Curiosity and a Cat (夢の降り積もる街で-8)


あゆSS。

シリーズ:夢の降り積もる街で

では、どうぞ。

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   『…あゆー』

   名前を呼ぶ

   通りの向こう

   手を振って

   笑いながら

   ボクを

   ボクに

   手を振りながら

   渡ろうとして

   渡って

     …ダメっ

   白い車

     ダメだよっ

   スピードを上げて

     危ないっ

   雪煙を散らして

   立ち止まる

   目の前

   ボクは…

   ボクの…

     だめぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっ!!!!!!
 

Curiosity and a Cat (夢の降り積もる街で-8)
 

1月16日 土曜日
 

「お母さんっっっっっ!!!!!」

…見慣れた部屋。
目の前に広がっていたのは…ボクの部屋。
白いカーテン越しに、朝の光でぼんやり明るい。
ボクは…
毛布を握りしめていた手を離して、汗をぬぐった。
そして…涙も。

…夢。
あの時の夢。
もう8年近い前…
お母さんの…
…ボクの事故。
昔から、思い出しては…泣いていた。
最近は、それでも思い出すこと、少なくなったのに…

息をついて、手を伸ばす。
カーテンを少し開けて、外を見た。
今日も空は晴れていた。
朝日が部屋にさしこんで、顔が暖かい。
「…ふぅ」
ぽふっ
枕に顔を埋める。
もう、眠くなかった。
だけど…何となく、起きる気になれなかった。

どうしてまた、夢、見ちゃった…
…昨日の、祐一くんのこと…だよね。
あの時、道路を渡ろうとした祐一くんが、何だか…
夕日の中の姿が、まるで
まるであの時の…お母さんに…見えたから…
…全然違うのに。
お母さんは、道の向こうから、ボクに手を振りながら…
ボクは…

…思い出せない。どうしても、思い出せない。
その後、ボクは…どうなったんだろ?
ボクも一緒に轢かれた…はずだけど…
何も思い出せない。なんにも。
ただ…
お母さんに、危ないって一生懸命叫んだこと…
そして…
車と…ぶつかる、鈍い音…
赤い空…弾き跳ばされた…お母さんの体…

…だから…かな。
あの夕方の空と…ガードレールを越える祐一くんが…
どうしても、止めなきゃって思っちゃって。
それで…

…うぐぅ
考えてみたら…ボク…何か、すごいことした気がする。
祐一くんにしがみ付いて…
引っ張って道に倒しちゃって…
その上…何よりも…
…抱きついちゃって。
祐一くん…ビックリしてた。
だけど…ボクを…抱きしめてくれて…

うわっわっわっ
今の、なしなしっ!
うぅ…
ぼくってば、なんて…なんて…
…うぐぅ

顔、熱くなって、天井を見あげる。
…ふう。
時計を見ると…もうそろそろ、起きる時間。
どうしようかな…

…でも、祐一くん…
ボクが施設に居るってこと、言っても…変わらなかった。
変わらず…やっぱり意地悪で。
口が悪くて…
ボクをいじめる祐一くん。
でも…それがうれしいこともあるんだよね。
変わらないで…
だから、だからボク…
…そうなのかな。
ひょっとしたら、ボクは…
ボクは、祐一くんのこと…

「…さっきから、どうして黙ったまま、怒ったり笑ったりしてるの?」
「…え?」
声に、起き上がって入り口を見ると…
「…うわっ、ミ、ミイちゃん!?」
「ねえ?」
ミイちゃんが、ボクを見ながら首を傾げていた。
うぐぅ…み、見てた…の?
「ミ、ミイちゃん…いつからそこに?」
「うーん…ちょっと前。」
「…うぐぅ」
うぅ…
「…何でもないっ!」
ボクは急いで起き上がって、時計を見た。
7時40分…ちょうど起きる時間。
「…ねえ、お姉ちゃん…」
まだ聞こうとするミイちゃん。
ボクは振り返って、ミイちゃんに微笑んで
「…さあ、朝ご飯、行こうか。」
「ねえ…」
「お姉ちゃん、着替えたらすぐ行くから、ミイちゃんも早く着替えなよ。」
「…むー」
ミイちゃん、ちょっと頬を膨らませた。
でも、すぐににっこり笑って
「今日も たしが先だったね。」
「…『も』じゃないよ。昨日は、ボクがミイちゃんを起こしに行ったし、今朝だって、ボク、もう起きてただろ?」
「でも、寝たまんま、変な顔してたじゃない。」
「…ちょっと考え事してただけ。何でもないよ。」
「…ふうん…」
「…さ、ボク、着替えるからね。どっちが先に食堂に行くか、競争だよっ」
ボクが言うと、ミイちゃんはすぐに頷いて
「うん!負けないよっ」
「ボクも。さ、よーい…」
「ドン!」
ばたばたばた
あわてて走っていくミイちゃんの足音。
ボクは聞きながら、タンスを開けた。
さあ、今日も学校だ…
で、それからバイト。
…バイト。
昨日、祐一くんが別れ際、時間、聞いてた…
来るのかな、また。
…来てくれるのかな…
ボクに…会いに…
…うれしいの?ボク…
ボクは…
 

ボクは着替えの手を止めて、窓の外、朝の景色を少し見ていた。
 
 

カツカツカツ
黒板を叩くチョークの音。

窓からは昼近い陽射しが射込んでいる教室…そして、催眠術師とあだ名される教師の声。
「…ふわぁ」
オレはもう何度目かの欠伸を噛み殺すと、教室を見回す。
…既に睡魔に負けてしまった連中の多いこと。
クラスの1/3くらいは、もう完全に眠り込んでいた。
その筆頭が、隣の…
「…くーーーー」
…名雪。
かろうじて教科書を持っているのは、一応、今が授業中だということを意識はしているようだが…机に突っ伏して、気持ちよさそうに寝息までたてて…
…いったい、こいつは一日に何時間寝ているんだろう。
オレは半ば呆然としながら、眠っている名雪の幸せそうな顔を見た。
窓からさし込む光に、流れる髪が光って…

…昨日、ふいに思い出した…少女。
どんな顔だった?
どんな髪型だった?
オレンジ色の光の中で…
まぶしくて…
ただ…
…ただ、頭で何かが…揺れて…
揺れる…
…三つ編みか?
だとしたら、あれは名雪…
…でも…

オレは名雪の顔を、じっと見た。
オレのこの街での、たった一人の幼なじみ…
もしもあの思い出がこの街のことだとしたら、あの少女は…名雪しかありえない。
そのはずだ。
そのはず…だけど…
違う気がする。名雪じゃない…
じゃあ、あれは…

「…うにゅ?」
名雪の寝ぼけ眼が、いつの間にか開いていた。
焦点の合わない目が、オレをぼんやり見つめていた。
そして、にっこり微笑んだ。
オレは…

キンコーン

その時、予鈴の音が。
オレは息をつくと、教卓の方に目をやった。
ちょうど先生が授業を終えて、外に出ていくところ。
ともかく、これで今日の授業はすべて終了。
さて…
「…ねえ、祐一?」
オレが鞄を取ろうとした時、名雪が立ち上がって
「さっき…どうしてわたしの顔、見てたの?」
「…あ?」
「授業中、見てたでしょう?」
名雪はオレの顔をのぞき込むように言った。
「…別に。」
オレは肩をすくめて、
「退屈だったからな。」
「…それだけ?」
「おう。」
「…ふうん…」
名雪はつぶやくように言うと、ちょっと首を傾げて
「…何か、思い出したのかと思ったよ。」
「…だから、なにを?」
「昔のこと。」
「…全然違う。単に、お前は一日何時間寝るのかって、呆れて見てただけさ。」
「…うー、ひどいよ、祐一…」
名雪が顔をしかめた時。
「授業中に見つめ合ったりしないでよ、暑苦しい。」
「…だから…」
オレはうんざりしながら振り返った。
そこにいたのは…もちろん、香里。
「オレはこの冬眠女に呆れてただけだってば。」
「うー…わたし、冬眠なんてしないよ…」
「なに?じゃあ、夏でも同じように寝てるのか?」
「…うー…」
「…そうね。名雪の場合、一年中同じように寝てるわよ。」
「なに?それじゃあ冬眠って言えないだろうが。名雪、今度から冬だけ寝ろ。」
「どうしてそんなことしなきゃいけないのよー」
「冬眠女の称号のためだ。頑張ってくれ。」
「そんな称号、要らないよ…」
「まあ、でも確かに、名雪にぴったりな名前ね。」
「…うー…香里まで…」
「あはは。」
香里は笑うと、机から鞄を取って
「…じゃあ、あたし、行かなきゃならないから。」
「…今日も部活?」
名雪が聞くと、香里は肩をすくめて
「まあね。今日は早く帰るけど…顔は出さないとね。」
「大変だね…」
「でも、それを言うなら、名雪の方が大変でしょ?今日もみっちり、部活があるんでしょう?部長さん。」
「まあ…そうだけどね。」
答えた名雪に、香里はにっこり笑うと
「じゃあ、また来週、お二人さん。」
「…うん。じゃあね、香里。」
「…じゃあな。」
香里は手を振ると、教室を出ていった。
オレたちはそれを見送って…
…そういえば、香里の部って何なんだろう?
思えば、聞いたことがない。
「…なあ、名雪。」
「うん?」
振り返った名雪に、オレは香里の机を見ながら
「…香里って、そういえばどこの部なんだ?」
「え?言ってなかったっけ?」
名雪はちょっとビックリしたように言う。
「…聞いてたら、こんな聞き方をしないぞ。」
「そうだよね…えっと、香里は、生物部だよ。」
「生物部?」
…この学校は文化系部も盛んなのだろうか?オレの前の学校では、文科系の部は、演劇部などの例外を除けばほとんど文化祭前でもないと活動をしてない部が多かったが…
「なんで生物部がこう毎日部活があるんだ?」
「うーん…」
名雪は首をかしげると、ちょっと声を落として
「…この学校、生徒の自主性を重んじるっていう理事長の方針もあって、生徒会の力が強いんだよ。で、今年の生徒会長、いろいろうるさくて…きちんと部活してないと、部費を削るとかなんとか、プレッシャーをかけてるんだよ。」
「…ふうん。」
そんなことは初耳だった。だから、こんな変な制服なのかもしれない…
「でも、だからって生物部で何をやるってこともないだろうに…」
「実績が大事なんだよ、毎日部活があるっていう。多分、行っても香里、自分の勉強してるんだと思うよ。それに、部に所属しておいた方が内申書がいいってこともあるし…それもあるから、香里、行くんだと思うけど。」
「へえ…何?内申上げないといけないほど、香里って成績よくないのか?」
オレが何気なく言った言葉に、名雪はオレの顔をまじまじと見た。
「…知らなかったの?香里…学年でいつもトップなんだよ。」
「…へえ…」
「全国模試でも、全国でも上位だし。」
「だったら、そんな内申なんて…」
「…でも…医者になるためだから。」
「医者?」
オレはもう一度、香里の机を見た。
「…医者の一人娘?」
名雪は大きく首を振ると、
「別にそうじゃないよ。普通のサラリーマンだよ、香里のお父さん。」
「じゃあ…何で医者?」
「………」
名雪はふいに口をつぐんだ。
ちょっと迷うような目。
香里の机をちらっと見た。
「…いろいろ、事情があるんだよ。」
「…事情?」
「…うん。」
名雪は、それだけ言って口をつぐんだ。
何やら、複雑な事情…あるいは、言いにくい事情らしい。
「…ふうん。」
オレは聞かないことにして、机から鞄を持つと
「…じゃ、オレは帰るけど。」
「…あ、うん。」
名雪もあわてて席に戻ると、自分の鞄を持って
「とりあえず、出口まで一緒に行こ?」
「…おう。」
別に用があるでなし、オレは頷くと、そのままあるいて教室を出た。
そして、追ってきた名雪と一緒に廊下を歩く。
「今日も秋子さん、仕事だよな?」
「うん。」
今朝、秋子さんが昼食を作れないことを謝っていた。
仕事なのだから、謝ることもないのだけど…
「じゃあ、名雪は学食で昼か?」
「うん。そのつもり。」
「そうか…自分で弁当を作ったりしないのか?」
「そういう日もあるけど…祐一が来てからは、そういえば作ってなかったね。」
名雪は言うと、オレの顔を見ながらにっこり笑って
「今度、一緒に作ろうか?」
「何をだよ。」
「お弁当。」
「…自慢じゃないが、オレは焼きそばのお湯を捨てずにソースを入れたことがある。それでもいいなら…一緒に作ってもいいぞ。」
「そうじゃないよ…」
名雪は苦笑しながら首を振って
「わたしが、祐一の分も作ろうかってことだよ。」
「オレの分も…お前が?」
「うん。」
名雪は自身ありげに頷いた。
確かに、あの秋子さんの娘なのだから、ひょっとしたら料理の腕はいいのかもしれない。
でも…
「…遠慮しておく。」
「どうして?」
「…そのために、遅刻するハメになるのは困る。」
「そんなことしないよ…」
「いいから…遠慮しとくよ。」
「…そう?」
不服そうな、ちょっと悲しそうな顔で肩をすくめた名雪。
…本当のところ、朝はそんなに気にしたわけではない。
それよりも…その名雪の作った弁当を広げる自分を考えると…
香里や北川に何と言われるか…
「…オレは学食やパンの方が昼は好きだから…遠慮しとく。」
「…うん。」
さっきの表情のまま、名雪は頷いた。
そのまま、階段を降りてロッカーで靴を履きかえる。
昇降口のドアを開けると…
「…しかし、寒いな。」
「…冬だから。」
既にマンネリと化した会話だった。
晴れていた空は、そろそろ曇りだしていた。
陽が時折翳ると、風の冷たさがいっそう身に染みる。
「…雪、降るかな。」
「…夕方くらい、降るかもしれないね。」
名雪が同じく空を見あげながら、つぶやくように言った。
「そうか…」
オレは雲の合間から顔を出した太陽に、思わず目を細めながら振り返った。
そこには、名雪がやっぱり目を細めながら、空を見あげて…
吹き過ぎた風に、腰まである髪が、揺れて光っていた。
黒く、銀に光る髪…
「……うっとおしくないのか、その髪。」
「…え?」
思わず聞いたオレに、名雪はオレを見つめた。
「…別に」
「でも、走るのに邪魔だったりしないか?」
「部活の時は、まとめてるから。こうやって。」
いいながら、名雪が髪を手で頭の後ろに纏める。
ポニーテルのような感じだった。
「…ふうん。」
それで本当に邪魔にならないのか疑問だったが、そこまで追求する気もない。
それよりも…
…夕日に駆けていった少女…オレの思い出のかけら。
あれは…
「…髪、お前さ…昔、三つ編みだったよな?」
「…うん。」
名雪は答えると、オレの顔をのぞき込んで
「それ…覚えてたの?」
「ああ。それくらいはな。」
「…へえ…そうなんだ…」
名雪はうれしそうな顔になる。
「へえ…」
「…でも…ずっとそうだったよな?確か。」
「…うん。」
「そうだよな…」

…あの、夕日に掛けていく少女…
頭に揺れていた何か。
あれは…やっぱり、三つ編みか?
だとしたら、やっぱりあれは…名雪?
でも…なんとなく…三つ編み…
違う気がする。もっと違う、何か…

「…三つ編みは、あの冬にやめたんだよ。」
「…え?」
不意の言葉に、オレはハッとして名雪を見た。
名雪はオレを見つめたままだった。
そして、真剣な眼差しで
「…でも…」
「……?」
「…髪、あれから切ってないから。だから…こんなに長くなったんだよ。」
「…え?」
あれから…って…
「…あの冬からか?」
「………」
名雪は何も言わずに、くるりと振り返った。
そして、グラウンドの方に2、3歩、足を進めると、そこでまた振り返って
「…祐一…きっと、思い出すから。」
「…え?」
「…きっと、その時は…だから…」
と、振り返ると、雪を蹴ってグラウンドへと駆けていった。
オレはそんな名雪の後ろ姿を、呆然と見送った。
7年前の冬…オレの思いでのかけら…名雪。
オレは…いったい、何をしたんだろう?
思い出したかった。
だけど…
なぜか、思い出したくない気もしていた。
 

「…さて、どうするか…」
そのまま、商店街にオレは来ていた。
とりあえず、昼食も取る必要があるし…
…しかし、見たところ、ラーメン屋や喫茶のたぐいは、既に学生たちでいっぱいだった。
まあ、ちょうどお昼…そして、土曜日。
とりあえず、ピークが去るまで待つしかないか…
…でも、ともかく腹に何か入れないと、さすがに持たない。
オレはあたりを見回した。
「…ん?」
見ると、商店街の一角に、屋台が出ていた。
何やら、人のよさそうなおじさんが、何かを焼いているような…
…たい焼き?
そういえば、あたりに甘い匂いが漂っていた。
あんの焦げる匂い。香ばしい、甘い香り…
…あゆが言ってたな。
街で一番おいしいたい焼き屋…屋台のたい焼き屋。
初めて会った時、あゆがくれたのも多分、あそこのたい焼き屋のたい焼きなのだろう。
そう、それを返す約束、してたんだよな…まだ果たしてない。
でも、昼食の代わりにたい焼きは…ちょっと。
オレはとりあえずたい焼き屋から、もう一度商店街を見た。
山葉堂のワッフル…同じく、却下。
あそこの食堂は…いっぱい。
隣の…あれは?
湯気が上がっている店先に、オレは近づいてみた。
…やっぱりそうだ。
中華屋の店先で、おばさんが番をしている、それは…
「…肉まん、一つ下さい。」
「はいよ。」
おばさんは店先のケースを開けた。
とたんに湯気が広がる。
「熱いから気をつけて。」
「あ、はい。」
オレはおばさんから袋を受け取ると、代金を渡した。
確かに、袋の上からでも分かる熱さだった。
それに、うまそうな匂い。
さすがに減っていた腹が鳴りそうになる。
「…さて、どこで…」
立ったまま食べるのもいいけど…できれば座りたい。
ゲームセンターか…どっかのベンチ…
…まさか、百花屋で食べるってわけにはいかないよな。
一瞬、オレの頭に、あゆ…いや、この時間だと、香奈美さんかな…
その、あきれた顔が浮かぶ。
…できるわけがない。まあ、あゆにだったら…
いやいや。
オレは苦笑いをしながら、とりあえず足を一歩踏み出して…
「…にゃあ」
「!?」
小さな声。
足元に絡みつく柔らかい感触。
オレは足下を見下ろした…
「…にゃあ」
…それは仔猫だった。
体の白い…黒い靴下と耳。長い尻尾の、シャムのような…
…ん?
この猫…見覚えがある…気がする。
オレはしゃがみこんで、素早く猫の襟足を掴んだ。
「…にゃあ〜」
猫はのんきそうにオレを見ながら、また一声鳴いた。
…やっぱりそうだ。
昨日、あゆが捕まえてくれと言ってた猫。
道路を横切って、逃げていった…
「…とりあえず、捕獲だな。」
「………」
オレの言葉に、猫は逃げようと…
…いや、そうじゃない。
猫はオレの左手に持っている、肉まん入りの紙袋に手を伸ばそうと必死だった。
まさか…狙ってるのか?
オレはまさかと思いながらも、紙袋から肉まんを取り出してみた。
「…にゃぁん!」
…猫は目をランランと輝かせながら、必死で肉まんに足を伸ばしていた。
うーむ…面白い。
今度は、肉まんをちぎって、猫の口に持っていく。
パクっ
「おっと」
指ごと持っていかれるところだった。
しかし…うまそうに食べている。
猫が肉まんを食べるとは…知らなかった…
…って、こんなことをしている場合じゃない。
さて…
「…うーむ…」

オレは左手に肉まん、右手に猫を持ったまま、商店街を見回した。
 

カランカラン

「こんにちわっ」
「あ、あゆちゃん。いらっしゃい。」
ボクが百花屋に入っていくと、ちょうどパフェをお盆に載せて運んでいた香奈美さんが、振り返った。
「今日は時間どうり、来たよっ」
「…そうね。」
でも、なぜか香奈美さんはにっこり微笑んで
「…でも、本当はもうちょっと早く来るはずだったんじゃない?」
「え?」
なに言ってるのか、分からないボクに、香奈美さんはお盆を持ったまま、首を振って店の奥、カウンターを指して
「…あっ」
「……よう。」
カウンターのそばの席、祐一くんが座っていた。
祐一くん…
…うぐぅ。
い、いきなりは…こ、心の準備が…
「な、何しに来たのっ!」
「…だから、客にその口の聞き方は何だっての。」
「…うぐぅ。」
…うう…
また変な言い方しちゃった…
でも、何か、祐一くんといると…
「…あゆちゃん。」
「え?」
振り返ると、香奈美さんがお客さんにオーダーを置いてきたらしく、お盆を抱えて戻ってきてた。
「…もうちょっと、わたし、いようか?」
「…え?」
「祐一くんと、ゆっくり話したいでしょ?」
香奈美さん、にっこり微笑んで…
「そ、そんなことないですっ」
顔が赤くなりそうになって、ボクはあわててカウンターへ。
「あ、あゆ…」
「着替えてくるからっ」
祐一くんが何か言ってたけど、とりあえず、そのまま奥に駆け込む。
「店長さん、ボク、入ります!」
「ああ、ご苦労様。」
厨房の店長さんの横を抜けて、奥のロッカーへ。
急いで着替えて、また店のカウンター。
「お待たせ、香奈美さん。」
ボクが出て行くと、香奈美さんは祐一くんと、何か話をしていた。
「…あ、あゆちゃん…」
「ボク、代わるから…」
言いかけたボクに、香奈美さん、にっこり笑って
「…その前に、祐一くんが用があるんですって。」
「…え?」
ボクは祐一くんを見た。
祐一くんは頷くと、立ち上がっていきなり、ボクの腕をとると
「とりあえず…外、出るぞ。」
「え?」
祐一くん、そのままボクを引っ張って外に行こうとする。
「ちょ、ちょっと…」
「いいから」
強引な祐一くん。
そのまま、ボクを引っ張って…
「行ってらっしゃ〜い。頑張ってね、あゆちゃん。」
…何を頑張るんだよぉ…
香奈美さん、笑いながらボクに手を振っていた。
「ゆ、祐一くん…」
「ともかく、来てくれって。じゃあ、香奈美さん、しばらくあゆ、借りますんで…お願いします。」
「はいはい〜、ごゆっくりね〜」
香奈美さんの楽しそうな声に送られて、ボクは祐一くんに引っ張られたまま、店の外に出た。
そして、そのまま店の横の道をちょっと入ったところで、祐一くんは立ち止まった。
そこでやっとボクの手を離してくれた。
…ちょっと、手首、握られていたところが痛くなってた。
「…うぐぅ。ひどいよ、祐一くん。」
ボクは手首を撫でながら、祐一くんを見た。
「…あ、悪い。」
祐一くん、心配そうな顔になって、ボクの腕を見る。
「…強く掴みすぎたか?」
「…ちょっと。で、でも、大丈夫。」
手を振ってみせる。
ホントに、大したことないし。
「で、何なの、祐一くん…こんなとこまで引っ張ってきて?」
ボクが言うと、祐一くん、小さく頷くと
「あ、ああ。あゆに…見せたいものがあってな。」
「見せたいもの?」
見上げると、祐一くん、学生鞄を持って
「昨日…会った時のことだけどさ。」
「う、うん…」
「あの時…ほら、あゆ、オレにしがみ付いて…」
…うぐぅ。
思い出しちゃったよ…昨日のこと。
顔、赤くなっちゃう…
「…そ、それが何かっ」
あわてて言ったら、祐一くん、鞄をいじりながら…
…それにしても、鞄、ふくれている。確か、今まで見た時は、ホントに薄っぺらだったのに…
…何か、入ってるのかな?
まさか…何か、ボクにプレゼント…
…わっわっわっ
そ、そんなわけないよねっ
な、なに考えてるんだよ、ボク…
「…あゆ?」
気がつくと、祐一くんが不思議そうにボクを見ていた。
…うぐぅ
お、落ち着こう…
「…う、うん。で、祐一くん…それが何か?」
「お、おう。」
言うと、祐一くんは鞄を開けて、手を突っ込んだ…
「…にゃあ」
「……!?」
取り出したその手に、白い、黒い、小さな…
「キミは、昨日の…猫ちゃん?」
「やっぱりそうか。」
祐一君が持っていたのは、昨日のあの仔猫。
肉まんが大好きな…
…今も咥えてる。
祐一くん、猫を目の前まで持ち上げると、
「今日、肉まんを買って食おうとしたら、こいつが寄ってきてさ。昨日、あゆが捕まえてくれって言ったやつに似てたから、とりあえず確保したんだ。こいつで間違いないか?」
「うん!」
間違いない。白い体に、黒い靴下と耳、そして長い尻尾…
その上、肉まん好きだから…間違いないよっ。
「無事だったんだねっ」
思わず、抱きしめる。
暖かい仔猫の体…
ちょっと苦しそうに動くけど、そのまま抱いててもじっとしてる。
多分、飼い猫だったんだね…
「…お前の猫か?」
「…え?」
見上げると、祐一くんがボクと猫を見ていた。
「園で買ってるのか?」
「えっ…あ…」
…そう…だった。
見つけてもらっても…この子、野良猫…なんだよね。
それに…ボクには飼えない。飼えるわけがないんだ…
「…ううん。」
抱く力、緩めて祐一くんを見る。
「ボクの猫じゃない…ただ、昨日会ったばっかり。」
「…ふうん。じゃあ…」
「多分、野良猫だと思うよ。でも、多分、元々は飼い猫だと思うけど…」
「そうだな…人に馴れてるしな。」
「…うん。」
言ってる間に、猫はボクの手からするっと肩に登ると、ボクの頭に載っかった。
「…うぐぅ…こら、重いよ…」
「にゃあ〜」
ボクが言っても、猫はのんきに鳴くだけで、動かない。
ホントに…人に馴れてるんだね、キミ。
だけど…
「…祐一くん…この猫、飼って…もらえないかな…」
「…え?」
厚かましいお願いだって分かってる。
だけど…このまま、野良のままじゃ、この子…
「…できれば、飼ってやりたいけど…」
祐一くん、ため息をついて
「…秋子さんに頼めば、了承してくれると思うけど…」
「じゃあ…」
「…でも、名雪が猫アレルギーだからな…」
「名雪…さん?」
「おう。その上、すごい猫好きだから…家に猫がいるとなると、ものすごいことになるから…まずいと思う。」
「…そうか…」
それじゃあ…ダメだね。
祐一くんも、名雪さんのとこにお世話になってるんだし…
「…そうだよね…」

頭の上に載っかってる仔猫の暖かさと、重さを感じながら、ボクはつぶやいていた。
つぶやくしか…なかった。
 
 

オレはあゆの顔を見つめていた。
猫は黒い靴下の前足で、あゆの頭の白いリボンを触っては揺らしていた。
それに連れて、あゆの肩までの髪が、ゆらゆらと揺れて…
オレを見上げるあゆの瞳が、微かに揺れて…
…名雪を何とかすれば、飼えないことはないかもしれない。
何とかなるかは、ちょっと分からないけれど…
「…なあ、あゆ…」
オレがあゆに言いかけた、その時。
「…あら、相沢くん。」
後ろから掛かった声に、オレは振り返った。
「……あ…」
「…何してるの、こんなところで?」
そこに立っていたのは、香里だった。
学校からの帰りだろう、制服に鞄を持って、オレたちを見つめて立っていた。
香里はウエーヴの掛かった髪を右手で後ろにやると、オレからあゆの方へ目線をやった。
「…ナンパ?」
「違うわっ!」
オレが言うと、香里は首を傾げてあゆを足元から頭まで、じろじろと見た。
「…確か、あなた…百花屋の…」
「バイトしてる、あゆだ。知ってるか?」
「…顔はね。」
香里の言葉に、あゆは香里の顔を見ると、あわてて頭を下げて
「あ、えっと…名雪さんとよく来る方…ですよね?」
「…ええ。美坂香里。よろしくね。」
頷くと、香里はあゆからオレに目を移した。
「…相沢くん。一つ…聞いていい?」
「ああ。」
オレが頷くと、香里はちょっとオレの方に顔を寄せて
「あの子の頭…変わった帽子してるわね。」
「帽子?」
オレは香里の顔を見て、思わず笑ってしまった。
「…あれ、帽子じゃないぞ。本物の、猫だ。」
「猫?」
香里は不思議そうに言いながら、あゆの頭に手を伸ばし、猫の体を触った。
「にゃ〜ん」
のど元を触られて、猫は気持ちよさそうに声をあげると、香里の方に向き直った。
そして、あゆの頭の上で体を起こすと、ついっと伸びをしたと思うと
「…あっ」
「きゃっ」
猫はそのまま、香里の胸に飛び込んだ。
「あいたたたた」
香里は猫に爪をたてられたらしく、顔をしかめながらも右手で猫を抱きかかえた。
そして鞄をその場に置くと、両手で猫を抱くようにして
「…ビックリしたわ。」
「ご、ごめんなさいっ」
あゆがあわてて頭を下げる。
「お前が謝ることないだろ。」
「でも…」
あゆはやっぱりすまなそうに、香里の顔を見上げる。
香里は抱きかかえた猫を見ると、にっこり笑って
「…可愛い猫ね。あなたの飼い猫?」
「…いえっ、そうじゃないんです…」
「あら、そうなの?」
言いながら、香里は猫の頭を撫でる。
猫は気持ちよさそうに、ごろごろと喉を鳴らした。
「じゃあ、相沢くんの…」
と、香里はオレの顔を見たが、すぐに肩をすくめて
「…わけはないわね。」
「当然だろ。」
オレも肩をすくめると
「名雪がいるのに…そりゃ、無理だ。」
「確かにね。」
香里はくすっと笑うと、また猫の頭を撫でる。
目を細める猫。
「…じゃあ、この猫は…」
「野良だよ。」
「…そうなの。」
オレの言葉に、香里は猫を見下ろした。
猫は変わらず目を細めながら、香里の腕の中で居心地よさそうに身動きをした。
「こんなかわいいのに…」
香里は腕の猫から、あゆの方に目を移すと
「…あゆちゃんのところは、飼えないの?」
「え?」
あゆは香里の顔を見上げた。
少し、瞳が揺れているのが、オレにもはっきり見えた。。
「えっと…ボ、ボク…は…」
あゆは香里の目線に、おどおどしながら言いよどんで…
オレはあゆの頭に手をやって、香里の方を見た。
「…こいつのとこ、名雪みたいにアレルギーな妹がいるんだよ。な、あゆ。」
「え?」
あゆはオレの顔を見上げた。
オレはあゆに頷くと、続けて
「ミイちゃんっていうんだけど、猫好きで猫アレルギーでね。だから…」
「…あら、じゃあ無理ね。」
香里は頷きながら、あゆの顔を見た。
あゆはオレをもう一度見ると、小さく頷いた。
「そ、そうなんです。」
「…そうなの…」
香里は言いながら、腕の中の猫を撫でた。
あゆはホッと小さく息をつくと、またオレをちらっと見て、小さく頷いた。
そして、猫に手を伸ばすと、猫を撫でながら
「でも…誰か、飼ってもらえる人…探そうと思います。それまで…店の裏とか、置いといてあげようかと…」
「食べ物の店に猫はまずいんじゃないの?」
香里は首をかしげながら、あゆを見て
「それに…夜は寒いわよ。」
「…はい。でも…」
「……そうね…」
と、香里は腕の猫の顔をじっと見つめると、ふいに顔を上げて
「…あたしが飼うことにするわ。」
「…え?」
オレとあゆは声をそろえて、思わず香里の顔を見た。
香里はそんなあゆの顔を、そしてオレの顔を見ると
「…なに?あたしが飼っちゃ、まずいことでもあるの?」
「いや、そんなことはないが…」
まさか香里がそんなことを言うとは、ちょっと思いもつかなかった。
何となく、香里はペットを飼うって雰囲気じゃないし…
「…でも、大丈夫なのか?」
「あら。あたしの家は一軒家だし、猫一匹くらい、どうってことないわよ。」
「でもなあ…」
オレの重ねての言葉に、香里は微かに複雑な微笑みを浮かべると、
「…そろそろ、ペットでも買おうと思ってたのよ。もうそろそろ…ね。」
とつぶやくように言った。
見たこともない香里のその表情に、オレは香里の顔を見ていた。
香里は猫に目を落としていたが、オレの目線に気づくと、
「…相沢くん。あたしにどうしても猫を飼ってほしくないようね?」
言いながら、オレを見つめてにっこりと笑った。
…凄味のある笑顔で。
「…いや…本気ならいいがな…」
「なら、決まり。いいでしょ?」
言うと、香里はあゆに微笑んだ。
突然の自体の進行に、ビックリして声もなかったあゆは、やっと状況を理解したように瞬きをすると
「あの、ほ、ホントですか?」
「ええ。本当に、本気よ。」
「あ、ありがとうございますっ!」
あゆは思いっきり頭を下げた。
そして、顔を上げると、仔猫の頭を撫でて
「よかったねっ!猫ちゃん!」
「にゃ〜」
仔猫は目を細めたまま、まるで同意するように鳴いた。
香里はそんな猫と、そしてあゆを見ながら、ちょっと目を細めて
「…とりあえず、今日、このまま家に連れて行くわね。これだけ慣れているから、大丈夫だと思うけど…何かあったら…」
「あ、オレに連絡してくれ。」
オレは香里に頷くと
「連れていったその日にいなくなった、じゃあ、シャレにもならないからな。」
「大丈夫だよっ!この子、いい子だからっ」
大きく頷くあゆ。
香里も頷くと、あゆの顔を見ながら
「この子…名前はあるの?」
「いえ…」
「じゃあ、うちで付けてもいいのね?」
「はいっ」
あゆの元気な答えに、香里は頷くと
「じゃあ…あたし、帰るわ。」
「…もう、か?」
オレが言うと、香里は肩をすくめて
「あたしは相沢くんと違って、暇じゃないのよ。」
「…悪かったな、暇で。」
「…そうね。」
さらりと言って、香里は右手で猫を抱えたまま、左手で下に置いた鞄を拾いあげた。
そして、あゆに向き直ると、
「じゃあ、この子…連れていくわね。」
「あ、はい。お願いしますっ!」
「…ええ。じゃあ、またね。」
香里は微笑むと、そのまま振り返って商店街を歩いていった。
ウエーヴの掛かった長い髪が、商店街の奥に消えるまで、オレとあゆはその場で見送っていた。
「…よかった…」
香里の姿が通りの向こうに消えようとした時、かすかなため息と共に、小さな声が聞こえた。
オレは隣に立っているあゆの顔を見た。
あゆはまだ、もう香里の姿の見えなくなった商店街を見つめていた。
淡い冬の陽射しの中で、白いリボンが風に揺れ、あゆの顔に小さな影を揺らしていた。
オレはそんなあゆの頭を、ポンっと手で軽くはたいた。
あゆはハッとしたようにオレの手を見上げると
「…いい人…だね。」
「…そう…だな。」
オレはとりあえずうなずいた。
本当のところ、ちょっと不思議な気がしていた。
香里が猫を飼うと言い出すとは…別に、猫が嫌いそうだとか、そういうわけではないが…
何となく、香里というキャラクターに合わないような、そんな気がしたのは確かだった。
それに、ちょっと不思議な表情…
「…祐一くん?」
声にハッとしてみると、不思議そうな顔であゆがオレの顔を見上げていた。
「…おう。」
オレはあわてて小さく首を振って、あゆに向き直った。
「でも、名雪さんといい、今の香里さんといい…祐一くんって、奇麗な人の知り合いが多いんだねっ」
「…うらやましいか?」
「え?」
見上げるあゆの顔に、オレは笑いながら
「うらやましいかって聞いたんだよ。やっぱり男だったら、美人に囲まれてるほうがいいもんなぁ」
「…ボク、女の子だもん?」
「…どこが?」
「え?」
「確かに、ウエイトレスのコスプレしてるところが、女の子かもしれないが…」
「コスプレじゃないもんっ!ホントにウエイトレスだもん!」
「でも、コスプレにしか見えない。」
「…うぐぅ」
例によってへこむあゆ。
でも、すぐに顔を上げると、あゆはまた商店街を見ながら
「…大丈夫だよね、あの子…」
「…ああ、多分な。」
オレも商店街の方に目をやりながら
「まあ、ちょっとキツいとこはあるけど、香里はあれで優しそうだし…大丈夫だって。」
「…うん。」
うなずいたあゆ。
だけど、その顔は、ちょっと寂しそうだった。
そんなにあの猫のことが心配なのだろうか。昨日会ったばかりの猫なのに…
…あゆ…野良猫に…自分を…
「…そのうち、見せてもらいに行くか?」
「え?」
オレが言うと、あゆは振り返ってオレを見た。
「見せてもらう…って?」
「香里のとこ。あいつがちゃんと飼われてるか、見せてもらいに行こうかって言ってるんだよ。まあ、今日、香里から、飼えなかったって電話が来なかったらの話だが…」
「…いいの?」
「おう。」
心配そうに見上げているあゆに、オレは笑ってみせて
「香里、名雪の友達だし…オレと同じクラスだから。」
「家、行ったことあるの?」
「…おいおい、それほどの付き合いじゃないぞ。」
思わず、苦笑いしながら
「オレがこの街に来てから、まだ一週間くらいしか経ってないだろうが。オレがナンパ師だとでも思ってるのか?」
「べ、別に、そういうわけじゃないけど…うぐぅ」
あゆは口ごもりながら、また顔を落した。
…でも、そう考えてみたら、ちょっと不思議な気がする。
一週間あまり…そんな短い期間で、こうしてあゆとまるで昔からの付き合いみたいに話していることは。オレはそれほど気安く、女の子と付き合いする方でもないはずなのに…
『ボク』なんて言う、この年下のようなあゆの雰囲気が、女の子を感じさせないからだろうか?
オレはあゆをまじまじと見た。
あゆは顔を上げると、オレの顔を見上げた。
その大きな瞳…冬の陽射しに揺れて…
オレはちょっとドキッとして、目線を思わずそらした。
…って、オレ、何考えてるんだ?
「…まあ、どうしてもって言うなら、オレが香里に頼んでやるぞ。」
「…うん。」
あゆはオレの顔を見て、頭を下げた。
「…ありがとう、祐一くん。」
「…何だよ、急に。」
「うん…でも、祐一くんがいたから、あの子、もらわれてったんだし。」
「…そんなこともないが…」
まあ、そういえなくもないが…別に感謝されることでも…
「…じゃあ、感謝の気持ちを示してもらうかな。」
「え?」
顔を上げたあゆに、オレはわざと笑って
「…あの猫、おとなしくさせるために、オレは肉まんを、2個も買わされたぞ。」
「あ…えっと…」
「…ちなみに言っておくと、たい焼きよりも肉まんの方が高いんだぞ。」
「…うぐぅ…分かったよ…」
あゆはへこみながら、商店街を見回して
「…買って返せばいいんでしょっ?」
「おう。」
オレはあゆから辺りに目をやって、ちょっと伸びをした。
商店街は、そろそろお昼の客も減り、人通りもだいぶ少なくなっていた。
「じゃあ…今度、お前はオレに肉まんを買って、オレはお前にたい焼きを買って返すってことで。」
「え?」
「…そろそろ、戻らないとまずいんじゃないか?」
「…あ…そ、そうだったっ!」
あゆは自分の腕の小さな、キャラクターの入った時計をちらっと見ると、慌ててオレを見上げて
「祐一くんは、帰っちゃうの?」
「ああ。」
オレはうなずいて
「何か…この猫の一件で疲れたよ。それにまだ、昼も食べてないし。」
「あ…ごめんね…」
「お前が謝ることじゃないさ。」
オレはあゆの頭をポンっと叩いて
「…じゃあ、またな。」
「…あ…うん。」
あゆはさっと頭のリボンを抑えながらうなずいた。
オレはそのまま手を振って、商店街を歩きだした。
 

お店に帰る途中で、ボクは振り返った。
祐一くんが歩いていく後ろ姿が、まだ見えた。
祐一くんは、小さく手を振ると、商店街を歩いていく。
早くボクも戻らなきゃ、香奈美さんに悪いよ…
でも…

…ごめんね、祐一くん。迷惑、かけちゃって…
でも、よかった。猫ちゃん、もらってもらえる人がいて…
いい人、みたいだし。
祐一くんの知り合い、だし…
きっと、大丈夫…
よかった…

…でも、きれいな人だったな。
ちょっと大人っぽくて…
祐一くん、おんなじクラスだって言ってたよね…
名雪さんといい、香里さんといい、祐一くんはホントにきれいな人と一緒にいるんだ…
…うぐぅ
どうせ、ボクは…こんなかわいい格好しても、どうせコスプレにしか見えないよっ!
それに、どうせ子供っぽいし…
どうせ…

どうせ祐一くん、ボクのこと、男の友達みたいに…
だから…
だから、きっと…

コンコン

「…え?」
気がつくと、隣のガラス窓から、香奈美さんがにこにこしながら…
…うぐぅ
い、急いで戻らなきゃ。
バイト、バイト!

ボクは急いで香奈美さんにうなずいて、百花屋の入り口に駆け出した。

<to be continued>

-----
…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…うぐぅ。やっぱり、最長新記録更新だよ…
「今回のエピソード、前回削ったエピソードなんですよね?」
…そうなんだよ。それだけだったのに…なんでこんな長いの?おかげで、予定の掲載日を2日もオーバーしてる…
「奥さんと子供のための時間、削って書いてはいけません。」
…分かってるよぅ…だから書けなかったんじゃん…一日1時間の制限では、こんな長いの書いてられないっす(涙)
「仕方がありません。離婚します?」
…いやだぁぁぁぁぁぁ
「でしょう?」
…あぅー…と、とりあえず、この辺で第1部終了。次は幕間的に、短い予定。だから、きっと今週中に書けると思う…
「これからは、あんまり無理な予定は言わないようにしましょう。楽しみにしている人が…もしいたらですが…がっかりしますから。」
…はいぃ…

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