『Marshmallow-Waltz』−4th-β
 

 こんにちわ。詐欺師です。
 舞と佐祐理さんの「痛い」話であるはずのこのシリーズ。
 完結…したんですけどね(^^; 正式版は。 
 今は私の心境がベストなので(?)BadENDバージョンです。
 待ってない方いっぱい(^^;

 この話は、一応No.16835、NO.17009、NO.17663の続きです。
 テーマは確か「狂気」…だったような(^^;
 

  ―――――――−―――――――――――――――――−―――――――――
 
 

        『Marshmallow-Waltz』
               4th-β『Humanoid』
 
 

 春先の雨がもたらす冷たさ。俺は体を丸め、再び毛布にくるまる。
 地面に叩きつけられる雨粒がうるさい。
 リズムがあるともないともいえない、なんともいえないいらだち。
 不協和音。
 俺は頭まで毛布を引き上げた。何の音も聞こえないように。
何も考えないように。
 低気圧のせいか、もうほとんど残っていない傷跡が疼いた。
 
 

 舞の面会謝絶が解けてからさらに三日。
 佐祐理さんが病院に出入り禁止になってから三日。
 それは妥当な処置だっただろう。検査に回されなかっただけ、まだマシとも言える。
 ただ、次は確実にないだろう。
 精神病棟に送られる。
 そうなれば、終わりだ。
 俺たちは本当にバラバラになってしまう。
 崩れてしまう。
 世界ごと、すべて。
 だから…
 
 

「朝ごはんですよーっ」
 
 

 この「日常」を過ごすことしか、道はない。
 選択肢など。
 
 

 あれから、佐祐理さんの様子はまた少し変わった。
 あの「告白」のことには、二人とも触れようとはしない。
 俺は答えが見つからなくて。
 佐祐理さんは…よくわからない。
 もうあきらめているのか。それともまったくの逆か。
 わからない。
 わかりたくないのかもしれない。
 俺が答えを探そうとしないように。
 

「…祐一くん、だいじょうぶ?」
 

 気がつくと、佐祐理さんが俺の顔を覗きこんでいた。
「なんか顔色悪いですよ。熱でもあるんじゃない?」
 心配そうに、顔が曇る。
 俺の時だけ。
 俺のことに関してだけ、表情が変わる。
 笑顔から。
「…大丈夫だよ。ちょっとボーッとしてただけだから…」
「そう…ですか」
 少しだけ寂しそうに、佐祐理さんが顔を離す。
「何かあったら、早めに言って下さいね。お薬いっぱいありますから…」
「…ああ。ありがとう…」
 俺の言葉に、佐祐理さんが微笑う。。

 …………?

 違和感。
 形容しがたい、けれど確かな違和感。
 今、それをはっきりと感じた。
 目の前の女性から。
 佐祐理さんから。

「どうしたんですか?」

 言葉にできないもどかしさ。
 でもそれが、わずかな直感をますます確信させる。
 なんなんだ…
 …なんなんだ…これは。

「…俺、部屋に戻るよ」

 佐祐理さんの顔を見ないように、俺はその場を離れた。
 けれども背中に刺さる視線は、傷跡のようにそこに残った。
 
 
 
 

 ――ばふっ! 

 ベッドに飛び込み、息をつく。
「…もう、一週間になるな…」
 思い出したかのように、そんな言葉が口をつく。
 舞が入院してから。
 佐祐理さんの心が消えてから。
 もう、一週間になる。
 二人だけの生活。

 自分にだけ特別な表情を見せてくれる人。
 自分のことだけを見てくれる人。
 嫌じゃない。
 それが佐祐理さんなら、なおさらだ。
 嫌じゃない。
俺の知ってる佐祐理さんなら。
 舞のことが大好きだった佐祐理さんなら。
 でも、今は違う。
 今の佐祐理さんは…

 …今の…
 
 

 突然、何かが生まれた。
 頭の片隅に。
 それはだんだん大きくなって、言葉になる。
 さっき感じた違和感。
 きっとそれは、ずっと感じていたもの。
 佐祐理さんの眼差し。
 

   『何かあったら…』
 

 あの眼差しは…

 姉の弟に対するものではなかった。
 恋人に対するそれでもなかった。
 あれは、まるで…

 …いや、よそう。
 考えても仕方のないことだ。
 今はただ、眠りたい。
 まだ、一週間。
 そして先には、これからどれだけ続くとも知れない日々が待っている。
 …嫌な時間は、経つのが遅いっていうけど…
 心の動かない日々。
 非日常的な日常。
 きっと、さっきの言葉は間違いだ。
 「考えたくない」
 これが、正解。
 絶望の中で、いっそ狂ってしまえるなら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

     『…狂いたいの?』
 

 声。
 

     『どうして?』

 
 狂ってしまったほうが、楽になる。

     
     『絶望の中で?』

 
 絶望の中で。
 

     『でも、だめね』

     『届かない』
 

 何故?
 

     『足りないの』

     『決定的に』
 

 絶望が?
 まだ足りない?
 

     『絶望だけでは届かない』

     『足りないの』
 

 何が?
 
 
 
 

     『……飢えが』
 

     『心の叫びが、あなたには決定的に足りないの』
 
 
 
 

 イメージ。
 脳に直接響くような。
 目に浮かぶのは、少女の顔。
 …いや、口。
 
 
 
 

     『彼女は飢えている』 

     『今も、昔も』
 

 何に?
 愛情に?
 

     『愛情に』
 

 何故?
 俺たちの思いが足りなかったのか?
佐祐理さんへの思いが…
 

     『…愛されたい、だけが欲ではないの』
 
 
 
 

     『愛したい、もまた欲なのよ』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 目はぱっちりと開いていた。
 頭の中が冴えわたる感じがする。
こんなことは、久しぶりだった。
 寒さのせいではない。
 

     『彼女は飢えている』
 

 佐祐理さんが、飢えている。
 愛情に。
 愛を注ぐことに。
 

     『出会ったんですよ、わたしが頑張れる目標と』
 

 それはいつか聞いた言葉。
 佐祐理さんの、舞への思い。

 断ち切られた、思い。
 
 

 その時、俺はわかった。

 佐祐理さんの舞への思い。それはきっと恋愛感情じゃなかった。

 そして今の、佐祐理さんの俺への思い。

 それもきっと、違う。

 あの眼差しは、母親の眼差しだった。

 その前は恋人の…その前は姉の…

 探していたんだ。佐祐理さんは。必死に。

 殻の中の心で。

 自分の、自分だけの愛情の形を。

 受け止めてくれる誰かを。
 

 だから――
 
 
 
 

 …コンコン

「祐一くん。外に出ましょーっ」
 
 
 
 

 雨はまだ降っていた。
傘に打ちつける雨音は大きく、地面からの跳ねっ返りでズボンの裾はすぐべちょべちょ
になった。
 そんな中を、佐祐理さんはうれしそうに歩いていく。
 濡れることなど、まったくおかまいなしで。

 なんのために外に出たのかはわからない。
 俺も聞かない。
 はっきりしているのは一つだけ。
 
 「俺は、佐祐理さんの役に立てるのかもしれない」

 それは希望。
 とてもとても小さな。でも大きな。
 
 

「…祐一くん」

 佐祐理さんが足を止める。
 人気のない通り。
 車も来ない通り。
 水かさを増して流れる川のそばで、
 ただ、雨だけに包まれて。
 佐祐理さんの中で、何かが変わる。
 母から姉へ。
 姉から恋人へ。
 気づいたから、やっとわかる。
 その静かな叫びも。
 
 

「…私のこと…好きですか?」 
  
 

 見つめる眼差し。
 真剣な思い。
 でも、歪められた思い。
 それは本当にわずかな。でも、それで十分な歪み。
巧みに裏返された心。

 だから、俺は…
 
 

「…ああ」

「……え?」
 
 

「…好きだよ」
 
 

 

 なんとも言えない距離。
 なんとも言えない眼差し。
 俺の真意を図りかねているような…
 自分の思いに戸惑っているような…
 そんな表情が、不意に、綻ぶ。
 

「……私もです」
 
 
 

 佐祐理さんは純粋だった。

 純粋すぎたから、こうなってしまった。

 だから、後ろめたい。

 さっきの言葉は嘘ではない。

 だが、本当でもなかった。 

 微妙なすれ違いを利用して…

 俺は…ずるい人間だ。

 狂う資格も、きっとないのだ。
 
 
 
 

 そして、空気が動く。

 ゆっくりと縮まる世界。二人を中心に、収束する。

 半径1メートルの世界。存在するのは、俺たち二人と、雨粒だけ。
 
 

「…約束を…ください」
 
 

 佐祐理さんが目を閉じる。

 俺のすぐ近くで。

 そして、俺は…

 その「飢え」を満たすために…

 佐祐理さんのために…

 目を閉じて…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 小さな肩を、そっとつかむ。

 胸の前で握りしめられた両手が、小さく震える。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  
 佐祐理さんの傘が落ちる。
 水たまりに波紋を生んで…
 古い波紋を、消してゆく。
 あとかたもなく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 そして俺は、体を離す。

 目の前にある佐祐理さんの顔。

 飢えていた少女の顔。

 絶望からではなく、飢えから狂気に取りこまれた少女。

 その顔が、不意に綻ぶ。
 
 

「ありがとうございます」
 
 

 魅入られたような笑顔。

 人ではない何物かに。

 そして今、彼女自身も…。
 
 
 

 俺は、目をそらせなかった。

 その笑顔があまりに鮮烈で。

 美しすぎて。
 
 
 
 

 何かが、走る。
 体の中を。
 形容しがたい何か。
 名前のない感情。

 それは…少女。
 
 
 
 
 
 

     『残念ね』
 

 何が…残念なんだ?
 

     『彼女』

     『もう、戻れないね』
 

 どういう…ことだ?
 佐祐理さんが…戻れない?
 

     『叶ってしまったから』

     『意識の外の欲望が』
 

 だって…愛に飢えてるって…
 愛することに飢えてるって…
 

     『そう。彼女は飢えている』
 

 だから、俺は…
 

     『安定してしまったのね』

     『彼女は味をしめてしまった』
 

 安定…?
 それって、どういう…

 …まさか…
 

     『人間は昔、楽園を追い出された』

     『知恵の実を食べてしまって』

     『でも、人間は今も食べつづけているでしょう?』

     『味をしめてしまったから』
 

 それって…それってまさか…
 

     『残念ね』
 

     『人間は二度と、楽園には戻れないのよ』
 
 
 

     『さようなら』
 
 
 
 

 そう言って、少女は俺の前から…
 

     『…そうそう』
 

 思い出したように、一度、振り返る。
 
 
 
 

     『最後に一つ、プレゼント』
 
 
 
 
 
 
 
 

 そして、その姿が溶けて――
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 朝。

 いつもと同じ、

 佐祐理さんと迎える、朝。
 
 

「おはようございます」
 
 

 彼女の声。
 
 

「おはよう」
 
 

 俺の声。

 そして、一日が始まる。

 いつもと同じ一日が。
 

                                <終幕へ>  
 

  ―――――――‐―――――――――――――――――――‐―――――――

 あらためまして。詐欺師です…ってお〜い、だれか〜(笑)
 …ま、いないか。

 『M.W.』のBadEND、すなわち狂気の果て…
 今書いている結末は、本編を書いていた時思い描いていた結末とは実は違います。
 …まあ、詳しくは次回で(^^;
 

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