『遠い処から還ってきた少女』



第一部 〜Time Out of Joint〜(中編)
















あたしと祐衣は、一軒一軒の表札を確認しながら、道を歩いていた。




ぐう〜…



……………………………。



あたしが道の右側の家担当で、祐衣が左側を担当。あたしは家の形も場所も知っているから、ホントは見ただけで違うって分かるんだけど…。


そんなこといったら、お家のある場所は公園なんだからみつかりっこないじゃない。




ぐぐぐう〜…。



……………………………。



ま、お家が公園になっちゃったくらいだから、お家が違うところにあってもおかしくない。いや、絶対あるに決まってるわっ。


そうして、あたしたちの探索は続いている。




ぐぐぐぐぐぐぐぐう〜。



………うるっさいわね〜っ! このお腹は! ちょっとは黙っててよぅ。




あたしは激烈な空腹と戦っていた。敵はなかなか手強い。


昨日のコトを覚えてないから、いつから食べてないのか分からないけど……この感じじゃ1日以上食べてないみたいだ。でも、祐衣と一緒にいるんだから泣き言なんて言えない。


だって……大人のあたしが「ハラペコで倒れそう」だなんて、恥ずかしくて言えっこないじゃない。




「あぅ……お腹減った……」




「えっ? 真琴お姉ちゃん、お腹すいてるの?」







………………へ?





しまった……あまりにも手強いので、つい声に出してたみたいだ。あたしは恥ずかしさで顔が真っ赤になるのを感じながら、慌てて答える。



「べ、別にお腹なんかすいてないわよっ」


「え? だって今お腹減ったって……」


「き、気のせいよっ。そ…それより早くお家を探さないとご飯…あぅ」


「やっぱりお腹すいてるんだね」


「あぅ……ちょっとだけ、ね」






……子供のくせに誘導尋問とは、やるわね祐衣。





あたしは横をとてとてと歩く小さな女の子に目をやった。


祐衣はなんだかちょっと難しい顔をして、う〜んと考えこんでいる。





……なんか見たことある気がするのよね、この子。




どっかで会ったんだっけな? でも名前に聞き覚えはなかったし……。








「困ったよ、真琴お姉ちゃん」


「あぅ?」



考え込んでいたところに、いきなり声がかかってびっくりした。


慌てて横を向くと、祐衣が本当に困ったような顔をしてあたしを見つめていた。



「な、なに? なにが困ったのよ、祐衣っ」


「うん…本当はね、わたしのお家に帰ってご飯いっしょに食べようって言いたいんだけど……」




……あたしのお腹が思いっきり反応する。



「でもね、わたしのお家、去年引越しちゃったから、すごく遠くにあるんだよ」




……あたしのお腹が悲しそうに抗議の声をあげる。



「でね、わたし今、友だちの家に泊まってるんだけど……この時間は誰も家にいないんだよ。だからご飯も作ってもらえないの……どうしよう?」



あたしは泣きわめくお腹を無視して、なんとか笑顔を作った。ちょっと涙目になってたかもしれないけど。



「あ、あはは…いいのよ祐衣。本当に大丈夫だからっ」


「でも……」




悲しそうな顔……。この子本当にあたしのこと心配してくれてるんだ……。



あたしは涙が出そうになった。空腹のせいじゃなく。








あたしのことを本気で心配してくれる人がいるってことに、感動したから。








「大丈夫よっ。それよりお家探しを続けようっ。見つかったらあたしの家でご飯ご馳走するからっ」



今度は本当の笑顔が出た。空腹も少しだけおさまったような気がした。



「うんっ、そうだねっ。早く見つけていっしょにご飯食べようねっ」



祐衣の顔にも笑顔が戻った。やっぱり祐衣は笑っている顔が一番かわいい。




そうして、あたしたちはお家探しを再開した。







……あたしはいつの間にか、祐衣が大好きになっていた。




















「………………あぅ」



あたしたちは、また公園に戻ってきていた。


2人してベンチに座って、肩を落として、途方に暮れていた。





「……見つからなかったね」



祐衣が悲しそうに呟く。なんだかあたしよりもショックを受けているみたいだった。





「………………そう…ね」



ホントは元気よく答えて、安心させてあげたかったんだけど、もうあたしにもそんな気力は残っていなかった。


お腹もまた空いてきていたし、泣きそうな気分だった。


祐衣はあたしの顔を見て、同じように泣きそうな顔になる。




……いけない。祐衣を悲しくさせているのはあたしなんだ。




あたしは無理矢理笑顔を作って、祐衣に微笑みかけようとした。



そのとき―――――








「お〜いっ! 祐衣〜っ」






どこからか声がする。きょろきょろと辺りを見回すと、こちらに向かって走ってくる男の子の姿が目に入った。




「あ……一弥くんっ」



祐衣がその男の子に反応する。



男の子は、一直線にあたしたちの前まで走ってきた。はぁはぁと息を切らせながら、にっこり笑って祐衣を見る。



「やっぱりここにいたのかっ。ごめんなっ、遅くなって」


「ううん、いいよ。だって……別に約束なんかしてないよ?」


「うん、でもさ……昨日別れるときに「また明日」って言っただろ。だから、今日もここにいると思ってさ。……本当はもっと早く来たかったんだけど…」


「そうなんだ……ありがとう、来てくれてうれしいよ」


「あはは……あれ? そういえば北川さんは? 今日は一緒じゃないの?」


「栞ちゃん? うん、栞ちゃんはね、今日はおばさんと病院行ってるの」


「ああ、そうなんだ。じゃあ祐衣は今日ずっとひとりで遊んでたのか?」


「ううん、ひとりじゃないよ。真琴お姉ちゃんといっしょだったんだ」


「真琴お姉ちゃん?」



男の子はそこでようやくあたしに気付いたみたいだった。会話に入れずに固まっているあたしをジロジロと眺めて、鼻を鳴らした。






「このおばちゃん、誰?」




………………………………。










お………おば……おばちゃん〜!?



プチッ。……あたしの中でなにかが切れた。こ〜いうクソガキは一発引っ叩いてやるに限るわ!


あたしがワナワナと震えているのを見もしないで、クソガキは祐衣に話しかけていた。



「なあ、こんなおばちゃん放っておいてさあ、うちに遊びにこない? 母さんに祐衣が来てるって話したら、ケーキ焼いてくれるって。祐衣の好きなイチゴのケーキだぜ」




ぐぐぐう〜…。



……怒りが心頭に達してるっていうのに、なんで反応するのよ! あたしのお腹!



「イチゴのケーキ……」



祐衣がとろんとした顔をしている。あぅ…あたしイチゴのケーキに負けるの?



でも祐衣はすぐに真顔に戻って、クソガキに言ってくれた。



「ごめんね…わたし真琴お姉ちゃんと、探しものしてるから…今日はいけないよ」




ざまあみろクソガキ。……ってなんだか本当に残念そうな顔してるわね。



あたしはちょっとだけ悪いことした気分になる。





「探しものって、一体なにを探してるのさ」


「えっと……真琴お姉ちゃんのお家だよ」


「へ? 自分の家が分からないの? このおばちゃん」


あたしに向けられる軽蔑の表情。




………こ…このクソガキィ〜!




あたしはちょっとでも同情したことを後悔した。やっぱりこういうクソガキは一発殴ってやるのが世のため人のためだわっ!


あたしは拳を握り締めた。するとクソガキがくるりとあたしの方に向き直って、



「おばちゃん迷子なのか? ……しようがねえな、俺もいっしょに探してやるから、早く見つけようぜ」





プチッ。……あたしの中で再びなにかが切れた。もう我慢できない。ぶん殴ってやるわっ。




「一弥くんっ! おばちゃんじゃないよっ、お姉ちゃんだよっ!」


祐衣が普段のやさしい口調からは想像もつかない強い口調で言った。見ると表情もだいぶ険しい。


クソガキは祐衣の怒りに気付いて、一気にシュンとしてしまう。なんだかあたしの怒りまで消えてしまった。



「……ごめん…な、お姉ちゃん。…俺も、家探すの、手伝うから…」



「…別に、気にしてないわよぅ。……えっと、一弥…だっけ? あたしは沢渡真琴よ。よろしくね」





……祐衣に感謝するのね、このクソガキ。




あたしは大人の寛大な心をみせて、やさしく答える。するとクソガキはほっとしたように笑顔を見せた。



「うんっ。よろしくな、真琴姉ちゃん。俺は倉田一弥。一弥でいいぜっ」




……笑ってると、なかなか子供っぽくてかわいいじゃない、このガキ…。



「よしっ! じゃあ探しに行こうぜ! ちょちょいと見つけて、みんなで母さんのケーキ食べに行こうぜっ」



クソガキ一弥が元気よく叫ぶ。


祐衣はあたしたちが和解したのがうれしかったのか、ニコニコと微笑んでいた。





……なんだか仲が良さそうじゃない、この2人。




あたしは祐一に会いたくて堪らなくなった。






祐一……もうすぐ……会えるよね?











こうして、あたしのお家探しに、一弥が加わった。











To be continued

 

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