あたしのお詫び…それに…」「………」
「…祐一くん、来るかもしれないから…まだ顔、あわせたくないでしょ、あゆちゃん…」
「…来るわけ、ないです。」「……え?」「…ないです…」
あゆ、昨日のこと…嫌いだと言ってしまったことを思い出して…
思わず、涙が出そうになって、鼻をすする。
「……あゆちゃん…」「……来るわけ、ないですから。」「……そうかな。」「…え?」
「あゆちゃん、これは…これもおせっかいだと思うけど、でも言わせて。」「………」
「…祐一くん、きっと…まだあゆちゃんのこと、好きだと思う。」「………」
「そして…あゆちゃんも、祐一くんのこと、好きなんでしょ?」「…ボクは…」
「……どんなことがあったのか、あゆちゃんたちがどうして…こうなったのかは、わたしは知らない…祐一くんにも聞いてないの。だけど…」「………」「だから、余計なお世話で、おせっかいだっていうこと、ホントに分かってるけど…わたしはね、二人にもっと素直になって…また前みたいな、喧嘩したり、仲良くしてる二人に戻ってほしいなって思う。だって…そんな二人、とっても幸せそうだった…お似合いだって思ってたから、わたしは。だから…」
「……香奈美さん…」「……ごめんね、また変なおせっかい…余計なこと言ってるわね。ごめんね…」「…いえ、そんな…」
「…じゃあ、今日は休みで…店長には言っておくから。それでいい、あゆちゃん?」
あゆ、少し黙って…
「……はい。」「……うん。わかった。じゃあ…」
「…あ、香奈美さんっ」「…なに?」
あゆ、大きく息を吸って
「…ありがとう、ございます。」「……ううん。あたしが悪いんだから…」「いえ、そんなこと、ないです…ホント、ありがとうございます…」「………」
香奈美の声、途切れて…
「……じゃあ…また明日、電話するね。」「…はい。」
切れる電話。あゆ、電話に大きく頭を下げる…

(祐一視点)
水瀬家。名雪の部屋の前。
祐一、ノックをして、声をかける…返事はない。
祐一、それでも声をかけて
「名雪…どうしても、聞いてほしいことがある…どうしても言いたいことがあるんだ。」
「………」
「…リビングで待ってる。お前が来るまで…ずっと。7年でも、待ってる…」
階下へ降りる祐一。しばらく、テーブルに目を…
目を上げると、名雪。祐一、立ち上がって
「…こっちに来てくれ。」
「………」
祐一を名雪、そのまま庭に出る。
庭には…焚き火の用意が。祐一、紙に火をつける。
そして、大きくなる火。名雪、分からず見ている…
祐一、ポケットから人形を取り出す。そして、名雪に見せて
「…これは、こうするよ、名雪。」「あっ」
人形を火に放りこむ祐一。名雪、呆然とそれを見て…
「…ごめん。もっと早くに…こうすればよかったんだ。もっと早くに…」
「…祐一…」
「こんなものが…これがお前をあの日に…縛りつけたんだよな。ごめんな、名雪。」
「………」
ふっきれた祐一。名雪、呆然と火を見ている。あの日の少女の横顔が、わずかに残る顔…
名雪も、やがて頷く。

(あゆ視点)
あゆ、街を歩くうち、香里に出会う。
香里、祐一と名雪に辛くあたったことを言う…でも、あゆには…
栞のことを、栞を無視しようとして…忘れようとして…できなかったこと。
「思い出は思い出として…持っていけばいいのよね…」「………」
「…あゆちゃんは…栞のこと、覚えててくれる?」「もちろん。」
二人、微笑んで…しおんと遊ぶ。

(祐一視点)
祐一、森の中を登りながら…
回想。
夕暮れ。祐一は水瀬家を出る。名雪に今晩は帰らないといって。
そして、愛育園の門にUFOキャッチャーで取った猫のぬいぐるみと手紙を置いていく。
でもな…あゆのやつ鈍いから、暗くなったらきっと気が付かないかもな…
苦笑しながら、木のところへ。そして、切り株に座り込んで待つ。

(あゆ視点)
あゆ、暗くなって帰ってくる。
ぬいぐるみには気が付かず。
園に入りがけに見上げた空には、祐一が見上げているのと同じ星空が…

1月31日 日曜日
『Girl meets Boy』
(祐一視点))
祐一、前日から木の根のところで寝ずに待っている。
座っていると寝そうで、立って足踏みをしながら…
そういえば、あれで…来るかな、あゆ。
思わず、苦笑しながら。
ああ、こう書けばよかったと、いろいろ…

(あゆ視点)
早朝。眠れぬまま、玄関から外に出るあゆ。
門の上に置かれた人形を見つける。
駆け寄ると、封筒が。表には『月宮あゆ様』裏には『相沢祐一』
あゆ、封筒を開ける…
「お姉ちゃん!」
ミイちゃんが玄関から出てくる。電話…香奈美さんから。
でも、あゆは手紙を握りしめ…
「…ごめん、出られないって言ってっ!」
「お姉ちゃん?」
きっと、バイトのことだと思うあゆ。
「今日は…大事な用事で…バイト、出られるか、後で連絡するって言って。」
ミイちゃん、あゆの顔を見て…にっこり頷く。
「分かったっ!」「…じゃあ、ボク…」「お姉ちゃん!」
走りかけたあゆ、振返る。ミイちゃん、手を振って
「頑張ってっ!」「……うんっ!!」
あゆ、駆けていく。

(祐一視点)
祐一、だんだん暖かくなるあたりを見ながら、まだ考えている。
こう書くべきだったかも…

(あゆ視点)
ある家のドアのベルを押す。出てきたのは…香里。
「あら、あゆちゃん…」「お願いが、あるんです。」「…なに?」
「祐一くんの家…教えてほしいんです。知ってますよね?」
香里、あゆの顔を見る。そして、手にした人形と封筒…
「…ええ。住所だけで分かる?それとも…」
「いえ、分かります。だから…」「ええ。今すぐ、教えるわよ。」
香里、にっこり笑って「…頑張ってね。」「え?」「………」「……はいっ」
香里、笑いながら…

(祐一視点)
まだ考えている。昔のこと…今のこと…でも…

(あゆ視点)
水瀬家。ベルを鳴らす。
出てきたのは秋子さん。あゆ、祐一はいるかと聞く。
「…あれ?あゆちゃん…?」
と、そこへ名雪が出てくる。
あゆ、ちょっとドキッとするが、
「じゃあ、祐一のとこ、まだ行ってないんだね…祐一、大変。」
名雪はそう言って、名雪、あゆの顔を見つめる。一瞬の間。そして…笑顔。
「…祐一、昨日の晩から、帰ってないよ。」「え?」「どこでかは、わたしは知らないけど…」「………」「…待つって…待ってるって、あゆちゃんのこと、待ってる…そう言ってたよ。」「え?」
名雪、あゆの顔を見て…にっこり笑う。
「祐一、『あいつが来るまで待ってるから…今晩、帰らないと思う』って、そう言って、出かけたんだよ、昨日。」「……祐一くんが…」「うん。」
名雪、頷いてあゆの顔を見る。
「だから、行ってあげてね。行かなかったら…わたしが行っちゃうよ。」「名雪さん…」
「…なんてね。あはは。でも、わたしは祐一、どこで待ってるか知らないし…それに…」
「………」「…それに、あゆちゃん、行くんだもん。わたしが行く必要、ないよね。わたしは…」「………」
あゆ、名雪の顔を見る。名雪、寂しそうに…
あゆ、謝ろうかと思う。でも、それは名雪も…今謝ったら、全てが…
「……あゆちゃん。」「…はいっ」
あゆ、びくっと名雪の顔を見る。名雪、にっこり笑う。
「…ファイト、だよ。」「え?」
あゆ、名雪の顔を見て…
「…はいっ」「…うん。じゃあ…」
あゆ、ドアから外にかけだして、振り返って名雪に頭を下げて
「…ありがとうございますっ!」「…あゆちゃん…」
名雪、あゆを見つめて…頭を下げて、手を振る。あゆも手を振って…
…でも、どこだろう、祐一くん。いったい…
見上げると青い空。風に舞う、雪…
白い雪。空。風。
…間違いない。あそこだ…
あゆ、走りだす。

(祐一視点)
祐一、考えている。ここにあった木の事…あの冬のあゆのこと…
でも、そんなことは本当は問題じゃなかった。本当は…
バサッ
雪の落ちる音。
祐一、音の方を見る…
…そこにあゆが立っている。
「よう、遅いじゃないか…待たせたりしないって、前に言ってなかったか?」
「…時間なんて、書いてなかったじゃない。」「そうだったっけ…」
「それに、場所だって書いてなかったよ…」「そうか、それは…すまん。」「………」
あゆ、祐一に近寄って、握りしめた手紙を広げる。
「…これ、どういう意味?」「…字が読めないのか?」
「…こんな…冗談はやめてよ」「冗談じゃないよ。」
「ボクをまだからかうの?」「からかったりはしない。」
「…これ以上、ボクに嘘ついて…迷わせて…ボクのことからかって、ボクを…そんなつもりだったら、もうこんな…こんなのは…」「そんなつもり、ない。全然ないよ。」
祐一、あゆの顔を見つめる。
「何を書こうか…考えたんだ。あの冬のこと…事故のこと。また出会って…オレのせいでまた泣かせたこと…オレも迷ったこと…自分の気持ち、分からなくて…」
「………」
「…でも、手が動かないんだ。そんなことを書こうとしても…動かないんだ。ただ、それだけしか、書けなかったんだ。本当に書こうとしたら、それしか…その言葉しか、思いつかなかったんだ。」
祐一、あゆの顔を見つめる。
「…オレ、お前が好きだ。月宮あゆが好きだ。」
「……祐一くん」
「…ただ、それだけなんだ。それしか思いつかなくて…それしか書けなかった。それだけなんだ…」
「………祐一くん…」
あゆ、手紙を、そして祐一を見あげて…
「…ボクも、ただ…ただ…」
「………」
「…祐一くん、好きだよぉ」
あゆ、祐一に抱きつく。
「ボク、祐一くんが好きだよ。昔のこととか、そんなのじゃなくて…ボクを見てくれる、祐一くんが…好きだよ…」
「…あゆ…」
二人、キスをする。そして、顔を合わせて、また抱き合う。
「好き…」
「………」
と、祐一、そのままずるずるとあゆに倒れ込むように…
「…祐一、くん…重いよ…」
「………」
「ねえ、ふざけないでよ…祐一くん…ねえ…ねえ…!?」
そのまま祐一は地面に倒れ込む。
「…祐一くん!祐一くん!!」

手から落ちる手紙。
そこにはただ一言

『好きだ』


エピローグ
『花の舞う街で』
 


というわけで、メモの後半ですが…

…長いよ(苦笑)
4話分のメモで、なんで40kB近くあるかな…
特に、1月29日の分、超長いんですけど…

前半部の時、直前にメモを書くという話で、これは結構うまくいったメモだという話をしました。
ところが…メモの後半にあたるこの部分では、その問題点がもろに出た感じです。

はっきり言うならば、メモの前半のところでは、話の焦点は3人の過去…
3人が忘れている、あるいは知らずにいた過去が、少しずつ目の前に現われて、それに翻弄される…
そんな話を書いているうちは、ちょっとくらいメモに書くのを忘れたことがあったり、また進行の上で書けなくなった伏線があったりしても、
それは後でなんとかしようとすればなんとかできた。
そんな、行き当りばったりで、なんとかなっていたのですが…

後半にあたるこの部分では、3人の前に現われる新しい事態なんてありません。
あとは3人の感情のぶつかり合い…そして、それをフォローする人々、そこに起こる小さなドラマ、エピソードたち…
結末は当然分かっているのですから、そこへ至る3人の感情の動きを納得できるように、きちんとエピソードを積み上げていかないといけません。
ところが…

すいません。エピソードの流れ、最後の最後まで自分でも迷いに迷いました。
既に個々のエピソードについてはほぼできていたのですが、その自然に見える流れをどう作るべきか…
それが本当に書く寸前まで決まらなかった。

その辺、見れば分かると思います。
なによりも…結末の部分、祐一とあゆの会話…
…全然、実際の話と違うんですけど(苦笑)

何でこうなったかというと、結局…このメモのこの部分は、後ろから書いていたからです。
つまり、最終回を最初に書いて、そこから前へ…そこへ至るように気持ちの流れを考えながら構成していったからです。
ゆえに、自分では最後まで悩んでいた1月29日のメモが、ほとんど下書きレベルの超長いものになっている…
これは一重に、結局はここまで書いてみないと彼らの気持ちの流れが自分でも納得できなかったからです。
ところが、実際の話を見ると、確かに1月29日は超長い…100KBにも及ぶ話になりましたが、その次だって長かった…
そして、その中でも多分読んだ方々が最も印象的だったであろう、香里と栞のエピソードがなんと…一行で軽く書いてあったり(苦笑)
自分では、そこまで書き込むつもり、なかったんでしょうね…
実際には、書きながら自分でも泣いていたくらい、感情込めて書いてたんですけど…
…まあ、それは結局、その部分がF,Fであるということで、『夢・夢』の美汐と美宇の話のように、一行で自分では全て分かっているから…
そして、それ以上メモに書くことは、それだけで心が乱れるので、どうも…という気持ちが働いた結果でもありますけど。

ともあれ、そんなわたしのSS書きとしての欠点が見事に見えるメモになっています(苦笑)
まあ、感情の暴走がウリのわたしとしては(笑)逆にそんな欠点が魅力なんじゃないかって思うので <をいっ
これからもそんな書き方、そして文体、表現力に関しても全然変える気はないので、いいんですけどね。
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